金錯刀
チュエン
……もう少しで書架を傷つけるところだった。
私は武術狂いではないので、赤霄の技を拝む趣味はない。もし君が本気で技を使っていれば、多数の書物が傷ついていただろう。
チェン
だが、私から印を奪えるという確信はないだろう?
チュエン
そう思うか?
この時になって、チュエンはようやく真の力を出すかのように、手に持った玉笏と枯れ枝を振りかざした。
無数の枯れた蔓が地面から湧き上がり、絡み合いながら巨大な両手を次々に形作っていく。
モー・イー
くっ……なんでこんなに手強いのよ。司歳台って、ケンカの強さでお頭を決めてるわけ?
なんて教わったんだっけ……ああ、思い出したわ。いいわね、ちょうど秋だし――
チュエン
……賊の割に、ずいぶん博識だな。
モー・イー
ふん、陰陽五行の術に関してなら、あなたみたいな先祖を忘れるような人に負ける気はしないわ。
ズオ・ラウ、チェン・フェイゼ、今よ!
ズオ・ラウは足を踏み出し、チュエンへとまっすぐ飛びかかって相手の集中力を乱しにかかる。
一方のチェンは下がって距離を取り、隙を狙って全力の攻撃を叩き込む体勢を取る。
二人の間では、モー・イーが鋭い刃のような秋風を巻き起こし、蔓の手と絶えず絡み合う。
しかし、チュエンは憂いを帯びた、冷ややかな表情のままそこに佇んでいた。まるで目の前の光景は、見るも面倒な茶番劇であるかのように……
チェンは後ずさっていくうちに、固く閉ざされた扉の前まで追い詰められていた。
モー・イー
くっ……もう持たない!
ズオ・ラウ
チェンお姉さん!
チェン
赤霄……!
鋭い剣気が、秋風に乗って蔓を一掃する。エルフの目には、ほんの一瞬だけ驚きの色が浮かんだ。
だが直後、蔓から飛び散った鋭い枯れ葉が、逆に三人へと飛んでゆく。
モー・イーは慌ててアーツで防いだが、それでも枯れ葉は三人の衣装と荷物を切り裂いた……
その拍子に、界園を出てから眠り続けていた創造物も、地面へと落ちた。
チュエン
これが……界園から持ち出した印か?
……やはり器鬼だったか。
それは確かに器鬼だった。
かの棋士は界園から歳獣の最も傲慢な想像を切り取ると、その中身が空になるまで蝕み、透き通った外殻だけを残して……
そこに兄弟姉妹たちと関わる記憶を注ぎ込み、この創造物を生み出した。
その小ぶりの器鬼は、瑠璃のような質感を持ち、本来は微動だにしないものだった。だが地面に落ちると、輪郭が曖昧になり……
やがて、ゆっくりと目を覚ました。
どうやら、創造物は痛みを感じていないようだ。あるいは、馴染み深い場所に帰ることへの衝動が、些細な痛みを上回ったのかもしれないが……
彼女は朦朧としながらも、扉の方へと歩みを進める。
チュエン
あれは……
あり得ない!
今この瞬間、エルフは一度念じさえすれば、チェンたちの足元に蠢く蔓でその創造物を粉々にすることもできた。だがチュエンは、どうしてもその決断を下せなかった。
その創造物に、誰より馴染み深い者の姿を見たから。
この世のものとは思えない創造物が、扉に軽く触れる。すると、通りすがりの無遠慮な旅人に驚かされ、百年間眠っていた古い夢から覚めたかのように――
積もった埃が舞い落ち、差し込む斜陽の中で無数の金色の糸となって漂う。それは生へと向かう一縷の望みとなり、さざなみのように広がっていく。
誰もが息を潜め、光と埃の向こう側に佇む曖昧な人影に驚いた。それは明滅するように、時に明るく、時に暗くなる。
姿ははっきりと見えないが、薄墨色の長衣を纏っているのは垣間見えた。その光景は、まるで歳月が染み込んで黄ばんだ画仙紙に、なおも古い書物と、墨が乾いた硯の淡い残り香が漂うようだった……
扉がゆっくりと開いていく。
チュエン
鍵を私に預けてしまったら、君はどうやって部屋に入るつもりだ。
ジエ
自分の部屋に戻るのに、鍵が必要な主人がいるわけないでしょう?
