愛国者の死
ケルシー
Mon3tr、耐えろ!
Mon3tr
(いななく声)
ケルシー
彼の鎧は既に破損している。狙撃オペレーター、彼の身体を撃て。術師は他の遊撃隊戦士を牽制して。彼らに手を出す隙を与えるな。
Mon3tr
(悲鳴)
ケルシー
Mon3tr、退がれ! これ以上は止められない!
ロスモンティス
剣を落としそう! 直接あの人を掴んでも、行動を制御できない。彼はまるで……土石流のよう……
ケルシー
力を針金のように細く収束させるのだ……彼の心臓の位置を狙え!
Mon3tr
(鋭い叫び)
ケルシー
今だ、一斉放射!
パトリオット
…………
Mon3tr
(唸り)
ケルシー
これでも彼の修復機能を凌駕できないのか……
ケルシー
「戦いは常に死の淵に在り、戦いに常に命を賭す。死せる命は血脈に還り、同胞の身体に永遠に生きる」……か。
前衛オペレーター、油断するな……後退だ。彼の身体も「人喰い」の儀式を放てるのだ。彼自身がそもそも巨大な巫術装置同然だ……
聞けボジョカスティ! 多くのサルカズは君のようなウェンディゴが無駄に犠牲を払うことを望んでいない。
パトリオット
違う。私は、犠牲など、払わない。
まだ動ける。まだ、貴方たちを、殺せる。
この身体は、まだ私の指示に、従う。
まだ、戦争の、苦しみを、悔しさを、嘆きを、味わい尽くして、いない。
もういい、のか? これで、もうお仕舞い、なのか?
アーミヤ
パトリオットさん……もうやめてください……これ以上の戦闘は、ただの苦痛にしかなりません!
パトリオット
戦士。
戦士は、全ての、死者を、背負うもの、だ。
私は、彼らの痛みを、恨みを、悲しみを、背負って、いる。
もし私が、止まれば……
彼らの死が、無駄に、なる。
苦痛? それは、諸君が、味わうべき、ものだ。
諸君に、私は、倒せない。
アーミヤ
ううっ……
妻
あなた……どうか悲しまないで。
もう誰も娶らない? そんなこと言わないで、あなた……
はぁ、あなたは私の小言なんか聞かないわよね。頑固なんだから。まるで石みたい……あなたには敵わないわ。
これからも戦いを続けるんでしょう?
お願い、ボジョカスティ……約束して。戦場で死んではダメよ。
あなたにはこれ以上苦しんで欲しくないの。私がいなくなっても、あなたのそばにはまだ家族がいるでしょ。ほら見て、あの子……
なんてかわいい寝顔。
まだ柔らかい、成長前の赤い角……
これはバトンよ、私の命の……子供は、この大地全ての人の、命のバトンなのよ。
知ってるわ、あなたは私を食べないでしょ。あなたはウェンディゴの風習が嫌いだもの。
でも私は、いつまでもあなたの命と共にありたいわ。
とは言え、もともと命は……不朽のもの。
落ち込んでるのね。でもあまり悲しみ過ぎると、倒れてしまうわ。これからは、あなたが子供の面倒を見なければならないんだから、ここで立ち止まってはダメよ。
……いいえ、違うわボジョカスティ。あなたは決して冷血な化け物なんかじゃない。
あなたの私への愛は本物だったわ。私のように、他人に嫌悪感しか持てない女でも、あなたにだけは愛情を寄せることができた。
驚いてるの? ……本当よ。私はあなたを愛しているわ。あなたが広い心で、私を温かく愛してくれたように。
ボジョカスティ、私の愛する人……未来のあなたの家族は、みんな私の家族よ。
こんなにもあなたを愛しているんですもの——
パトリオット
ヘレン。私は、君に愛される、資格が、ない。
君を、守れなかった。君への、誓いすらも、守れなかった。
私の、家族を、誰一人、守れなかった。
愛される、資格など、ない……
パトリオット
信頼する者が、約束を、破った。
約束を、反故にした者が、まだ生きて、いる。ならば、その約束もまた、生き続けて、いる。
その約束に、悔いがある、からだ。
ロスモンティス
…………
パトリオット
死んだ者だけ、ではない。フェリーンの、子供よ、君の悔いは、どこにある?
ロスモンティス
私の……悔い……
パトリオット
それを背負って、生きるが、いい。
この都市に、いる者たち。ウルサスの、感染者たち。この大地で、過ちを犯した、者たち。家族を失った、者たち。それらの罪や、悲しみは——
全て、誰かが、背負わなくては、ならない。
息子
父さん、お願いだ! もうこれ以上、帝国の味方をしないでくれ!
