闖入者
フェルネ
もしかして、こちらの方がライン生命で一番若い主任にしてクリステン女史のかつての右腕、そして生態研究園とサイエンスパークのエンジニア部門双方の責任者である――ナスティ主任なのですね?
ナスティ
……マーシア、君の言う「後続事項」とはこのことか?
マーシア
あの、はい。解説員がいればエンジニア部門の交流効率が上がりますし、ライン生命生態研究園の宣伝にもより力を入れて、事前見学のような冷遇が二度と発生しないよう避けることもできるかと。
ナスティ
……
フェルネ
ナスティ主任、パーク上空に浮かぶプランターユニットにはプロペラがついていなくて、呪文で揚力を生み出していると聞きました。これは本当ですか?
ナスティ
部分的に真実だ。しかし呪文だけでは足りない。声を媒体としない場合、呪文は機械と合わさってようやく動力を維持できる。
フェルネ
では、骨筆ってきっとあなたにとって非常に重要なものですよね。もし無くしたりしたら何か実害があったりするんですか? 記憶喪失とか、病気になったりとか。
ナスティ
骨筆は私にとってただの道具だ。身体に……影響は及ぼさない。
フェルネ
それじゃあ、仕事以外の時間に何をしてストレス発散やリラックスをしているんですか?
ナスティ
……
フェルネ
羽角のケアで少しリラックスできたりしますか? どのブランドのケアセットがおすすめでしょうか? あっ、製品効果の確認のために、角を少し触っても――
ナスティ
解説員の方、君の質問はすでに我々の仕事と無関係なものになっている。研究員に生態研究園を案内させよう、君の疑問に答えてやれるはずだ。
フェルネ
でも――
ナスティ
少し、マーシアさんに個別で確認を取りたいことがある。
ナスティ
ゴードンは今度は何をするつもりだ?
マーシア
なぜそのようなご質問を? ライン生命の現在の境遇を鑑みると同業者がつけあがる可能性があり、それが点検作業に響いた場合は損失の方が大きいとゴードンは考えたのです。
ただの善意ですよ。
ナスティ
あいつの身に付けている高価なスーツは良心と交換で手に入れたものだと思っていたのだがな。
マーシア
……
ナスティ
それに、特別招聘された解説員があれほど的外れの質問を行うとは想像し難い。初めから目的を持って行ったことだと考える方が自然だ。
君が上司を擁護しなければならないことは理解している。それを責めるつもりはない。だが、私の前では本当のことを言っても構わないと知っているはずだ。
マーシア
……確かにおかしいとは感じましたが、ゴードンは決してナスティ主任と事を構える選択をしないと思います。
ナスティ
そう考える理由は?
マーシア
ナスティ主任と、私たちが協定を結んでからそれほど経っていません。これほど短い間に二度も威圧する理由がありません。
もし本当に何か別の狙いがあるのでしたら、普段の慎重さから考えますと、万全を期すために計画の全貌をできる限り詳細に教えてくださるでしょう。例外があるとすれば……
ナスティ
何らかの秘密を隠している場合だな。
マーシア
……
ゴードンは毎日しばらくオフィスエリアから姿を消す時間があるのです。最初はお客様と投資の話をなさっているのかと思いました。
しかし数日前、ある投資者の方と挨拶を交わしていた時、その方はゴードンが一度の交渉ですべての協定をまとめたと称えました。
その投資者の方との交渉は難航していて、もっと時間が必要だと話していたと記憶しておりまして……
あの、ナスティ主任、なぜそのような目で私を?
ナスティ
秘書規程第一条に違反しているぞ。
マーシア
あっ!
ナスティ
それに、手がかりを整理していた時の君は、以前ほど緊張していないように見える。
マーシア
……そうでしょうか?
心得の通りであれば、私は耳と口を閉ざして、上司の利益だけを考えて動くべきです。ですが、あの方が一体何を考えているのか、今の私にはわからなくなってしまいました。
???
俺の話をしているのか?
マーシア
!
ゴードン
あんたたちが仲良くしてくれるのは、見ていて非常に喜ばしいぜ。マーちゃんみたいな口下手な子は、仕事以外で友達なんざできないんじゃねぇかと思ってたからな。
マーシア
ゴードン長官、私……
ナスティ
これも彼女の秘書規程のうちか?
