往日の詩
心配そうな村人
本当に村を離れる気なのか?
クサントス
ああ。明日の夜明けと共に発つ。
畑は一通り耕し直したし、種も食糧の備蓄も十分にある。倉庫も修理し終えた上に、渡し守の技術も、何人かの若者に伝えておいた。だから、心配するな。
心配そうな村人
俺が心配してるのはあんたのことだよ、クサントス。
あんたはこの沼地を出たことはないだろう。それが、たった一人のよそ者を探しに、遠くへ旅に出るだなんて。
クサントス
イサコスは俺の兄弟分だ。それに、皆を助けてくれただろう。
心配そうな村人
だが、あれから一年経つんだぞ。イサコスも、自分の故郷に……アテヌスに戻ってるんじゃないか。
クサントス
あいつは約束を守る男だ。
戦争が終われば、必ず戻ると約束したのだ。
心配そうな村人
だったら、こうは思わないのか? もしかしたら、あいつはもう……
なんせ、あいつが向かったのは、サルゴン人との戦場なんだぞ。
クサントス
その時は俺が仇を討とう。あいつのため、そしてミノスの民のために。
遊撃隊員A
落ち着けって、人違いだ! 俺はイサコスじゃない!
クサントス
あなたこそ、落ち着いてくれ。俺はただ、あなたが身に着けている鎧に見覚えがあると言っただけだ。
遊撃隊員A
……
クサントス
それは俺の弟分、イサコスの物だった。出発前、村中の家々から毛皮や鉄器を持ち寄って、俺がどうにか形にし、甲冑へと仕立てて武器を作った。
遊撃隊員A
す、すまない……戦いが長く続いて、随分と眠れていないもので、少し疲れていてな。
クサントス
これを。壺の中に、鎮静効果のあるハーブティーがまだ少し残っている。
そのあとでいいから、教えてくれ。鎧はどこで手に入れた?
遊撃隊員A
遊撃隊の仲間から譲り受けたんだ。戦場で出会ったんだが……あいつは矢を受けてしまって、息を引き取る前に、これを渡してくれて……
クサントス
……
遊撃隊員A
だが、あいつの名はイサコスじゃなかった。
クサントス
ふぅ……そうか。
遊撃隊員A
この鎧に付いた傷跡を見てくれ。これほど傷ついているのは、たくさんの人間の手に渡って来たからだろう……
あんたは知らないかもしれないが、遊撃隊はサルゴンの正規軍とは違って、物資がかなり限られていてな。
武器や防具、食糧は一度集めたうえで、任務の優先順位に応じて再配分することも多いんだ。
これを譲ってくれた仲間が所属していた遊撃隊の番号と、今いる方角なら教えられるが……っと、その前にまずはこの鎧を返さないとな。
クサントス
いいんだ。あなたにはまだ必要な物だろう。方角さえ教えてもらえたら、それで構わない。
遊撃隊員A
それは有り難い話だが、本当に山に入る気か?
この辺りの山はどこも、遊撃隊の活動地で、サルゴン人との戦場なんだぞ……?
クサントス
ならば、遊撃隊への参加を申し出る。
遊撃隊員A
戦場に出たことはあるのか?
クサントス
いいや。船の櫂と農具を握った経験しかない。
だが、ほかに選択肢はないだろう?
遊撃隊員B
よく笑う長髪のフォルテ、か。すまないが、心当たりはないな。
この靴も、遊撃隊に参加した時に受け取った物でな……当時物資を届けてくれた仲間の話では、左の角が少し欠けた中年の男の物だったらしいぞ。
クサントス
破れているようだな。
遊撃隊員B
す、すまん……俺には少し小さかったんだが、まだ直す余裕が持てなくてな。
何しろ、サルゴン人に追い回されてただろう。もし、あんたが助けてくれなければ……
クサントス
座ってくれ。
遊撃隊員B
えっ?
クサントス
俺がその靴を直そう。
遊撃隊員B
ありがとう……あんた、手は大きいのに、随分器用だな。遊撃隊に入ってからどのくらいになるんだ?
クサントス
四ヶ月余りになる……初めは人探しが目的だったのだが。
さあ、この靴はあなたが持っていてくれ。
戦い、場所を変え、潜伏し、準備を整えて……血を流し、命を落とすか、あるいは血を拭い、次の戦場へと向かう。こんな日々は、まだ長く続くことだろう。
遊撃隊員B
……
クサントス
ところで、この靴を届けてくれた仲間というのはどこにいる? 方角さえ教えてもらえたら、それで構わない。
遊撃隊員C
……
やはり、この盾の隅に刻まれた文字には意味があったのか。「イサコス」という名を縮めて書いたものだったんだな。刻んだのは、あんたか?
