瞠目の先に「黄昏」
タルラ?
……まだ足りない。それでは私の炎には勝てない。
チェン
ハァ、ハァ……
タルラ?
智もなく、勇もない。こんな茶番を誰が喜ぶ?
チェン・フェイゼ、いつまで他人のために剣を振るう? 一度でも自分のためにその剣を抜いたことはあるのか?
魔王か、ハハッ……衆王庭は粗悪品を作ってしまったようだな。
足りない……まだ足りないぞ。
――いえ、もう十分です。
タルラ?
これ以上、頭の中で話すな。私の思考から出て行ってもらおう。
アーミヤ
もう十分です。
チェンさんの感情が――
赤霄を伝わって流れてきました。
これまで、私たち二人には繋がりはありませんでした。ですがここで起きたことが私たちを繋げ、感染者の運命が私たちをこの場所へ押し上げた……
なぜなら私たちはみんな、この大地の明日が、今日よりも良くなるはずだと思っているからです。
タルラ?
フェイゼはお前とは違う、コータス。
ロドスは各政治団体の代行屋にすぎない。お前は彼らのために同胞を殺し、善良なふりをして、混乱を引き起こし利益をむさぼる機会をうかがっている。感染者のことなど全く気にかけてはいない。
アーミヤ
まだチェンさんがそんな嘘を信じると思っているんですか? 次は誰を拐かそうというのです?
あなたはタルラを通してレユニオンを支配し、チェルノボーグを用いてウルサス軍を支配し、利益によってウルサス人を支配した……次は一体誰を支配したいんですか!?
あなたの嘘を見破るのは簡単です。なぜなら、あなたは結果と動機しか言わず、何が起きるかは決して言わないからです! タルラに対するあなたの約束も同じです!
タルラ?
ほう……
アーミヤ
あなたは、チェンさんとレユニオンに、感染者の住む場所と繁栄を約束した……でも本物のタルラなら、もう二度と約束なんてしたいと思わなかったはずです。
なぜならあの時の約束が、彼女を深く傷つけているから……
チェン
アーミヤ!
アーミヤ
チェンさん……?
チェン
アーミヤ……私は少し後悔しているよ。君ともっと早く知り合っていれば、色んな物事が違った結果になっていたかもしれない。
だが、私はもう多くの過ちを犯してしまった。
アーミヤ
過去のチェンさんが、必ずしも今の私の考えに同意してくれるとは限りませんよ。
チェン
君ならきっと、頭の固い私を諭すこともできたさ。
アーミヤ
チェンさん……
チェン
何はどうあれ、過去は過去だ。近衛局のチェンはもういない。今の私はただの一人の人間であり、タルラの妹であり、悪を正さんとする者だ。
済まないな、私たち姉妹のみっともない姿を見せて。私たちの再会はもっとドラマチックになるか……もっと月並みなモノのどちらかだと思っていたんだが。
アーミヤ
いくら月並みだろうと、久しぶりに肉親に再会した時の気持ちは、みんな一緒だと思いますよ。
流れる涙は月並みでしょうか? 私はそうは思いません。普通の人ならみんな特別な涙を流します。
タルラ?
なかなか口が達者だな、コータス。精神攻撃もなかなかポイントを突いている。
だが、雄弁さは王庭や元老院を説得し、議会や優柔不断な弱者どもを心服させ、盲目的な士官と気性の荒い領民たちを扇動するために用いるのであって……私を説得するためではない。
「カズデルは三度大火に滅んだ。幾度となく再建され、幾千万の新たな血を手に入れ、衆王の王庭によって統治された。しかし、古き住民は皆灰と化し、風と共に去った」
以前、相まみえた時、お前は障壁を張って私の呼吸を遮ったが……それでも私はお前を見逃した。なぜなら、お前のために犠牲になった戦士に敬意を表したからだ。
しかし今、私は再びお前を標的と定めた。もう逃げられん。
この火炎を切り抜けてみろ、コータス。
チェン
しまった……! アーミヤ、こちらだ!
タルラ?
