いずれまた逢おう
メラニー
ティッピ、「ミズ・デュポン」のラストシーンのセットについて、いくつかアイデアがあるの。
あなたは色んな職種を経験してきているし、プロのスプレーアーティストでもあるわ。一緒に最高のセットを作ってほしいのよ。
これは私が適当にまとめてきた資料よ。まずは見てもらえるかしら……
ティッピ
わぁ……美術素材と映画の参考がこんなにたくさん。
色合い、雰囲気、デザインコンセプト……建物の細かいディテールや各部材による光の質感の違いまでマークしてある!
メラニーさん、一体いつからこのシーンのことを考え始めてたんですか?
メラニー
ここ数年、私が最も事欠かなかったのは時間よ。優れた作品を撮るには、台本通りに演じるだけでは到底足りないの。
ティッピ
スティーヴン監督もまだ満足のいく脚本ができていないのに、あなたは「ミズ・デュポン」のラストのためにそんなに想像を膨らませていたんですか?
メラニー
あの青二才は、今になってもまだ最後の台本を寄越さないわ。私ね、『ミズ・デュポンの死』の主演兼出資者として、私にはこの作品に責任を持つ義務があると思うの。
それに言ったでしょ、ミズ・デュポンが作中でどう美しく死ぬかが、私がどうランクウッドで美しく返り咲くかを決定づけるのよ……
ティッピ
『ループカーンの休日』、『エリン・ダースの肖像』、『壊れた橋に遺された夢』……背景の雰囲気作りの参考にしている映画って、どれもマリアンナさんの作品じゃありませんか?
メラニー
あなたは……マリアンナ・ブレイクのファンなの?
彼女はあなたが生まれる前に引退したというのに。
ティッピ
えーっと……あ、あたしの父が彼女の作品が大好きなんです! それに、名作が色褪せることはありませんから。
メラニー
そうね。彼女の演技と脚本選びのセンスにはケチのつけようがないわ。
ティッピ
意外でした……でっきり、マリアンナさんのことをよく思っていないのかと思ってたので。だって、お二人はあんなに長年比べられてたじゃないですか。
メラニー
そうね、あれほど長い間ずっと……
記者
マリアンナさん、女優人生で八度目の最優秀主演女優賞おめでとうございます!
デビューして以来、ほぼ毎年出演作品がノミネートあるいは受賞されていますよね。業界内ではあなたは新人役者にとって越えられない山になると思われていますよ。
マリアナさんから見て、今の映画界に期待できそうな後輩はいますか?
マリアンナ
お褒めに預かり恐縮です。けれど「越えられない山」だなんて誇張しすぎというものですよ。私もまだ、登っている最中なのだから。
ランクウッドには大きな可能性を秘めた新人が次々と入ってきています。この場で具体的な名前を挙げるのは難しいけれど――
???
メラニー・ラザフォード。
メラニー
マリアンナさん、私の挨拶をどうか受け取っていただけますか。
私は本日、最優秀助演女優賞を頂きました。あなたがこの賞を取るまでに費やした時間と比べれば、丸二年遅れています。
マリアンナ
……
メラニー
あなたの作品は全て拝見しました。先ほどの記者さんがおっしゃるように、あなたは天性の女優で、今のランクウッドに高く聳える越えられない山です……ですがそれも、今だけです。
もう少し時間をください、私が必ずあなたを超えます。
マリアンナ
素敵ね。期待しているわ。
新人アシスタント
わぁ……メラニーさんとマリアンナさんの共演だなんて、最高ですね。
二人ってずっと仲が悪かったんですよね? ここのところ二人が賞を取るスピードはまるでレースみたいな感じでしたし……どうして同じ映画に出演することに応じたんでしょう?
メラニー
……
ベテランコーディネーター
シッ! 失礼な子ね、チームに加わった時何も教わらなかったの!? 早くメラニーさんに謝りなさい!
新人アシスタント
も、申し訳ありませんでした!
マリアンナ
メラニー、新人の子にあまりきつく当たらなくてもいいのではない?
メラニー
「我々の作品は一つ一つのルールの上に成り立っている」。マリアンナさん、私よりもこの業界が長いなら、この言葉はより身をもって体験しているはずです。
女優の厚遇というのは、全て一つ一つの役柄、一本一本の映画に頼って勝ち得たものです。それによって、私のような小さな町の娘が、今こうしてあなたの前に立てているんです。
ルールがなければ、作品には基準がなくなってしまいます。そうしたら私たちの勝負の決着はどうすれば着くんですか?
