別れが待つ「邂逅」

感染者戦士
援軍まで叩き潰したのか? さすがタルラだ!
タルラ
感染者たちは?
感染者戦士
もう落ち着いている。あの予備の拠点が役に立った。
タルラ
人数は確認したか?
感染者戦士
ああ。何人かの子供が泣きながら「お姉ちゃんが帰って来てない」とか何とか言ってたけどな……
まあ……よくあることだ。
タルラ
……
盾兵
タルラ! 監視隊の生き残りを発見した。未だ逃走を続けているようだ。
タルラ
どこへ向かった?
盾兵
東だ。俺たちが追放した連中と鉢合わせになる可能性もある――
盾兵
――タルラ!?
感染者戦士
お、おい! タルラ、どこに行くんだ?
走れ。
走れ。
ブーツの中まで氷水が浸透する。
眩しい光を反射する雪に足が取られる。
そりがあったことを忘れていた。
スノーモービルも。
雪を溶かせ。
ぬかるみを踏みしだいて走れ。
どれくらい走ったろう。
どれくらい進んだろう。
冷たい風が肺に滑り込む。
痛みが脳に突き刺さる。
走れ。もっと早く。
どうしてまだ雪があるんだ。
どうしてまだ冬のままなんだ。
どうしてまだこの大地には果てがないんだ。
ポタッ。
タルラの足が止まる。
ポタッ。
目から涙が落ちる。
彼女はまだ気づいていない、何が起こったのか。
道端に横たわるアリーナの姿。
空っぽのカゴを握り締め、服を鮮血に浸して。
彼女のそばにある草木や泥を覆う白銀が、薄暗い赤に染まる。
宙には雪が舞っている。
タルラ
……
ア……アリ……
アリーナ
……
タル……ラ?
タルラ
アリーナ……!!
アリーナ
やだな……こんな姿を見られちゃうなんて。
タルラ
喋るな! アリーナ、喋るんじゃない……もう何も言うな!
いま止血してやる……助けてやるから!
アリーナ
もう……血は出てないよ……ただ……
タルラ
じゃあ行こう……帰るぞ! すぐに救護兵に輸血させる!
アリーナ
大丈夫……でも……交換した物が……
タルラ
そんなのどうだっていい! とにかく連れて帰る……今すぐ連れて帰るから!
ドラコはエラフィアを背負った。その時、彼女は初めて気付いた。このひ弱な小鹿の身体がこんなにも、こんなにも重かったことに。それはまるでこの大地そのものを背負っているようだった。
アリーナ
もう、いいよ……
タルラ
ダメだ!!
誰がやったんだ……誰だ……やったのは誰だ!?
監視隊か!? ……あの村の住民か!? あの……クズどもが……殺す……私が焼き殺してやる!!
いや待て……まさか……追放した感染者たちか……!?
あの恩知らずどもが……い、いや、食べ物を分け与えることに盾兵が同意していれば……
アリーナ
タルラ……
タルラ
なんだ……聞いてるぞ……ちゃんと聞いているぞ!
アリーナ
誰がやったかなんて、教えてあげないわ……!
タルラ
なぜだ!? 私はアリーナの仇を討つことさえできないのか!!
アリーナ
ダメよ……自分で言ったことをどうして忘れるの?
復讐のために戦ってはいけないわ……タルラ、だってあなたは選んだじゃない。あなたは選んだのよ、一つの道を……
その道を私のために……中途半端で終わらせるっていうの……? ダメよ、そんなの……
誰かを……憎んではダメ。
タルラ
何を言ってる!? 無理だ……無理に決まってるだろう!!
アリーナ
自分で言ったじゃない……誰も憎まないって……でなきゃあなたは……あなたを呪ったあの人に……呑み込まれてしまう……
たとえそんなアーツなんて実在していなかったとしても、あなたは……あの人が体現しようとしたものに……操られちゃうかもしれない。
あなたが自分で言ったことよ。
タルラ
そう……そうだ。でも……でも奴らは……奴ら……
アリーナ
……彼らがどこから来て……どうしてこんなことをしたか、あなたにもわかってるでしょ?
あなたが言ったのよ……あなたが直面している敵はそんなものじゃないって――
タルラ
もういい、喋るな……アリーナ……無理して喋らないでいい!
アリーナ
いいえ……タルラ……あなたが言ったこと……私は全部覚えてる……だからあなたも……
あなたが打ち砕こうとしているものは……彼らじゃない……彼らをここまで追い込んだ……そう仕向けた……ウルサス……
こんなウルサス……こんな……大地が……
タルラ
もういい! わかったから、アリーナ……もういいんだ!