妹よ、私は今、彼女と話しているんだ。お前じゃない。今は――
――そいつの焼け焦げる匂いでも嗅いでいろ。
チェン
アーミヤ!!
烈火が形を成していき、白くうねる炎が、轟音と共にあらゆる方向からアーミヤを襲う。彼女が立っていた地面は、彼女ごと完全に炎に包み込まれた。
チェン
貴様!
タルラ?
その刀で、奴を傷つけずに私のアーツだけを斬れるかどうか、試してみるか?
チェン
タルラ、アーミヤを解放しろ! お前が殺したいのは私だろう!
タルラ?
もう遅い。
三分経った。もう充分だ。
彼女たちの思いは龍門とチェルノボーグを越え、彼女たちの記憶は北部の荒原とウルサスの地を越えた。
チェンの想いの全てを読み解き、これまでの彼女の戦いを全てこの身に凝縮した。龍門とチェルノボーグ、そして北原での全てを心に焼き付けた。
無数の黒い線が火球から吹き出し、形を成すように集束していく。みるみるうちに火球に亀裂が入った。
白い炎が突如として消滅する。
タルラ?
……なっ……?
何かが炎を切り裂いた……?
アーミヤが激しく息を切らす。
彼女は目を閉じた。
様々な記憶がアーミヤの頭の中で形成され、すぐさま消えていく。
フロストノヴァの、歯が軋むほどの悲鳴。
死してなお、立ちはだかるウェンディゴの姿。
堪えきれずに漏れた、アリーナの小さな呻き。
AceやScoutら、エリートオペレーターたちがパーティーで踊る姿。
オーブンからジンジャークッキーを取り出すリーシャ、ミミの手作りの小さな名札。通路が停電した時、サンティの胸元で輝いた微かな光と、へらへら笑うそばかす顔。
父と母。
バイオリンを弾く時に、肩を支えてくれた母の手。その傷痕とタコに触れるたびに辛くなる、白く細長い母の指。
自分をドアの外へ押し出した後で崩れ落ちる父。その時の父の言葉はほとんど思い出せない。ただ、目に涙を浮かべてこう言ったのは覚えている。「じゃあな、生きろ、アーミヤ」
テレジアに剣で刺し貫かれる自分の胸。
おやすみを言った後、明かりを消すテレジア。
自分のために白い服を選び、自分より嬉しそうに笑うテレジア。
自分の前を歩くドクター。振り返り、自分がそばに来るのを待ってから、再び歩き出すドクター。
一人のサルカズ。
大火。同じような大火だった。全てを焼き尽くしても、悪意は焼き払えない。邪悪から生まれた大火。
そして同じように大火に囲まれたテントの中、大声で雄たけびを上げるサルカズ。
「再び謀反だ! 奴らは協定を破り、我らの駐屯地を襲撃した!」
「駐屯地に集うは一般人、あれらは兵士に非ず! 抗う力を持たぬ無力なサルカズの民だ!!」
「何故我が妻と子を殺す? 何故我が民はこれほどまで不等な扱いを受けねばならぬ!?」
「何故我らは生きることすら許されぬ!?」
「我らはただ、安寧の地を願っただけだ! 我らはただ、生きていく場所を求めただけなのだ!」
「我らがサルカズだからか!?」
アーミヤの涙が、炎で蒸発する。
アーミヤが尋ねる。「私たちが感染者だからですか?」
「我らがサルカズであるという理由のみで、冷酷非道な、家畜以下の扱いを受け、この大地で生きることが許されぬのか?」
そのサルカズの叫びは燃え盛る炎を突き抜け、アーツを突き抜け、時代を突き抜けた。
「彼らがどんな罪を犯した? 皆罪なき者たちではないのか!?」
アーミヤが小さな声で尋ねる。「彼らが憎いですか?」
――記憶は答えてはくれない。
しかし大柄なサルカズは、誰かが必ずそれを問うてくれると信じているかのように続ける。
いや、彼は自分自身にそれを問い続けているのかもしれない――
「奴らは我らを憎んでいるのか!? 奴らは理由もなく我らが同胞を殺め、約束を反故にし、罪を覆い隠すために更に大きな罪を犯し続けている!」
