心霊特集
星熊
ん……
誰だ? 誰かいるのか?
ベルの音……?
(目をこする)夢、か? 私はまだ眠っているのか?
明るい月の下、すでにガラクタが片付けられたその床に、小さな一輪車が立っている。
それは何の支えもないままに、直立すらせず、片側に傾けられた状態でそこに立っているのだ。
星熊
どうなってるんだ……飲みすぎたか? 瓶のたった半分飲んだだけで?
さらに奇妙なことに、その一輪車には、見えない何かが乗っているかのように、それの頭の位置であろうあたりに小さなヘルメットがあった。
とはいっても、実際そんな「何か」が乗っているかなど誰にもわからない。ゆえに星熊には、ただヘルメットが浮いているだけのように見えた。
星熊
警察の盗聴装置? いや、金兵衛の策略か? あるいは鉄斎の叔父貴が用意したものか? もしくは何かのアーツかもしれない。
調子のいい記者
視聴者の多くは、青鬼と輪入道には何か関係があるとお考えなんです! 青鬼の被害者は、大半が輪入道を目撃したあとに不測の事態に陥っていますので。私としては――
星熊
……まさか、輪入道? 怪談は本当なのか?
とにかく、手に取って見てみよう――
星熊がしゃがみ込んだ途端、一輪車のペダルが素早く回転し始め、ヘルメットと共に飛び出していく。
星熊
待て――止まれ!
一輪車は猛スピードで走っていき、星熊はその後を追う。
そのさなか、ペダルに合わせて車輪が動き、小さなヘルメットが規則的に上下するのを、星熊ははっきりと見た。
どう考えても、見えない何かが乗っているとしか思えない。それがカーブをする時には、一輪車のペダルが地面にこすれて火花が散っていた。
萌々香の全身から力が抜け、彼女は畳に横になった。
萌々香
……全然眠れないや。
明日の朝、一度事務所に行ってみようかな……
まずはちゃんと謝って、誠意を見せないと……それでダメでも、仕事をもう少し増やせば、澪さんはきっと許してくれるはず――
ひえっ!
な、なんだ鐘の音かぁ……
やっぱり、電気もテレビもつけっぱにしとこ……
萌々香は膝立ちでテレビの前まで行くと、スイッチを入れた。
すると、騒々しく、大げさで、わざとらしい――それでも、御机そのもののような安心感を与えてくれる広告の声が聞こえてくる。
萌々香
とりあえず今日は……もう寝よう。
テレビの声
……安心の、御机連合生命保険。
~♪
皆さんこんばんは。金石テレビ、夜のニュースです。時刻は午前一時三十分になりました……
萌々香
もうすぐ丑三つ時だ……幽霊が一番元気になる時間じゃん……うぅ……
テレビの声
……北院と共同策定した計画は妨害を受け……
……現在、諫崎を暴雨が襲っています。とはいえ、農業区画の被災状況は限定的で……
……続いては、注目の御机娯楽産業について……
(警報音)
萌々香
な、何? 何が起きてるの? 地震? まさか天災!?
テレビの声
ザザッ、ザーーーッ……
――急速報、緊急速報。これは演習ではありません。繰り返します――これは演習ではありません。
……現在、我々は北院軍による総攻撃を受けています――
安全確保のため、以下の指示に従ってください――
(耳をつんざくような音)
萌々香
北院軍? そんなはず……! 一体どういうこと!?
テレビの声
ザザッ、ザーッ……
萌々香! 萌々香! 萌々香!
萌々香
えっ? これって……私のライブの映像?
テレビの声
みんな独りで浮世を漂ってるから……♪
ひと時の優しさになおさら胸が切なくなる……♪
永遠にあなたの――
ザーーーッ……
あなたの、あなたの、あなたの、あなたの、あなたの、あなたの――
――指示に従ってください。屋内にいる方は、直ちにドアと窓を閉め――
萌々香
きゃあああああああああああっ!!!
萌々香は思わず畳から跳ね起きた。テレビにはあまりに異常なものが映されており、彼女は咄嗟に、手の届いたものを闇雲に投げつけた。
すると、チャンネルが勝手に切り替わり始める。
テレビの声
……最後になりましたが、皆さん仁田街の「まよなか雲獣バー」へどうぞいらして――
三船~♪ 信用金庫~♪
三……三……信……
聞き覚えのある声
社長……彼女にもう一度チャンスを与えてくださいませんか。
萌々香
この声……
聞き覚えのある女性の声がテレビから聞こえてきた。心の中の恐怖が次第に和らいでいき、萌々香は大きな枕越しに画面を見ようとした。
聞き覚えのある男性の声
今は重要な局面なんだ。
聞き覚えのある女性の声
承知しております。ですが……現状、彼女と鉄斎が個人的に接触しているという証拠はありません。
萌々香
澪さん? それに、金石グループの三船社長も!?
このテレビは何を流してるの? どこかの録画? それとも中継?
萌々香は目をこすった。
三船
澪よ、彼女はもはや制御不能だ。
たとえ鉄斎の指示でなくとも、こうしたことは一度起きたら二度目も起こる。だから、前と同じように秘密裏に消せ。
澪
しかし、今は時機が良くありません。
三船
まだ彼女に肩入れするつもりか?