その人影はわずかに身を屈め、机上のボロボロになった書物を拾い上げようとする。
あるいは窓辺へと歩み寄り、長らく閉ざされていた窓を開いて、当時はまだ若かった金木犀が、今年は花を咲かせたかどうかを確認しようとする。
……しかし彼女の動作は、結局のところ「しようとする」と「まだしていない」の間で留まり、儚く微かな失意と化して、黄昏の中で漂っている。
ジエ
こちらの本は壁側の棚に並べましょうか。あちらの文章はまだ書き終わっていませんから、机に広げておいてください。
シーちゃんがくれた絵? ふふっ、どこかいい場所を見つけて飾らないといけませんね。
チュエン
なぜ私がこんな雑用まで手伝わなければならないの!?
ジエ
あら? でもニェンちゃんの話では、彼女の持燭人は麻雀の面子の用意までしてくれるそうですよ。
執務室の机と椅子、掛け軸……この部屋にあるもの全てが、その人影と同じリズムで呼吸をしている。彼女にとってそれらは旧友であり、それらにとっては彼女こそがここに留まる理由である。
ふわりと風が部屋を吹き抜けた。すると器鬼は再び眠りに落ち、その人影は透明な水に落ちた一滴の墨のように、煙のごとく広がって消えた。後に残されたものは、真実の寂れた塵影と……
そして、部屋に満ちる空虚な日差し。
チュエン
あれは……
……彼女だ……
いや、違う。背はもっと高かったし、髪はもっと深い墨色だった。痩せてはいたが、あんな姿ではない……
どれほど認めたくないと考えていても、心に湧き出る何より率直な疑問に、彼女は答えられない。
それ以外の誰だというんだ?
ジュン
それ以外の誰だというのですか?
エルフはその場に立ち尽くした。目の前に現れた代理人にさえ、反応する様子はない。
彼女は人影が消えた場所を一心に見つめたまま、一歩も動こうとしない。
ジュン
あなたが会いたいと言うので、ここに来たのです。
ですが、もはや話したいことはなさそうですね。
チュエン
……
間違いない……ジエだ……
まさか……この世にまだ、彼女の痕跡が消えずに残っているなんて……
ジュン
これは紛れもなく、あの若者たちが歳獣の残識の内から持ち出したもの。彼女の生へと向かう一縷の望みです。
しかし彼女の痕跡の話であれば、ここ天鏡閣に残された書物から、炎国で学問を求める多数の学生に至るまで――どれも彼女の痕跡と言えるでしょう。
チュエン持燭人、あなたは事ここに至っても、まだ頑なに信じているのですか? ジエの消滅後に我々兄弟姉妹が行ってきたこと全てが徒労だったと。
チュエン
もし……もし、君たちがまだこの世に彼女の痕跡を見つけられるのなら……
どうか彼女に伝えてくれないか……
年長の持燭人は次第に言葉に詰まると、ついには口をつぐみ、昔のままの書斎をただ見つめていた。
そうして部屋中の全てを目に焼きつけると、ゆっくりと背を向け、部屋を振り向く衝動を必死に抑えて、一歩ずつ離れていった。
彼女がどこよりも知り、彼女をどこよりも絶望させた場所から。
ジュン
……ウァン兄さんの想いがこれほどまで執拗で、これほどまで深いとは思いませんでした。
チェン
あなたは……城門で出会ったあの方か!?
ジュン
ええ、奇遇ですね。
モー・イー
あなたが……ジュン?
ジュン
皆さん、彼女の印をお守りいただいたこと、感謝します。
モー・イー
ジュンさん――いいえ、ジュン先生。
お名前は以前から聞いてました、開祖とは親友だったそうで……この度はお会いできて光栄です。
ジュン
濫りに人脈を作ろうとしないように。あの老いたる大工が亡くなった時に、私がこの世に生を受けていたかどうかも定かではないのですから。
とはいえ、千年が過ぎても彼の言葉を誰かが覚えていることは、確かに喜ばしいことです。
ですがあなたの場合、邙山町での行いが「止戦非攻」のためであったか、世間への憤りを晴らすためであったかは――私が評するまでもありませんね。
老天師からは、功を立て過ちを償うよう告げられたはずです。それを既に終えたつもりなのですか?