「奴らは我らを弄んでいるのか、それとも支配なのか? 求むるは利益か、あるいは単なる虐待欲求か? その起源は一時的偏見か、それとも骨の髄まで染み込んだ非道さか?」
「奴らが憎むべきは、我らなのか?」
「奴らは己自身を憎むべきではなかろうか。自らの土地をあのような姿に変貌させた己自身を。我ら全員を悪と決めつけた己自身を憎むべきだ!」
サルカズが剣を手に取った。
黒と蒼色が長剣の隅々にまで浸透する。その重量がアーミヤの肩にのしかかり、長剣がアーミヤの手の中に現れた。
「私は奴らが憎いのか?」
怒り。怒り……
際限なき怒り――この大地の一切の苦痛と不公平への怒り。
サルカズの越えてはいけない一線を越え、アーミヤの心の一線をも越える。
憎しみでは恨みすら殺せない。悪意を育むものがどうして悪意に勝てるだろう。
しかし……怒りは違う。
「たとえ私が報復せず、恨みを抱かずとも、永遠にこの身に怒りを宿し続ける権利がある!」サルカズが怒り、吠えた。
「もし、これが奴らの望まぬ結末であるのなら、奴らは初めから過ちの道を歩んでいたのだ!」
彼の雄たけびを浴びて、とめどなく震え畏縮した炎は、嘲笑するオレンジ色から蒼色へと変わった。蒼色の炎はさらに燃え盛る。
サルカズが長剣を抜き放つ。その剣は長く鋭い。蒼き炎が黒い刀身に沿って滑り落ちる。
それとともに彼の怒りが高まる。
「もしこれが結末だというのなら、受けて立とう! 私がこの結末を貴様らに、全ての者に、そして私自身にもたらさん!」
「この大地が私に武器を置くことを許さないのなら、終末が訪れるその時まで、私はこの剣と共に戦い抜こう!」
この大柄のサルカズがそう叫んだ後、誓いに背いた者を全員殺し、最後に自ら命を絶ったことを、アーミヤは知っている。
そしてこの剣がまるで存在すらしなかったかのように、灰となって消えていったことも、アーミヤは知っている。
しかし、このサルカズの君主の蒼き怒火は、彼の経験と共に、すでにアーミヤの一部となっていた。
「抜刀の技、破るに当たりて即ち破る。」
「涙鋒の技、断つに当たりて即ち断つ。」
「絶影の剣、棄つるに当たりて即ち棄つ。」
「雲裂の剣、立つるに当たりて則ち立つ。」
より多くの記憶がアーミヤの思いの中へと溶け落ち、時代の流れが彼女の思考の中で逆巻く。
あれは決して良い結末とは呼べない。しかしアーミヤにはもう時間がない。
アーミヤは、チェンの怒りの目を見た。
アーミヤは、タルラの炎を見た。
アーミヤは、彼女たちがその全てをここで解決しなければならないことを、わかっていた。
この怒りの剣が、ただの過去の剣であってはならない。それは現在の剣でなければならない。
アーミヤは剣の柄を握りしめた。
チェン
剣……
タルラ?
……剣?
収束から切断へと変化した……込められたエネルギー量に変化はないようだが、性質が変化した。
本物だ。コータス、おめでとう。
お前は何かの破片でも、実験体でも、模倣者でもない。
お前は確かにサルカズの君主……人間の敵だ。
アーミヤ
いいえ、あなたの目の前に立っているのは一人の感染者です。
一人の……人間です。
チェン
言葉が……出てこない。
アーミヤ、これは一体……どんな魔法だ?
アーミヤ
それは、今はあまり重要では……
チェン
いや、かなり重要なことだ、私の尊厳に関わる問題だ。どうして君は赤霄と同じような剣を持っている? どうして君は、私が十数年訓練を積んだ剣術を扱えるんだ!?
アーミヤ
(チェンさん……そんなに重大な問題なんですか!?)
チェン
いや、無駄話はまた今度にしよう。それで、その剣は赤霄と、どの程度同じなんだ?
