「カトルガ区へようこそ」

ウルサスの学生
ラニアを解放しろ! 虐げられている全ての人々を解放しろ!
備蓄を放出しろ! エネルギーを均等に配分し、誰にでも暖房を使わせろ!
グム
ごめん、ちょっと通してね……
ズ、ズィマーお姉ちゃん! イースチナお姉ちゃん! みんな……どこに行っちゃったの?
ウルサスの学生
国民に自由を! 国民にパンを!
今日の沈黙は、明日の服従だ! 我々の声に耳を傾けろ!
さっさと出てきて交渉に応じろ!
アブサント
あとの出来事は、私よりここにいる皆さんの方がよくご存知でしょう。
舞踏会はパニックになり、中には取り乱すあまり上着を脱ぎ捨て、使用人から婦人用の帽子を奪い取り、外へ飛び出していく方までいました……
激怒した貴族
根も葉もない話を! 貴様は舞踏会に参加していなかっただろう。誰がその噂を流したか述べてみよ!
アブサント
警察ではとっくに広まっているので、噂の出所はわかりません。でももしこれが嘘なら、あなたにお詫びを――
激怒した貴族
断じて私ではない!
い、いや、私に謝罪しろと言っているわけではないという意味だ。舞踏会に出席していた全員に謝罪すべきだろう!
仲裁人
静粛に!
公聴会は巷の噂話について語る場ではありません。我々が知りたいのは、当日の夜に学生たちが何をしていたのかです。
たとえば、あの不敬な暴言を最初に叫んだのは誰かということ。
アブサント
不敬な暴言とは?
仲裁人
……決まっているでしょう。最も不敬と考えられるあの暴言です。
アブサント
当時はいろんな言葉が飛び交っていたので、どれのことを指しているのか――
仲裁人
最も反逆的で、陛下を侮蔑した、傲慢不遜な……ここの誰もが口に出すのも憚られる、あの暴言です!
アブサント
ああ、あれのことですか。
激怒した学生
*ウルサススラング*皇帝をぶっ倒せ!
レオニード
ヒッポグリフの血を引く穢れたやつめ、権力を真のウルサス人に返せ!
激怒した学生
吸血虫ヴィッテを引きずり出せ! 能無しフョードルを引きずり出せ!
仲裁人
つまり、行動に参加していた学生全員が、陛下に対して暴言を吐いていたとおっしゃるのですか?
アブサント
ごく少数の理性を保っていた人を除けば、おそらく。みんな若いので、熱気に煽られて思ってもない言葉を口走ってしまうのも不思議ではないかと。
仲裁人
あるいは、声を上げていた一部の参加者を庇うために「全員」などとおっしゃっているのではありませんか?
アブサント
私は事実を話しただけなのに、そのような憶測をされるのは残念です。
仲裁人
では、先ほどの供述に戻りましょう。陛下のご不在にナターリア嬢がお気づきにならなかった理由までは説明していただきました。あなたは、当時陛下がどこにおられたかについてご存知でしたか?
アブサント
警察の情報網を通じて多少は把握していましたが、どれも断片的ではっきりしない内容でした。
仲裁人
つまり、陛下がどこにおられたかご存知だったと?
アブサント
陛下が宮殿にいらしたことまでは。でも、私も舞踏会に定刻通り姿をお見せにならなかった理由までは知りませんでした。
仲裁人
いいえ、貴方はご存知だったはずです。
アブサント
えっ?
仲裁人
こちらの証拠によれば、陛下ご失踪の報を最初に受けたのは、サンクト・グリファーブルク警察の夜警部隊とのこと。であれば、貴方も先述の情報源でその情報を掴んでいたはずです。
ゾーヤさん、お答えください。なぜ貴方は、あのデモの混乱に乗じて陛下が襲撃を受け、失踪したという事実を隠蔽しようとするのですか?
アブサント
(そういうことか……)
仲裁人
そして、貴方がご存知だったということは、すなわち貴方の友人であるソニア・ミハイリヴナも同じ情報を知り得たということ。
「刺客が果たせなかった任務をやり遂げる」――これこそが、後に彼女が封鎖エリアで起こした暴力行為の目的のひとつだったのではないのですか?