代理人は淡々と話しながらも、声には静かな威厳がこもっていた。
モー・イー
……
歳家の次女が情に流されない人だって聞いてはいたけど、なるほどこういう感じね……
ジュン
過ちを知り、改められるのなら、手遅れではありません。
ズオ・ラウ。
ズオ・ラウ
ジュン学士……
ジュン
界園からジエの生きる望みを持ち帰っていただいたご足労、感謝してもしきれません。
この恩は必ず私たち一家の心に刻み、しかるべき時期にお礼を差し上げます。
ズオ・ラウ
身に余るお言葉です、あくまで持燭人の業務ですので。監正様がご乱心なさっても、司歳台の燭火そのものが消えたわけではありません。
ジュン
彼女は大義を守ろうとしながらも私情に囚われ、自己矛盾に陥った末、最後は執念に押し潰されました……今後あなたが重責を担う時は、同じ轍を踏んではなりません。
ズオ・ラウ
今後……私が、ですか?
ジュン
ですが今は、ここで古い遺物を眺めているより、外へ出ていただく方が有益でしょう。
そちらの女性も下の階へ連れて行き、休ませることをお忘れなきよう。もう晩秋です、床の上では冷えるでしょう。
ズオ・ラウ
……書刀の件についても、どうかジュン学士から適切な処理をお願いします。
ジュン
無論です。
それともう一つ、不躾な頼みではありますが。
ジュンは振り向き、床に落ちた器鬼を拾い上げた。
それは先程までの動作で力を使い果たしたかのように、物言わぬ小さなぬいぐるみに戻っている。
ジュン
既にご存知の通り、これはジエが残した生への一縷の望みが変異した器鬼です。
ウァン兄さんはあえてあなた方を盤上に引き込み、界園からこれを持ち出させました。その理由は、ここへと送り届けて十分に養生させ、彼女の帰還に備えるためです。
ですが……亡くなった彼女との再会に、私は感情を抑えきれませんでした。よってご足労をかけますが……
お二人は、これを歳の陵墓の付近へ届けていただけませんか。先の見通しが立たない今、私たち一家は歳の陵墓の外に集います。
ジエが帰る日が訪れるかどうかはわかりません。それでも、ウァン兄さんがこれをジエの元とするつもりなら、この集まりに彼女も参加すべきでしょう。
ウァン兄さんが陵墓内部にいる以上、私は手を貸さないわけにはいきません。おそらく争いは避けられないので、これを私が持っておくと不都合ですし、遅れを取りかねません。ですから……
ズオ・ラウ
……
モー・イー
私に任せてください!
持燭人が反応するより早く、山海衆の少女はジュンから印を引き受けた。
モー・イー
心配は無用です。このモー・イー、開祖に誓って、必ず使命を果たしてみせます!
ジュンは二人の若者に深く一礼した。
ジュン
感謝します。
チェン
ジュンさん……
ジュン
城門では、剣を受け止めてくださいましたね。また先ほども躊躇うことなくジエの遺物を守ってくださいました。
あなたにとって、そのように義俠を行うことは、もはや習慣となっているのですか?
チェン
……公義のためだ。
ジュン
公義とは?
チェン
正当な理由もなくウェイが死んでしまうことを防ぐこと、過去の事件に公正な審判を下すこと。
母と父、そして皇室と陳家のしがらみ、その全てに終止符を打つこと。
炎国の恩人である代理人を無駄死にさせず、もう一度平和への僅かな可能性を勝ち取ること。それら全てが私の公義だ。
ジュン
では感染者として、あなた自身のための公義は?
チェン
……
私は旅の中で、あまりに多くの苦難を見てきた……この大地は、私に対して優しすぎるくらいだ。だから私の公義は、誰か他の人のために主張することになる。
ジュン
いいでしょう。
あなたが求める公義について、私は一つとして手助けできません。ですが彼女の遺物であれば、あるいは力になってくれるでしょう。
チェン
まさか……書刀を私に!?