命令? 帝国の命令なんてただの戯言だ!
いや……ごめん、父さん。僕は父さんを嘲るつもりはない。
でも帝国の法律なんて、僕たち国民全てを欺くためのペテンだ。
僕の友人のイエクトルは、鉱石病患者と知られただけで、鞭打ちの刑を受けて死んだんだ!
父さんだって彼の詩が好きだっただろう? いつだったか、彼の詩を詠んで、感極まって涙を流したことさえあったじゃないか!
彼は殺されたんだ! 永遠に僕たちの元から離れ、暗い黄泉の道を歩いて行き、二度と帰って来ない……
詩人の彼を死に追いやる権利など、文学以外の何にもないはずだ!
帝国の感染者法は、僕たちの心に侵入しようとする悪魔だよ。
あんな死は——あんな感染者の最期は、命を奪う側と失う側、双方の尊厳を捨てさせるものだ……
帝国の兵士たちは、こんな恥ずべきことを行うために皇帝の恩恵を受けているのか? そんなの馬鹿げてる!
父さんはカズデルで生まれたんだろう? 一緒に育ったサルカズの感染者と同様に、ウルサスの感染者のことも理解できるはずだ!
……どうしてそんな無関心でいられるんだよ? 父さんの心も石でできてるの? それとも自分はサルカズなのに感染してないから、同情心の欠片もないっていうのか?
僕たちサルカズ以上に……鉱石病に感染しやすい者なんていない。
僕たち家族の中に感染者が出た時になって初めて、父さんはそれがどんなに不条理な罪かを知るんだ!
そうなれば父さんは、ようやく今進んでいる血みどろの道を諦め、慈悲の道を歩めるのかもしれないね。
父さん……いや、違う、違う! 軍人ボジョカスティ! 鉱石病はあんたのように強靭な軍人にまとわりつくことはないんだろうね。だったら、そいつに僕の身体を差出そう!
そいつが僕の体に巣喰い、あんたに向かって大笑いした時、あんたはようやく自分の過ちに気づくのさ!
その時になって後悔しても遅いんだよ、父さん!
パトリオット
……グロワズル、お前は悪く、ない。
感染したのは、私だ。黙っていたのも、私だ。
父さんは、目があるのに、見えなかった。父さんは、正しい道を、歩けなかった。
私は……悔やんだ。
心底、後悔した。
我が息子、よ……私は、お前を殺し、お前の死をも、無駄にした。
私は……お前に、父さんと、呼ばれる、資格が、ない。
パトリオット
私が、戦いを、やめたら、彼らを、裏切ることに、なる。
アーミヤ
……たくさんの後悔が見えます……どんどん増えています!
パトリオットさん! こんなに——こんなにたくさんの後悔を……一人で、抱えていたんですか?
パトリオット
…………
私の後悔は、私にしか、受け止められない。
ケルシー
Mon3tr、彼に近づくな!
パトリオット
時々思うことが、ある。何故、殿下のような、方でも、命を失う?
ケルシー
…………
パトリオット
誰も、答えては、くれない。殿下の死は、いまだに、謎だ。
だが私は、知っている。あの方は。運命から、逃げなかった。最初から、最後まで、笑って、立ち向かった。
私が、戦いを、やめたら、全ての抗争が、意味を失くす。戦いを、やめること、それは逃げる、ことになる。
やめるわけには、いかない。
娘
……私たち、血は繋がってないよね? ずっと父さんって呼ぶのも変だよね。
……なんか顔色が悪いよ?
そうじゃないの! 父さんって呼ぶのが嫌なわけじゃなくって……兄弟姉妹たちが、父さんと一緒にいる私のことを怖がるから……
ねぇ、何かいい方法ないの? 父さんのせいで私が避けられるのを防ぐ方法。
あるなら、父さんって呼んであげてもいいよ!
え? 脅しか……ってそれどういう意味? 教えてもらったっけ。
兄さんみたいにはいかないかって言われても、私だってちゃんと勉強してるよ! ……そういえば、兄さんは今どこにいるの?
えっ? ……急にどうしたの? そんなに抱きしめたら、しもやけになっちゃうよ!?
……泣いてるの? 肩に何か垂れた気がするけど……
泣いてない? みんなが父さんは血も涙もない人だって言うけど、それは父さんは泣かないって意味?