アブサント
(小声)陛下もあの夜に失踪してたんだ。これで全部の辻褄が合った。
仲裁人
……今なんと?
アブサント
ナターリアが言っていました。デモが始まる前、彼女は議長と副議長がいる場所に向かおうとしたのですが、他の人たちと同じように窓の外に上がる火の手に気を取られてしまったと。
そして向き直った時には、もう二人ともその場から姿を消していたそうです。
公聴会当日、ツァレフグラード区の執務室。
ヴァシリー
もし気が進まないようでしたら、私が代理で公聴会に出向きましょう。少なくとも、陛下ご失踪の影響を最小限に抑えるよう、尋問を誘導する程度のことは可能です。
ヴィッテ
ヴァーシャ、もう取り繕う必要はないでしょう。
サンクト・グリファーブルクに居を構える大貴族のほとんどが、陛下の「御心のままの振る舞い」を知ってしまいました。箝口令を敷いたところで、彼らが受けた衝撃は消えません。
今は公聴会や議論などではなく、陛下の安否が最優先です。だからこそ、陛下を危険に晒した原因を排除する前に、あなたはあの日何が起きたかを正確に知る必要があるのです。
あの日は警備隊以外も制御不能に陥りました。我々はその事実を教訓とし、警戒を強めるべきでしょう。
ヴァシリー
議長、お許しいただきたいのですが、舞踏会の前に議長と陛下の短い口論を小耳に挟んでしまいました。カトルガ区に対する議会の対応に、陛下はかなりご不満の様子でしたね。
その件を指しているのであれば、世間も驚きはしないでしょう。陛下は、どのような時もこの大地に生きる者を平等に気遣っておられますので。その博愛が、時に「軟弱」という誤解を受けようとも。
ヴィッテ
いえ、その件ではありません。
確かに、あの日の陛下はひどくご立腹でしたが、それでも舞踏会への出席は承諾してくださっていました。しかし舞踏会が始まる直前になって、私の元に密報が届いたのです――
舞踏会のメインホールに源石爆弾を仕掛けていた何者かを、修理工が取り押さえて通報したという内容でした。
ヴァシリー
……陛下の暗殺を?
ヴィッテ
私も最初はそう考えていました。ゆえに緊急時のプランに従い、陛下を居室から地下通路へと避難させるよう近衛兵に命じ、私はすぐに容疑者の尋問を行いました。
すると彼は、カムシャロフ男爵夫人からの依頼で、男爵を暗殺しようとしていたと自白したのです。
ヴァシリー
時と場合が違えば、その一家の「悲劇」について聞いてみたかったものですね……
ヴィッテ
ですが尋問を進めるうちに、彼はさらなる不穏な供述を始めました――
緊張した刺客
くっ……落ち着け、ゲイル。俺なら絶対にうまくやれる……
男は独り言を呟きながら床にしゃがみ込み、目に入る冷や汗を何度も拭っていた。赤いビロードの絨毯の上には、部品が散らばっている。
丸い「目覚まし時計」、束ねられた三本の爆薬、無数の導線。古典的な設計で、経験がなくとも説明書通りに組み立てれば完成させられる。
しかし男が握りしめていたメモはいつの間にか手汗で濡れており、文字が滲んでほとんど読めなくなっている。
緊張した刺客
よかった、まだ少しは読める……青い導線をここに繋いで、次は緑の導線を……それから一ポンドの、一ポンドの……
「一ポンドのトゥションカの缶詰肉を使う」?
*ウルサススラング*! イヴァンの野郎! 夫人があれだけ依頼金を払ってくれたってのに、レシピの裏面に組立ての手順を書きやがった!
……
落ち着け、もう自分でやるしかない……この緑の導線は、ここに挿せそうだな。
???
そうじゃない、緑は青の下だ。
緊張した刺客
ん? こっちか……
おお、完成したぞ! ありがとう、親切な――
待て、*ウルサススラング*! あんたは何もんだ!?
