「緋き貴石」の歌声

ティッピ
(激しい息切れ)
ティッピ、落ち着け、落ち着けよ……よーく思い出せ、あの映画の中で、機械制御室までの道が出てくるシーンはどんな感じだったか――
……ヒロインは友達に武器を持たせた後、左側の物置に隠れさせて自分は別の方向に逃げた……
こっから先に進んで、まだまだもうちょい……少し暗いな……いや、暗くて正解だ。一番隅に隠れたシャッターがあるはず……
……でシャッターを潜って進むと、廊下の突き当たりが予備の機械制御室で……
……小隊メンバーを追う操り人形が友達の仕業であることをヒロインは知ってて、メンバー全員がその友達を責めて、彼女もすっごく怒ってたっけ……
出発!
慌てるスタッフ
ティッピ、ここで何してるんだ?
ティッピ
区画の進路を変える方法を思いついたんだよ。上手くいけば被害を最小限に抑えられるから、早く通して!
慌てるスタッフ
俺たち助かるのか……
疑うスタッフ
信じちゃダメ! 全ての元凶はこの子の友達でしょ?
実はこいつが隠蔽を手伝ってたんじゃないの。でなきゃ、こんな死ぬ間際になるまで連続殺人鬼の正体に気づけなかったなんてありえないわ!
ティッピ
今は友達が裏切ったとかそういうことは考えない。まだ面と向かって言われてないことがあるんだから……
他の連中からの疑いとか非難を気にしない。攻撃は彼らの自己防衛だから……
慌てるスタッフ
そうだよな……そうか、ずっと背後に隠れて、撮影の邪魔をして、みんなをここに閉じ込めたのはお前だったのか!
ティッピ
ティッピは、彼女は、自分を裏切った友人も含めて全員を救おうとしている。自分に納得のいく答えを与えようとしている……
疑うスタッフ
行かせてはダメ。止めて!
慌てるスタッフ
うわっ、目が――!
ティッピは腰のベルトに下げていたスプレーガンを手に取ると、恐ろしい形相で武器を自分に向けるスタッフたちをじっと見すえる。
ティッピ
ほんとに手加減しないからね……
疑うスタッフ
何を小娘一人にビビってるの? 早くやっちゃって!
殺人事件に、天災……動力層に逃げ込んだチームメンバーたちの精神は極限状態で、ティッピの行動はそんな彼らの神経を逆なでした。
護身用の武器が壁板に引っ掛かり、耳障りな音が立つ。人々がティッピへと襲い掛かった。
ティッピの手は震えていた。これだけの錯乱した人間相手に、たった一人で立ち向かうことは不可能だ。彼女は背中のフロート装置がうまく機能することを祈っていた……
それが彼女の最終手段だった。
黒い生き物が廊下の曲がり角に現れた。
ミス・クリスティーン
……
この場所の熱気に吸い寄せられたかのようであり、ただ偶然通りかかっただけのようでもある。
彼女の存在に気付く者はいなかった。人々はただ様々な感情に導かれて、彼女の横をすり抜けて突き進む。
ミス・クリスティーンが鼻をすんすんとさせると、駆け抜けていく群衆は彼女の視界の中で少しずつ速度を落とし……停止した。
ミス・クリスティーン
憤怒は辛くてスパイシーな味わい。でも嫉妬の酸味でニュアンスに変化が足されていないと、やっぱり物足りないわ……
パニックは苦くて飲み込めないわ。だけど、慰めの甘さを少し加えれば悪くないデザートになる……
悲哀の涙とため息に混ざる塩気は、あんまり味わいすぎるといらない面倒を招くから、食べ合わせには注意しないといけないの……
痛みは最も複雑で多様な感情よ。昔は一番の好物だったわ……
だけど、ルシアンに会ってから、その辺の人間の痛みじゃ味気なくなっちゃったのよね。
あら、あっちにもう一人いたの……例の小さなザラックのお友達だったかしら。
初めはルシアンに似たあの子、劇団長が自分の新たな舞台に選んだ小さな主役にしか目が行かなかったのに。まさかあの子と関わる中で、あなたがこんなにも美味しくなるなんて。
ミス・クリスティーンは尻尾を揺らしながら地面の影に視線を走らせ、最終的にティッピの影を捉えた……
彼女の二本の尻尾はねじれて奇妙な形になる。それは、まるで淑女が食事前にナイフとフォークを拭いているかのようだった。
ミス・クリスティーン
(尻尾を揺らす)
(食後に前足を舐める)
……あなたに少しばかりのお礼をあげるべきね。
彼女は小柄なリーベリに向かって押し寄せる群衆を見やった。
満ち足りた食事の後には、消化を促すためにちょっとした運動が必要だ、と彼女は思った。
呆然とするスタッフA
俺は……なんでここに……?