でも父さん、泣いてる……
あの……さっきのは嘘だよ! 適当に言っただけだから! 父さんが泣いてるのは、私の体が冷た過ぎてしもやけになったから?
父さん、父さん! もうあんなこと言わないから、ね? それに、大きくなったら……大きくなったら、父さんにしもやけしない薬を作ってあげる!
そしたらもう泣かなくていいよね? 私、早く大きくなるから!
え? ……家族?
それは、私と父さん、それから兄弟姉妹たちもみんなってこと? ここにいないお兄ちゃんも?
うーん……てことは、父さんはみんなの父さんだね!
私も父さんみたいに、私たちをいじめに来る悪いやつらを殺して、おばあちゃんの仇をとる!
そんなことを言っちゃダメだって?
何で? 父さんだって毎日、あの悪いやつらを殺してるでしょ!?
……父さんのような人になって欲しくない? どうして? 父さんはいい人じゃないの?
父さんも悪い人なの? ちゃんと言ってくれなきゃわからないよ! そんな……父さんが悪い人だなんて!
父さんなんか嫌い。大嫌い!
え? ……父さんみたいにならなかったら、街に行ける?
父さん、それって本当? 本当に街に入れてもらえるの?
父さんの言ってた指輪キャンディも……食べられるかな?
父さんみたいじゃない人にしか食べられないなら……うーん……
わからない。
父さん……
あのね、いい人でも悪い人でも、別に私はどっちでもいいの。
父さんや兄弟姉妹たちとずっと……ずっと一緒にいられたらそれでいいんだよ。
父さんは私の家族だよ。うん、父さんは一番の家族なの。
それでね、二番目は……三番目は……
パトリオット
エレーナ……エレーナ、我が娘よ。
娘よ……私は、お前のために、何も、できなかった。
何も、できなかった。
親としての、責任、何一つ、果たせなかった。
何一つ……
アーミヤ
…………
もういいです……もうたくさんです……
パトリオット
コータスの娘。君が、ロドスの、統率者だと——
諸君の、仲間の一人が、私に、君のことを、話してくれた、ことがある。
君の、一体どこが、特別なのか……
ロドスの戦士は、優秀だ。だが、優秀さだけでは、生き残れない。
どこに、それ以上の、価値を、見せてくれる?
私すら、打ち破れずに、中枢区画を、止められる、とでも?
ロスモンティス
アーミヤには触れさせない!
1本、2本、3本……4本!
盾は、砕けた。
槍は、折れた。
だが巨大な怪物は、止まらなかった。
パトリオット
ふっ……
まさか、鎧を穿つとは。この装備も、限界か。
ロスモンティス
……とどめを……刺す!
パトリオット
フェリーンの娘。君は強い。凄まじい、脅威だ。
アーミヤ
待ってください、パトリオットさん。
パトリオット
君のところ、まで、あと10歩、しかない。これ以上、待てない。
アーミヤ
あなたはもう限界です。私にはわかります。
あなたはフロストノヴァさんと違って、術師じゃありません……
アーミヤ
なら、この一撃で十分です。
このアーツに……私の見た、あなたの中に見えた全てが込められています。
……もう十分です、パトリオットさん。
ああ、もう十分だ。
パトリオット
なんと……これは……一体?
なかなかに……鋭い一撃、だった。
これ以上は、もう動けぬ……か。
ケルシー
全戦力を投入してようやく、追い込むことができたか……
ボジョカスティ……
パトリオット
(本来なら、貴方たちを、敗った後、遊撃隊に、ロドスを、名乗らせて、タルラを、殺すつもり、だった。)
(だが、その必要は、もうない。貴方たちは、勝利した。自分たちの手で、タルラを、殺しに行くが、いい。)
アーミヤ
(パトリオット……さん?)
パトリオット
(感染者が、他人に利用、されるのを、私は決して、許さない。)
(この命、貰ってくれ。勝者の、戦利品だ。)
諸君の、勝ちだ。
士爵、これを、受け取って、もらえるか。
ケルシー
――これは?
パトリオット
中枢区画を、止めるための、鍵だ。
もし、ブリッジに、行くなら……これを持って、いけ。
アーミヤ
パトリオットさん……このために……
うぅ……
パトリオット
違う。
諸君を、殺そうとしたのは、事実だ。
だが諸君は、勝利した。それを手にして、当然だ。
諸君を、信用できない、からだ。
諸君だけでは、ない。私は、戦いの結果しか、信用しない。
私の娘は、世間知らず、だった。甘い結末を、夢見ていた。
私は夢など、見ない。結果を出す、のみだ。
そして、これも……一つの結果だ。
私の兵たちは、不測の事態に、全力を出せて、いない。そのおかげで彼らは、生き残れる。
死ぬのは……私一人。これでいい。
オペレーター
……どういうことだ!?