アーミヤ
もう一本の赤霄だと思っていただいて構いません。
チェン
よし、アーミヤ。君は私の剣術をどの程度覚えている?
アーミヤ
全部覚えています。私が見たもの、あなたの心の中で見つけたものについては、全て覚えています。
チェン
……君は私の心の中で何を見つけたんだ?
アーミヤ
それは……し、心配しないでください。チェンさんが私に学んでほしい部分しか見てませんよ。見ていいものと見てはいけないものの判別はつきます。ううっ、ほ、本当にほかには何も見てません。
チェン
全部忘れろ。いいな。
ウェイがいつも言っていた。赤霄を扱いたいのなら、頼るべきは、剣術ではなく心だと。
私はいつも奴をでたらめ野郎だと思っていた。しかし、奴の剣術に対する造詣には、私の一生を費やしても追いつけないということは認めざるを得ない。
だから、奴が仕事のことや道理を話していた部分は、君もデタラメ野郎の戯言だと思っていい。しかし剣の扱いに関しては奴の言うことが正しい。それだけは覚えていてくれ!
アーミヤ
わかりました!
タルラ?
二本の剣。まさかお前が赤霄などという悪辣な武器を選ぶとは。
チェン
武器に悪辣も何もあるか! そもそもこの大地に、お前以上に悪辣なものなどない!
アーミヤ、聞け……!
もし君の憤慨が私の怒りと同じならば、私たちの剣も一つだ!
行くぞ、アーミヤ! 彼女の生死は気に掛けなくていい!
アーミヤ
えっ!? 本当に……いいんですか!?
チェン
ほかに選択肢はない!
タルラ?
その武器がお前たちに自信を与えたのか?
滑稽な劇ならすでに見た。一日に二度も見るものではない。
その剣を試してみるがいい、コータス。お前の技がどんなものか、見てやろう。
チェン
遅いっ! 赤霄!
アーミヤ
抜刀!
タルラ?
くっ……
アーミヤ
(ケルシー先生が言った通り、赤霄は確かにアーツを切り裂く!)
周囲の空気を絶えず呑み込んでいた形なき炎は、赤と青黒い二つの閃光が走った後、何もなかったように消えた。
タルラ?
傷?
バカな……
憎しみの中で生まれ変わってからというもの、傷一つ負ったことはなかったのだがな。
アーミヤ
あの攻撃で与えられたダメージが、指の切り傷だけだなんて……彼女のアーツに宿るエネルギーはあまりにも膨大です!
チェン
少しの傷だろうと軽んじるな!
攻撃するたびに傷を一つ与えられれば、何千もの傷になったとき、彼女は失血死するはずだ!
タルラ?
お前からそんな言葉をぶつけられるとは、私は実に悲しい。
チェン
どの面下げてそんなセリフを……お前は何様のつもりだ?
タルラ?
龍門近衛局は本当にいい「お嬢様」を育てたものだ。
余所者と一緒に肉親を傷つけて、随分と嬉しそうだな、フェイゼ。
チェン
お前が私の名を呼ぶな!
タルラ?
私を殺したいのなら、やるがいい、フェイゼ。
チェン
お前……
タルラ?
私はもう永遠に戻れない。私は全てを憎んでいる。お前を、お前を育てたこの大地を憎んでいる。お前をこんな姿にしたこの大地を。
私を殺せ――解放してくれ。でなければ私がお前を殺してしまう……
せめて……せめてフェイゼ……この手でお前を殺させないでくれ。そんなことはしたくない、私には耐えられない……
たとえ私がこうなってしまったのが、お前のせいだとしても。
チェン
……私の? ……二十年前のあの時のことか……
タルラ?
そうだ。お前は私と来てはくれなかった。
お前は逃げた。お前は怖気づいたんだ、フェイゼ。私がこうなったのは……自分ですら嫌気が差すこんな姿になってしまったのは……全てお前のせいだ。
全てお前のせいなんだ。約束を破ったお前のせいなんだ。
チェン
あっ……
タルラ?
