前線での再会

シージ
……
ここは随分と変わったな。
「グレーシルクハット」
廃墟に、死体、それと死者の体から漂う源石粉塵のせいだろうか。
思うに、粉塵防護に関しては、私があなた方を心配する必要はないだろう。ロドスこそ鉱石病の専門家なのだから。
アーミヤ
この戦争は、絶えず新たな感染者を生み続けています……こうした環境では、彼らはより困難を強いられるでしょう。
イネス
そうね。しかも急に混乱の中に放り込まれたから、きっと残酷な現実の崩壊に気付く暇もなかったでしょう。感染による苦しみも、戦争の傷も、まだ現実味がないものよ。
でもすぐに理解するわ、否が応にもね。
この先状況がどう悪化していくのかなんて、ここにいる誰もが予測できるでしょう。人々は戸惑いの中で死にゆくか、怒りによって集結するわ。
こういった怒りの行き着く先を、あなたは見たことがあるはずよ、ドクター。
ええ。戦争は人々に口実を与えてしまう。生活という覆いがなくなれば、結果はより悲惨なものとなるかもしれないわね。
アーミヤ
原因が何であれ、私たちはテレシスを止めなければなりません。
……それと、テレジアさんも。
「グレーシルクハット」
……了解した。
ひとまず私が同行できるのはここまでのようだ。悲しいかな、仕事とは常にそういうものでね。処理しなければならない些事は絶えず湧いてくる。
では、しばらく別行動をさせてもらうが──
くれぐれも、つまらない手抜きなどしないように頼むよ。
インドラ
あいつ……マジで気色悪ぃな。
前にホイットマン警部と会った時でさえ、ここまで吐きたくなることはなかったぜ。
けど、まっいなくなったし。お前ら喜べよ。歓迎するぜ、ようこそ俺たちグラスゴーのシマへ……つっても、昔のシマだがな。
俺たちがいなくなった後、ベアードはボクシングジムをどうやって切り盛りしてんだろうな……
……
ヴィーナ、モーガン、何で黙ってやがんだ?
モーガン
あー……
ハンナちゃん……吾輩何か踏んだっぽいんだけど……
インドラ
あ? またどっかのペットが道端にでも……
──
おい……そりゃ人の……
アーミヤ
……
もう見えていました。ですが過去の幻影の中で、これよりもさらに悲惨な光景を見たことがあります。
私たちはまさに、事態がそこまで悪化しないようここへ来たんですから。
あのシルクハットの方は、飛行船を探せという名目で私たちをここに連れてきたのに、自由に行動することも許可しました。彼の狙いはわかっています。
彼は私たちがこの状況を黙って見ているはずがないと思っているんでしょう。そして私たちが起こすであろう行動が、彼の仕える公爵の意向だとここの人たちに思わせたいんです。
ですが、私は別に気にしません。
公爵が私たちをどういうふうに利用するつもりなのか、それによってどのような名声を欲しがっているかはどうでもいいんです。
それが巡り巡って、市民の人心掌握競争において他のどの公爵に影響を及ぼすか、私たちに対するどのような行動を彼らに取らせるのかも気にしません。
――私はただ、黙って見ていられないだけなんです。
今目の前にあるのは、私たちとは関係のないどこかの国、どこかの都市、どこかの街の災いではありません。
この災いは、生きている一人一人の身に起きていることなんです。
信頼はいつだって脆く、一度崩れてしまえば、再び築くのはもっと困難になります。
急ぎましょう、ドクター。薬は私が持っています。あまりたくさんはありませんが、それでも私たちはできる限りのことをしなければなりません。
重傷の市民
……
アーミヤ
はい、これでもう大丈夫のはずです。
申し訳ありません。私は専門の医者ではないので、これは最も基本的な応急処置にすぎません。
今できるのは、鉱石病の感染症状を安定させて、傷口の悪化を防ぐことくらいです。
あなたには休息と栄養補給が必要です、あとは運を天に任せるしかありません。
家まで送りましょうか?
重傷の市民
いい、やめろ、やめてくれ!
俺はただ空腹で気が遠くなって、道端で少し眠っていただけだ。
お前ら……お前らは何が欲しいんだ? 俺は何も持ってないぞ。
アーミヤ
……何もいりません。
重傷の市民
な……何もいらない?
