心を凍らす「寒気」
今なお彼女の脳裏に焼きついて離れない出来事。
それは彼女の「貴族生活」が終わりを迎えた日――
フィディア貴族
おかえり。
タルラ
……
フィディア貴族
その剣は嫌いではなかったのか? なぜ持ち歩いている?
タルラ
ただなんとなく。
フィディア貴族
おや……
フィディア貴族
体から土の匂いこそするが、血腥さや焦げ臭さはない……そして、メイドの話によると、お前は入浴も着替えもしないまま、急いで私に会いに来た。つまり、まだ標的に手を下してはいないと見える。
ほかに良い方法が見つかったか、タルラ? もっと良い方法を思いついたから、あの目の上のたんこぶを処分しなかった。そういうことだろう?
タルラ
お前は私にアントニオ少佐を始末させようとしただけでなく、私を騙して一人の幼い命までも奪わせようとした。
タルラ
コシチェイ……子供だぞ。私が息子と旅行中のアントニオに無実の罪を被せ、旅行の道中で憲兵が彼を殺せば、その息子もただでは済まないことなどわかっているだろう。
コシチェイ
アントニオは隠れ蓑を上手く使う。お前にもわかっているはずだ。あの少年は彼の実の息子ではない。
タルラ
ふん……
コシチェイ
前にも教えたはずだ。重要な目標に向かう時には、道徳心を捨て、ある程度の犠牲を払うことも必要だと。
お前がアントニオを見逃せば、次に彼はヴィクトリアにあるどこぞの特務官の官邸に現れるかもしれない。
あの小賢しいフェリーンたちは、我々四都市の来年度における航路についてあれこれ言ってくるだろう……
……ついでに我々の貿易相手や物資の出所を調査し、輸出入ルートや防衛配備の状況を探り出すかもしれない。
タルラ
書類はすでに処分した。
コシチェイ
素晴らしい! それはよくやった。お前はできる子だ。そうだな?
だがタルラ、お前はどうやって……いったいどうやってアントニオがあの書類を「見ていない」と証明する?
書類の内容に興味がないのならば、彼はなぜそれを持ち去った?
タルラ
それを言うなら彼が公爵領を……ウルサスを裏切ったとどうやって証明できる? なぜ彼を捕らえ、問いただすことなく直接始末する必要があるんだ?
コシチェイ
証明など不要だ。問いただしたところで、証拠隠滅や詭弁を弄する機会を与えるだけだ。彼の行為自体が、元より許されるものではない。
裏切る可能性があるというだけで、私やウルサス、そして法律の琴線に触れることになるのだよ。
彼には許されないのだ。「裏切ることができる」立場にあること自体がね。
――アントニオの始末はもう済んでいる。お前が書類を処分した後すぐに、「蛇のウロコ」たちが片付けてくれたよ。
タルラ
わかっていた。わかっていたさ……お前が彼を見逃してやるはずがないと。
コシチェイ
私がお前の訓練を続けているのは、毎回の成長を期待してのこと。だがお前はまたしても私の期待を裏切った。前回よりも出来が悪くなっているじゃないか、タルラ。
シャワタ会談ではあんなに上手く出来ていたというのに。タルラ、そろそろ認めたらどうだ。お前もあの感覚が好きなんだろう?
万物の頂点に君臨するような、あの感覚が……
タルラ
とんだ侮辱だな。そんなに私を怒らせたいのか。
コシチェイ
このたとえが気に入らないなら、「完璧な自分への満足感」と言いかえてもいい。
お前の心配はよくわかるし、お前の考えも理解しているつもりだ。だからこそ……
「蛇のウロコ」たちも、彼の息子を装ったあの少年を見逃した。
どうだい、タルラ? この程度ならお前一人でもできただろう?
タルラ
息子を装っただと? あの少年は彼の息子だ。間違いなくな。
コシチェイ
だが、息子ではなかったということにもできる。
タルラ
あの少年が大人になった時、彼はお前を探し出すだろう。父親の仇を討つためにな。
コシチェイ
そういうお前は……一体いつ、自分の父親の仇を討つつもりだ?