呆然とするスタッフB
天災が来るから、地下に避難しに来たはず。けど、なんであたしレンチなんて持ってるの?
カラン――
スタッフたちが手にしていた武器が次々に地に落ち、澄んだ音が一時的に正気を失っていた者たちを目覚めさせた。
彼らは不思議そうに顔を見合わせる。自分たちが武器を握り締めている目的がわからず、ただここを去るべきだということだけは理解した。
ミス・クリスティーン
ニャー――
ティッピ
ミス・クリスティーン……? どうしてここにいるの?
どうしてみんな引き返していったの?
みんなが襲ってきた時、頭のてっぺんからつま先まで悪寒が走って、色んな感情が一気に湧いて体の中で喧嘩してたように感じた……
それから風が吹いて、武器が落っこちる音を聞いたと思ったら、全身から力が抜けていった。
まるで抗えない力が働いて、あたしの体から何かが抜かれたみたいに……
ミス・クリスティーンが首を傾げる。
彼女は尻尾で床を軽く二回叩き、少女の注意を引きつけると、ある方向を指し示した。
……彼女たちはすでに機械制御室の前まで来ていた。
ティッピ
けほっ、けほっ……ここ、想像以上にぼろいんだけど。
うわ、機械もどれも古いモデルじゃん……
でもむしろ好都合かも。機械装置だから防塵防腐の密閉処理が施されてるし、古くてスマートロックシステムも使われてない……
でなきゃ、この場でクラッキングを学ばなきゃいけないとこだったよ!
どれどれ……
嵐の進む速度は区画の速度よりずっと速いし、直接後退するのは無理そうだね。方向転換だ――それが一番の方法だ。
でも今の区画と天災の距離じゃ、方向転換したところで……いや、だめだって。そういうこと考えるな!
まずはロックを解除して……オッケー、順調順調……
んで……
ティッピは深く息を吸い、自分の記憶に間違いがないことを願う。
ティッピ
操縦桿を目いっぱい回す!
ドン――
ティッピは巨大な推進力によって壁に叩きつけられた。動力層全体が揺れ、無数の奇妙な機械音が狭い空間で鳴り響く――
それは、区画の「腰部」に位置する接続構造が強引にねじれ、底部の履帯が必死に反応した結果だった――
足元のこの鋼鉄でできた巨大な獣は止めようのない大きな前進の慣性に逆らいながら、無理やり方向を変え、目の前の嵐を避けようとしている――
ティッピは緊張で歯を噛み締めすぎたせいで、痺れてきたのを感じた。
方向転換が成功するのか、そして、それにはどれだけの時間がかかるかわからなかった……
彼女は胸の前で手を組み、祈ることしかできなかった。
ティッピ
ほんのちょっと進行方向が逸れるだけでいい。嵐に真正面からぶつからなければ、まだ望みはある。
どうかうまくいって、お願い!
あたしは……もう一回彼女に会わないといけないんだ。
ミス・クリスティーン
ニャー――
ミス・クリスティーンは二本の尻尾を揺らし、ぎゅっと目を瞑っている少女の前に飛び移ると、彼女の感情の変化を嗅ぎ取った。
目的を達成した後の束の間の安堵、友人に裏切られた後の困惑と苦しみ、そして……どうして、僅かに抑えつけられた狂気が?