マリアンナ
今のあなたの言葉が思い出させてくれたわ。数日前、最新の作品でリターニアの「高塔映画祭」の最優秀主演女優賞を受賞したお祝いをまだ言っていなかったわね。
メラニー
あんなの些細な賞です。あなたの新作はまたランクウッドの主要な賞を総なめにしたじゃありませんか。
私はまだ、本当の意味であなたを超えられてはいません。
マリアンナ
『永夜に燃える暁星』の上映記者会見にお越しいただき、誠にありがとうございます……
ここしばらくの間の皆様のご心配に感謝いたします。本作品の制作チームが撮影中に天災に見舞われたのは事実です。私自身も負傷し、今も療養をしています。
幸いなことに、あの撮影は無駄にはならず、皆様のご協力のおかげで貴重なシーンを残すことができました……
しかし、この件は天からの啓示なのかもしれません――そうです、マリアンナは銀幕へ別れを告げるつもりです。
『永夜に燃える暁星』の主演兼出資者として、この映画および私本人は、いかなる賞の選考にも参加しないことを、ここに発表いたします。
この映画は純粋に、「マリアンナ」からの全ての映画ファンへの最後の贈り物となります。
もちろん、すぐにランクウッドを去るわけではありません。しばらくは裏方に回るつもりです……
ですが近いうちに、私は他のチャレンジを始めるかもしれません……「ヤラ・ブッカー・ウィルソン」として、新たな人生をスタートさせます。
メラニー
……
記者
メラニーさん、あなたもいらしていたのですね……簡単にインタビューさせていただいてもよろしいでしょうか?
メラニーさん主演の新作映画がまもなく公開されますね。多くのメディアで、今年のランクウッド映画祭で最優秀主演女優賞を争うのは、あなたとマリアンナさんの二人だけと予想しています……
ところがマリアンナさんが突然の引退を発表し、新作も各映画賞の選考を辞退されました……今のお気持ちをお聞かせいただけますか?
メラニー
これは……
勝ったことになるの?
ティッピ
ヤラ――えっと、マリアンナさんが引退してから、あなたはCMのイメージキャラクターや出演のオファーが後を絶たず、有名な映画祭の審査員にも招かれましたよね。
ですがそれから間もなく、あなたは突然……ちょっとした事情で、一時的に世間の目が届かないところに行きました。そして、再び映画界に戻ってきた時――
メラニー
全てが変わってしまっていたわ。
彼女の引退は私に大きな衝撃を与えた。けど、それでも私には自信があったのよ。自分の持つ才能を頼りにトップに登り詰めたのだから、綺麗な勝利を収めたのだと。
彼女のような「越えられない山」になり、もう一人の銀幕の伝説になれると。ひいては彼女を超えられるのだとね。
でも結局のところ、ランクウッド最優秀主演女優メラニー・ラザフォードは、映画評論家からの賞賛やスポンサーからのおべっか、そして観客の拍手の中で完全に我を失ってしまったの……
富と名利に酔い、スキャンダルやアルコールに溺れて……あの頃の私は……とても無様な生活を送っていたわ。
ティッピ
メラニーさんのそういうことを書いてる記事を見たことあります……ゴシップ紙はあなたのプライベートを変に切り取って好き勝手書くべきじゃないです!
メラニーさん本人に会ってわかりました。確かに前はちょっと変な道に入ってたかもしれませんけど、あなたの芝居への愛は紛れもなく本物です。
メラニー
慰めは必要ないわ、ティッピ。私は誰よりも自分の不甲斐なさを承知しているもの。
マリアンナはね、鍛え上げられた軍人と貧しい生まれのメイドの演技を自由に切り替えることができて、たった一回のリハーサルで照明の位置と立ち位置を正確に把握するのよ。
でも私はほんの一日でもお休みしたり、一時間台本を読む時間を減らしたり、十五分リハーサルに遅れたりするだけで、演技力が大きく落ちてしまう。
たった二年の放蕩生活で、私はかつて手に取るように制御できていた演技を完全に失い、監督とファンを大いに失望させることになったわ。
あの当時、私の姿を必死に追いかける役者がどれだけいたか、マリアンナが映画界で十数年間守ってきた女優としての地位が何を表していたのか、私は気づいていなかったのよ。
彼女と同じように、ただ映画と人生、その両方を謳歌しているのだと考えていたの。長い長い追求と競争が終わったあとのほんの少しの間、自分を甘やかしたところで差し障りないと思っていた。
そうではないと気付いた時になって、ようやく理解したわ。マリアンナ・ブレイクは憎らしいほどの天才だったんだって……あらゆる面でね。
最後の撮影で偶然遭遇した天災……マリアンナがその巡り合わせから受けた啓示は銀幕に別れを告げろということだった。でも私は大いなる自然すらも彼女に味方していると溜息をつきたくなったわ。
ティッピ
でも、メラニーさんはまた主演女優になったじゃないですか。きっとみんなの信頼を取り戻せますよ。
それに、今回は天災の前で撮影するチャンスもあるし!