タルラ、お前の父親を殺した奴は、今なお健在だぞ。
タルラ
……
コシチェイ
私はお前が自らの手で復讐できるようになるまで鍛えてやると約束した……だが今のお前はまだまだ青い。
タルラ
……黙れ、コシチェイ!
コシチェイ
そんなお前の望みはさておき、どのみちお前にはもっと優秀な人間になってもらわなくてはならないのだ。
タルラ
それは暗殺者か? それとも憲兵長、軍官、陰謀家……はたまた、虐殺の得意な術師か? それがお前の言う優秀な人間なのか!?
コシチェイ
タルラ、タルラよ。どれも違う――
私はな……自分の継承者が欲しいのだよ。
タルラ
……
よくもぬけぬけとそんな気持ちの悪いことを。
ハッ……悪いが、公爵。
お前の望みは――
決して叶わない。
コシチェイ
ふむ……
お前が興奮しているということはわかる……言ってみろ、タルラ。一体どうしてお前はそんな得意満面になっているんだね?
タルラ
半年ほど前に、私は採掘場で偶然小さな源石の欠片を見つけた……それをどうしたと思う?
私はそれを、自らの腕に埋め込んだ。
コシチェイ
……ほほう?
タルラ
結果は良好。
私はすでに感染者だ。
そして感染者になった今、私の命は長くない……コシチェイ公爵、お前の陰謀も計画も、今まで注ぎ込んできた全てが水泡に帰した。もはやお前に私を利用することはできない。
タルラ
私の全てがお前の計画の根幹、そうだろう? だがもう終わりだ。
コシチェイ
ふむ、全くもって……予想外の方法だな。
タルラ
どうだ? 陰謀が破綻した気持ちは?
コシチェイ……今や私は、ウルサスとこの大地が、最も憎み、蔑む感染者となった。都市、凍原、荒野を問わず最も下賤な感染者だ。
コシチェイ
……そんな姿をお前の姉妹が見て、喜ぶと思うのか?
タルラ
……貴様!
コシチェイ
なぜそこまで執拗に私に反抗する、我が娘よ?
タルラ
――黙れ! 私を娘などと呼ぶな!
タルラ
お前は、ウェイこそが私の父を殺した首謀者だと言って騙した……かつて彼が私の父とともにお前に対抗し、龍門から追放したという事実は隠したまま。
しかも、私の父の死に関し、お前がどんな役割を担っていたのかも伏せていた。父を直接手に掛けたのがウェイであり、彼が死すべき罪人であるとしても――
お前が同罪であることは免れない。
タルラ
お前は表面上は領民に対して優しく接している。都市の周囲に集落を配置し、安心できる居場所を感染者に与えた……
だが実際には、感染者と一般住民の暮らしにわざと格差を作り出すことで、一般住民たちに「自分は感染者よりも優れている」という歪んだ自尊心を植えつけたんだ。
そして、市民に対する都市の略奪行為をそれが義務であるかのように美化した……彼らはその鬱憤を、感染者や行き場のない余所者を虐げることで晴らしている!
タルラ
これがお前の公爵領の実体であり、お前の考える都市と統治だ!
自らの影響力を強めるため、不平等が産み出す差別感情を利用して権威の虚像を作り上げる……そうだろう?
これ以上は我慢できない! 私欲と歪みに満ちた手段や行為は無視できても、お前の人を欺く言葉と偽善の仮面にはもううんざりだ!
コシチェイ
これも前に教えたはずだが……タルラ。
「平和な暮らしの中では、人々は誰もが平等な扱いを受けることに反感を覚える」と。
だからこそ、この平凡で退屈な日々を終わらせなければならない。
私もお前も、人々による自治を受け入れることはできるだろう――クルビアとシラクーザの市民のようにね。しかし、人々自身はどうだろう?
彼らは他人を尊重せず、権威や暴力を恐れる。だから次の執政官、次の貴族を常に求める。
それだけではない。勇気、知恵、道徳心、優しさ……どのような面であれ、自分よりも秀でた者の存在を彼らは許さない。公爵や皇帝でない限りね。
お前は人々に、私の領民に、税の取り立てや官僚の圧政などにより身動きできない市民に対し、同情を感じている。
それは構わない。
お前は常日頃から、無理をして感染者を侮辱するような言葉を使っているが……それでも私は憶えている。
お前は多くの感染者を守るため、市民の怒りも顧みず、私の政策に変更を加えてきた。
市民を宥めるのにそれはもう長い時間がかかったんだよ、タルラ。
タルラ
私は同情などしていない!
