夢からの「覚醒」
――前に進まなきゃ
......
オペレーター各位、噴射準備! この空間にある粉末を取り除け!
......
前に――
......
下がれ! 変異はもう極限まで進んでいる……これ以上その個体にストレスを与えるな!
......
誰かがしゃべってる 誰かが歌ってる
......
全ての夢は湖の底に沈み♪
......
命は大切だ とても大切だ
友だちはみんな命をなくして 僕のそばからいなくなっちゃった
みんな止まって もう前に進めやしない
......
「もしお前に本当にやりたいことが見つかったなら……」
......
Mon3tr! 照射準備!
......
僕は どこに行けばいいんだろう
わかった わかった
でも どこに行ったってぶたれるんだ
ぶたれると痛い ほかの人をぶてば ほかの人が痛い
もう痛いのは嫌だ でも 今も痛いんだ
......
本当にこれでいいのか? 感染者は皆、いつかはこうなってしまう運命なのか!?
......
だめだ やっぱり前に進まないと みんな心配してる もう心配はさせたくない
......
……時さえもここで凍える♪
......
わかってる みんな僕を嫌ってる でもそれは 僕が間違えたから
もう間違えたくないよ
......
Dr.{@nickname}! 言ったはずだ、病の兆候を取り除くのも、病の源を取り除くのも、私にとっては同じことだ!
......
暗いよ どこまで行けるんだろう
......
ならば、早く選択を!
......
私の言った通りに!
......
「俺は誰も傷つけたくない。そして誰にも傷つけられたくない。そんなこと、もうどちらも嫌なんだ。」
......
これは 夢だよね
誰もが静かに立ち尽くして ただ笑ってる夢
夢なら目覚めないと 夢は醒めるものだから 夢から覚めないと 僕は一歩も動けない
前へ 進まないと
......
ハッチを閉めろ! 全ての感染媒体を処理するんだ、早く!
......
行こう 行こう
振り向かずに
そうだ いいことを思いついた
みんなに これを伝えなきゃ
そうだ 伝えないと
生きるっていいことだ 生きるって尊いことなんだ 生きるのは痛い でも友だちがいるんだ 頑張って歩いてきたんだ
思い出した
みんなに伝えないと
生きるのはいいことなんだ
行こう
さようなら おうち さようなら 僕のために歌ってくれた誰か さようなら 姉さん さようなら サーシャ
さようなら 僕の友だち
ケルシーの指先がコントロールパネルから離れ、石棺の低くうなる轟音が次第に消えていく。
ケルシー
私たちは突発的な災害の阻止に成功したんだ。
……任務完了だ。これでチェルノボーグ中枢区画は、エネルギーの供給源を失った。私たちの責務は果たされた。
少なくとも数年間は、この施設が再起動されることはないだろう。
今から数時間、中枢区画は供給済みのエネルギーでエンジンの稼働を維持するだろうが、それが尽きればこの都市はただの鉄屑だ。
私たちがやれることはやった。だが、この都市が龍門に衝突するのを完全に阻止するには、やはり中枢区画の緊急ブレーキを作動させる必要がある。
それはアーミヤの役目だ。適任者はアーミヤしかいない。
ウルサス帝国がまだこの都市を欲するなら、好きにさせればいい。
ケルシー
……
私はかつて二度、ここで起きた事件に関与した。
一つ目は、二十年以上前のことだ。
当時、ウルサスのボリスグループの配下にある小さな鉱業会社が、南部の山脈で奇妙な設備を掘り当てた。
この情報はすぐにグループの権力者――ボリス侯爵の耳に入った。
すると、侯爵は大胆な行動に出た。彼は、その設備を中心に据えた工業都市を建てることで、軍の支配下にある鉱業と軍需生産に依存しているグループの現状を打破しようとした。
その謎めいた設備が、神民の残した摩訶不思議な遺産であろうと、サルカズの古い呪術道具であろうと、それが正常に稼働する限りはボリスグループにとっての突破口となり得た。
もちろん、それはただの鉄の塊にすぎず、いくら研究したところで成果は出ないかもしれない。あるいは、実は驚異的な兵器であり、数個の集落を瞬く間に消し去る力を持っている可能性もあった。
そこで、設備を研究するために優秀な科学者チームが結成された。彼らは若く、単純な理論に愛想を尽かし、そのうえ学界からの搾取を長年受け続けていたため、世を憎み、金に困っていた。
ああ、そうだ。
私はクルビアを離れてから、独自の情報源からそのことを知った。そして、私もそのチームに加わった――彼らが設備を都市ごと破壊してしまわないように。
自分の知識を頼りに、私はその科学者たちを指導し始めた。
チェルノボーグは純粋な新興都市じゃない。以前は単なる古くて廃れた都市だった。
科学者たちが例の設備の真の機能に気付くまで、源石に依存しない資源を都市に提供するために、私はその設備からの一定量のエネルギー放射を許可した。それは少ない量でも、相当な効果を上げた。
ボリス侯爵はひどく興奮した。彼は投資と引き換えに、確かな成果を得たのだからな。
侯爵はビジネスに対する嗅覚が鋭かった。
チェルノボーグは急速に発展し、同じように商機に飢えている多くの人を引き付けた。
ボリスグループに加入した小型都市も少なくはなかった。彼らはボリス本人に憧れていたか、侯爵の貪欲さに震え上がったのだろう。
チェルノボーグが頭角を現すと同時に、科学者たちの研究にも重大な進展があった。
私は……彼らを止めるべきだったのかもしれない。
続けよう。
私の優秀な教え子の内、何人かはこの設備の秘密を自ら発見した。自分たちが利用したエネルギーは、設備が稼働をする際の副産物にすぎず、本体は未だスリープモードになっていると……