冷静な刺客
(小声)落ち着け! 大声を上げるな、警察に気づかれたいのか?
止めて正解だった。もしその導線をそこに突っ込んでいたら、この部屋には「トゥションカ」が一瓶、いや二瓶増えることになっていたよ。
安心しろ、同業者を売るような真似はしないさ。
緊張した刺客
なに?
つまり、あんたもあの貴族の夫人に囲われてるクチか?
冷静な刺客
……何を言っている? 俺たちは刺客だろう。
緊張した刺客
す、すまん……でも俺は今回が初仕事だから、刺客と名乗れたもんか……
冷静な刺客
気にするな。最初は誰でもそんなもんだ。それで、初陣のターゲットは誰だ? 大物か?
緊張した刺客
大物かどうかはわからないけど、カジノを経営してる男爵だ。
冷静な刺客
ははっ、新人の相手としては十分だな。慣れてくれば、もっと厄介なターゲットの依頼も回ってくるさ。
緊張した刺客
そう言うあんたは?
冷静な刺客
ふっ。驚いて声を上げないように、しっかり口を塞いでおけよ。
(小声)俺のターゲットは……あのヴォルキナ公爵だ。
緊張した刺客
……
誰だ、それ?
冷静な刺客
……は?
ヴォルキナ公爵を知らないのか!?
緊張した刺客
シッ、声を抑えろ――
冷静な刺客
彼女は今やウルサスでも指折りの世襲公爵だ。伝統貴族たちの目の上のこぶで、皇帝の親戚でもあるんだぞ!
緊張した刺客
叫ぶなって。悪かったよ……
冷静な刺客
依頼主はウルサス中を探し回ったが、その依頼を受ける度胸があったのはこの俺一人だったんだ! それなのに――
緊張した刺客
……?
……あんたは――
???
シ――……
緊張した刺客
……シ?
不意の来訪者は首を横に振り、そばのテーブルを指さした。緊張した刺客は躊躇いつつも、彼にのろのろと近づいていく。
???
寄こせ。
緊張した刺客
このパンか?
男はまた首を横に振る。
緊張した刺客
……まさか、このナイフか?
男は頷く。
冷静な刺客
待て、先に何が目的かを教えろ――あとお前、見ず知らずの相手に無闇にナイフを渡すな。刺客としてのプロ意識が足りてないぞ。
???
ナイフを寄こせば教えてやる。
緊張した刺客は尻込みして近づくことができず、ナイフを相手の前に投げた。男は無言でナイフを拾い上げると、二本指を立ててハンドサインを作った。
冷静な刺客
……ここを出て、一階のキッチンを抜けたら、ハシゴで上に行け。そして天窓から西側の部屋に降りろ。
???
シ――……
冷静な刺客
……シッ。
来訪者はわずかに口を歪ませて小さく頷くと、呆気に取られた二人の刺客に背を向け、その場を立ち去っていった。
緊張した刺客
あんたら、さっき何を話してたんだ? 俺にはさっぱりだったよ。
冷静な刺客
あいつの目標は……陛下だ。
ヴァシリー
つまり……宮殿メインホールの警備員は、目的の異なる刺客の侵入を次々と許した。そして、最終的にその事実は修理工によってようやく発覚した、ということでしょうか?
……サンクト・グリファーブルクの警備には、まだまだ驚かされそうですね。
ヴィッテ
その直後、サンクト・グリファーブルク全域を巻き込んだあの停電事件が起きました。
エネルギー不足の現状を鑑み、あのような事態はある程度予期していました。ですが刺客の件も重なり、必要以上に動揺していたようです。
ゆえに会場を離れてすぐにあなたを警察庁へ向かわせ、デモ参加者の中から不審な者を探すよう命じたのです。
その後の彼らの乱暴で非効率な手際は、あなたも見た通り。
あなたの娘が勤勉で向上心に溢れていたのは幸いでしたね。彼女が目標もなく、人脈を頼りに軍警にでもなっていれば、今頃あなたは頭を抱えていたでしょう。
ヴァシリー
アロイジウスは私の誇り。お忙しい中、いつも娘にご指導いただけることは、我が一族にとってもありがたい限りです。
とはいえ、あれほど稚拙な刺客たちが侵入したところで、陛下に危害を加えられるでしょうか?