あの月夜に、どしゃ降りの夜に――
お前はなぜ、自ら望んであの悪龍のそばに留まることを選んだ?
奴が私の父を殺し、私たちの母を死に追いやった……私たちを離れ離れにしたのだ!
そして今、お前は奴の手助けまでしようというのか?
アーミヤ
嘘です!
チェンさん、よく思い出してください……
あの日の夜は一体どんな様子だったでしょうか?
タルラ?
……
チェン
あれは晴れの日だった。忘れるはずもない……あの夜は、月も星も見えなかったが――
だが、お前が私を連れ出したのは……昼だった。昼の出来事だ。
アーミヤ
つまり……
タルラ、あなたは勘違いしています。コシチェイのアーツは、彼が死んでから発動したのではありません……
あの時、すでに彼はあなたに例のアーツを施していたんです。
思い起こしてください。あなたがどれほどの思考を捻じ曲げられ、どれほどの記憶を覆い隠されたかを。
たとえ彼があなたの記憶を書き変えていなかったとしても、あなたの記憶の中のその曖昧な部分を、彼は利用したんです!
タルラ、もしあなたがまだタルラならば――
たとえあなたが戦争を起こしたいと思ったとしても、たとえあなたが多くの人を犠牲にすることになったとしても……
あなたは自分のために、彼らを意味なく死なせるでしょうか?
もし本当に犠牲が必要だとしたら、まずあなたがその最初の一人になろうとするんじゃないですか?
スノーデビルや、フロストノヴァさんの孤独な死を許せますか? パトリオットさんが守るものを利用し、尊敬する彼を打ち砕けますか? 無数のウルサス人や感染者が無駄死にするのを許せますか?
タルラ?
黙れ。お前では私の意志を揺るがすことはできない。
お前たちの動きはそっくりだな。息もぴったりだ……虫酸が走る。
しかし、その二本の剣では、私をどうすることもできない。
お前たちの体力は時間と共に消耗していく。だが、私の炎が尽きることはない。
その剣はお前たちの手足の延長だ。しかし、私の力は私そのもの……お前たちが疲労に打ちのめされた後、私はお前たちの命を奪う。
アーミヤ
タルラ、目を開けてよく見てください! こんな結果が……こんな惨劇が、あなたの求めていたものですか?
これがあなたの欲していたものなんですか!?
タルラ?
黙れ!
アーミヤ
殻に籠るなど無意味だ。私と向き合え。
アーミヤは顔を上げる。
淡々と事実を述べるかのように、彼女はそう言った。
チェンはアーミヤを見る。そばにいる少女は数分前のアーミヤとはまるで別人だった。
普段とは異なるアーミヤの口調にチェンは驚いた。今の彼女から伝わる異質な雰囲気は、三分の一は彼女本人のものであり、別の三分の一は自分を模したであろうもの、そして残りの三分の一は……
それが誰のものなのかは、チェンにはわからなかった。
ドラコは唇をきつく閉じている。
何度も口ごもり、どうにか彼女は言葉を継いだ。
タルラ?
今度は誰のどんな光景を見た? どんな遺言を聞いたんだ?
コータス、死にゆく者は陳腐なフレーズを繰り返したがるものだ。たとえ過去の全てをぶつけても、私を傷つけることはできない!
次の瞬間、タルラは剣の柄を打ち鳴らし、目の前で揺れ動く空気を軽く掻き分けた。途端に高温の塊が二人に襲いかかる。
チェンが鋭い気合の叫びを上げる。剣を抜く直前、彼女はふいに、この一太刀はアーミヤにやらせた方がいいかもしれないと思った。
アーミヤ
「赤霄・奔夜」!
彼女はチェンの方を振り向き、微笑んだ。
アーミヤ
えっと……すみません。こういう剣術、ですよね?
