町を覆う暗雲

マグダレーネ
どうぞ。
ウィル
おはよ、マグダレーネ。ひっく……
マグダレーネ
二日酔いですか?
ウィル
へへっ、ハンクのおっさんを連れてこっそりと……町長の残した酒を「ちょいと」楽しんでたんだ。
ここだけの話、ウェストさんが用意してたのは、祭り用のうまい酒だけじゃなかったんだぜ! ひっく……
――あの人はなんと、隠れて特大の礼砲まで用意してたんだ! あんなの最後に見たのは、俺たちが十歳かそこらん時の農業祭以来だよ!
来年の祭りの日にゃあ、砲火の鳴り響く中でお前をダンスに誘ってやるからな、マグダレーネ!
マグダレーネ
酔いすぎですよ……
ウィル
……酒樽の近くに置いといた閃光粉が湿気ちまわないといいんだけどな。
あと何日かして、魔族どもに要求されたあの訳の分からん施設さえ建て終わっちまえば、奴らもすぐにおとなしく出て行くはずさ。
そんで来年の農業祭がくりゃ、俺たちも無事元の生活が戻ったことを祝って、ようやく夜通し騒ぎまくれるように――
――ってあれ、この温室、いつから掛け時計なんて置いてたんだ?
マグダレーネ
……もうとっくに集団出勤時間を過ぎていますよ。今日はサボりですか?
ウィル
一人くらいいなくたってバレやしないよ。
ちょうど向かう途中だったんだ。確かこの温室の裏に、工事現場まで続く小道があったよな。
そういや魔族どもってこの辺に来ることは滅多にないんだよなぁ。変な話だぜ……
扉はあっちか……急がねぇとな!
じゃあまた! ひっく……
マグダレーネ
待って、ウィルさん! そっちの扉は開けないで!
危ない!
ウィル
っててて――ううっ、マグダレーネ、俺の頭、血出てない? 鉢植えがぶつかったとこさ。
マグダレーネ
いえ、特には……
はぁ、まだ酔いが覚めてないんですね。ほら、出口はあっちです。私が現場まで付き添ってあげましょうか。
ウィル
そうだ、ウェストさんへの手向けに花でも持って行こう。せっかくうまい酒を作ったってのに、それを本人が飲めないなんて、ほんと残念だよな……
マグダレーネ
今日貼り出された通達、まだ読んでいないんですか?
ウィル
なんだよ、通達って。ひっく……
マグダレーネ
……
いえ、何でもありません。持って行くならこのお花をどうぞ。
マグダレーネ
ウィルさん、あの人たちが来ましたよ、早く起きてください!
サルカズ現場監督
……
フリーダ
まったく、ウィルったら……お酒はほどほどにってあれほど言ったのに!
上官、彼は規定に違反しました。今すぐ懲罰房に放り込んで、よく反省させておきます。
サルカズ現場監督
どうやら俺たちが与えてやった権力を、ずいぶん堪能してるみたいだな、フェリーン。
フリーダ
私は……ただ、我々が定めた規定に違反する者を許しておけないだけです。
サルカズ現場監督
ふん、お前がそいつをかばってることくらい俺でも分かるぜ。子供だましもいいとこだ。
お前の不運な父親がなぜ死んだのか、それを忘れるんじゃねぇぞ。
前にお前らが取っていた風見鶏な態度を、大君が罪に問わなかっただけでもお前らにとっちゃ最大の褒美なんだ。
今の俺たちが求めているのは、真面目に仕事をこなす奴だ。ただそれだけさ。
ウィル
その……もう二度とこんな真似はしません、上官。誓います!
サルカズ現場監督
足が震えてるぜ、小僧。結構なことだ。
ビビらなくていいさ、お前にはきちんと生き延びてもらうからな。お前が死んだら、俺がお前の後釜を見つけるなんて*サルカズスラング*な羽目になっちまうんだ。
フリーダ
彼のことはちゃんと見張っておきます。一日たりとも工期に遅れさせたりはしませんので……
サルカズ現場監督
ああ、そうしろ。そいつが出した遅れを誰が取り戻そうが、俺にゃどうでもいい。
マグダレーネ
……
サルカズ現場監督
お前、ここで何してる。
自分の持ち場に戻れ。じゃねぇと俺がボスにごちゃごちゃ言われるだろうが。
マグダレーネ
……
サルカズ現場監督
さっさと行け。
フリーダ
ごめんね、マグダレーネ。ウィルは私に任せて。懲罰房でしっかり酔いを覚まさせとくから。
ウィル
もうとっくに覚めてるって! あいつらが定めた工期を遅らせるわけにゃいかねぇだろ……
フリーダ
強がり言う前に、まずはちゃんと立ちなさい。もしまた現場で倒れでもしたら、私でも助けてあげられないんだから……
はぁ、昨夜、あんたなんかに倉庫の鍵を貸すんじゃなかったわ。
あら、このお花……もしかして私に?
ウィル
へっ、ちげーって。
ウェストさんへの手向けに用意したもんだよ。
マグダレーネ
……
フリーダ
……
あんた、今日貼り出した通達まだ読んでないの?