そして、このエネルギーは本体を正常に稼働させるために使われるものだという事実に気づいた。
それともう一つ。チェルノボーグに供給されていたエネルギーは、この設備が出力できるエネルギーの一部にすぎなかった。ほんの、ごく一部だ。
それがわかった時、彼らは喜んだ。
チェルノボーグの、外部源石鉱業に対する依存割合が、大幅に低下するかもしれないとな。
彼らが同じような設備を複製できれば、ウルサスは今後エネルギー源に困ることがなくなり、源石の採掘と精製の工程を大幅に簡素化できる。
しかし、同時に恐ろしい懸念も浮かび上がってきた。これほど莫大なエネルギーが兵器の製造や侵略に用いられれば、ウルサスは再び戦火に焼かれてしまう。
幸い、科学者たちはみんな心優しい子たちだった。彼らはどうにかして、災厄の発生を阻止しようとした。
不幸の訪れも、それがきっかけだったのだが……
ウルサス第四軍がこの件に介入してくるようになって、ようやく科学者たちは事の重大さに気づき始めた。
私の教え子たちが設備を封印する準備を整えた頃には、秘密警察はすでに科学者たちの弱点を掴んでいた。
秘密警察がまず注目したのは、科学者チームのリーダーの一人、イリヤだった。彼は、強い正義感と執着心を持つ研究者だった。
しかし彼らは、イリヤの家族を監禁した場合、彼の憎悪が一方的に膨張するだけだと判断し、その後別のターゲットに目を向けた。
それがセルゲイ――私の教え子の中でも最年長の研究者だった。
優柔不断なセルゲイは、スカルシュレッダーとミーシャの父親だ。
秘密警察が軽く揺さぶっただけで、セルゲイの脆い信念は瞬く間に崩れ去った。
家族を失う恐怖と、同僚や研究に対する裏切りの板挟みによって追い詰められた結果、セルゲイは折衷案となる選択をした。
彼はプロジェクトの目的と実験データをボリス侯爵に伝えたのだ。
彼は誰も信じるべきではなかった。自分が命綱だと思い込んでいるものは、往々にして自分を殺す凶器になりうる。
ケルシー
侯爵は、科学者たちを守ろうとはしなかった。守る実力が無かったと言うべきか。彼は軍隊の高級将校らの前では頭も上がらない。
大反乱を経て、軍隊や旧貴族の力が極度に衰退したのは事実だが、ボリス侯爵はあくまでも落ちぶれた貴族から爵位を金で買い取った成り上がりにすぎないからな。
彼はセルゲイだけを保護し、軍隊の襲撃を許した。それは一方的な虐殺となった。
セルゲイは息子と娘の命と引き換えに、自分の同僚が一人また一人と石棺の中で死んでいくのを絶望の眼差しで見つめていた。
死体や血痕などは跡形もなく処理され、そこにセルゲイの壊れた心を土台に、新たにセルゲイの研究所が建てられた。
当然、セルゲイが有意義な研究成果を出すことは二度となかった。優秀で正義感の強すぎた科学者たちを失った後、この設備に関する研究は行き詰まる結果となった。
そして、この設備の存在は次第に忘れ去られていった。解決不能な問題は、いつしか見向きもされなくなり、忘却の運命をたどる。
結局、秘密警察と駐屯軍が撤退した後、侯爵とセルゲイはこの設備を封印した……ただ、簡単に封じただけだ。
その後も設備は稼働を続け、生成されたエネルギーも絶え間なく、石棺からチェルノボーグ中枢区画――ひいては都市全体に供給され続けた。
侯爵はセルゲイの貢献を讃え、彼を市議会の書記に任命した。
ああ、そういえばこれはセルゲイの息子――アレックスが感染者に認定され、追放された後に起きたことだ。
そして侯爵はようやく軍隊に対抗する力を得た。都市の中枢区画外に形成された、大小さまざまの工場群によって。
彼の命脈を掌握することができなくなった第四軍は、自分たちの勢力範囲からチェルノボーグが離れて行くさまを、ただ見届けるしかなかった。
その後、長期に渡りチェルノボーグが稼働していく中、ボリス侯爵は生産原料の価格問題で、第三軍の参謀の一人、ファースコープ精錬所の第一受益者であるバイカル公爵の恨みを買った。
しかし、バイカル公爵が陰で仕掛けた襲撃でさえ、もはやウルサスの最も重要な都市の一つとなったチェルノボーグを揺るがすことはできなかった。
その上、侯爵はこの都市への軍隊駐屯を拒んだ。おかげで各軍は皇帝の指示でチェルノボーグの周囲を見張る、もしくは監視するくらいしかできなくなった。
更に公爵はチェルノボーグを軍隊や旧貴族の規則から独立させた。それに追随した周辺の各都市も、次々とウルサス内で頭角を現す。鉱物や生産品への欲求は、人々に更なる発展方法の模索を促した。
血塗れの奴隷制ではなく、表面上は清潔で高級な奴隷制を。
それが全てというわけでもない。
私個人が思うに、科学者たちが――私の教え子たちが、ウルサスの貪欲さによって命を落とした時に、チェルノボーグの陥落はすでに確定していたのだろう。
だが、私はそれを理由に自分を許すことはできない。
ケルシー
私は科学者たちの研究意欲と善良さに感化され、この設備が人のために利用されることで、何か違う道が切り開かれるのではと、甘く考えてしまった。
彼ら――ウルサスの科学者たちなら、これで人々に幸福をもたらすことができるのではないかとな。たとえ、彼らの結末が間違いなく予想できたものだったとしてもだ。
彼らと出会う前の私ならば、あんな決断はしなかった。あれでは死者を増やすだけなのにな。出発点がいくら素晴らしくとも、邪悪な世界の中では、私たちの善意など容易く捻じ曲げられてしまう。
つまり、Dr.{@nickname}。
彼らを絞首台に送り込んだのは、他でもない私だ。
私が、彼らの死を黙って見送ったんだ。
これも全て、私が未熟な道を見据えたせいだ。今の大地では、到底実現できない理想を思い描いてしまったからだ。
彼らの確かな優しさに触れてしまったせいで……
……本当に知りたいのか?