ヴィッテ
私が緊急プランにのっとり、陛下の捜索を命じた者……
ヴァシリー
近衛兵ですか?
しかし、そこが腑に落ちないのです。近衛兵がついていながら、なぜ陛下は逃走を余儀なくされるほど危険な状況に陥ったのですか?
ヴィッテ
……
(小声)なぜなら、近衛兵が忠誠を誓う対象はウルサスそのものであり、ウルサスの皇帝ではないからです。
な……
なぜ、まだここに……
???
ヴィッテ、遅かったな。
ヴィッテ
……陛下はどこにおられるのですか? あなたと退避したはずでは……
「皇帝の利刃」
私に与えられた任務は、あのお方の部屋へ赴き、刺客に備えることのみ。
ヴィッテ
私は陛下の身の安全を確保しろと命じたのです! 大規模な集会の最中に不測の事態が起きた場合、あなたが陛下を地下通路から退避させる手はずでしょう。
「皇帝の利刃」
残念だが、あのお方にとって、その用意周到な手はずはありがた迷惑だったのだろう。
ヴィッテ
まさか……
「皇帝の利刃」
議長閣下、まだお気づきではないのか?
あなたが命を賭してまで守ろうとするあのお方は、ここ数年、あるいはここ数十年の間にこの地で起きた全てのことに失望しきっている。
もちろん、あなたは長年あのお方に揺るぎない忠誠を誓ってきた。たとえあのお方が全ての貴族を反逆者と見なそうとも、あなたにだけは信頼を寄せている。
だが、同じ信頼を私に寄せることはない。
ヴィッテ
……では、簡潔に陛下の行動を伝えてください。
「皇帝の利刃」
手はず通り、あのお方は地下通路から退避なさった。だが、私の同行は頑なに拒んでいた。
ヴィッテ
止めなかったのですか?
「皇帝の利刃」
なぜ止める必要がある。
「後見人」であれば、私の考えを理解できずとも、あのお方の考えを理解しようと努めるべきではないか?
あのお方を真に外へと歩み出させ、窓の外に広がるウルサスの大地をご覧に入れて差し上げればよい。
ヴィッテ
……
つまり、陛下は近衛兵の護衛がついていながら、失踪なされたということですか。
たとえ、それが陛下自身のご意向であったとしても。
辺り一帯にひしめき合う学生に挟まれ、呼吸もままならない。それでも彼らはリーダーであるオリガのため、狭くともぽっかりと空いたスペースを用意した。
オリガ
皆さん! 今こそ心を一つにし、支配者を打ち倒すのです!
若き貴族の令嬢は、誇らしげにボロボロのオーク樽の上に立っていた。樽には、かつての家紋が朽ち果てつつも辛うじて残っている。
より過激なスローガンによって、彼女の叫び声がかき消される。それでも彼女は、この街が彼らのものとなった夜を、目を細めて楽しんでいた――そこへ、人混みをかき分けて近づく人物が現れた。
ズィマー
いい加減にしろ、オリガ!
オリガ
ソニア?