マグダレーネ
ウィルさんはその、昨日飲み過ぎてしまって……
ウィル
悪い、フリーダ……元々はほんのちょっぴりだけのつもりだったんだけど――
――トムのバカ野郎が酒が入った途端にデタラメ言いやがった! お前のことを、魔族の威を借る裏切りもんなんて罵った!
フリーダ
……
ウィル
今皆が何とか生活できてるのは、お前が魔族どもに頭を下げてお願いしてくれてるからだってのによ!
だから俺とハンクのおっさんはブチギレて、あいつと飲み比べ勝負を挑んだんだ。そんで、ついうっかり加減を忘れちまって……ひっく……
フリーダ
……あの人たちの考えなんて気にしてないわよ。
はぁ、まあいいわ。ほら、お花を貸して。お父さんに代わってお礼を言っておくわね。
マグダレーネ
私たちで追悼式なんて挙げてみてもいいかもしれませんね。ウェストさんが農業祭の準備に使っていた倉庫で、こっそりと。
サルカズたちがあの辺まで行くことは滅多にありませんから。
フリーダ
ありがとね、マグダレーネ。
このお花、あなたが用意してくれたんでしょ。ウィルの頭じゃこんなこと無理でしょうし。
けど、あなたは家に戻ってた方がいいわ。さっき小耳に挟んだんだけど……何日か前から町の近くによそ者が来てるらしいの。公爵軍じゃないみたいだけど、武装しているそうよ。
サルカズは町に内通者が出るのを恐れて、今日の捜査を早めに開始するらしいわ。
マグダレーネ
早めに、ですって?
ウィル
ずいぶん慌ててたけど、何か急用でもあったのかな?
フリーダ
命が惜しければ、あの子を煩わせるのは控えた方がいいわ。
あの子にはあの子のすべきことがあるの。おとなしくアルコールを抜きに懲罰房まで行きなさい、まったく……
王庭軍尉官
君が工事現場に向かったところを、部下が目撃していたぞ、「ガーデナー」。
私の信頼を無下にはしないでくれたまえ。
私が貸した掛け時計を使っているのだな。
それはよいことだが、ならば自分の労働時間はしっかり覚えておくことだ。軽率に持ち場を離れるな。
部下たちに君の温室を勝手に捜査しないよう言いつけたが――
ふん、それを確認したいなら正々堂々と調べればいい。そんな風にいつも私に背を向け、びくびくと恐れるのではなくな。
それとも、君はこれを探しているのか?
マグダレーネ
……
王庭軍尉官
これらの種は私が承認した取引リストにはないものだ。
どこから手に入れたのか知らんが、こんなバカな真似は二度としない方が身のためだぞ。
本日より、怪しい行動を取る不審人物は我々が直接死刑に処すのだからな。
……こんなことを君に言っても仕方ないか。
とにかく、おとなしくしていることだ。
私は君が育てているこの、「バラ」という花が好きでね。カズデルではこうしたものを見かけたことはなかった。
明日より、私は町の外で戦闘の指揮を執ることになる。ここに来る機会もだいぶ減るだろう。
マグダレーネ
……
王庭軍尉官
君としては、喜ばしいことだろうな。
後で、これらの花を私のテントに送っておいてくれたまえ、「ガーデナー」。このコインを前金として渡しておこう。
マグダレーネ
……
王庭軍尉官
それと、最後に忠告しておく。町の中心の工事現場には近づくな。
マグダレーネ
あっ! 私のバラが……
あっ、しまった!
さあ、もう安全ですよ! お二人とも大丈夫ですか?
フェイスト
ふぅ――ようやく出てこれた。狭すぎだってんだよ!
ロックロック
もう少し落ち着きなよ。さっきはあとちょっとで手が出るとこだったでしょ?
フェイスト
分かってるよ。まだここでトラブル起こすわけにゃいかないからな――
俺はフェイスト。
マグダレーネ
まさか今日の捜査が早めに行われるなんて思わなかったんです。聞いた話では、町の外に……「武装した戦闘員」が現れたそうで。
ロックロック
あたしたちのせいだね。
マグダレーネさん、だったよね? ブレントウード……この町の状況は、あたしたちが予想していたのとちょっと違うみたいだね。
正直、まずいって言うべきかな……けど、見かけの「平和」は保たれてるみたいだね。
君たちはサルカズのために働いてるの?
フェイスト
ロックロック!
マグダレーネ
大丈夫ですよ、この町の人が皆……サルカズのために働いているというのは事実ですから。ロックロックさんが疑いを持つのも当然です。
お二人とも、難民だとおっしゃってましたけど……
私が思うに、ただロンディニウムから資源を求めて逃れてきただけの難民じゃないんですよね?
フェイスト
悪ぃね、身分を明かしてる暇がなくて。
俺たちはロンディニウム市民自救軍のメンバーなんだ。
マグダレーネ
ロンディニウム……けど、どうしてこんなところに?