クロージャ、感染生物処理室13番ポッドのデータを見せてくれ!
内部温度が急激に上昇してる? エネルギーが放出されてるんだ!
待て! 形態が変化してる! 14時間の処理を経てるのに、なぜこの段階に?
PRTS、さっきここを使ったのは誰だ?
Dr.{@nickname}? 龍門の戦闘で死傷者は出てないはずだろう? 一体誰を処理したんだ?
何?
ちょっと待て! Dr.{@nickname}が、ここに誰を入れたって?
パトリオット
士爵!
ケルシー
ああ、ボジョカスティ。
パトリオット
我々、ウェンディゴは、自身を追放し、全てを失った。
だが、この身は、サルカズの、血脈に、連なっている。
先祖が、私を創造し、育成し、見守っている。だからここで、証人になって、ほしい。
ケルシー
ボジョカスティ……
先祖たちの、列の末席に、並ぶ資格が、私にあるのか、どうか。
パトリオット
貴方が、一番の、適任者だ。
ケルシー
……
「……私は今、一人のサルカズの見届人として、ここに証明する。ボジョカスティ、カズデルのウェンディゴ、その生涯において彼の血脈を裏切ることはなく、彼の一族に恥じることもない——」
「彼は己の生涯の栄誉を、光照らされるその身体に残し——」
「そして彼の精神と魂は、ウェンディゴの温かな血脈に還らん。」
これは、一種の呪縛だ。
パトリオット
私にとっては、違う。
ああ――感じる……視界が薄れて、いく。
感謝する、士爵。
ケルシー
君は、こういうものを嫌っているだろうと思っていた。
パトリオット
私も、もう老いたのだ。
迷彩狙撃兵
待て……
なぜサルカズが……
サルカズ戦士
…………
迷彩狙撃兵
はっ、なるほど。ははっ……
やはりタルラは俺たちを裏切ったのか。
このままおとなしくやられるとでも思ってるのか?
サルカズ戦士
お前らなんか、相手にもならんさ。
来世があれば、復讐でもしに来るんだな。
迷彩狙撃兵
死ぬのが確実だからって諦めるとでも?
このまま無抵抗でお前らに殺されるような——
メフィスト
殺すな。
サルカズ戦士
……?
メフィスト
逃がしてやって。
サルカズ戦士
メフィスト……?
メフィスト
サルカズ、君たちには痛みを知らない身体をあげる。だから彼らを逃がしてやってよ。
サルカズ戦士
俺たちはお前の家畜なんかよりずっと強いと思うがな。
メフィスト
僕の命を君たちに分け与える。そうすれば君たちは永遠に戦える。疲れを感じずに戦えるようになるんだ。
サルカズ戦士
……いいだろう。
だが、こいつらを逃がすとしても、ひとまず俺の仲間の監視をつけておく必要がある。今はまだ、タルラに背くような真似はしたくないんでな。
お前たち、行け。
迷彩狙撃兵
メフィスト!?
(なぜ俺たちを助けた……? まさかこれもタルラの陰謀か?)
サルカズ戦士
しかし、なぜお前がわざわざこんなとこに?
メフィスト
……この中に、どんな秘密が隠されてるのかを知りたい。それと、ロドスがここからある人を連れ出した理由も知りたい。
録画された映像で、あいつがここから出てくるのを見たから。
迷彩狙撃兵
メフィスト……? なぜだ?
メフィスト
君たち、歌を聞きたいかい?
迷彩狙撃兵
歌? でもファウストがたしか——
メフィスト
ああ、そうだよ。僕はもう歌えないんだ。
でも、試してみてもいいかなって気がしてね。
子守唄、だったっけ。誰に教わったかはもう忘れちゃったけど……
ただ夢の中で、誰かがずっと歌ってた。
眠れ、眠れ♪
ハリネズミのぬいぐるみとクマちゃんたち……
パトリオット
ウルサスの、感染者たちは、どこに向かう、のだろう?
夜の闇は、どれほどの、星の光を……呑み込んで、いくのか?
盾兵
……大尉、大尉!