コシチェイ
いや、お前は確かに感染者に情を感じている。
タルラ
なんだと……!?
コシチェイ
安心したよ、タルラ。お前は感染者を本当に大切に思っている……ますます私に似てきたね、我が娘よ。
タルラ
……よくもそんな歯の浮くような寝言を!
コシチェイ
だが、お前のその浅はかな策略は決して成功しない。
タルラ
私のやろうとしている事がわかると? お前にそんな能力など――
コシチェイ
たとえ全ての人が良い結果を望んだとしても――――それは失敗に終わる。
なぜならば、タルラ……人々が望む結果と、お前の思い描く夢は、本質的に異なるからだ。
異なる集団に同じ価値観を共有させられはしないし、混乱や衝突、紛争も避けられない。
サルカズとサンクタが上手くやっていけるか? カジミエーシュ人とウルサス人ならどうだ? 一生懸命苦労を重ねてきた熊が、傲慢で無能なヒッポグリフと共存できると思うか?
お前がその方法を教える? 何という傲慢な考えだ、我が娘よ! まさかその格好と身分を利用して彼らを統率するとでもいうのか?
おっと、もちろんわかっているさ。お前ならできる。
タルラ、元より統治される定めの者たちを、お前はいずれ治めることになるだろう。黒蛇の知識を継承し、赤龍の血を宿し、熊の国土を踏みしめながらヒッポグリフの歴史を読み解く――
タルラ
生まれつき統治される運命の者などいない。
コシチェイ
だが彼らはお前の統治を望んでいる。お前のような者に統治されるのを待ち侘びているのだ。我が娘よ、ウルサスはお前という存在に身震いすることだろう。
タルラ
統治者はより強い者に統治されることになるだけだ、コシチェイ。
コシチェイ
おや、それはより私の観念とも言える部分だ、タルラ。最後に一つ教えてやろう。
タルラ
……何をだ?
コシチェイ
タルラ、我々はこの俗にまみれた短い統治から解放されるだろう。
先の皇帝が死んでもなお、その意志と想いは時間を超え、この大地に息づいている。
彼は、真正なるウルサス帝国を受け継ぎ、ウルサスの繁栄を支え、ウルサスの民に安定した生活を与えた――太陽だ。
しかしその太陽を失った今、ウルサスに生い茂った木々はたちまち枯れ、大地には互いの養分を奪い合う下等生物と多くの腐敗物しか残っていない。
お前が見てきた人々は――
暴力を好み、あちこちで殺戮を繰り返す一方、自虐的で、臆病で、自分の事しか考えていない……
お前は教育と理念によって注目を集め、人々を導こうと夢見ているかも知れんが、彼らがお前の言葉に一切関心がない事を知らない。いや……タルラ、お前もわかっているはずだ。
彼らはこの土地で長く暮らし、地に足のついた生活に慣れている。だがお前はそこに入り込んできた余所者だ。
そもそも統治者や、貴族、そして軍隊というのは、いわば強い民、高貴で裕福な民、訓練を受けた民にすぎない。
領地は入れ替わり、軍隊は再編され、統治もいずれは崩れる……
一つの統治が長続きすることはない。続いているのはウルサスの民の喜んで従う意志のみだ。そして統治なき意志は、ただ一心不乱に前へと進む。
――お前の小さな施しがもたらすものは、さらなる服従心であり、非現実的な期待なのだよ。
タルラ
なぜお前に人々のあるべき姿がわかる? 彼らをそういう風にしたのは、ほかでもないウルサスだ!
コシチェイ
もちろんわかっているさ。そう、はっきりとわかっている。
お前は、自分になら人々はついてくるはずだと思っているのか? パンやジャガイモ、そしてきれいな水と暖かい火を得るために? 彼らにそう約束するのか?