わかっているだろうが、Dr.{@nickname}、私はただの医者ではない。とはいえ、それは医者としての職務とはあまりにかけ離れているものだ。
それは君の本心ではないだろう。君はただ、好奇心に駆られているだけだ。答えを聞けば、きっと後悔する。
Dr.{@nickname}、私は君に後悔してほしくないんだ。私に言えるのは、ああいったことは、昔の君の方が私よりも得意だろうということだけだ。
ひょっとすると君は、すでに自分の中で答えを出しているのかもしれない。そのうえで同情、あるいは慈悲の心で、私が失態を晒さないようにしてくれているのだろう。
君は私のイメージを守り、君自身の評価も高めた……なんともいえないWin-Winだが、礼を言う、ドクター。
答えたくない質問など山ほどある。
確かに、私はこのような形でイリヤの生前の願いを叶えるつもりはなかった。それは認める。
たくさんの血が流れ、数え切れぬ人々が命を落としたんだ。しかし最後に私が行った埋め合わせは、一番初めにやるべきことだった。
彼らのことを知らなかったからだ。違う結末を期待していた。
Dr.{@nickname}、この大地には相手が赤の他人だからという理由だけで、暴力を振るい、残酷な刑罰を科す者もいる。
何の躊躇いもなく他人を殺すことができるのは、その相手のことを全く知らないからだ。
もし、お互いの身の上を知り尽くしていたら、私たちはより正しい選択ができたのだろうか?
それとも、彼らはより多くの肩書を手に入れ、それにより行為が黙認されたり、不当な裁判を受けたりしたのだろうか? 身分が違うというだけで罪を被せられたり、罪を免れたりするのだろうか?
貴族か貧民か、一般人か感染者か、ウルサス人か龍門人か、都市の住民か荒野の流民か――
ロドスで治療を受けている感染者の多くが、都市からやってきて、何不自由ない家庭環境で、良い教育を受けていた者たちであるのはなぜか?
なぜなら、そもそも荒野に暮らす感染者たちは、通信手段が無く、情報が得られない。彼らは町の陰に隠れ、明日とも知れない日々を送っているからだ。
つまり、彼らはロドスの名を聞く機会さえないのかもしれない。
ましてや、他の医薬会社や感染者治療団体の名は、言うまでもないだろう。
これが現実だ。
彼らは暴力を使いたいわけじゃない。それ以外の手段を知る機会がないんだ。
かつては多くの人が暴力を盲信していた。彼らは過去に暴力を振るわれ、その暴力に彼らは屈した。その効果を知った彼らも暴力を周囲に振りかざし、さらに周りの人々を巻き込んでいく……
そうしていくうちに、暴力は彼らの道具となった。暴力のない生活を知らぬ彼らは、一生苦痛と恨みに支配される。
暴力は、畑を耕すクワには成り得ない。暴力が通った跡には、草一本すら生えないのだから。
石棺に囚われ、変異してしまったこの感染者は――
果たして悪だったのだろうか?
私たちは生まれた時から悪なのだろうか?
権力と暴力が人に蔓延る悪を生んだのだろうか? それとも、邪悪な人間が暴力を正当化するためにこれらの道具を……同胞を傷つけるための道具を作ったのだろうか?