パトリオット
最後の、命令だ。
盾兵
大尉……
パトリオット
戦え。生きて、歩き続けろ。
お前たちの、道は、お前たち自身で……創れ。
歩くことで、しか、道はできない。
私は、死ぬ運命だ。それが、今であるべきかは、判らないが。
私の死が、一体何を、変えられる、のか?
その答えは、お前たちに、しか、解らないかも、しれない。
静かな闇に呑まれてゆく……
お兄ちゃん、お姉ちゃん、妹、弟、夢よ夢よ、みんなを包む……♪
ホシグマ
お嬢様……こんなところでめそめそしていて大丈夫ですか?
スワイヤー
誰がめそめそしてるってのよ!
ホシグマ
はいはい。でもここは近衛局ビルの前ですよ。
みんなに見られても大丈夫なんですかね?
スワイヤー
どうせ……どうせ誰もいないわよ!
ホシグマ
こうしましょう。小官が前の階段に座ります。
小官の身体は大きいので、あなたをうまく隠せます。
スワイヤー
何やってるのよ……
ホシグマ
そうですね……何もできなかったから、気持ちがすっきりしないんでしょうね。
お嬢様、私たちは二人とも、失敗したんでしょうね。
スワイヤー
あいつが……あいつがどこに行こうが知ったことじゃないわ!
ホシグマ
そうですね。わかってますよ、あなたが——
スワイヤー
————!
ホシグマ
おっと、殴らないでくださいよ。まぁ、何を言おうが結局殴られるのかもしれませんが。
パトリオット
ようやく……
私の人生が……終わる。
ヘレン……グロワズル……エレーナ……
ようやく……
君たちの……ところに……
違う。
――違う。
パトリオット
————
違う。
これは、幻だ。
何故……幻覚など、慰めなど、不要だ!
誰だ……?
誰が私に、幻を……見せている?
アーミヤ
えっ……拒絶された? どうして……?
パトリオット
なる、ほど。
――君か。コータスの娘。
君が……継承者、だったのか。
テレシスは、嘘をついた。殿下には……後継者が、いた。
お前が、魔王だ。
ケルシー
え……?
パトリオット
私は……魔王の手によって、死ぬ。
そんな……
やはり、運命には、逆らえない、のか。
いや……
認めない。
ケルシー
アーミヤ!? ダメだ……!
アーミヤ
ご、ごめんなさい! で、でも先生……
パトリオット
聞いたことが、ある。かつて、サルカズの君主は、部下に対する、褒美として、望み通りの、光景を、幻として見せた、という。
彼らは、幻の中で、壮大な宮殿に、住まい、既に亡き、愛する者と会える……
数多の。戦士たちが、この一時の幻の、ため、奮戦していた。
アーミヤ
私はただ……パトリオットさん、ただあなたの——
あなたの最期が……こんな悲惨なものであるべきじゃないって!
私は見たんです……あなたが、200年以上も……
戦って……戦い続けて、失って……全てを失って……
こんな最期を……あなたに……迎えてほしくないんです!
パトリオット
こんな、最期?
……違う。
アーミヤ
あなたには……もっと安らかな——
パトリオット
違う!
私の結末は、他人に、与えられるべき、ものではない!
安らかな、だと? 否! そんなものは、最期では、ない!
悲惨ならば、悲惨でいい。愚かという、ならば、愚かでいい!
それが、私の結末だ。私に……相応しい、結末だ。
私は、生きて、抗って、敗れた。
それで、いいのだ。
アーミヤ
どうして、どうして……どうしてそれでいいなんてことが?
誰だろうと、そんなふうに全てを失うべきじゃないんです!
パトリオット
……お前は、まだ子供だ。
アーミヤ
子供じゃありません! 私はもうたくさん戦ってきました!
パトリオット
……幸福な結末は、必然では、ない。御伽話を、信じるのは、子供だけだ。
お前も、私の娘と同じ、御伽話を信じ続ける、子供だ。
私が娘に、言い聞かせた、言葉は……彼女には、重過ぎた。
彼女の考えを、認めなかった。彼女は、まだ幼い、子供だった……ただの、幼い、子供だったのに。
鉱石病、奴隷主、この大地——それらから、たった一人の、幼い子供すら、救えなかった、とは。
タルラが……彼女を、死なせた。
アーミヤ
だったら、どうして私たちと一緒にタルラを――
パトリオット
お前は私に、何をもたらして、くれる?
かつて、タルラが、私に、もたらしたもの……お前には、まだそれすらも、与えられは、しないだろう。
これから、お前は、どうなっていくと、いうのだ?