ズィマー
行進の隊列どころか、スローガンすらバラバラだ……しかも酒瓶を持ち込んでるヤツまでいるじゃねぇか。このままだと危険すぎる。
オリガ
水を差さないで! 今が一番士気の高まっている時なのよ――
ズィマー
話を最後まで聞きやがれ! この通りの両側はどっちも貴族の屋敷だ。道幅が狭いせいで、退路が確保できねぇ。
何よりまずいのは、ここまで警官を一人も見かけてねぇことだ。
絶対に何か裏がある。隊列を組み直して、スローガンを叫びながら南に進め。そうすれば、少なくともいろんな状況に対応できるようにはなる。
オリガ
心配する気持ちもわかるけれど、どれも問題ではないわ。ファッデイが説明した通り、冬季舞踏会の開催時期は警察庁の人事異動の時期と重なるから、管理が混乱するのは不思議じゃないもの。
それに私たちほどの家柄なら、常識の範囲内での活動や、仲間の正当な権利を主張する程度のことは、反乱ではなく人生の試練とみなされるものなのよ。
ソニア、あなたは安心して私たちといればいいの。
ズィマー
……オマエらほどの家柄なら、な。
どうしてもここに残るってなら、アタシは自治団を連れて帰らせてもらうぜ。
オリガ
あなたらしくないわ、ソニア。こういう場では、あなたこそ誰より勇敢で毅然とした態度を示してくれると思っていたのに。
注目を集め、相手を威嚇するという目的は達成しました。あとは交渉でラニアを解放させれば、私たちの勝利です。
ズィマー
勝利が目の前にあるってんなら、一人で勝手に掴みやがれ! アタシは付き合いきれねぇからな!
ズィマーがそう言い放つと、ホールを含む建物全体の灯りが一斉に消え、辺りは一瞬にして暗闇に包まれた。続いて館内から多くの悲鳴が響き渡り、その後にはざわめきや啜り泣きが漏れ始めた。
学生たちは事態を飲み込めずに立ち往生し、申し合わせたように口を閉ざして互いの顔を見合わせた。それは、この夜のサンクト・グリファーブルクで最も静かな瞬間だった。
オリガ
……ソニア、これはあなたたちが?
ズィマー
いや、アタシらは――
オリガ
素晴らしいわ!
さっきの話は聞かなかったことにしてあげましょう、自治団の貢献に免じてね!
オリガは興奮した様子でズィマーの肩を叩く。刹那、その音にかき消されるほど微かで重い風切り音が、通りの奥から流れてきた。
ズィマー
気をつけろ!
ズィマーは強引にオリガの腕を掴み、外へ向かって駆け出した。近くに黒い缶がいくつも投げ込まれると、浅い跡を残して雪の上を転がり、徐々に白い煙を吐き出す。
最も近い位置にいた学生が、突然叫び声を上げた。初めはかすれ声だったが、直後に激しく咳き込み始める。硫黄臭を帯びた煙が、細かい砂粒のように彼の眼孔、口、鼻を襲っていく。
続いて二人目、三人目……学生たちは次々に視覚と呼吸を奪われ、手で顔を覆ってうめき声を上げながら痙攣し始めた。他の学生たちは、悲鳴を上げて散り散りに逃げ出していく。
多くの者が地面に倒れ込み、友の名を呼んでも返事はない。彼らは顔を地面に擦りつけながら、迫り来る規則正しい行進の足音を聞いていた。
???
催涙弾による制圧が完了しました――総員、負傷者のみ確保し、上に報告するように! その他は放置しておけ!
遅れてやってきた軍警が懐中電灯を点けると、眩しい光の数々が学生たちの未熟で怯えきった顔を照らし出した。
まだ動ける学生たちは、泣き叫びながら一斉に通りの端に向かって走り出した。中には這いずるようにして逃げながら、服は雪と泥と足跡で汚れ、血を滲ませる者もいた。
リェータ
冬将軍! こっちだ!
ズィマー
ひとまず離れるぞ! 後ろはもう完全にパニックだ!
……おい、グムはどこだ?
イースチナ
あなたを探しに行きましたよ。会いませんでしたか?
ズィマー
なっ……
*ウルサススラング*!
ズィマーは考える間もなく踵を返し、混乱に陥る学生たちの間に押し入っていく。イースチナとリェータが呼び止めたが、ズィマーの耳には届かなかった。
どれほど時間が経っただろうか。ズィマーはよろめきながら、オリガがいた場所まで戻っていた。そこは惨たらしい状況で、なお反抗を続ける少数の学生を軍警が警棒で叩き伏せる有様だった。
そして、目の前ではグムが立ち尽くしていた。彼女らしからぬ様子で呆然としていたが、やがてゆっくり警官の元へ歩み寄ると、警棒を握る手首をじっと見つめた。
グム
それ、お父さんの腕時計……どうしてあなたが……?