ミス・クリスティーン
……
違う。その匂いは目の前の少女のものではない。
ミス・クリスティーンはふと顔を上げ、視線の届かない場所へと目を向けた。そこには、これまでずっと彼女のお供をしてきたパートナーがいる……
ルシアンがもう一人と共鳴している。それは彼が二倍の苦しみを受けていることを意味していた。
ミス・クリスティーンは少しご機嫌ななめだった。
彼女は思わずクリムゾン劇団が滅びたあの夜を、ルシアンが「クリムゾンソリティア」の名で高らかに歌う姿を思い出した――
これは良い兆しではない。
モイラ
ルシアンさん、どうしてそんなに冷静でいられるんですか?
ルシアン
……
モイラ
私に失望しましたか。私に共感はしませんか?
人形が襲い来る。それらに命がないのは明らかだったが、ルシアンは人形から言いようのない絶望を感じ取った。が、次の瞬間には高揚と狂気に変わっていた……
こうした感情はルシアンが人形に触れた瞬間にエネルギーとなり、彼を押し戻す。
ルシアン
……ミスター・ダルトン。
間違いない、それはダルトンが生前最後にリハーサルをした時の状態だった。
モイラ
どうして避けてばかりなのですか? 私に興味がないんですか、ルシアンさん?
でもあなたがトランスポーターに扮して、宿命についてのセリフを語った時から、私はあなたに釘付けです!
ルシアン
……ミスター・マイケル。
人形がモイラの感情を伝え、彼女は今この瞬間マイケルになっていた。あの派手で気取った男は、いつも己の欲望を垂れ流していた。
モイラ
あなたの体の中には、一体どんな感情が潜んでいるんですか?
あなたは私に恐怖を、そして危険を感じさせます。とてつもない危険です……
ルシアン
……ミズ・シェリー。
シェリー。最期の瞬間、あの神経質なコーディネーターは自身の恐怖に滅ぼされた。
ルシアン
感情を具象化されたエネルギーへと変換し、君の手の触れたあらゆる物体はそのエネルギーを放つ媒体となる……
……それが君のアーツか。
道理であの人は君を選び、君をここまで導いたわけだ。
小道具師、糸、操り人形……まるで舞台のために生まれたような、モチーフの数々だな。己を忘れた時、その存在一つが劇となる。
モイラ
私たちのパフォーマンスに加わりましょう、ルシアンさん。
あなたの言う通り、あの人が私の能力を開花させてくれたのなら、彼の本当の弟子として、あなたは私の最高のダンスパートナーになれるはずです!
モイラは大笑いし、大泣きしている……無数の表情が彼女の顔をよぎり、小道具部屋全体が息の詰まるようなエネルギーで満ちている――
ルシアンにもう逃げ場はない。
ルシアン
……
いいだろう。
モイラ
え?
ルシアン
ミズ・モイラ、私は君のために歌うべきだ……君の望み通りに。
「クリムゾンソリティア」の歌声は、彼自身にとっても、観客にとっても、一種の不幸だ。
歌声は私の喉を引き裂き、君の耳に苦しみを注ぎ込む……君はその場で命を失うか、あるいは残りの生涯、頭の中で鳴り響く歌を聴き続けるかだ。
手にしていたはずの真実を君が無視するのであれば、偽りの獲得に君が満足するのであれば、そして彼のもとに行くには君を滅ぼすしかないのであれば……
今この時、あの苦しみをもう一度味わうとしよう。あの舞台へ再び舞い戻るとしよう。
モイラ
……
モイラは歌声を聞いた。
歌の中の感情は堰を切った潮のように流れ出し、歌声そのものを超越していた。彼女はルシアンが何を歌っているかはっきりとは聞こえず、ただ感じるのみだった……
自身の感情よりも百倍強烈な喜び、恐怖、当惑、疑い、怒り、憎しみ、そして悲しみを……
溢れんばかりの感情がモイラを完全に吞み込む前に、彼女はこう思わずにはいられなかった――
一体どのような経験をすれば、こんなものを体得できるのか。あるいは、ただ空虚な絶望の中で、全てを学ぶことを迫られたのか――
ルシアン
……
劇団メンバーA
劇団長、「ズルカマラ」はまだ我々がカーテンコールのために戻るのを待っています。なぜこんな所まで来たのですか?