アーミヤ
もう行っても大丈夫ですよ。
(小声)これは食べ物です。他の人に見つからないように、隠しておいてくださいね。
重傷の市民
あ、あんたら……
わ、分かった。もう行かないと……
アーミヤ
(小声)空腹時間が長かったようなので、一気に食べないでくださいね。少しずつ回復させないと体に悪いですから。
重傷の市民
分かった。
……ありがとう。
イネス
アーミヤ、大勢の人が私たちの方を見ているわよ。
ほとんどがこっちに敵意を抱いている。
すでに行動に移しているのが二組、火炎瓶を準備しているわ。
アーミヤ
はい。
ですが同時に、暗闇に潜み、病気で息も絶え絶えで絶望の中にいる人たちも、私たちに気付いています。
私たちがここにいるだけでも、彼らが明日にささやかな希望を抱けるきっかけになるかもしれません。
はい、ドクター。
必要なのは、人々の私たちへの信頼ではなく、彼らが……お互いに信頼関係を再び築くことです。
それこそが、社会が再び機能するための根幹です。
イネス
誰かが近づいてくるわ。
シージ
構わない。私がここにいるからな。私が引き受けよう。
ここは私たちのストリートだ。だからこそ、私たちがこの場所を混乱と恨みの渦の中から引っ張り出してやらねばならない。
ダグザ
誰だろうと相手になってやる。
気を付けろ、来る。
モーガン
待って!
インドラ
お前──
ベアード
(小声)大騒ぎしないで、ハンナ。本当に殴る。
(小声)あなたたち目立ちすぎ。全員を敵に回したい?
(小声)早く、ついてきて。
飢えた暴徒
あいつら、逃げちまうぞ!
怒った暴徒
クソったれが、グラスゴーの奴に先を越された!
飢えた暴徒
急げ! 囲め!
イネス
邪魔よ、どきなさい。
シージ
イネスさん、こいつらに手を出さないでくれ、今のところはまだ必要ない。
こいつらのほとんどが……私の知り合いだ。ただ恐怖でパニックを起こしているだけだから。
まだ命を奪うほどのことじゃない。
ベアード
(小声)昔、ビリヤードに行くために使っていたあの道。扉は元の位置のまま。
シージ
(小声)分かった。
(小声)ベアード……アジトでまた会おう。
ついてこい!
怒った暴徒
急げ! 早くしろ、見失うな!
飢えた暴徒
お……俺はもう何日も食ってないんだ、走れやしねぇよ……
怒った暴徒
度胸があるなら死体の肉でも食ってこい! *ヴィクトリアスラング*消えろ、足手まといだ!
レイド
……
怒った暴徒
邪魔する気か?
レイド
あの人たちは?
怒った暴徒
はぁ? グラスゴーのバカどもに決まってんだろうがよ、他に誰がいるってんだ!
レイド
グラスゴー……
怒った暴徒
お前一緒に行きてぇのか、それとも俺にぶっ殺されてぇのか?
レイド
いや、あの連中は見たことがあるんだ。制服を着たあの人……
どうやら、ここの状況は思っていたより複雑みたいだ。
計画を急ぐ必要があるな。
サルカズ兵士
今日は何だか、いつもより中が騒がしくねぇか? またどっかで火でも上がったか?
パプリカ
見てきた方がいいっすか、上官?
だって火が広がりでもしたら……
サルカズ兵士
お前にゃ関係ねぇよ、小娘。
自分の仕事だけ気にしてろ、叱られるようなことはすんなよ。
ここじゃ、誰もお前を庇っちゃくれねぇんだからな。
パプリカ
しょ……将軍!
サルカズ兵士
将軍! どうして将軍自らこちらへ?
ご心配には及びません、すべて管理下にあります!
マンフレッドはサルカズ兵士の報告には答えず、ただ封鎖エリアの壁まで行くと、エリア内の建物を遠くから眺めていた。
サルカズ兵士
な……何か異常でもございますか、将軍?
マンフレッド
……
戦争は滞りなく行われている。
パプリカ、この数日で君は何を見た?
パプリカ
えっと……
ここの人たちは、ずっとお互い殺し合ってるっす。
いや、本当の殺し合いっていう感じでもなくて……あの人たちは単純に……怖がってるだけっすよ。
マンフレッド
恐怖と猜疑は人々を分断させる。契約や習慣、道徳といったものは極端な環境の下ではすぐに瓦解するのだ。
かつてのカズデルも、同じ有様であったよ。
パプリカ
カズデル……
マンフレッド
それゆえに、あのお二方が立ち上がったのだ。
パプリカ
それって……
マンフレッド
では君は、どうすれば人々を団結させられると思う?