ゴードン
ははっ、冗談が上手なんだな、ナスティ主任。
ナスティ
冗談を聞きに来たのではないといいのだが。別に得意ではないからな。
ゴードン
謝りに来たんだ。
エキスポに参加するためのプロジェクトに心を砕いてそのうえ一万を超える展示品の審査もしないといけないなんて、あまりにも負担が大きいだろう。俺としても微力ながら力を貸そうと思ったんだ。
ナスティ
だいぶ「プロフェッショナル」な解説員を派遣してくれたな。
ゴードン
憧れている相手に会って緊張しちまうのもしょうがねぇだろ。
ナスティ
自分にあのような「ファン」がいたとは初耳だ。
ゴードン
たぶん必要以上に照れてたんだよ、それか――
疑われないように二人ともわざとやってるのか。
ナスティ
どういう意味だ?
ゴードン
マーちゃん、解説員のお嬢ちゃんを連れてこい。そいつに、いくつかナスティ主任に関して訊きたいことがある。
マーシア
長官、彼女が見当たりません……
ゴードン
なんだと――
研究員
ナスティ主任! すべての植物の養分供給が停止されました。しかし、基本制御プログラムはエラーを吐いてませんし、中央制御コンピュータのハードウェアにも損傷の痕跡がありません。まるで……
ナスティ
与えられていた指令がすべて取り消されたかのように。
研究員
はい。実験植物に養分を供給するエネルギー転換装置が逆回転しています。最速で指令を修復しなければ、植物たちは数分後に死亡し――
ナスティ
いや、もう枯れ始めている。
一枚の葉っぱから始まって、一本の枝、そして一株の植物……生い茂っていた緑がたったの数秒間で、生態実験用の壁一面から無情にも剥がされてしまった。
人々は足を止め、目の前に起こる災難をぼんやりと眺めていた。縮こまった枯れた骨のような枝や葉が意味するものを、誰もが良く理解している。
絶望的な状況へと進んでいくのは、その木々だけではない。
研究員
ボーっとするな! まずはエキスポ用の実験物を移植するぞ。残ってる苗はもうそれだけなんだ――
ゴードン
全員止まれ!
研究員
な……
ゴードン
只今から、生態研究園の管理権をライン生命からパークの警備隊に移行し、全面的な事故調査を行う。証拠捜しが終わるまで、誰も設備に近づくな!
警備隊。
パーク警備隊
はい。
ゴードン
生態研究園の封鎖を。
パーク警備隊
了解しました。
ゴードン
申し訳ねぇな、ナスティ主任。あんたたちの失われた実験成果にゃ俺も心が痛むが、パークの安全のためだ、この決定は譲れねぇ。
事故の調査結果が出るまで、あんたの研究員は全員ラボから出てってもらうぜ。点検の仕事も他のやつらに任せよう。
ナスティ
その警備員たちが外に控えたのは、警報が鳴る前と後のどちらだ?
ゴードン
何を言いたいのかわからねぇな。
ナスティ
研究員たちは帰らせよう。だが私はここに残る。
ゴードン、君は来るタイミングが良すぎた。
ゴードン
……
フェルネ
はあ……はあ……
あいつら……追いかけてきてない……やった……
ごめんね、ゴードン長官。生態研究園で来るのを待つべきだったんだろうけど、約束破っちゃった。
あのバンシーのお客さんを助けられそうなものを、見つけたかもしれないから……
フェルネは握りしめていた右手を開いた。真っ白な物体がその手のひらに乗っている。
十分前、彼女は生態研究園を見学しながら、年老いたバンシーの理性を取り戻すのは何か、と考えていた。
それはきっとバンシーにとってとても大事なものだ。本能を呼び覚ますことができるほどの。
まるで運命に恵まれたように、木に刺さった小さなそれがフェルネの目に入った。
解読の難しい記号が真っ白な「短い枝」全体に記されており、周りに浮かぶ紋様はまるで微かに輝く心電図の波形のようで、抗いがたいほどの吸引力を放っている。
似た記号や紋様をフェルネは見たことがある――これはバンシーの骨筆だ。
フェルネ
ごめんね、ナスティ主任、骨筆をちょっとだけ借りるよ。うちのお客さんが元気になったら、すぐ返すから。
フェルネ
ハーイ、ごきげんはいかが。一日中部屋に籠らせてごめんね。でもたぶんお客さんの記憶を取り戻せる方法を見つけたの――
あれ……お客さん?
部屋には誰もいない。ベッドのシーツのシワだけが誰かがいたことを示している。
大きく開いた窓から風が吹き込み、窓台では黒い羽角の残片が微かに揺れていた。
フェルネ
あの人……いなくなってる……