劇団メンバーB
ここはただの川です……こんな遅くに、何もありませんよ……
劇団長
残念だが、「ズルカマラ」は今宵劇場の寂しさに悲しむことになるだろう……
この場所、この川こそが、最後の舞台だ。
劇作家よ、皆に教えてあげなさい、キミが修正した後のストーリーはどんなものかを。
劇作家
それは……
舞台上で死んだ「マジシャンの助手」と「幸運な観客」は道具箱に詰められ、川に捨てられました。全てが終わった後で、二人は星明かりの下、川の中から身を起こす……
二人は劇中の死を利用して、自らを束縛する悪夢から逃れたのです。
劇団メンバーA
あれは……「クリムゾンソリティア」と「アビス」か?
待て、二人は古城に戻ってるはずじゃなかったのか? なぜこんなところにいる……
劇団メンバーB
あの二人……逃げようとしているのか?
劇団長
……
ルシアン
どうやら、我々の旅の計画は中断を余儀なくされそうだ、アビス。
アビス
あぁ、そんな……
ルシアン
「奇術師の助手」と「幸運な観客」が死から蘇る……これこそが本当の奇術だ。
これだけ多くの観客を連れてくるとは、どうやらあの人は即興で修正されたこの新たなエンディングが気に入ったようだ。
戻るとしよう、彼が我々を待っている。
アビス
戻る?
私たちはまだ逃げられますよ、ルシアン。
行きましょう。この川は広いですし、彼は我々から十分遠い……
ルシアン
もし君が今逃げることを選ぶなら、彼は君を見逃してくれるだろう。だが恐怖が骨の髄にまで沁み込む毒となり、君は生きる限り苦しみを受け続けることになる……
私は彼のもとへと戻り、彼のあらゆる技を習得し、彼の一切の秘密を掘り起こし、それからその全てを壊そう。
これが私の、悲しき宿命なのだ。
アビス
……
宿命ですって? それはあなたがまた劇団に、彼に溺れている証ではないと、胸を張って言えますか?
ルシアン
もしそれこそが彼から与えられた苦しみならば、それこそが彼から与えられた絶望ならば……
私もまた、彼の宿命となるだろう。
アビス
あなたは結局のところいつも彼のことを、そうした歪んだ美を理解できてしまう。
今まで私が話したことをしっかりと考えたことなどないでしょう……あるいは、あなたはそもそも逃げ出したくなどないのでしょう。もう長すぎるほど長く悪夢に囚われていますし。
わかりました。こうなってしまったのなら、クリムゾン劇団の「クリムゾンソリティア」よ、過去の「友人」の最後の頼みを聞いてください――
どうか、私を追わないでください……
ルシアン
ここでお別れとしよう、友よ……私たちは破滅の後で再び巡り合うだろう。
ルシアン
……
ミス・クリスティーン
……
黒い生き物はいつの間にか小道具部屋に現れ、モイラの体を軽やかに避けると、ルシアンのそばへとやってきた。
ルシアンは床に散らばる人形の破片の中に片膝をついたまま動かず、珍しく彼女に対して紳士の礼を尽くさなかった。
ミス・クリスティーンはますます機嫌を悪くした。
ミス・クリスティーン
あなたはもう随分と歌ってなかったわよね、ルシアン。
ルシアン
……
申し訳ない、ミス・クリスティーン。真っ先に駆けつけてきてくれたのか?
ミス・クリスティーン
(肯定も否定もせず、ただ尻尾を振る)
ひどい匂いだこと。このザラックがあなたにアーツと、かつて捨て去ると決意した技を使わせたのね……
自分が今どんな状態かわかっているかしら?
混乱、無秩序、暴走……解き解していない毛糸玉のようよ。
その状態で彼と向き合うつもりなの? それどころか、殺そうとまで考えているの?