メラニー
そうよ。あれから十数年を費やして、ようやく自信と演技の感覚を取り戻したし、あとほんの少しで頂点に返り咲けるかもしれないわ。
グレータは絶好のタイミングで『ミズ・デュポンの死』への出演を誘ってくれた。そして今、彼女の激しい野心がとても特別な「プレゼント」を追加で贈ってくれたの。
ミズ・デュポンは、本当に私によく似ているでしょう……
本当に自分の兄に騙されていたことを知らなかったと思う? 偽りの姓にまったく気づいていないとでも?
いいえ。彼女は無意識に煌びやかな生活に執着して、平凡な生まれである真実を受け入れようとしなかったのよ。自分が特別で、才能がある人物だと思い込みたかったの。
……
嵐の中で、彼女はどのような結末を迎えるのでしょうね?
ティッピ
メラニーさん。
メラニー
ん?
ティッピ
一緒にホラー映画を見ましょう!
メラニー
ホラー映画……?
ティッピ
ランクウッドの頂点に返り咲くには、マリアンナさんの作品を参考にしてばっかじゃだめですよ。お二人はそもそもスタイルが違う役者さんなんですから。
『ループカーンの休日』よりも魅力的なセットデザインを考えて、ミズ・デュポンの最期を映画史に名を残すものにしましょう!
メラニー
そうね。
ティッピ
それと、メラニーさん。
あなたとマリアンナさんとの過去はよく知りませんが、でもきっと「メラニー・ラザフォード」はいつか「マリアンナ・ブレイク」を超えられると彼女が認めたのは、本心だったと思います。
それは今も変わらないかもしれません。
メラニー
……
そうかもしれないわね。
スティーヴン
あ、あなたは……実際に存在するのか、それとも俺の熱っぽい頭の中の妄想か? 「神様」は本当に俺の前に現れたのか?
まさか俺は脚本を書きすぎてとうとうどこか狂っちまったのか……
???
狂気とは、インクで紙の上に甘やかな果実を実らせ、硬直した思考を無秩序な時空への旅に誘うものだ。
にもかかわらず君は、夜の片隅で卑屈に縮こまり、迫りくる締め切りに追われて残酷極まりない殺人を目にしながら、脳みそを絞ってもミズ・デュポンの結末は三つしか思いつかなかった……
これのどこが、創作をしすぎて狂ったと言えるのだろうね?
スティーヴン
……
今夜中に誰もが満足できる結末を書き上げると、グレータに約束したんだ。撮影のために命すらも惜しまない奴らが俺の指示を待っているからな。
だけど、あいつらは信じる人を間違えてしまった。
芸術って領域は、才能に恵まれた天才だけを歓迎するんだ。タイプライターの前でただ座り続ける無能はお呼びじゃねぇんだよ!
???
『ミズ・デュポンの死』。キミはタイトルですでに、この物語の魅力的な終着点を定めている。
フィルムの複製や繰り返される上映の中で、その女性の死による衝撃の輝きは失われていくだろうが……
そもそもランクウッドとは、そうしてテラ各地に夢を売る工場ではないのかな?
キミたちは騙すのが得意だ、自分自身をその対象とするのにすら躊躇はない――クルビアの最初の甘美な夢も、まさに開拓のプロパガンダ映画の中で誕生した。
政治的なメタファーや真実には興味がない。ただ、キミたちは劇の本質をはき違えているだけだ。劇が人生を操るものであったとしても、決してこのように機械的なやり方でするものではない。
しかし、キミが死をミズ・デュポンの結末と捉えているというのは、戯曲を未だ直感的に判断をしているという証明だ。
スティーヴン
直感?
違う。
学生時代、俺は死を自分の書く物語に組み込むのをずっと嫌っていた。
それは小手先の手段だと思っていた。脚本家がどう始末すべきか困った話の穴を埋めるためだけの小細工、あるいは感情を意図的に煽るためだけの装置だとな。
本当に才能がある脚本家であれば、映画のクライマックスをそんな展開にはしないはずだと、そう思ってたんだ。
???
何がキミを変えたのだろう……心を揺り動かすような記憶か、あるいは思い出すことのできない幻の痛みか?
スティーヴン
五年前、グレータと仕事をした時も今と同じ問題に直面した。
俺の物語は後半があまりに平凡で、観客を魅了し続けることができないと鋭い指摘をされたよ。このまま修正しなければ、この映画の興行成績は振るわないだろうとな。
今日のように部屋に閉じこもって、精神崩壊寸前になっても、解決策は思いつかなかった……
そんな時、ローラが転落死した。
???
天から授けられたタイミングだ。最高の展開だね。
スティーヴン
グレータの予想通り、映画の他の部分は評論家から非難の嵐だったが、そのシーンだけは誰もが絶賛し、さらには……
???