パプリカ
多分……辛抱強さとかっすかね? 相手を説得したり、善意で心を揺さぶって、考えを変えさせたり……
きっと、十分な時間さえあれば……
マンフレッド
彼女は、失敗した。
そういったもので築き上げた絆は、どれもあまりに脆いのだ。
一方で彼は、最も効率的なのは……憎しみだと教えてくれたのだ。
マンフレッドは、静かに若い傭兵の少女を見つめた。彼女は緊張のあまり息もできず、ただじっと自分のつま先を見ているしかなかった。
マンフレッド
君はずっと自らの物資を封鎖エリア内の者へと分け与えているな。
パプリカ
ち、違うっす! あれはサルカズで! だからうちは……
サルカズ兵士
なんだと! お前よくも──
ヴィクトリアに与するサルカズどもなど、なおさら死に値するぞ!
将軍、ご安心ください。私がすぐに……
マンフレッド
続けなさい。
サルカズ兵士
……将軍?
マンフレッド
今はまだ、中の者たち全員を餓死させるわけにはいかない。
彼らは……まだ大いに軍事委員会の役に立てるからな。
シージ
ここは……以前と何も変わらないな。
モーガンのあの落書きもまだ残ってる。
モーガン
今見ると、当時の吾輩のレベルはほんと酷いもんだねぇ~。
インドラ
何言ってんだ、今だって大して成長してねぇだろ?
モーガン
ハンナちゃんは殴られたいのかな!?
ベアードとシージは目の前で喧嘩を始めた二人を見て、互いに目線を交わすと、同時に笑い出して首を横に振った。
封じられた扉、木の板が打ちつけられた窓、そして彼女たちの顔に浮かぶ疲労の色を無視すれば、ここは何もかも当時と変わっていないように見えた。
だが、口にしないまでもこの場にいる者たちは一人残らず理解していた。「何も変わっていない」というのは願望であり、錯覚にすぎないと。
すでに過ぎ去った時間は、間違いなく彼女たちに爪痕を残した。
シージ
ベアード、久しぶりだな。
ベアード
うん。ヴィーナ、久しぶり。
シージ
貴様がまだ元気なのを知れたのは、ここ数日間で一番に嬉しい出来事だ。
ベアード
私はしぶといから。
シージ
確かにな。
ベアード
ヴィーナ、あなたが戻ってきて、私も……とても嬉しい。あなたが想像してるよりずっと。
あなたたちが戻ってくるとずっと信じてた。「スロバーノッカー」の看板は、あの時私たちで一緒に掛けたものだし。
でも、今の状況じゃ上手く笑顔を作れない。
シージ
分かっている。
ベアード
あなたが、私たちのためだけに、ここに戻って来たわけじゃないのも知ってる。
五年前、あなたたちは慌ただしく去っていった。当時ノーポート区はすでに狩り場になってて、奴らは常にあなたの命を狙ってた。
シージ
あの頃……私にはまだ準備ができていなかった。
他の者を巻き込みたくなかったから、去るしかなかったんだ。
ベアード
つまり、再び私たちのストリートに立った今のあなたは、もう準備ができたってことだね。
シージ
……そうであってほしい。
現在、ロドスがここでサルカズの飛空船を見つけ出す必要があり、私はロドスのオペレーターとして彼らの行動に協力している。
だが、私は今も変わらずグラスゴーの一員だ。
以前と同じように、私が貴様らを苦境から連れ出す。これは貴様らに対する私の責任だ。
ベアード
ハッ、ほんと相変わらずだね、ヴィーナ。ちっとも変わってない。
シージ
……ハッ、相変わらずか。
ベアード
ただ……
……
カドール
ベアード、オレらの物資は十分じゃねぇんだぞ。しかも、一度にこんな大勢連れてくるなんてよ。
みんなで飯食い終わったら解散する気か? それともオレに防御が厳重などっかの建物に奪いに行けってのか?
デルフィーン
そんな言い方しないでください、カドール。
とはいえ、確かにここの備蓄は……
アーミヤ
安心してください、私たちも食料を携帯していますから。それに、少しですが余剰もあります。
デルフィーン
この量でしたら……多いとは言えませんが、私たちの危機的状況はひとまず回避できますね。
アーミヤ
それに、私たちが協力すればノーポート区の現状を変えることができますよ。
この区画のみなさんを、団結させることさえできれば……
カドール
フンッ、団結?
コータスの嬢ちゃん、「団結」ってのは簡単なことじゃねぇぞ。やりてぇんなら止めないがな。
オマエらが……きっかけになってくれることを願ってるぜ。