私たちに他人を裁く権利はない。そんな権力を持つ者などいない。
善を認め実行し、悪を定め否認する。それが正しい道だ。私たちが仮に悪をもって悪を制しても、それでは敵と同類になってしまう。そうなれば、最終的には私たちも自ら命を絶たねば立ち行かない。
ただ、Dr.{@nickname}、もし君が私のことを理解してくれているのなら、誰かがやらなければならないこともあるとわかっているはず。
だが、その行為は決して合理的なものだとは限らない。ましてや、それは正々堂々と実施できるものでもない。
理由がどうであれ、私たちがやらなければならないことの中には、命を傷つけることも含まれている。これを忘れてはならない。
ああ。だから私も、私の行いに対する君の理解などはこれといって期待していない。
君に何かを説き、納得させるのはアーミヤのやるべきことだ。私が実行してきた多くのことは、誰にも知られぬまま闇に葬られるべきであり、決して許されることではないからな。
そしてそう遠くない未来に、私ではなく、君がより多くの決断を下していくことになるだろう。多くの者が、私以上の期待を君に寄せている。
私の言い分は、私の言い分でしかない。同じように君の行いは、君の行いでしかない。
君には、この大地に変化のきっかけをもたらしてほしい。多くの心優しい人たちがそうしたように……
もしウルサスがこれを再起動するようなことがあれば、それは善良なる人の手によるものだと信じることにするよ。
この大地を心から変えようとしている者たち……未来は彼らの手にあると、私はそう信じる。
ふっ。
皮肉なことに、世界が本当にそこまで腐ってしまったら……もはや打つ手はないだろう。
仮に事態があのまま発展していったのならば、いくら私たちが歯を食いしばり、滅亡の運命を幾度となく阻止したところで、最悪の未来からは逃れられない。
不道徳と邪悪を簡単に一掃できる方法の出現に期待するのは、あまりにも非現実的だ。
だが、文明を一瞬にして滅ぼし、その後も長い苦痛を味わい続けたければ、それは簡単だ。軽く想像するだけでわかるだろう。
ただ、何はともあれ……今の私たちには、まだできることが残っている。
ケルシー
消毒作業もそろそろ終わる。後ほど人為的な痕跡をすべて消しておけば、ウルサスはロドスの尻尾を掴めない。
すぐにアーミヤの増援に向かおう。
まあ、状況が相当悪い方向に進まない限り、私たちが司令塔に駆けつける頃にはチェルノボーグ事変も終わっているだろう。増援とは言ったが、実際はただロドスのメンバーと合流するだけだ。
そしてここでのこと、ここで起きた全てを含めて……
私が全力を尽くして、このつらい旅を終わらせる。君がさっき、私にそうしてほしいと思った通りにな。
そしてドクター、君にしか決められないこともあると、覚えておいてくれ。
戦争の硝煙が霧散する中、あなたは石棺の間を目的もなく歩いた。なんとも形容しがたい懐かしさと、一抹の物悲しさが、心の底から込み上げてくる。
あなたはオペレーターたちを見つめるが、なぜか疎外感を覚えた。彼らのうちほとんどの人を、あなたは知らないからだ。
このエリアでの仕事を片づけ、オペレーターたちは現場を離れようとしている。あなたがついてきていないことに気づいたケルシーが静かに歩み寄ってきた。
ケルシー
何か、気になることでもあったか?
ああ……
その件に関しては、君に聞かれるのを待つつもりだった。
……
実は、それこそ私が君をここまで護衛した理由でもある。
これについて私が君に伝えることを、アーミヤは望んでいない。しかしこれが最後の機会になる。私たちが石棺を埋める前に、私は君の頭の中に眠る真実の欠片を掘り出さなければならない。
Dr.{@nickname}。三年前、私は長らく封印されていたこの場所に戻り、重傷を負った君をこの機械の中に入れた。
この機械なら君を治すことができた。というよりも、こいつには君しか治せない。
私ははっきりと説明したつもりだが。
先程遭遇した感染生物は奇妙な姿形をしていたが、彼は最初からああだったわけではない。
だからこそ、感染生物――感染者である彼が石棺に入り、石棺を起動させたと断言できる。
……彼は、アーミヤが石棺の中から君を助け出した映像を見たのかもしれない。
それが、彼が石棺を利用しようと考えるきっかけとなった。そして何の因果か、彼は石棺の中に入ることとなった。
これは、あってはならないことだ。
この石棺は本来、操作する者に治療を施すために設計されている。だが、例の感染者が石棺に入った後、予期せぬことが起こった。
その結果があの産物だ。つまり、あの危険な感染生物は自然に誕生したものではない。「あれ」への変化は人為的なものだ。石棺が彼の肉体を「あれ」へと転化させた。
だが君は、石棺から治療作用を得た。君たち二人に対する反応は大きく異なっている。
当然だ、Dr.{@nickname}。君は彼とは違う。
私たちの同類は何だ?
……君の同類は何だ?
この機械は君の同族しか治療できないのかもしれないし、感染者を拒む設計になっているのかもしれない。
この機械は患者を強制的に最古の状態へと転化しているのかもしれないし、そもそも私にしか正常に操作できないのかもしれない――
何はともあれ、君は生き残り、彼は……先程の感染者は、特殊感染者の源になった。
この大地には、全く同じ個体なんて存在しない……君は彼とも、私とも、アーミヤとも違う。それに私からしても、君たちは私とあまりにも違いすぎている。
誰が私を理解し、誰が君を理解するだろう? 私たちの周りではどれほどの命が消え、どれほどの覆せぬ悲劇があるのだろう?