クサントス
ああ。
遊撃隊員C
つまりあんたは、この半年以上、人探しのためだけに戦場を転々として、遊撃隊の大半の部隊に身を置いて来たってことだな。
クサントス
どうやら、あなたも手掛かりは持っていないようだな。
遊撃隊員C
すまない、クサントス。それに、悪いがこの盾も、返すわけにはいかないんだ。
この表面についた傷跡を、それにこの焦げ跡を見てくれ! サルゴン人のアーツですら、こいつを砕くことはできなかった。
俺にはこれが必要なんだ。これがあれば、もっと多くの仲間を救えるだろうし、故郷に帰るその日まで生き延びることもできるかもしれない。
クサントス
そういうことなら、願ってもない話だ。
「イサコス」の名があなたと共にあらんことを。どうか我らの血と眼が、我らの勝利を見届ける日が訪れんことを。
遊撃隊員C
では、ここで別れよう、戦友よ。
クサントス
方角さえ教えてもらえたら、それで構わない。
クサントス
使う時の向きを変えてみてくれ。このアーツユニットは、左利きのイサコスのために設計したものだからな。
遊撃隊員D
なるほどな、道理で出力しづらかったわけだ!
……なあ、クサントス。思えばもう一年以上になるな。
クサントス
ああ、瞬く間だった。時間とは、雪解けを迎えた川のように流れていくものだな。
遊撃隊員D
今じゃあんたは、この辺りで一番有名な遊撃隊員だ。誰よりも戦いを経験し、誰よりも多くの戦場に向かったあんたの勇猛さを、誰もが讃えている……
だが、本当にこれからも、弟分を探し続けるつもりなのか?
クサントス
立ち止まる理由がないからな。
それは、あなたがこの戦場を去らないのと同じことだろう。
遊撃隊員D
ふっ、それもそうか。
クサントス
時に、その訛り、ラケダイモン出身か?
遊撃隊員D
そんなところだ。正確に言えば、俺の故郷はあの移動都市の航路上の谷にあってな。これが、春になるとすごく綺麗な場所なんだ。
クサントス
先ほどは、こちらが故郷のことを、イサコスと共に築き上げたあの小さな村のことを話した。今度は、あなたの故郷の話を聞かせてくれ。
我々は百年以上にわたって敗北を喫し続けており、この戦争の結末がどこへ向かうかもわからない。だからこそ、互いの故郷を……互いのことを、記憶しておくべきだ。
遊撃隊員D
そういうことなら、喜んで話そう、同胞よ。
クサントス
ありがとう。明日俺は、再び捜索の旅に出る。何か心当たりの場所があれば、方角さえ教えてもらえたら、それで構わない。
サルゴン将校
おいミノス人、どうして俺を木に縛り付けて辱めるんだ?
クサントス
質問に答えろと言ったはずだ。
サルゴン将校
ああもう、わかった、イサコスだろ! 耳にタコができるほど聞いたさ!
*サルゴンスラング*、もういい、もう限界だ……確かに二年前、この近くで、俺の率いる部隊が、負傷者を連れたミノスの遊撃隊に遭遇したことがある。
連中の旗に書かれていた番号は、お前が言った番号と同じだった。
俺たちはその遊撃隊を全滅させた。お前の言うイサコスとやらも、その中にいたんだろう。
これで満足か? お前たちがここで待ち伏せをしたのは、二年前の戦いを理由に、俺に復讐するためだったというのか?
この狂人め……!
クサントス
信じがたいかもしれないが、これは偶然のことだ。
今日まで俺は、本当にイサコスを見つけられるとも、あいつを殺した仇に出会えるとも思ってはいなかった。
この戦い自体、ここ一年、それどころか、この百年以上の間に起きてきたどの戦いとも変わらぬものだ。
お前たちサルゴン人が他人の土地を侵略するがゆえに、俺たちは自らの故郷を守るしかなかった。
俺はもはや習慣のように、人に会うたび聞いたものだ。イサコスを見なかったか、あのよく笑う長髪のフォルテを、アテヌス出身で、少し南部の田舎訛りのある男を知らないか、と。
そう思えば、俺は確かに「狂人」なのだろう。
サルゴン将校
……
クサントス
俺はあいつの鎧を、靴を、盾を、アーツユニットを……あいつがこの山林に遺したすべてを見つけ出した。
俺は、イサコスを見つけたのだ。
お前のような賊に、ミノス人一人一人の名前を覚えていろとは望まない。お前たちのパーディシャーも、軍功書に記された一行一行が何を指しているかなど気にも留めないだろう。
ゆえにこそ……「イサコス」の名だけは覚えておけ。
それは俺たちの情と愛、あるいはお前たちの罪と罰を指す名なのだから。
サルゴン将校
……
……
クサントスが顔を上げれば、何百ものモミの木がそこに誇らしげに立っていた。風が吹けば、森全体がざわざわと音を立てる。
この土地は、この木々は、多くを記憶していたが、それを語ることはない。
彼の弟分であり親友であった彼、神託に導かれ故郷を離れた若者は、そのどこかで――あるいは、その一つ一つの下で命を落としたのだ。
イサコスは、そして無数の「イサコス」たちは、この大地を守るために散っていった。
クサントスは巨大な櫂を振り上げた。一年余りの時を経て、その櫂はすでに川のせせらぎを忘れていた。今やそれを濡らすことかなうのは、仇敵の血のみなのだ。
クサントス
――ッ!