これが運命だ。散々、味わってきた。
運命に、膝を屈する、つもりは、ない。
たとえそれが、いつも、同じ結末を、もたらすと、しても……
私はそれと、日夜戦って、きた。次の朝日が、昇るまで。何度も、何度も……
だが、お前には、それを、変えられるかも、しれない。
私は、長い歳月、運命に、抗ってきて……ついに、勝てなかった。
しかし……お前は、違うかも、しれない……
お前は、本当に、殿下の、後継者となる、資格がある、のか?
アーミヤ
え……?
パトリオット
お前は、本当に、この局面を、切り抜けることが、できるのか?
アーミヤ
…………
パトリオット
お前は、本当に、果てなき荒野に踏み入る、覚悟がある、のか?
アーミヤ
……私だけでは無理です。
でも私は、一人ではありませんから。
パトリオット
もしかしたら……
全ては……お前たちが、変えるのかも、しれない。お前たちに、しか……できない、ことなのかも……
あの……レユニオンの、暴君を、運命を……お前たちが……覆せ。
待て。
いや、これは……
ケルシーは暗い空を見上げる。
この光景……どこかで見たことが?
まさか……
ケルシー
アーミヤ……アーミヤ……?
サルカズの預言は、種族全ての記憶が融合したものだ。源石の多発地帯で起こったオリジニウムバースト……その直後、狙いすましたかのようなタイミングで、チェルノボーグを襲った天災……
祭壇……アーミヤ……ウェンディゴ……魔王!?
待て……もしこれが直接の影響だとするなら……有り得ない! 古のウェンディゴの最後の血脈が、サルカズの全支族の魂を繋いだとでもいうのか!?
あの預言……あの預言か!?
雪? ボジョカスティと全ての祭壇の「人喰い」が共鳴した!? それに加えて、さっき私がボジョカスティに施した、ウェンディゴの回魂儀式が補完作用を……しまった!
全オペレーターに告ぐ!!
奴が何を言おうと……ボジョカスティの口が何を発したとしても!
【一言たりとも信じるな!】
ウェンディゴの口が唐突に開いた。かすれた声が、中枢区画全体に響き渡っていく。
我は見た 破壊し尽くされし数多の都市を
我は見た 大地を埋め尽くさんとする源石の群れを
我は見た 黒き冠を戴き、千万の魂を記憶と化す汝の姿を
汝こそ魔王——この大地の遍く総てを隷属させる者なり
盾兵
な……!?
パトリオット
……なん……だ?
ありえない……いや……
ケルシー
ボジョカスティ! 耳を貸すな! そいつはオリジニウムアーツの生理性残留物でしかない!
パトリオット
だ……だが私は、知っている……全ての預言は……現実となる。
私も、死にゆく……魔王の手に、よって。
士爵……ケルシー士爵よ。
ケルシー
ボジョカスティ!! 君は一生をかけて運命に抗って来たんじゃないのか!
パトリオット
幼き、魔王よ……
……お、お前は——
この大地で最も恐ろしき厄災かもしれない。
彼女は死ななければならない!
さもなくば、この大地が死に逝くだろう——
パトリオット
お前を、生かしては、おけない。
私を恨むが、いい。
鎧の歪んだパーツ同士が擦れ合う、不快な音が響く。
満身創痍の怪物は、無造作にアーミヤに向かって手を伸ばした。
ケルシー
――アーミヤ!
ロスモンティス
あ、危ない!
アーミヤ
…………
コータスの少女は避けなかった。死の影が硝煙で煤けた彼女の顔に迫り来るが、彼女は微動だにせず、叫びもせず、ただパトリオットの目をじっと見つめていた。
まるで彼の魂を覗き込むように。
同時に、重い漆黒の剣と不思議な光を放つエネルギーの束が、勢いよく巨人の不死の体躯を貫いた。しかしそれでもまだ、彼は倒れる様子はなかった。
パトリオットが少女の頭を握り潰すと思われたまさにその瞬間——
最後のウェンディゴは、錆びた重い鉄扉が閉まるような音と共に、緩やかに動きを停めた。
兜の隙間から、何かが一雫、ぽたりと滴り落ちたように見えた。
......
一分が経った。
この永遠にも思える一分間、移動都市の動力機関が立てる、轟々という音以外は、何も聞こえなかった。
そしてその場の誰もが理解した、目の前の怪物は死んだのだと。
結局彼は、最期まで一歩も退かず、一秒も諦めることはなかった。それでも死は、彼の人生の行軍を止めた。