澪
急に彼女が消えてしまうと、世論を制御するのに今以上の労力を払うことになります。そうなれば、今後の計画にも影響が出るかもしれません。
三船
……ふん、お前は何を言う時もそんな表情をしているな。
彼女に同情しているのなら、適当に理由をつけて契約を解除して、引退に追い込むのでも構わん……そうだな、鉱石病にでも感染させてやれ。
澪
三船さん、それは――
三船
道は二つしかない。どちらにするかは、お前が選べ。
彼女は部屋中のゴミの中から、よりによってあの折れた刀を拾ったのだということを忘れるな。当時俺たちは、どう探そうとあれを見つけられず、やむなく折れた刀を偽造するに至った……
仮に彼女自身は意図せずやったことだとしても、事情が変わったんだ。
澪
……
わかりました……
萌々香
……鉱石病? 三船さんが……澪さんに命令してる……
誰を鉱石病にしろって言ったの?
それに、折れた刀って……もしかして、私があの部屋で拾った棒のこと?
「幽霊屋敷」の上階から落ちた後、萌々香は慌てて服を着替えて、汚れた服を適当にまとめ、そのまま撮影現場を離れていた。
となれば、例の「棒」は恐らく、彼女の汚れた服に紛れ込んでいるのだろう。
萌々香が起き上がって玄関へ向かえば、案の定汚れた服の中からあの「棒」が見つかった。
それは確かに、本物の折れた刀だった。
「事情が変わった」って……この刀のせいで?
彼女は、すぐさまその刀を窓の外に、遠くに放り投げたいと思ったが、理性は「そんなことをすればもっと厄介なことになる」と訴えてきていた。
萌々香
やっぱり持っておこう。もし、もし誰かが欲しがるようなら返すことだってできるし。それか、たとえば……
幽霊屋敷で拾った刀のせいか、テレビに映った三船の話しぶりのせいか、彼女の背筋を悪寒が駆け上る。
彼女は思わず、卓上の照明をつけては消しを繰り返した。
照明がつけば、窓に映る影を外の人に見られそうで恐ろしく――
照明が消えれば、暗闇から突然侵入者が現れそうで恐ろしいのだ。
萌々香
二人が相談してたのって、私をどう処分するかってこと? だとしたら、あの投稿をしたせい? それとも、折れた刀を拾ったせい?
消すとか……鉱石病にさせるとか……
そんなはずないよね、きっと何かの間違いだよ。私の名前は出してなかったし……
そのとき、ふいに階下から足音が聞こえてきた。聞き慣れた、素早くもしっかりとした足取りを思わせる音が。
萌々香の精神は、これまで起きた様々なことに追い詰められ、崩壊寸前になっている。そのため、相手が誰かは予想がついても、足音が鳴るたび彼女は少しずつ後ずさり……
それ以上下がりようのない窓辺まで近付いていた。
澪
……萌々香?
すまない、寝ているだろうと思ったから、勝手に扉を開けてしまったよ。
萌々香
でも、いつもは必ず三回ノックをしてくれてるじゃない。
……あなたたちが処分しようとしてるのって、まさか私、なわけないよね?
澪
処分? 萌々香、君――
萌々香
命を奪うか、鉱石病に感染させるか……二人で話してたでしょ。あれって、私のことじゃないよね?
あのね、どうしてかはわからないけど、さっきテレビに突然……澪さんと三船さんが……誰かを処分しようと話し合ってる映像が流れたの。
うちの事務所が金石グループの傘下にあることも、金石グループと金石会に資金関係の繋がりがあることも知ってたけど、それだけだと思ってた。なのに、まさか……
澪
……
萌々香
ねえ、私じゃないんだよね? 違うって言って……
澪
とにかく、ついてきて。この件はまだどうにかなるから。
萌々香
そう言うってことは……やっぱりあれは私のことだったの!?
澪
……
萌々香
わ……私、荷物をまとめないと。すっごく、すっごく時間がかかると思うから、ドアを閉めなきゃ。ええと、外で待っててくれない?
口ではそう言いながら、萌々香は一歩も前に出ようとはしない。
そして玄関にいる澪も、その場に立ったまま動かなかった。
澪
手伝うよ。
萌々香
だ、大丈夫、手伝ってもらわなくても一人で片付けられるから。
澪
手伝う。
萌々香
澪さん、いいから……
澪
……手伝うと言っているでしょう、萌々香。
同じ言葉を無表情に三度繰り返してきただけで、見慣れた彼女の姿が瞬時にこの上なく恐ろしく見えてくる。
そこで幾度かの呼吸を経て、萌々香が取った行動は、彼女自身想像もしていなかったこと……
窓を開け、二階から飛び降りることだった。
星熊
すまない、大将。先ほど一輪車がこの屋台の前を通り過ぎていったんだが、どちらに行ったか見なかったか?
屋台の大将
一輪車? 見てへんなぁ。
それに、向こうは仁田街や。今の時間は遊び歩く人でごった返しとるし、一輪車なんかでそっちに行く人おらんて。
星熊
普通の一輪車ではないんだ、小さなもので――
屋台の大将
へえ、どんくらい小さいん?
星熊
かなり小さかった。飛ぶように速く、その上にはヘルメットが浮かんでいるんだ。
――いや待て、ここは……昨晩のおでん屋か?
屋台の大将
自己紹介といこか。俺は森内。森内徹(もりうち・とおる)や。
森内
ほんまにその一輪車を追いかけよんねんな?
星熊
ああ。
森内
それはロクなもんやないで。
君が追いかけよる一輪車は、怪談話に出てくる「輪入道」いうやつや。そいつは「幽霊屋敷の青鬼」とニコイチみたいな扱いで、その二つをおんなじ存在やと考えとる奴もおる。
星熊
怪談には詳しいのか?
森内
自慢やないけど、この通りではいっちゃん詳しいやろな。
星熊
ほう、怪談が好きなのか?
森内
っていうより、あるお方を探しとるからや。
星熊
その「お方」が、二十年前の青鬼でなければいいが。
森内
ははっ、ちゃうちゃう。
俺が探しとんのは「神様」や。