青? 黒? ……いや、蒼色と言うべきだろうか。美しい。それに比べると、赤霄は血生臭さすら漂う赤色だ。
チェンは思った。この戦いもそうあるべきなのかもしれないと。
酸素供給装置は、戦闘の最中にすでに焼き払われた。酸素ボンベを背負いながら火龍と争うことは、まさに爆死と隣り合わせだった。
チェンは、不機嫌な表情で余計な装備を投げ捨てた。彼女は内心、自分の準備や計画はやはりぞんざいすぎたと反省していた。
チェン
アーミヤ、時間がない。奴はここの酸素を全て炎で奪うつもりだ。
このコータスの少女も数多くの戦いを経験している。そんな忠告など不要に違いなかったが、自分の気を紛らわすには十分だった。
そうする理由は一つ……チェンは自分の気をそらし、少しでも心を落ち着けたかったのだ。彼女は深々と息を吸った。
冷静さを欠いた自分を、鎮めるように。
赤霄は、束縛されるのを良しとせず、一時的に収められた鞘の中で激しく震えている。この後に訪れる凄まじい解放に備え、荒れ狂いそうな自分を抑えるかのように。
だがそれは、単にチェン自身の手が震えているだけかもしれない。
長い年月を共に過ごしたにもかかわらず、チェンは今……今初めて赤霄の強靭さを感じ取った。己の力ではこの剣を握れないのではと恐れつつも、彼女は思わずこの剣と共に狂喜するのだった。
しかしチェンはふいに悟った。赤霄に意志などない、赤霄の意志は剣を扱う者から来ている。
これまで彼女は赤霄を抜けなかったのではない。この剣を抜かなければならない瞬間に出会わなかったのだ。
しかし今……眼前に現れた、悪人となりし友、罪人となりし肉親、そして轟轟と燃え盛る猛火による絶対的な窮地が、彼女の体に重くのしかかる。
震えが収まった。そしてチェンは思う。今がまさにその時だと……赤霄は随分と長い間、待った。
自分も随分と長い間、待った……
アーミヤ
チェンさん、どうかお待ちを。我々二人ならば、タルラを傷つけられるかもしれない、恐らくその力はあるでしょう。ですが、仮にあの首を刎ねたところで、何の意味もありません。
アーミヤはこれが自分の口から発せられているとは思えなかった。
チェンはまるで鋭い刃だ。だがそれは、不公平や惨劇によって、押し曲げられていた。それでも、その鋭い刃はもとの真っ直ぐな状態に戻るはずだと、アーミヤは感じていた。
アーミヤは、自分が少しチェンに似ていると感じた。
それも悪くない。だが自分は自分であり、チェンにはなれない。
アーミヤはタルラを見つめる。
チェンさん、あなたがこれまで犯罪者を捕まえていたのは、その人をムチ打ち、辱めるためですか? その人の命を奪うためですか?
タルラの謂れなき怒りは、チェンとはまた違う。彼女は裏切られ、無理強いされ、孤立した。彼女は今まさに物語の中にいる――薄暗くも確かに存在している未来の中に。
アーミヤ
彼女の生死は、ただの結果です。なにより我々に、タルラを殺す権利などありません。
そう簡単に罪が晴れるはずなどない、そう言うおつもりですね?
それは違います、チェンさん。間違いです。
彼女の罪が晴れるか否かは、一連の事件が全て解決した後に決まることです。
チェンは血が滲むほどに唇を噛みしめる。肉親同士の殺し合い――なぜそんなことに喜びを感じようとしていたのか……彼女は上手く言い表せなかった。
彼女は赤霄を抜かず、鞘に留めた。
彼女はため息をついた。
チェン
そうだ。奴の生死はただの結果だ。私はまず罪を犯した者に、しかるべき罰を受けさせなければならない。生死は判決が下った後の話だ。
タルラ?
お前たちのその自信はどこから来るのだ?
チェン
これは自信とは呼ばないんだよ、怪物。
これは責任だ。
チェンは顔を上げ、胸を張る。
アーミヤ
我々には義務があります。
ですがコシチェイ、あなたにはなにもない。
借り物の身体、杜撰な張り抜きの嘘、赤霄を前に風前の灯火となったその炎。
あなたはこの場所を戦場に選び、武器と偽りの上に居座った。中枢区画を去らなかったのは、あまりにも傲慢で愚かです。
全て自ら蒔いた種、もう逃げ場はありません。