ジュン
お断りなきよう。
あなたの求める公義は、四十年前の事件と密接に関わっています。
今ここで、安心してこの書刀を託し、あなたの親族のため、炎国のために過ちを正すことのできる人間は、あなたしかいないのです。
陳家の過去の事件、かつてウェイ閣下が下した決断、そしてジエが記録してきた、この国に関する千年にわたる記述……その全てに相応しい結末があるべきです。
それは、彼女がかつて書刀に託した願いでもあります。
炎国の歴史は、炎国の民の手で記されるべきだと。
お入りください。
二人はジュンに続き、部屋に入った。
ジュンは過去の演目に再び目を凝らすように、百余年も閉ざされ、少しの変化もない部屋をゆっくりと歩く。
誰の手入れもなく百余年が経ったはずの部屋は、昔のように整然としていた。
ジュン
……久しぶりね。
書刀が再び現れたというのに、使うのはあなたではないなんて。もし私が誤った人間に託し、予期せぬ結果をもたらせば……
私があなたに代わり、この書刀を委ねた責任を負いましょう。
チェンはその手でゆっくりと刀身を覆う。書刀に触れた瞬間、指先が微かに震えた。まるで幾千幾万の書物の重みが、心にのしかかったかのように。
これまで一心に信念を果たし、今回はそれを身を挺して守った。その彼女が、約束されていたかのように書刀と出会う時が来た。
彼女は書刀を握り締めた。目の奥深くで何かが沈み、何かが燃え上がる。
――それは一つの時代を継ぐ重責、一本の刀が待ち望んだ邂逅。
ジュン
どうか……期待にお応えくださるよう。
チェン
……必ず果たそう。
リン・チンイェン
どういうことですか!?
この器鬼たち、突然湧き出して――
ユン・チンピン
邙山町の郷土誌によると……百二十年前に歳獣が引き起こした動乱の際でも、邙山町ではこのように器鬼が跋扈していたようです。
まさか、歳獣の目覚めが近いのでしょうか……?
「老天師」
はぁ……やれやれ、結局は避けられないのね。
歳家の次男、いつまでグズグズしてんの。何度私の手を煩わせば気が済むわけ?
リン・チンイェン!
リン・チンイェン
はっ!
「老天師」
ここは器鬼の勢いが一番強い場所よ。こいつらを百灶に入れたら、大変なことになるわ!
今日は私たち二人でこの峠を死守して、器鬼を一つも通らせないこと。いいわね?
リン・チンイェン
……はい!
「老天師」
声に覇気がないわね……
しゃんとしろ! これは高級考校試験だと思いなさい。合格できれば、私があんたの師匠になってあげるわ。今の師匠には、逆に師匠様って呼ばせてやりなさい!
リン・チンイェン
いえ、そんな畏れ多いことは!
ユン・チンピン
私にもまだ何か手伝えることは?
「老天師」
あんたに手伝えることねえ……
じゃあ、あんたはしっかり私の活躍を記録しておくこと。帰ったらあんたの師匠に見せて、あいつの武術と比べてどうだったか聞いてみなさい!
火よ――
モー・イー
待っ……はぁ、はぁっ、けほっ……待ってってば……
*由来不明のスラング*、走るの速すぎでしょ!
ズオ・ラウ
どうしたんですか? さっきは時間が惜しい、少しも無駄にできないと言っていたはずですが。
もう走れないなら、印を渡してください。私一人で送り届けますから。
モー・イー
ふざけんじゃないわよ!
おバカさんは走ることしか能がないわけ? それで歳の陵墓に着いたとして、どうやって中に入るつもり?
ズオ・ラウ
……もちろん、陵墓を守る禁軍に事情を説明し、通してもらうつもりですが……
モー・イー
あーはいはい……ならその禁軍に、印を手に入れた経緯をどうやって説明するのよ?
ズオ・ラウ
だったら……何とかして忍び込むとか……
モー・イー
はあ、参ったわ。ほんとにおバカな蛇さんね――
ズオ・ラウ
そんなに言うなら、あなたこそ何か策があるのですか?
モー・イー
私たちだけじゃ入れないなら、入れる人を探して、代わりに持ち込んでもらうしかないでしょ。
ズオ・ラウ
それはつまり……
ズオ・ラウは突然襲いかかった殺意に気づき、戦闘本能に従って即座に刀を抜いた。
睚
それは、我に譲ると約束したはず。
こちらに渡せ。
モー・イー
……
チェン
禁城は……すぐ目の前だ。
もし太尉が本当にウェイの命を代償にするつもりなら、多数の兵で守りを固めているはず。
だが今、百灶の守備隊は各要所の守りに就いている。もし動向が不明瞭な大部隊がいれば、容易く見つけられるはずだ。
待て、前方にいるのは……
チェンは足を止めた。
遠くに、一つの人影が見える。
あまりにも、馴染み深い人影が。
ウェイ
フェイゼ。
君はここに来るべきではない。