アリーナ
タルラ、あなたがしてもいいのは……彼らのやったことそのものを……それ自体を嫌悪し、憎むことだけ……
でも……誰かを憎んだりしてはダメ。
私の言ってること……正しいと思う? 私たちの人生に……意味はあるの? うっ……私にはわからない。
私たちは何かを間違えちゃったのかもしれないわね……今の私にわかるのは、あの呪いが……何なのかだけ。
あなたの怒りは……荒野を焼き尽くせる……でも憎んではダメ……
……
タルラ
アリーナ……
アリーナ
心配だわ、タルラ……私はすごく心配なの。私がいなくなったら、エレーナに……あなたを見ておくように……
タルラ
アリーナ、もうそれ以上喋るな! 嫌だ……アリーナがいなくなるなんて。
アリーナだけじゃない。エレーナ、サーシャやイーノ……私は誰一人として失いたくないんだ!
アリーナ
あぁ、タルラ……でも、私たちみんな……
出会うのは……別れるため……そうでしょ?
白髪のドラコは果てしない雪原をひたすら歩む。エラフィアは彼女の背中で震えながら、時々深く息を吸う。
雪片がエラフィアの角から滑り落ちる……氷雪に覆われた樹木が、タルラの通り過ぎた後に、音もなく燃え上がる。彼女は自らの足で踏みしめている大地を、無意識に燃やしている。
彼女の眼前にあるのは、果てしなく続く雪原のみ……彼女が感じるのは、背にいるアリーナの微かな温もりのみ……
背中に伝わる鼓動が、次第に小さくなってゆく。
彼女は叫びたかった。泣き叫びたかった。感情を全て吐き出したいと思った。これまでに起きた全てを消し去るように……
しかしタルラは、僅かな声すらも発することが出来なかった。
アリーナ
タルラ……
タルラ
あと少しだ、アリーナ……あと少しで着く!
目を閉じるな……閉じてはダメだ!
アリーナ
まだずっと遠くでしょ……
嘘を……つかなくてもいいのよ。
雪がしんしんと降り積もっていく。
アリーナ
タル……ラ……?
タルラ
どうした、アリーナ。聞いてるぞ。
アリーナ
……雪って……思ってたより……暖かいのね。
ごめんね……約束したあれ……まだ全部書けてない。
タルラ
気にするな。大丈夫だ、アリーナ。大したことじゃない。
アリーナ
あの子たち……特に、イーノは……あなたが……
タルラ
ああ、どうした? アリーナ……ちゃんと聞いているから、なんでも言ってくれ!
アリーナ
あの子には……ただ……言うだけじゃ……
熱いよ……タルラ……
……死にたくない……私まだ……あなたの妹に……
タルラ
アリーナ……!
アリーナ
タルラ……お願い……生き……て……――――
そこまでだった。
それより後のことをタルラは覚えていない。
何一つ。
覚えていたはずの全ては、雪と共に溶けていった。
彼女は炎の道を残した。その背後にある全ては、アリーナを除き、烈火に呑み込まれた。
天地を埋め尽くす雪の中、タルラは友との別離の道を進む……
スノーデビル隊員
タルラ! やっと戻ってきたか。通信も繋がらないし、どうし――
……おい……その、背負ってるのは……
あぁ、もう息をしていない! 救護兵、早くこっちへ! タルラ、おい待て……
……タルラ?
(こっちを見向きもせず……どこへ行くつもりなんだ!?)
盾兵
タルラ! たとえリーダーでも、勝手に隊を離れたら厳重な――
フロストノヴァ
待て。
盾兵
エレーナ……?
フロストノヴァ
……
行かせてやれ。
盾兵
(あの可哀想な娘を知ってるのか……?)
フロストノヴァ
(いや、あまり……たしか村の教師じゃなかったか?)
盾兵
(あぁ、教師か。子供たちはまた惜しい人を失くしたな。)
(だが、タルラはどうしたんだ……?)
フロストノヴァ
(……誰しも触れられたくないことはある。)
(これは彼女自身の問題だろう。)
皆が見守る中、ドラコはエラフィアを背負って駐屯地を横切る……二人の姿は次第に輪郭を失い、ゆっくりと森に消えていった。
そのあとのことは誰も知らない。
彼らはただ見ていた。タルラが闇へ分け入っていく姿を――