往日の影
ヘドリー
お前がそんなに驚いた表情を見せるなんて、少々意外だな。
ヒントは与えていただろう。
W
……あの石ころのこと言ってるんじゃないでしょうね? こんな昔のことをネタにした場違いなジョーク、ちっとも笑えないわ。
あたしはてっきり……
ヘドリー
てっきり誰だと思っていた? マンフレッドか?
W
……あんたを生かしておいて、そのうえロンディニウムで好き勝手させるなんて、テレシスもついにボケたの?
……ずっと音沙汰がないから、あんたたちはとうの昔に死んだものと思ってたわ。
ヘドリー
……
W
……でも思い込みだったみたいね。ほら、あんたの言う通り、あたしは……すっごく情にもろくなったのよね。自分たちはただの傭兵だったことをしばらく忘れてしまうほどにね。
ヘドリー
爆弾の起爆速度は落ちたな、W。
W
そっちは手、今回は震えてないわね。
ヘドリー
お前がレユニオンから連れて行った傭兵たちはどうした? まさか本当に一人で来たのか?
W
連れてきて、あんたと同じように摂政王に買収されたら、またあたしにサプライズがぶっ込まれるってことね?
ヘドリー
……お前は仲間思いだな。どうりで、お前以外の懐かしい顔を見ないわけだ。
W
そ。あたしは違うわ。ロンディニウムで、懐かしい顔をたくさん見たもの。
ヘドリー
お前は相変わらず、俺の部下から引き抜くのが好きだな。
W
当ててみましょうか。シュワブはもう死んじゃった? あんたが自分で手を下したんでしょ、ヘドリー? あたしよりあんたとの付き合いの方が長かったのよね?
かつて自分を一日中背負って、テレシスが送り込んできた十数人の殺し屋の手からかばってくれた旧友を殺した時、あんたの剣も少しは震えたかしら?
ヘドリー
お前の記憶違いだな。ロドスを護衛した時、あいつはすでに隊を離れていた。
W
そう。一緒に戦った人に関しては、あんた昔からあたしよりも記憶力よかったしね。
前から聞きたかったんだけど、死んだ人たちをこうやって覚えておくと、あんたは安心できるってわけ?
ヘドリー
……
W
違うでしょ、ヘドリー。顔に書いてあるわ。昔の悪夢を全部足しても今見てるやつには及ばないってね。
ヘドリー
W、お前が俺を知っているのと同じように、俺もお前のことを理解している。
様々な言葉で俺の感情を刺激しようとするのは、お前が自らの心の動揺を誤魔化そうとしている時だ。
W
へぇ、よくわかってるのね。
ヘドリー
以前のお前なら、足手まといの反乱軍などためらうことなくひっ捕らえ、俺たちに差し出す餌としていただろう。
もし、Wが自らしんがりを務めたなどと知らせる者がいれば――俺はきっとそいつに、その冗談はちっとも笑えないと言うだろう。
チェルノボーグの中枢区画での経験か? あれがお前を完全に狂わせたのか?
タルラの炎で頭をやられたのか? それとも見るはずのない幻覚を見たせいで、誰かに死んだ者の影を重ねたのか?
W
狂ってる奴は自分が狂ってるとは認めないでしょ? 狂ったのがあたしだってどうしてあんたにわかるのかしら?
テレシスの信用はそんな安いもんじゃないわ。シュワブの首じゃ到底足りないでしょ。どれだけのものを上乗せしたのかしら?
W
……ちょっと、あんたまさか彼女を……
ヘドリー
それは口にするな。
W
あら……こんなに反応するのね?
ヘドリー
俺たちはできる限りのことをした。
W、お前が来るのが遅すぎたんだ。
W
あたしの聞き間違いじゃないでしょうね。自分の無能さに言い訳しようとしてる? もう計画は立ててあるって、あの時あたしに言ったのは一体誰――
ヘドリー
お前、俺が片目を失ったのはいつだと思っている?
W
待って、それって、イネスは……
ヘドリー
そうだ、彼女は死んだ。
W
……またそれ?
そんなのあたしはもう……
ヘドリー
傭兵はなくした信用のために代償を払う。そして俺はすでに自分の代償を払った。
ホルン
出てこられたわ。
ロッベン
ええ。ここまで我々はなかなか運が良かったのでは?
サルカズ兵はみな南側の爆発の対処に向かって、尋問室付近を守っていた奴らもダブリンに始末されてました。
ホルン
……戦場で運なんてものを信じるような人は大抵ろくな結末が待っていないけどね。
???
フッ、訳のわかんない運がなきゃ、あんたが今でも生きてられるわけないでしょ?
ホルン
――
捕虜の兵士
えっと……あれは誰ですか? 彼らも尋問室から逃げ出した? もしかして……友軍ですか?