ねえ……お父さんになにしたの!?
警官
――動くな! そこにひざまずけ!
警棒が振り下ろされる。グムが反射的にかわそうとした瞬間、目の前の大柄な警官が黒い影に押し倒され、雪泥が辺りに飛び散った。
グム
ズィマーお姉ちゃん!?
ズィマー
グム、逃げろ!
警官
襲撃だ! 至急応援を!
十数人の警官が駆けつけ、慌ただしくズィマーを押さえこみ、倒れ込んだ同僚から引き離そうとする。それでもズィマーは微動だにせず、ついに警官は彼女の背中に警棒を叩きつけ始めた。
リェータ
グム、やっと見つけたぜ!
……何だお前ら? 全員どっか行け!
警官
こいつらを追い払い、すぐに撤収するぞ。
イースチナ
ソニア!
ズィマー
イカれてんのか、リェータ!
さっさと行け! これは命令だ!
リェータ
へっ……お断りだぜ!
グム
ズィマーお姉ちゃん、だめ! グムも一緒に――
イースチナ
ソニア、英雄ぶっている場合ではありません! さあ、私たちの手を掴んで!
ズィマー
アンナ、オマエまでイカれちまったのか!? コイツらの後ろにはまだクロスボウを装備したヤツらが大勢控えてんだぞ!
これは団長命令だ! 自治団は撤退しろ!
イースチナ
今は立場をわきまえている場合ではありません。私たちは私たちの意志で行動します!
ズィマー
……お願いだ、皆を連れて撤退してくれ。オマエは他の学生にとっても重要なんだ。アイツらのことも頼んだぞ。
これは団長としてじゃなく、友達として頼みたいんだ。
今回だけでいいから聞いてくれ。皆、早く逃げろ――
アブサント
……これがあの夜の一部始終です。
受け入れがたい方もいらっしゃるかもしれませんが、どの立場から見ても、ソニアはこのデモにおける被害者だと言えます。
仲裁人
本日証人から提供された新たな情報については、書記官が記録いたしました。これまでのゾーヤ嬢の報告書と総合し、後日正式な声明を発行いたします。
この件について、他にご質問をお持ちの方は?
仲裁委員
……仲裁人殿、ゾーヤさん。どうやら我々の中に、この公聴会の本来の目的を取り違えている者がいるようですな。
多くの方々が学生団体を反逆者と見なしている理由は、あのデモだけではありません。あの後、彼らが封鎖エリアで秩序を乱す行動を取ったからです。
我々が懸念しているのは、親愛なるフョードル陛下が、この一連の出来事においてどのような立場におられたのかという点です。
この点については、民衆の間でも様々な噂が飛び交っております。中には、貴族に対抗するよう学生に指示したのは陛下本人だという憶測まで。
ですので、私としても関心を持たざるを得ません。デモが行われた夜、陛下はなぜ――
仲裁人
失礼ながら、トロヤン伯爵。
強調させていただきますが、仲裁委員会の圧力を軽減するため、議長閣下は本日ご欠席です。また、私は議長よりいかなる誘導も受けておりません。
確かに、私は先ほど証人に陛下の所在についてお聞きしました。ですが、それはあくまで陛下の暗殺未遂及び失踪と、学生たちのリーダーであるソニアの行動との関係を明らかにするためです。
もし委員会がなおも疑念をお持ちであれば、この場で改めて単刀直入にお聞きしましょう。
ゾーヤさん、お答えください。
デモ行進でソニアが取った行動は、陛下の暗殺未遂及び失踪と関係があるとお考えですか?
ヴァシリー
……近衛兵の選択……
つまり、それこそが真に重要でありながら、何者にも知り得ない内情という訳ですか。確かに、公聴会などで知り得る内容ではないでしょう。
では、お戻りになってからの陛下は、何かあなたにお話しになりましたか?
ヴィッテ
いいえ、それどころか……
あなたも気づいているでしょう。あの事件以来、陛下はますます口を閉ざすようになり、終日誰ともお話しにならないのです。