ルシアン
……私はそのために来たのだ、ミス・クリスティーン。
あの川から身を起こした時から……シャレムが水に沈みゆく中で、あの人のもとへと向かうことを選んだあの瞬間から、私は決めたんだ。
これは私が最も多く演じてきたショーだ。私は拒んではならない。拒みたくもない……本当の終結が訪れるまで。
ミス・クリスティーン
いいでしょう。
あなたは怪物になってしまうかもしれないわね。
ルシアン
……
ミス・クリスティーン
いいかしら、ルシアン。
ルシアンは依然として床に片膝をついたまま、顔を上げなかった。
淑女が小さくため息をつく。彼女の深い青色の瞳がかつてないほどに輝き、次いで尻尾が振られると、ミス・クリスティーンは二つに分かれ、全く同じ姿をした二匹の彼女が現れた……
そのうち一匹はルシアンの影の中を行き、もう一匹は彼の前でしゃがみ、彼をまっすぐ見つめている……
二匹のミス・クリスティーンの声が入り乱れて響く。それはまるで奇妙なデュエットのようだった。彼女はその方法で、ルシアンに自分の話す一言一句をはっきりと聞かせようとした。
ミス・クリスティーン
実を言うと、私は「ファントム」の方が好きよ……
込められた意味はそこまで良くはないけれど、それでもあなたが自分で付けた名だもの。
人間って本当に面倒な存在よね。時々私たちが出会ったあのカフェが懐かしくなるの。あの時のあなたの感情はより複雑で、粗かったわ……
だけど今よりはまし……渋みがしつこくって、くしゃみが出そうになるもの。
あの人間に会いに行けばいいわ。それが、あなたのどうしてもすべきことならね。
もしも狂人になったなら、その時はあなたのあらゆる感情を食べてあげる……どんなに喉を通らなくても、きっと。
もしあなたが消えていなくなったら、私はあの人間につきまとって、どうにかして嫌な思いをさせてやるわ……
どうせあれ如きでは、私をどうすることもできないもの。
幸運を祈っているわね、ファントム。
ニャー。
恐れるスタッフ
は、早く……先に地下通路に入れてくれ!
いら立つスタッフ
おい! 風で目がイカレちまったのか! 俺がこの列にどんだけ並んだと思ってんだ? 殴られてぇのか!
グレータ
みんな無理に押さないで! 地下通路の広さはせいぜい二人が通れる程度よ。分かれ道で立ち止まらずに、後ろの人のためにスペースを空けて! まだ時間はあるわ!
心配するスタッフ
グレータさん、区画西の外側のフェンスと路面が嵐で完全に破壊されました。
このままだと、たとえ動力層に入ったとしても、長くは持たないんじゃ……
アブナー
さっさと地下エリアに避難しろ。メラニー、嵐でドレスが破れちまうぞ!
メラニー
これが彼女が感じた風ね……
アブナー
あ? 何だって?
メラニー
何でもないわ。
アブナー
お前さん、セットのデザインについてティッピに相談に行ってなかったか、どうして一緒じゃない?
メラニー
あの子は何か方法を思いついたとかで、あっという間にどこかへ行ってしまったわ。追いつけなかったのよ……
私たちをご覧なさいな。天災が間近に迫っている時に、未成年の子がここにいる誰よりも冷静で勇敢だなんて、情けないったら。
アブナー
勇敢なのは、あいつがまだ怖さというもんを知らんからだ。
経験したことがある者、希望を抱いたことがある者、そして打ち砕かれたことがある者。そいつらだけが、諦めないということは、どれだけ理想主義であるかを知るんだ。
メラニー
それこそが映画撮影の苦しみであり、魅力でしょう?
アブナー
……こんな状況なのに、まだ*ランクウッド現場用語*映画を撮り終えたいなんて言うんじゃないだろうな?
メラニー
……
不運なスタッフ
グレータさん! 全ての物資の運搬が完了しました! チームメンバーもほとんどが地下へ避難しました。
グレータ
ご苦労だったわね、ホーティン。あなたも急いで地下エリアへ避難しなさい。
不運なスタッフ
……
グレータ
まだ何かあるの?