イサコスの父
それであんたは、イサコスの仇を討ったのか?
クサントス
……
いいえ。
あのサルゴン人の頭に武器を叩きつけようとした瞬間、同胞が俺を止め、それと同時に角笛の音が鳴ったのです。
リュケイオン
そんな話は初めて聞きました。まさか、先生の経験した戦いが……
クサントス
俺を止めた同胞は、必死そのものだった。片足が折れていたにもかかわらず、それは凄まじい力だった。
振り返れば、彼は涙で顔を濡らしていた。その目は恐怖に満ちていたが……それはサルゴン人に対してのものではなく、俺に対してのものだった。
俺には、彼が何を恐れているのかがわかった。
彼は、ようやく掴んだ「平和」が壊されることを恐れていたのだ。俺が新たな衝突を引き起こし、残酷な戦争を長引かせてしまえば、己も二度と家には帰れなくなるかもしれないと思ったのだろう。
俺はため込んだ怒りと悲しみをぶつけることもできず、ただ地面に跪いたサルゴン将校を睨みつけていた。奴は呆然と、角笛の音を聞き続けていた。俺も奴も、何の表情も浮かべてはいなかった。
あの瞬間、俺は悟った。戦争とは、俺たちの身体の中で続いていくものなのだと。それは始まることこそあっても、決して終わりはしないのだと。
リュケイオン
……
クサントス
ご老人、あなたの仰る通りです。我が心のミノスはとうに現実には存在しません。幾年も前、あの「イサコス」たちと共に戦場に散ってしまったのですから。
しかしそれでも、二度とこの土地を敵に踏みにじらせるわけにはいかないのです。たとえこの地が、奴らの築いた都市だとしても。
イサコスの父
「奴らの築いた都市」か……ミノスの教科書にも、そう書いてあるのか?
クサントス
それは、いったい?
イサコスの父
イサコスはあんたの村を訪れていたと言ったな。あいつは、俺の血を引いているとは思えんほど親切な奴だった。きっとあんたたちにも、建築技術をいくつも教えたことだろう。
クサントス
はい。村の重要施設のほとんどは、彼が建て直したものです。
イサコスの父
そうか。あいつの技術は先祖譲りでな。俺の爺さんも、占領期にはその技術を見込まれ、サルゴン人に徴用されて、移動都市建築に駆り出されていたんだ。
リュケイオン
まさか……
イサコスの父
ああ。だからこのアテヌスの動力層にも、爺さんの仕事の痕跡があるかもしれないな。
リュケイオン
先ほどは失礼な態度を取ってしまい、申し訳ありません。私は……
イサコスの父
いいんだ、そんなことで頭を下げるな。
俺は移動都市を建てた技術者本人ではないし、俺の先祖がアテヌス建設のために苦しめられたかどうかすらわからん。何の証拠もないんだ。当時の資料は全部、サルゴン人が持って行ったからな。
リュケイオン
ならば、サルゴン人がミノス側の技術者が残した資料を欲しがっているのは……なぜなのでしょうか?
イサコスの父
技術者の手記って物は、専門用語のメモ書きや、図面の修正案の記録以外にも、色々なことが記されてるんだ。
建材の数を照合して、搬入の段取りをつけたり、建築班を取りまとめたりする必要があるから、人員配置は把握していたし、作業員の名前も記録していた。
その作業員っていうのは、サルゴン人じゃなく、ミノス人労働者なんだ。彼らがどこから来て、どういう経緯でサルゴン人に徴用されたのか、という情報でもあるのさ。
最後の戦いの勝者が俺たちであろうとも、歴史は俺たちが書いたものじゃないからな。
リュケイオン
ですが、それは罪の証拠となるものですし、公にすべきです。あなたは、その技術者たちの手記がどこにあるのかをご存知ですか?
イサコスの父
知るわけがないだろう。サルゴン人に聞いてみろ……まあ、当時のサルゴン人も今ではとっくに死に絶えてるだろうがな。ははっ……
クサントス
サルゴン人……三都市建設時代……
そうか……!
リュケイオン
どうしたんですか、先生?
クサントス
サルゴンの使節が文化財と引き換えに得ようとしているのは、単なる資料ではない……サルゴン人の罪を記した手記だ!