キミでさえ死は小手先の手段ではなく、芸術性に満ちた真摯な表現だと思い始めた。
スティーヴン
そうだ……
???
目覚めたのであれば、この区画で起きた全てがキミの糧となるはずだ。
演技中の死に、幻覚への妄信、天井からの宙吊り……素材とインスピレーションはいくらでも揃っているだろう。なぜ直接それらを物語に書き込み、スクリーンの内外で同じような劇を上演しない?
スティーヴン
……
最高の作品を仕上げられるほどじゃない。
???
では可能性の尽きた者たちから視線を移してみては?
スティーヴン
ど、どういう意味だ?
???
キミの物語の中で、「ミズ・デュポン」の心の内に火花を起こすことのできるのは、ほかに誰がいるだろうか? あらゆる恩讐の外にいながらも、最もドラマチックな効果をもたらし――
最も完璧な演技を見せられるのは誰だろうか?
スティーヴン
「トランスポーター」……悪い知らせをもたらしたのはトランスポーターだ! ミズ・デュポンの新たな宿命を切り開いたのは彼だ!
復讐あるいは懺悔? ミズ・デュポンには新たな選択肢ができた。それと同時に、トランスポーターも他人の運命に介入したことによる因果に向き合わねばならない……
これこそ俺の求めていた結末だ……これだ!
ルシアン……そうだ……ルシアンをラストシーンの主演にしなければならない……
ルシアン
私が主演を……
グレータ
そうよ。
私はあなたのことを理解しているとは言えない。でも予感がするの、たとえ今夜私があなたを訪ねなくとも、あなたは私のもとを訪ねただろうってね。
あなたは私が見てきた中で最もポテンシャルを秘めた役者の一人よ。
「トランスポーター」の出番はほんの数シーンしかない。だけどあなたの演技は、本来空っぽだった役により複雑で繊細な魂を吹き込んだ。
目的が何であれ、撮影が終わるまで、あなたがここを離れることはないと確信しているわ。
それなら、寛大な心で私に協力するのもやぶさかじゃないんじゃなくて?
ルシアン
……
グレータ
もちろん、まだ考える時間はあるわ。これは差し当たっての思いつきで、まだスティーヴンに話してないしね。
今夜中に結末を書き上げると約束してくれたけど、正直なところ、あまり期待していないわ。
彼の「神」が部屋の扉をノックしてくれればいいんだけど。
スティーヴン
そうだったのか……視点をトランスポーターに移すだけで、こんなにも生き生きとした素晴らしい展開が生まれるなんて!
台本が仕上がったら、ラストシーンがどれほど衝撃的になるか想像ができる。
しかし――
「トランスポーター」のセリフに添えられた注釈が詳しすぎではないか?
執筆の指導をしてもらった時、ルシアンの演技の特徴や、セリフを言う時の間の取り方について教えてくれたよな。
どの角度からのクローズアップが彼の細かな表情を最もよく映すか、どの程度の強さの照明なら彼の独特な雰囲気を最も強調できるかまで……
まるで、ずっと昔からルシアンのことを知っているみたいに――それどころか、じっくり仕込んだことがあるみたいに――
あなたはなぜ、ルシアンについてそんなに詳しいんだ?
???
……
劇作家
劇団長、お呼びですか?
劇団長
劇作家よ、ついて来なさい。
劇作家
最後の一幕はまだ続いています。いつものように、観客の視線は舞台上の「ショー」に釘付けになっています。
せっかく「ズルカマラ」が舞台に戻ったのです。全公演が終わった後、彼女のために祝わないのですか?
劇団長
……
「クリムゾンソリティア」と「アビス」は?
劇作家
今回の劇において彼らは脇役でしかありません。全ての出番は前の一幕で終わっています……
朽ち果てた舞台装置により「マジシャンの助手」と運良く選ばれ壇上に立った「幸運な観客」は血に染まりました。二人の遺体は道具箱へと押し込められて川を漂い、消えてゆくのです。永遠に……
まだ乾いていない血を踏みしめながら、マジシャン本人は舞台上で、最後のショーを終わらせるのです。
「クリムゾンソリティア」と「アビス」は今頃道具箱から出てきて、マジシャン役の「ズルカマラ」と共にカーテンコールに応えるため、急いで戻っていることでしょう。
劇団長
そうかな?
あの二人は劇中と同様、永遠に消えるものと思っていたよ……
劇作家
――
劇団長
たしか、この劇は半年前にキミが脚本を書き直した際に加えられたものだったね……ひらめきを得た夜と言っていたかな?
劇作家
劇団長……
劇団長
劇作家よ、ついてきなさい。
……終幕はまだ先だ。
???
あれは、私の一番のお気に入りの主役だ。
一度は去ったが、私との再会は定められている。