エサがあればもちろん人はついてくるさ。そして、腹が減ったと感じれば、真っ先にお前を食らおうとするだろう。
人々に対するお前の非現実的な幻想は、いずれ憎しみへと変わる。必ずね。
タルラ
コシチェイ、私はお前とは違う。
私とお前は全く違う。
コシチェイ
同じだよ。お前はただ夢から醒めていないだけだ。
実際のところ、お前は自分が持つ全てのものを利用できる立場だ。
目標があるというのなら、やってみるがいい。恐怖で恐怖を砕き、命で命を操り、犠牲で犠牲を作り、無知で無知を育み、苦痛で苦痛を生み出すといい。
お前はすでにそれらのやり方全てを学んだ。これは大きな武器だ。次に必要なのはそれらを利用し……慣れるだけ。
お前の愛する人々が自らの国と自らの生きる意味を本当に理解するその日まで。
タルラ
お前のその歪んだ論理は全く理解できない。
コシチェイ
全ては事実だ。この先、お前が直面するであろう事実――
ではこうしよう、我が娘よ。お前が私を信じないというなら。
一つ賭けをしようじゃないか。
長きにわたり、お前の体で育んできたアーツはすでに芽を出し、そろそろ実を結ぶ頃合いだ。
タルラ
……なん……だと……?
コシチェイ
これから先の人生において、自分の大切なものに疑いを感じた時、そして同胞と呼ぶ者や自由であるべきと考えている人々に対して、憎しみを感じた時……
お前は私の教えた道を選ぶだろう。そして賭けは私の勝ちだ。
もしかしたら、数年の間は万事が順調に進み、お前は夢にまで見た物語のような日々を謳歌するかもしれない。
もしくは、出会った者がたまたま道を踏み外してしまっただけで、それも仕方がないと許すことができるかもしれない。
私は待てる。この国は待てる。三年、五年、十年、いや百年かかっても、お前は同じ答えに行きつくだろう。感染者であるお前は長く生きられないかもしれないが、その日は確実にやってくる。
ウルサス帝国は今苦境の最中にある。荒れた土地に作物は育たず、暗い土地には腐った花しか咲かない。
お前はきっと愛する人に裏切られるだろう。なぜなら、お前が何をしようと他人の目から見れば、お前の身分には不相応だからだ。
そして、自分のために死にゆく友を目のあたりにした瞬間、将来への希望も失うだろう。
それからお前は気付くだろう。隣人を愛する者などいないと。自らの奮闘に値するものなど存在しないと。そしてこの大地の上に、犠牲にできないものなどないと……
お前は知るだろう。全身全霊を捧げた大地が、そんなお前を必要としていないことを。
お前は目の当たりにするだろう。お前のやってきた全てが無に帰す様子を。お前が大切にするものを平気で穢す人の姿を。命も尊厳も理念も、全く意味がないということを。
なぜなら人々は、お前が高尚だと思っているその人々は、ぞろぞろと歩く死体の集団にすぎないからだ。
私が経験したことを、お前もきっと経験する。
タルラ
私を……私をそんな虚言で……脅そうというのか……!
コシチェイ
いや違う。私は確かにアーツを使っている。騙しているわけでも、脅しているわけでもない。
ただアーツ自体の力が弱くてね。お前に教えてきたものは全て、このアーツを構成する要素なんだ。
お前が私を否定している限り、このアーツはいかなる効果も発揮しない。しかし――
お前が私を理解し、肯定し、自分がどのような大地に生きているかに気づいた時……
眠っていた時限爆弾のスイッチが押され――
お前は私になる。そして……
ウルサスの未来はお前の手中に収まるだろう。
タルラ
……何を言っている?
それは……一体何の冗談だ?
マインドコントロールか? それとも潜在意識への催眠暗示か? 無駄だ。考えてみろ、どうやってアーツに対抗するか、どうすれば精神系のアーツを打ち破れるか、私にそれを教えたのはお前だぞ。
コシチェイ
どれも違う。
私が自分の継承者に対してそんな卑劣で有害なアーツを使うわけがないだろう?