これを発掘した者……私の教え子たちは、もっと素晴らしい場所を創るためにこれを研究していたのではなかったのか?
なぜ権力への貪欲さはこれほど多くの無意味な死傷者を生むのか。こんなものは、愚劣な悲劇以外のなんだと言うんだ?
これはそんな目的のために作られた物なのか? 私たちは何のためにこの大地に置かれているんだ?
運命が私たちを操っているとでもいうのか? 私たちの創造主は、私たちが演じている滑稽な劇を悠々と鑑賞しているのか?
そうか。
今から君を制止しても、もう遅いのだろうか?
いや、私にはわからない。それが正しい道なのかどうかでさえ……たとえ今の君が全て演技だとしても、私は喜ぶべきなのだろうな。
だが、やはり忠告しておこう、ドクター。
これは決して楽な選択肢ではない。
Dr.{@nickname}……この大地には、君だけの立ち位置がある。
もちろん構わない。君にはここを離れる自由がある。
ロドスが君とPRTSとのニューラルコネクタの接続を切れば、君は直ちに移動端末のシミュレーション演算中枢から遮断され、PRTSの目と権限を失う。
ロドスの情報処理システムの莫大な情報の海から君は解放され、それ以降は二度とロドスの情報データベースにログインする必要もなくなる。
君の情報端末をシャットダウンすれば、一瞬で全てが消える。私たちの取捨選択はとても簡単だ――ボタン一つで接続を切断し、自分が選択したその世界に自分を残すことができる。
……
私の準備はできている。
君は、そのボタンを押すだけでいい。
……
……
もし君がその選択をしていたら、この言葉は聞こえていない。
つまり、君はここに残ることを選んだ。
Dr.{@nickname}……そもそも準備ができている者などいるのだろうか?
私たちは様々な物事によって、この世に束縛されているのだよ、Dr.{@nickname}。
私たちの日々は苦しみで満たされ、私たちの命は意義すら見失ってしまっているのかもしれない。
だが、一歩前へと踏み出せば、旅は始まる。
明るくて平坦な道は歩きやすい。暗くて険しい道は歩みづらい。
それでも、科学者やロドスのエリートオペレーター、龍門の義士、新生を夢見るチェルノボーグの感染者たちは……
一歩また一歩と、足を引き摺りながら進み続けようとしている。
痛みが彼らを襲い、悪夢が彼らを苛む。憎しみが彼らを戸惑わせ、いずれは死が彼らに追いつく……
だが、彼らはすでに足枷を外した。この大地が彼らに押しつけた、不当な束縛や不条理な悩みから解放されたんだ。
圧倒的大多数の者が脆弱だ。だが私たちを煩わせるものこそが私たちの存在を証明し、夜には落ち着いた眠りに就かせてくれる。
私たちの苦難はまだまだ続くだろう。この大地に降りかかる苦難が尽きる日など想像もつかない。
それでも、私たちはまだ選ぶことができる。極寒に生まれた者が、火を灯すことを選ぶのと同じように。
ドクター。
私が言う言葉の大半は、私の責任や過去の約束……
そして、未来への期待から来るものだ。
私は君に期待している。
たとえ、私が君に悪意を向けているように感じたとしても、どうか気にしないでほしい。今後はなるべく控えるよう努力する。
私のこの態度は、私の記憶から来るものだ。君の記憶は消されているが、私の記憶にほとんど変化はないのでな。
本来、あの家庭用生理機能修復マシンには記憶を消す機能など搭載されていないはずだ。となると、記憶喪失は機械の故障か君の演技ということになるが、少なくとも今の君……上辺の君は潔白だ。
ドクター。私が今から告げる言葉に、不快感を覚えないでほしい。
今回だけ、私は自分の感情をありのままに吐露しよう。私はただ、君に忠告がしたい……たとえアーミヤが望んでいなくとも。
ケルシー
できることなら、私は復讐するだろう。君に対して復讐をする。
今後君の記憶が蘇ったならば、君には自分の選択を見直す機会があるだろう。
それで……たとえ君が悔い改めても、もしくは君が本当に――永遠に忘れてしまったとしても、私の考えが改まることはない。
心の奥底に根づく憎しみを発芽させるつもりはない。だが、私にはこれを残しておく権利はある。
私には、永遠に怒り続ける権利がある。
ケルシー
……今の私には、この怒りを誰にぶつけるべきかわからないが。
私はあれを君だとは思っていない。そうでもなければ、これほど言葉を交わすこともない。たとえ君が――
君が……
……
ケルシー
なぜテレジアがあれほど君を信用していたのか……それだけが、未だに解せない。
ケルシー
私の友人、昔の仲間だ。
三年前に亡くなっている。私は永遠に彼女を失った。
真相が聞きたいか? ドクター。
君がどう思っていようと、私が君をここに連れてきたのは真相を告げるためだ。
私も君も、この過去から逃れることはできない。
テレジアは君の友人でもあった。
かつて君のその肉体に宿っていた者が、その手をテレジアの血で染めたのだよ、Dr.{@nickname}。
「君」が、テレジアを殺したんだ。
ああ……しかし、予期せぬ事態によって、君は石棺に入れられ、全てを忘れてしまった。だが、今の君とは無関係のこの事実が、変わることはない。
あれは、私にとっても君にとっても、無念窮まる出来事だ。