不運なスタッフ
何人かのスタッフに尋ねたんですけど、区画が天災に近付いてから、誰もスティーヴン監督を見てないって言うんです。
ついさっき西側の誘導を担当していたスタッフが言ってました。天災は西の外側のフェンスだけでなく、一部の建物も破壊したって……
スティーヴン監督の仕事部屋はそこにあります!
グレータ
……
ルシアン
……
源石粉塵をはらむ狂風が、夢を生み出すために作られた見事なセットを横薙ぎにした。瞬く間に、十数のスタジオは黒い骨組みだけとなり、バラバラと地面に倒れ込んだ……
まるで押しつぶされた檻のようだった。
ルシアンが耳を澄ますと、風の中からさらに多くの音が聞こえてきた――
悲鳴と嗚咽、叱責と呪い、敬虔な祈りと無意味な悲鳴……
運命の手、そして自然が構築する劇が、登場人物へ持ち場につく時間を与えることはない。
ルシアンは残骸へと足を踏み入れた――
彼は、今この瞬間にいるはずのない人影を見た。
天災が人間の作り上げた夢に敬意を払うことはない。「ミズ・デュポン」の屋敷は狂風によって見る影もない状態になっており、巨大な階段だけがいまだその場にそびえ立っている。
濃い雲が低く低く垂れ込め、遠くの照明は依然としてしぶとく階段を照らし、そこはまるで舞台であるかのようだった……
中年の男が一段一段階段を上がっている。
彼は狂風で引き裂かれた幕を手に取り、再び美しく整えようとしている。そしてついに、彼の努力により、幕に付着していた汚れと埃が消えて、本来の赤色が現れた。
男は相変わらず酒瓶を手に握り締めていたが、意気消沈した酔っ払いではなかった。開場前の舞台を細部までチェックしており、彼以上に真面目な劇団員はいない。
ルシアン
習慣は変わらないものだな……手伝いは必要か?
ダルトン?
ほとんど済んだよ、ルシアン。
ちょうどいいタイミングで来たね。
ルシアン
わかっている。
ダルトン?
驚かないのかい?
ルシアン
驚くべきなのか?
ダルトン?
キミはそうしないだろうね。
ルシアン
「舞台はここから始まり、ここで終わるべきだ。」
ダルトン?
劇作家なら、そういった劇の締めくくり方は、綺麗さを求めすぎていると言うかもしれない。
ルシアン
あるいは、全てがちょうどいいと感慨するかもしれない。
ダルトン?
芝居のことは全て棚に上げるとして、これが十年ぶりに、キミと再び「正式に共演した」姿だからね。
アビスは今どこに? ああ、すまない、キミにとってはシャレムという呼び名の方が好ましかったね。
ルシアン
旅しているか、アイデアを探しているか、災害救助か……いずれにせよ、ここにはいない。
ダルトン?
当然のことだね。クリムゾン劇団はとうになくなったんだ。キミたちが暗闇から抜け出したのを見て、嬉しく思うよ。
新たな身分、新たな生活、新たな居場所……どうやらあのロドスという会社は、キミたちに多くの気づきを与えたようだ。
ではキミは? ルシアン、キミはどうしてここに来たんだい?
ルシアン
来るべきではなかったか?
ダルトン?
まさか。それだけはありえない。キミはこれより幕が降りるこの新たな劇において、舞台に一番ふさわしい人物だからね。
ルシアン
……だから、すでに出演もしているということか。
ダルトン?
ああ、もちろん。
この劇の最初の素晴らしいシーンは、キミと彼によるものだった。
ダルトンはその手で自分を殺す凶器をキミに渡し、自らの死でもって物語の幕を開けた。
ルシアン
そしてあなたは彼の目を通して、全てを見届けた。
ダルトン?
ルシアン、ナイフを握った瞬間、キミはきっと違和感に気づいたはずだ……
私はそのことを確認できて安心した。
しかし同時に好奇の心を抑えられないんだ。キミが何のためらいもなくナイフを振りかざしたのは、果たして……
ルシアン
演者が舞台に立った以上、いかなる予想外の出来事も芝居の一部にしなければならない。
あなたの教えを心に刻んでいた、それだけだ――
劇団長。
ダルトン?
……
劇団長
久しぶりだね、ルシアン。