ホルン
……敵よ。
(小声)狙いを定めて。
(小声)でも……まだ撃たないように。
マンドラゴラ
会うたびにクロスボウを構えてるわね、ヴィクトリア兵。知ってるのよ、ずっとムシケラみたいにあたしたちにくっついてきたから、あんたたちはここまで何事もなくたどり着けたって。
ホルン
……感謝の言葉でも聞きたいの? なら私と一緒にロンディニウムで一番厳重な監獄まで来てもらわないとね。
マンドラゴラ
……
マンドラゴラ
正直、少しあんたを尊敬しちゃいそうよ。
あんたはあの全身脂でギットギトの、下水道に流すのもためらうような貴族どもとは違うわ。
自分の無駄に贅沢な生活を保つためなら、あいつらは誰の靴だって舐める。相手がサルカズかダブリンかは、あいつらにとってはどうでもいいの。
マンドラゴラ
でもあんたは……どうやっても諦めようとしない。あたしが大っ嫌いな、その辺を飛び回るムシケラみたいに、あたしがどこにいようと、湧いてきて邪魔してくる。ほんっと目障り……
ホルン
目障りなのは、お互い様よ。
マンドラゴラ
あんたね……!
???
ゴホゴホッ……ゴホゴホゴホッ……マ、マンドラゴラ……
ホルン
お友達の傷は軽くなさそうね。
マンドラゴラ
そっちの兵士だって同じようなもんでしょ。
ホルン
どうやらお互い時間が惜しいみたいね。
マンドラゴラ
……
残念ね、ムシケラを潰してる暇がないなんて。
ホルン
それはよかったわ。
どいてちょうだい。
マンドラゴラ
……
……行くわよ。
マンドラゴラ
そうだ、ヴィクトリア兵――
ホルン
ん?
マンドラゴラ
あたしの石があんたを貫くまで……
くれぐれもサルカズに殺されないようにね。
ロッベン
ふぅ……ホルンさん、奴らまた何もせず行ってくれましたね。
ホルン
……ちょうど良かったわ、サルカズ用に弾薬を残しておく必要もあるから。
ロッベン
それって……
ホルン
ここまで、あまりにスムーズ過ぎたと思わない?
ダブリンが尋問室から連れ去ったのはどんな人物にせよ、サルカズがそう簡単に彼らを見逃すとは思えない――
――もちろん私たちのことも、ね。
アーミヤ
ハイディさん、そちらは全員逃げ出せましたか?
ハイディ
ええ、アーミヤ、全員ここにいます。
アーミヤ
危ない!
アーミヤ
ハイディさん、体の弱い人たちを先頭にして行ってください。追ってきた傭兵は私たちが対処します。
フェイストさん、あなたたちはまだ戦えますか?
フェイスト
もちろん。
ビル、しっかり掴まってろよ? ぶん殴る時にちょっと揺れるだろうからさ。
クロージャ
みんな、前方にも敵がいるよ! もう一つの入り口から来たんだと思う!
サルカズ戦士
ターゲット発見!
サルカズ戦士
早く来い、奴らを始末しろ!
モーガン
ちょっと、吾輩たちより速く走らない方がいいよ。後ろに注意しないと、転んじゃうしね。
ダグザ
何人か仕留め損ねた。
モーガン
まだ暴れ足りないんでしょ?
行ってきていいよ、先にあの術師を片づけちゃって。こっちの怪我人に術でも放たれたら面倒だからね。
アーミヤ
よかった。モーガンさん、ダグザさん、戻ってきてくれたんですね――
モーガン
アーミヤちゃん、ドクター、吾輩たち遅れてないよね?
モーガン
ふぅ……でもドクターさ、吾輩たちの応援が一人だけだなんて聞いてないって。
モーガン
知ってるかな、ドクター。ロドスを知れば知るほどね、あんたたちが不思議でしょうがないよ……
もちろん、不思議なオペレーターが沢山いても、一番不思議なのはあんただけどね。
モーガン
やっぱりね……ドクターならきっと奥の手を残してあるんでしょ?
その点に関して、吾輩たちは似た者同士だね。
モーガン
そうだ、サルカズ兵はこっちにおびき寄せられたみたいだけど、ここに来るまではあんまり見かけなかったんだよね。
中で吾輩たちのために敵を引きつけてくれてる助っ人さんたちだけど……特段すごいってわけじゃなければ、きっと危ないと思うよ。
アーミヤ
正直、Wさんのことが少し心配です……
モーガン
W? それってチェルノボーグの事件を経験した人たちが、夢にまで見るW?