――君を傷つけることは私には一切許されないとしても、これだけは覚えていてほしい。
……テレジアとアーミヤがどれだけ君を信用していたとしても、私は決して信じない。
ケルシー
回答は拒否する。それは私が答えるべきではない。君を呪ってしまいそうになる。
ケルシー
君はDr.{@nickname}、ドクターだ。この大地に生きる一つの命あるもの。
ケルシー
私が信じろと言ったところで、君はすぐに受け入れられるか? 私の「侮辱」を君は心から拒絶している。故に、私の個人的感情が込められた「答え」と「真実」に関し、多くは語らないでおく。
私を信じてほしいとは言わないし、真相についてもこれ以上触れるつもりはない。
私の憎しみは叙述を捻じ曲げてしまうし、怒りに満ちた言葉は君の思考を混乱させる。
だから、君が全貌を知るための必要な鍵と、基本的な事実以外、私は何も言わない。
君は自分の目で確かめ、自分で判断し、自分で模索するべきだ。
そうすれば君は本当の自分を取り戻せる――そう頑なに信じて疑わない者もいることだしな。
ケルシー
……君を守る。
私が約束したように。
私はアーミヤを守る、そして君を守ると約束した。
君の命が尽きるまで守り抜くことが私の責務だ、ドクター。
しかし、私は君を恨み続ける。私にはロスモンティスを教育する資格はない……ましてや批判するなどもっての外だ。私自身、いずれ耐えきれなくなり君に復讐してしまう可能性を恐れているからだ。
同じような光景、同じような言葉……しかし今とは異なる感情、時代が、あなたの記憶の空白に橋を架けた。
ケルシー
……
ケルシー
何を……思い出した?
これは初めてではない。
錯乱する思考に何かが滑り込んだ――
......
……警報が鼓膜を突き破るように鳴り響く。
......
あなたたちは廊下を必死で走っていた。
......
例の冷たい機械にあなたが横たわると、さっきまでハッキリとしていた意識が突然の倦怠感に襲われる。
......
この光景をあなたはよく知っているはずだった。だが、記憶を覆う薄いベールをいくら突き破ろうとしても、それは徒労に終わった。
......
あの声が聞こえるまでは。
???
......Dr.{@nickname}......
……まさか、今度は私が手を放したくないだなんて。
でも、こうしなくちゃいけないの……じゃないと、あなたは死んでしまう。
……あぁ、{@nickname}……そしたら、二度と会えなくなるかもしれないわ。
無理よ、そんなの。受け入れられないわ。私は絶対に諦めない。
Dr.{@nickname}。私たちの絆は、時空さえ超えられるって信じてる。
海が煮えたぎり、大気が消えようと、衛星が重力の渦に巻き込まれようと、膨れゆく太陽がその子供たちを呑み込み、全てが静寂に帰そうと……
私たちは再会できるわ。暗闇の中、星の光で彩られた文明の果てで私たちは再会する……きっと。
その日を待つわ。何があってもその日を待ち続ける。だからあなたも待っていて。私のことも、待っていてね。
……Dr.{@nickname}。私のこと、忘れちゃだめよ。
ケルシー
……ドクター?
砕け散っていた欠片が徐々に元の形を取り戻し、一つの名があなたの脳裏に浮かんだ。
ケルシー
……
……Dr.{@nickname}?
ロドスオペレーター
なんて火力だ! おい、頭を引っ込めろ!
くそっ! ……あいつらはどうやってこんな狭い場所にこれだけの人数を詰め込んだんだよ!? もうかなり最上部に近づいてるはずなのに!
アーミヤ
焼け焦げた臭いが、もう……ここまで漂って来ています。
皆さん、ここまでで大丈夫です。
ロドスオペレーター
……俺たちではこれ以上、力になれない。そういうことですか?
アーミヤ
いいえ……皆さんがいれば心強いですが、これ以上付いてきてもらうのはあまりにも危険すぎますから。
ロドスオペレーター
慰めは要りませんよ。
アーミヤ
いえ、慰めではなく、本心です。オペレーターの皆さん、これだけは伝えさせてください……
皆さんがいなければ、私はここまで来られませんでした。
ロドスオペレーター
……
頑張ってください、アーミヤさん。
いつか管理の甘い都市で、こっそり一杯やりたいもんですね。
アーミヤ
はい、必ず。
あ、これは……チェンさんの剣の鞘? ……こんなにも傷跡が。
……まさかタルラはわざとチェンさんを上に誘導した? まずい――
――いや、違う。
今のチェンさんは……簡単にやられるような人じゃない。
チェンさんならきっと、自分のやるべきことをしっかりと見据えているはず。
予想外の出来事の連続で混乱に陥っても、チェンさんの怒りは、もうこの事件そのものを遥かに上回ってる。
チェンさんの怒りは……私たち全員の怒り。
アーミヤは階段を上った。
彼女はまだ、一連の出来事について考えている。
龍門の長官オフィスで、最後にチェンと会った時……目蓋の裏へとなだれ込んできた、彼女の内面に浮かぶあの景色。
鞘に触れた瞬間、あの景色がアーミヤの目の前で再現されるような気がした。
それは、徐々に鮮明になっていく――
ナイン
やはり、お前と一緒だとろくな事がない。
チェン
う……くっ!