私のアーツは、単にある過程を加速させるだけのもの。お前がこの大地について理解し、自分を訝しみ、疑い、憎み、そして直視する過程をね。
そもそもアーツなどなくても、全ては私の言った通りになるのだ。このアーツは単に、その時期を早めるためのものにすぎない。
都市の中で普通の暮らしを装っている人々でさえ、自分自身に暗示をかける方法を知っている。
事実から目を背け、規則や道徳で自らを縛り、無様な落伍者の殻の中に、残酷な現実に傷つきやすい人格を隠している……
だからこそ、私はお前に鎧と武器と自我を与えた。
それにより、自らを疑って蔑む過程も、苦しみもがく過程も大幅に短縮されるのだ。お前は現実に打ちのめされた後、すぐに立ち上がり、生まれ変わる。
もう自己否定に多くの時間を費やす必要などない。
私の全ての教えはお前の頭の中で再び育まれ、蛹が羽化するように新たな知識へと変化する。
その時お前は、旧い迷信を捨て去り、咲き誇る知識の花園の中で、紆余曲折を経ながらも終着点へと続く道を見つけるだろう。
タルラ、ウルサスの運命はお前の手にかかっている。
黒蛇は常にお前のそばにいる。朽ちることのない意志は死なない。永遠にね。
タルラ
お前は……
お前は私に呪いをかけたのか?
お前はその力で……新たな私を作り出そうとでもいうのか?
コシチェイ
違う、タルラ。これは呪いではない。祝福だ。
私は祝福を与えているんだ、我が娘よ。
人の本質に対する非現実的妄想。そこから目覚めた時、お前はこう思うだろう。なぜこんな大地の未来のために、ボロボロになるまで戦わなければならないのか、と。
タルラ
嘘を言うな! そんな……胡説乱道を!
コシチェイ
そのような炎国の言葉をお前に教えた記憶はないが……まぁ、学ぶのは良いことだ。それもお前が将来演じることになる人格の一つなのだからな。
タルラ
ふん、お前が公衆の面前で私にこんな話し方をさせなかったのは、私のイメージを――
コシチェイ
――お前の出自を隠すためだ。
タルラ……私がお前のためにこんなに心を砕いているというのに、お前ときたら私の助言を聞かず、私の言葉を軽んじ、私の教えから逃げ出そうとする――
だが心配はしていない。なぜなら、お前は最終的にこの道に戻ってくるのだから。
人と人との関係は憎しみに支配され、その憎しみにより統治されている……迷いや敬愛でさえ、憎しみを生み出すのだ。
憎しみは人と人との交流の必然的な結果だ。私のように全ての人を平等に愛せない限り、人は統治する者か統治される者のどちらかに分かれる。
お前は私を憎んでいるか、タルラ? 私の行為は、この大地がお前に対して行なうことの代行にすぎない。
タルラ
お前の行為は私と何の関係もない……無関係だ。
関係性などない……一つもないんだ!
コシチェイ
あぁ……いいぞ。とてもいい。
地位も名声も権力も利用しない……いい心がけだ、我が娘よ。実に性根が据わっている。
自分の力で自分のやりたい事をやればいい。私の領地をはじめとした政治資産、財産、権力を継承したくないというなら、それもいいだろう。
そんなものは、お前自身で手に入れればいいだけだ。お前がそうする事によって私の願いも満たされる。
タルラ
勝手に私の意思を決めつけるな!
コシチェイ
決めつけてはいない。しかし事実だ。そんな「贈り物」を喜んで受け取るようなコシチェイなど一人としていないのだから……勤勉で自尊心の高い私たちから言わせれば、それは確かに一種の侮辱だ!
お前に教えられることはもう全て教えた。
お前がこれから得るものは全部、お前自身のものだ。
我が娘よ……お前は本当に優秀だ。
お前はこれまでの一切と決別し、全く新しい道を進もうとしている……
感染者はお前のために新しい領土を開拓するだろう。お前がやろうとしていることは、このウルサスの地でもほかに類がない。
タルラ
(剣を抜く)
私が今日お前に会いに来たのは目的があったからだ。まさかこれ程までに気分を害する、邪悪な説教を聞かされるとは、夢にも思っていなかったがな。
コシチェイ
あぁ。ついにこの日が来たのか……
ウェイには私を殺すチャンスはない。だから彼の周りの誰かがやるのだろうと思っていたが、それがお前だとは……いや、この結果は当然――そう、お前だったのだ。
自分の父を殺した仇敵に罰を下すと同時に、お前の憎む彼のためにその仇敵を討つことになる。素晴らしい結果じゃないか。
お前の殺戮が私の考えを証明する。抵抗せず、お前の手にかかって死んでやろう、我が娘よ。お前の行為はお前が真理に近づくための橋となり、私の死はお前の土台となろう。
タルラ
私はお前の娘では……ない。
お前を殺すのは、二度と悪事を働かせないためだ。
コシチェイ
ではタルラ、お前が代わりに、悪事を働く。
タルラ
もういい、黙れ。
コシチェイ
そして善行を行なう。いつかお前は私を認めてくれるだろう。
あぁ、その剣……執事に取り上げさせずにおいた……私はその剣が嫌いだ。お前は剣よりアーツを使うほうが多いだろうが……まぁ、持っていても別に構わない。
それはお前がどこから来たのかを思い出させてくれるだろう……
タルラ
(裂帛の気合)
コシチェイ
……そして、お前と私の道を見届けるだろう。
私が憎いか、タルラ?