アーミヤ
えっと、そうです。
モーガン
……ロドスはほんと、人材が豊富だね。
アーミヤ
私たちは……一時的な協力関係にあります。
ドクター、Wさんがハイディさんに用があると言った時、彼女の目はどこか変でした。
アーミヤ
彼女の感情は……普通の人より少し特殊なんです。ですがたまに彼女は、偽っていない時があるんです。そうした瞬間、彼女の目は人を欺けなくなります。
前に彼女があのような目をしたのは、私に中枢区画を止める鍵を渡せと叫んだ時です。
Wさんには……まだ話してないことがあるのではないでしょうか?
アーミヤ
はい……今回は、私も彼女を信じます。
W
ハァ……ハァ……
ヘドリー
随分と血が流れているな。
W
あんたも体にたくさん穴が空いてるわね。
ヘドリー
昔のように、もう一つ余分に爆弾を隠しておくべきだったな。そうすれば、少なくとも一度は俺を道連れにできるチャンスはあった。
W
ゴホゴホッ……ヘドリー。
あたしの首にはどれくらい価値があるのかしらね? ロンディニウムであんたが小さな家を買えるくらい?
ヘドリー
悪いな、W。摂政王がお前のような傭兵の名を覚えるはずがない。
W
ハッ……イネスにもそう言ったの? あんたたち二人の小さな夢のために彼女の頭が吹っ飛ぶ前に?
ヘドリー
この期に及んでもまだ、減らず口を叩く元気があるとはな。
W
でなきゃ何? バカ二人のために大笑いして拍手でも送れって? まさか、あたしが悲しがってるところをちょっとでも見せると思ってたの? そんなのあたしじゃないわ。
ヘドリー
……バカなのは一体誰だ? 今倒れるのは俺ではなくお前だ。
W
言ったでしょ、あたしはただ……そうね、ちょっと驚いただけ。
ヘドリー
俺の手足を爆破するチャンスを何度も逃すほどにか?
それこそお前らしくない、W。お前は何に取り乱している?
W
そうね。死んだと思ってた昔馴染みが生き返っていて、しかも何度もあたしを突き刺そうとしてくるのよ。それって十分じゃない?
ヘドリー
今の言葉は嘘には聞こえんな。
W、お前が言っているその昔馴染みとは……一体誰のことだ?
W
あたしはね……あんたのそういうところが嫌いなのよ。彼女とおんなじで、いっつもあたしを見抜けると思ってる。
ヘドリー
残念だが、今回も俺の判断に誤りはなかったな。
お前がロンディニウムに潜伏してしばらく経っている。本来ならお前の心をここまで乱せるものはそう多くないはずだ。一体そこで何を見た、W?
W
……テレシスに従ってるのはあたしじゃなくて、あんたでしょ。それとも這いつくばり方が足りなくて、あいつが何を考えてるかまだ探れてないってこと?
ヘドリー
お前は確かに知っているな。
W
お前は知っているだの、自分は知っているだの、回りくどいクイズはやめましょ。傭兵らしさを見せなさいよ、ヘドリー。
ヘドリー
お前を生きてここから帰すわけにはいかないんだ、W。
俺が殺してきた多くの知人の中でも……俺の選択を最も理解できるのはお前になるだろう。
W
……フン、優柔不断になったのは一体どっちでしょうね?
やってみなさいよ。どっかのサルカズがあたしの心臓に剣を突き刺せるのか、見てやろうじゃない。
ヘドリー
……いいだろう。
さらばだ、W。
ヘドリー
……ん?
俺の剣が……防がれた? あれは……短刀? どこから飛んできたんだ?
???
……動くな。
ヘドリー
……
…………
久しぶりだな、アスカロン。
W
......
あんた……
アスカロン
お前も動くな。
W
ゴホゴホッ、動けるように見える?
……ちょっと、あたしを助けにきたって理解でいいのよね?
アスカロン
……
W
まさか、こいつに手を貸す気じゃないわよね? テレシスが彼女に何をしたかあんたが知らないわけ――
W
......
ねえ、もうちょっと気を付けて投げてくれないかしら? こっちは重傷なの、危うく避けられないとこだったじゃないの。
アスカロン
……それは残念だった。
W
......
ヘドリー
……
W
これであたしを殺せなくなったって理解したわね?
あたしたちはどっちも互いの上司をやったことがあるけど、ここに一人、あたしたち二人の上司をやったのがいるのよね。しかも、明らかに今機嫌が悪い。
ヘドリー
……わかっている。俺たち二人の首は次の瞬間には地面に落ちているかもしれない。
だから……言うことは何もない。
アスカロン
……W。
口を開くたびに、お前の出血が早まる。
W
わかってるわよ、お気遣いありがと。
どうやら……ここで心中する気がないなら、小さな失敗を受け入れるしかないみたいよ、ヘドリー「隊長」。