ナイン……! 無事か?
ナイン
ああ。それより……なぜそちらこそ死にそうな顔をしている?
爆弾は私の眼の前で爆発した。お前のいた地点とは十数メートルの距離があったはずだが。
チェン
破片が腹を貫通したらしい。さすがに痛みが――すまない。お前の忍耐力には遠く及ばないな……
……ナイン。振り返って見せてみろ。
ナイン
いつから上司に命令できるようになった?
チェン
……いや、そうじゃない。お前は――
ナイン
悪いな、チェン。お前を守ってやれなかった。
花が大方防いでくれたが、いくつか破片を取りこぼした。
……複数の破片がお前を貫くのを見た。早く応急処置に向かえ、お前の方はまだ間に合うかもしれない。
チェン
ナイン……まさか……
お前の状況は?
ナイン
……
私のアーツほど自身の状況把握に秀でたものはない。状況はとうにわかっている。この欠片は、私では取り出せない。
――私にも、近衛局の一員としての誇りがある。この背中を覚えておいてくれれば、それだけで十分だ。近衛局の皆にもそう伝えてくれ。
それとウェイにもだ。よろしく言っておいてくれ。
チェン
どこに行くんだ!?
ナイン
私はこの傷だ、間違いなく感染を免れない。感染者がいるところへ行くさ。
チェン
……ナイン、たとえ感染したとしても、去る必要はない! お前が龍門と近衛局のためにやってきたことを、皆知っている!
ナイン
感染者の恐ろしさも、同じように皆知っている。この源石爆弾も……恐らくは……いや、一体誰が作った物なのだろうな。
チェン、これだけは言っておく。夢を見るのはやめろ。感染者と一般人との境界線は、私やお前ではなく、当事者である彼ら自身が決めるものだ。
あまり、スラムの感染者たちに関与し過ぎるなと警告したはずだ。災いが降りかかった今となっては、もう後の祭りだが。
チェン
……私たちはもうスラムに駐留する準備ができていたじゃないか。これから新しい感染者居住条例を公布し、街はどんどん良くなっていくはずだろう?
私たちは感染者たちを――龍門の一人一人を平等に大切に扱う準備ができていた……感染しているかどうかは関係なく、一人の龍門人として認める準備が!
ナイン
私たちは、な。しかし、龍門はどうなんだ? 龍門の全員が準備できていたのか? 商業連合会は同意するのか? 私が感染者だと近衛局に知れたら、どうなると思う?
チェン
それは……この件を推し進めた後で、事実を――
ナイン
権勢を笠に着て事実を隠し、感染者の件を推し進めるというのか? それは職権を利用して私欲を満たすのとなんら変わらない。そんな事をするくらいならば、追放された方がましだ。
ウェイが一人で築き上げ、私たちがここまで束ねてきた近衛局……その近衛局が法律を体現するものである以上、私たちがそのような不正を犯してどうする!
それと、チェン。感染者がスラムや採掘場から解き放たれ、豊かな暮らしを送れるようになったら、鉱石病の治療ができるようになるとでも思っているのか?
それは違う。感染者となったら、待ち受ける運命はたった一つ……
感染者は皆死ぬ。誰もが同じように鉱石病により死に至らしめられるのなら、彼らの間にはどんな差も存在しない。
感染者になったからといって、頭を垂れるつもりはない。私が処理した感染者の犯罪者は三桁に上るが、私が感染者になったのは因果だとは思わない。ただ、この大地がそうした無情なものだからだ。
大地はあらゆる方法で私たちを死に至らしめる。そうすることがノルマであるかのように。
チェン
なぜだ……ナイン、お前は龍門を信じていたのではないのか?
ナイン
龍門を信じる? これまでとってきたガサツな態度が、お前たちの目にはそう映ったのか――
行き場のない私を受け入れてくれたこの都市を、私は心から愛している。だが私にはわかっているんだ……感染者たちを本当の意味で受け入れてくれる場所など、この大地のどこにもないことを。
心から愛しているからといって、それは信じる理由にはならない。私はただ龍門を知り過ぎたんだ。何が役に立つもので、何が時間を費やすに値しないか、すぐわかってしまうほどに。
私がオフィスで綺麗事を並べるよりも、お前たちと一緒に街へと足を運ぶことを好むのは、親しみやすさをアピールしたいわけでも、誰かに認めてもらいたいわけでもない。
私が街へ来る理由はただ一つ、龍門がそれを必要としているからに他ならない。
ウェイが感染者を受け入れる理由は、感染者がもたらす問題など、龍門が過去に経験したことや、これから経験することに比べれば、取るに足らないものだからだ。
しかしそれらの問題が全て根源から解決されれば、誰に白羽の矢が立つことになると思う?
仮にウェイが感染者を処理しないと言っても、この都市はどうだ? 商人や民衆、労働者や警察はどう言うだろう?
チェン
龍門は感染者を受け入れられる! 龍門は彼らだけのものだけではなく、私たち全員のものだからだ! 感染者はこの都市のために力を尽くせないと言うのか? この都市は彼らを守れないのか?