タルラ
その手には乗らない。この蛇が……お前の命はもうここまでだ、悪党め!
コシチェイ
ヒュー……ぐふっ、ヒュッ……
肺葉を……貫いただけだ……ヒュッ……
手でも……滑った……のか。
タルラ
コシチェイ……私はお前を憎まない。
憎しみという表現が、お前の回りくどくて胡散臭い詭弁の一部分であろうとも、お前は私が憎むに値しない。
お前に同情するよ。お前の死はただお前の孤独を証明するだけだ。お前の妄想は水の泡になる。
お前の話がどれだけ荒唐無稽なものか教えてやる、お前に知る機会はないがな。
コシチェイ
ハ、ハ……それは……いい……
私が死ねば、ウェイも……肩の荷が下りるだろう……
楽しみだ……その時のお前の……憎しみと……お前の後悔が……
……覚えて――
タルラ、覚えておけ。
お前の終着点は私だ。
タルラは公爵の胸からゆっくりと剣を引き抜いた。
彼女の思考はもう遠くを漂っている。城を後にし、街を離れ、追手から逃れ……
植えられた種は、芽吹くのを待つばかり――
アリーナ
それで私たちのところに来たのね。
タルラ
もう何年も前のことだ。
アリーナ
……コシチェイが死んでから、街で何が起きたの? 危険な目には遭わなかった?
タルラ
何か起きていたら、アリーナたちの村にはたどり着けていない。
だが街は……私が去ってから、コシチェイの領地と財産は、すぐに第四軍によって取り分けられたそうだ。
私のことを誰も気に留めてはいなかった。自分から姿を消した奴のことなど誰も気にしない……ハハ、何が都市の次世代代表だ。
確かに遠くまで来すぎた。気がついたら、爺さんと婆さんの家の前に立っていたんだ。
あの時は混乱していた。途中で何があったのか全く覚えていない。
アリーナ
おばあさまが言ってたわ……あの日あなたは全身血まみれでやって来て、服をきれいに洗うのも大変だったって。
ねえ、私たちの村があなたをこっそり殺しにくるんじゃないかって考えたことはなかった?
タルラ
どうした急に!?
アリーナ
ふと思ったの……もしかしたらあなたはそういう風に考えたことがあるんじゃないかって。
タルラ
アリーナたちはそんなことしない。村の収穫はまずまずだったし、夜宴の篝火は遅くまで灯っていた。牧草地の柵の中には駄獣が何頭もいて、家の外壁には思い思いに壁飾りを掛けていた……
楽な生活とは言えないまでも、皆自分たちの生活を気に入っている様子だった。
だがもし私を殺したら、その後おちおち踊ってもいられなくなる。
人を殺した後でも平然と生活していられるのは邪悪な怪物だけだ。そんな人間はそうそういない。
アリーナ
人を善良なものだと考え過ぎじゃない?
タルラ
私はあらゆる悪事を数多く見てきたが、その大半はやむにやまれず行われたものだ。
もし選ぶ余裕があったなら、この大地のほとんどの人が善人になることを選ぶさ。
人は……コシチェイが言ったようなものじゃないんだ。
アリーナ
人はみんな醜悪で、あなたは最後にはそれらの人々を憎むことになる……なぜならあなたは善良だから。そういう呪いよね。
本当に忌々しい呪いね。これ以上ないくらいに……
タルラ
だから私は絶対に誰も憎まない。人の行いには全て理由がある。
アリーナ
本当にできるかどうか、私に見張っててほしい?