ナイン
そうだ。
チェン
違う! 私たちは同じだ。私たちは皆、感染者だろうとそうでなかろうと、同じように扱われる。これはお前が言ったことだ。
ナイン
……ならば訂正しよう。ウェイはお前を宝物のように扱っている。お前は、龍門の他の者とは違う生活を送っているのだ。
チェン
なっ……!
ナイン
お前が尽くしてきたことやその努力は否定しない。チェン、お前は私が見てきた中で最も優秀な近衛局のメンバーだ。だがこれだけは言わせてくれ。お前は彼らとは違う。
チェン
……違う、私はこの身分を振りかざして働いているわけではない。私は単なる近衛局の一員、龍門の一員だ。
私たちは龍門のために血や汗を流してきた……龍門の住民に認めてもらうのはまだ少し難しいかもしれない。しかし、最後にはきっと受け入れてくれる。
龍門ならそうしてくれる、龍門は進歩し続けているんだ。
ナイン、たとえ私たちが感染したとしても、それでも私たちは皆と同じ龍門人なんだ!
龍門は、あらゆる種類の人のための都市――そうあるべきだ。もしそうでないなら、私たちがそうさせるんだ。
情にも義にも厚い感染者を、これまでたくさん見てきただろう? まだ足りないというのか?
ナイン
ならば証明してみろ。
私たちがこの都市の一員であると言うなら、そう証明してみせろ。
チェン
してやるさ。必ず証明してやる。
ナイン
……せいぜい早くやるんだな。待っている間に私が死ぬなんてことがないように。
チェン
――ああ、やってやる。
ナイン
この件はウェイに伝えておけ。ウェイなら上手く処理するだろう。今後も連絡は取り合うようにして、何かあれば呼んでくれ。
そうだ、ホシグマに……お前が馬鹿な真似をしないよう、しっかり見張るように言っておいてくれ。
今の言葉は忘れてもいい……というよりお前なら忘れるだろう。だがその前に必ずホシグマに伝えるんだ、忘れるのはその後だ。
「馬鹿な真似」?
馬鹿な真似とは何のことだ?
身をもって周りに手本を示すことで、私はどう変わった?
他人と共感することで、私は何を理解した?
倦まず弛まず励むことで、私は何を失った?
久方振りに再会する私に何ができる?
私にできることは……
もう何年も前に決めていたのではないのか?
アーミヤ
チェンさん、待ってください。チェンさんがしたことは……とても勇敢だと思います。
ですが……今はまだ結論は出せません。チェンさん、私にもう少し見せていただけませんか? 彼女のことをもっと知りたいんです。私たちには真実が必要なんです。
チェンさんが知りたいのは、タルラがどんな人間になってしまったのか……
私が知りたいのは、レユニオンを従えている人物が、一体どんな人なのか。
彼女の耳に、チェンの雄たけびとタルラの嘲笑が聞こえた。
彼女はチェンが思っていることを理解した。
「罠だと知っていながら、なぜ来た?」
「これが本当に罠だと判断できて初めて、お前が救えない奴だと証明されるからだ!」
「もしそうだとしたら?」
「ならば私と後に続く者がお前を倒す時、微塵も躊躇することはないだろう! 全ての懺悔は、葬儀が終わってからにするんだな!」
十個の指輪の中、一個から赤い輝きが漏れ始めた。
「私は指輪の力をいつ使えばいいのでしょうか?」
「あなたがそうすべきだと思った時よ。」
新たな敵に立ち向かうには、新たな武器が必要だ。
強大な悪に立ち向かうには、確固たる原則が必要だ。
かつてのアーミヤは焦りの中、切羽詰まって指輪の束縛を解こうとしたが……今回は違う。
アーミヤ
……雲裂、向き合うこと。
「雲裂の剣、立つるに当たりて則ち立つ。」
チェンはこれまで、一刻たりとも逃げたことがないのだろうか?
チェン自身もアーミヤも、恐らく否定するだろう。
チェンは何度も逃げたことがある。
しかし彼女は逃げ続けることはしなかった。
チェンの記憶、感情、そして彼女の一つ一つの変化……その全てが彼女の決意によるものだ。
赤霄を使うことは、意志を固めること……鍛錬する中で、チェンは挫折をしなかったわけではない。チェンはただ、落ち込み続けたくないと思ったのだ。
赤霄の剣術もそうだ。
チェンはすでに決心がついている。
アーミヤは静かにそれを心に刻む。鞘に残された温度は次第に消えていくが、彼女が見たチェンの記憶は、まだ彼女の心へと流れ込み続けている。
アーミヤはかつてないほど冷静だった。そして決意した。
指輪を解放することを。真相をその目で見届けることを。
途端に火の海が彼女の目に飛び込んできた。
だが、彼女はもう目を閉じない――
彼女は、目の前の姉妹の身に起きた全てを見た。
そして今、チェンはタルラの前に立っている。
赤霄の刀身が露わになる。ドラコの放った烈火が剣に触れた瞬間、その炎は突如として消えた。それはまるで、赤霄が熱波をがぶりと呑み込んでいるかのようだった。
肉親同士の――殺し合い。