タルラ
それもいいかもしれないな。
アリーナ
でも私がいなくなったらどうするの? 自分で考えないとね。
タルラ
不吉なことを言うな。
アリーナ
いいえ、いずれそうなるのよ。私たちの後ろにいる数少ない感染者たちも、間違いなく次々にいなくなる……
でも残された人生で、少しでも有意義なことをする……それも悪くないでしょ?
タルラ
ああ、私もそう思う。
成し遂げるのは難しいかもしれないが……アリーナ、やはり感染者は再び団結すべきだと思う。
ウルサスで自分たちの居場所を取り戻すべきだ。もし実現すれば、この大地も自分のしてきたことを見直すはず
そのあとは、感染者だけじゃない……より多くが団結するんだ。
ウルサス、ヴィクトリア、リターニア……国、種族、出身地など、私たちを隔てる全てのものを撤廃するんだ。
私たちは、皆同じように愛される人生を送るに値する。誰かがそれを阻むようなことがあれば、私たちは自分のものを取り戻すために立ち上がるべきだ。
アリーナ
あなたがそうしたいのなら試してみればいいわ。
タルラ
返り討ちに遭って全滅するかもしれないがな。
アリーナ
それでも、まずはウルサスに挑むんでしょ?
タルラ
ああ。どう動こうが、結局はウルサスに挑戦することになる。
だが、失うものがあれば得るものもある。見返りが私たちのところに来るとは限らないが。
アリーナ
私はあなたほど悲観的ではないつもりだけど……私の印象では、この大地もあなたが思っているほど良いものではないわ。
タルラ
どういうことだ?
アリーナ
タルラ、あなたは良い結果だけを期待して努力するつもり?
タルラ
……
……いや、アリーナ。お前の言いたいことはわかるが……
アリーナ
でも、あなたはそういうことも考えないとダメなのよ。
タルラ
違う。絶対にそうじゃない。
私たちの行いは、きっと良い結果をもたらしてくれるはずだ。理由は簡単だ。それが、その結果にふさわしいからだ。この大地に生きているもの全てが、その結果に値するからだ。
アリーナ
……うん、そうね。じゃあ行きましょう。
遊撃隊と合流するんでしょ?
タルラ
ああ、連中に認めてもらわないとな。
アリーナ
難しいわね。
タルラ
難しいだけなら私が萎縮する理由にはならないさ。
スノーデビル隊員
姐さん! この人が、さっき俺たちを助けてくれたんだ!
フロストノヴァ
構えを解くな。
タルラ
ハァー……ふぅ。
噂通り、お前たちのそばは本当に寒いんだな、スノーデビル。真冬でただでさえ寒いのに、それを遥かに凌ぐ寒さだ。
お前が指揮官か?
フロストノヴァ
感染者か?
タルラ
ああ。
フロストノヴァ
ならば、なぜウルサス将校の服を着ている。
タルラ
いろいろ話を作ったが、どんな理由が聞きたい?
フロストノヴァ
矢を放て。
タルラ
待て! 冗談の通じない……お前がスノーデビルの隊長か?
フロストノヴァ
なぜ撃たなかった?
スノーデビル隊員
その人は……さっき本当に俺たちを助けてくれたんだよ。嘘じゃないんだって。
タルラ
その通りだ、スノーデビル。私がここに来たのは協力を仰ぐため、そしてお前たちを助けるためだ。
フロストノヴァ
……私たちを助けるだと?
タルラ
握手といこうじゃないか、スノーデビルの隊長。誠意を表すには、平等で尊厳のある方法を用いたい。
双方が尊厳を保ったまま、落ち着いて対話をしたい。
フロストノヴァ
断る。
タルラ
……やるしかないか。私もお前のことは少しは知っている。
彼らが背負っているあの源石結晶が、お前のアーツの源だろう?
フロストノヴァ
フンッ……
タルラ
お前の氷を溶かすことができたら、話を聞いてくれるか?
フロストノヴァ
……大口を叩くな。出来もしないことを。
タルラ
試してみればわかるさ。