ロックロック
うーん、話すと長くなるんだよね。そのことは後でゆっくり話すとしようよ。
でも、まずは君から教えてくれる? サルカズたちがこの町の中心に一体何を建てようとしてるのかを。
ケル――あたしたちの顧問が、その件についてすごく心配してる。あたしとフェイストの方でも現場への接近を試みはしたんだけど、サルカズたちの警備が厳重すぎてね。
フェイスト
俺たちが見たのは、血の色をした巨大な結晶だけだ。
サイズも、複雑さも、どれを取っても俺たちが前に見たものより……もっと上のやつをな。
マグダレーネ
……それってつまり、私たちが建造してるもの以外にも、ああいうのが他にあるってことですか?
ロックロック
あたしたちはあれを、サルカズの戦争法陣の一種だと考えてる。でもブレントウードのは、多分ひときわ特殊なやつだと思う。
フェイスト
そんで、俺たちの部隊は今、ここに攻め込もうと計画してる。うちの戦闘員たちは……あんまし良い状態とは言えないけど、あんたたちの協力がありゃ――
マグダレーネ
……
サルカズたちは……もうすぐここから出て行くと思います。私たちの町には、彼らが求めるものなんてありませんから。
フェイストさんも、ロックロックさんも、やっぱりすぐにここを離れた方がいいです。よそ者がこの町にいたら危険ですから。
温室の裏手にある分かれ道を進んでください。あそこならサルカズも巡回はしていません。
フェイスト
ブレントウードは公爵たちとサルカズが直接ぶつかり合う前線にあるわけじゃないけど……ここの状況は異様なんだ。
ここ数年の物資の流通状況とか、意図的に無視されてるっぽい立場にあることとか、それにあんたらが建設してる、あのでっかいアーツの装置とかね。
あの源石結晶は、一体どっから運んできたんだ? どうしてサルカズは、たった数週間でこんなに綿密な計画を立てられたんだ?
恥ずかしい話だけど、サルカズが一体何を企んでるのか、正直俺たちにはさっぱりでね。
間違いなく良い兆候じゃねーだろうけど……
マグダレーネさん、あんたが皆を説得するのに協力してくれたら、あいつらを事前に阻止するチャンスもまだあるかもしんないんだ。
この町のサルカズ軍の駐屯状況を調べてくれるだけでもいいからさ――
???
隠れる必要はないわ。
フリーダ
こんにちは、自救軍の皆さん。
ロックロック
(小声)フェイスト、予め決めておいた脱出ルートは問題ないよ。
フェイスト
(小声)もう少し様子を見てみようぜ。こっち側に引き込むチャンスを逃すわけにゃいかない。
(小声)ケルシー先生の判断が間違ってなけりゃ、軍事委員会はこの場所で……とんでもなく重要な計画を企ててるはずだ。
フリーダ
安心して。私はただ友達に代わって一言お礼を言うために立ち寄っただけだから。
マグダレーネ、さっきウィルがあなたにお礼言うの忘れてたから、代わりに感謝を伝えといてくれって頼まれたの。
マグダレーネ
……
フリーダ
はぁ、あいつって子供の頃から、ちょっと現実離れした夢を見がちなのよね。
ロックロック
(小声)なんだか様子が変だね。
(小声)ウィルって、さっきあたしたちが隠れてたキャビネットを開けそうになった、あの酔っ払いのことかな?
フェイスト
(小声)……シッ、今はそんなのいいって。
マグダレーネ
コホン……フリーダさん、こちらの自救軍のお二人に関してはよろしくお願いします。
二人について説明しておきましょうか?
フリーダ
いえ、結構よ。さっき外で聞いてたから。
フェイスト
フリーダ……町長――
フリーダ
私の父はブレントウードの町長だったの。もう亡くなっちゃったけどね。
……この町では……幸運なことに、今のところ唯一の犠牲者は父だけよ。
だけど、あなたたちの頼みは断らざるを得ないわ。
マグダレーネ
……
フリーダ
あいつらに抗うその勇気には敬服するけど……町民全員の命を賭けるなんて危険を冒すわけにはいかないもの。
父もあなたたちと同じような考えを持っていたけど、結局はその代償を払う羽目になったわ。抵抗したところで、無意味な犠牲が生まれるだけなのよ。
サルカズの兵営は温室の正門からそう遠くないところにあるわ。安全のためにも、早くここを離れることね。
ブレントウードの問題は私たち自身で解決してみせる。
貴重な平和を……軽々しく台無しにはしたくないの。
ロックロック
フリーダさんは、ここで何が起きてるか気づいてないの?
フリーダ
……あいつらは約束してくれたのよ。計画が終わったら、ここを離れるって――
ロックロック
サルカズの約束なんて信じるつもり?
フリーダ
信じるしかないのよ。
ロックロック
……
フェイスト
ロックロック、もう行こう。
ロックロック
でも、フェイスト!
フェイスト
フリーダ町長、俺たちはしばらくこの付近で活動を続けるつもりだ……他の部隊が合流してくるのを待ちながらね。
何か助けが必要になったら……あるいは状況が変わったら、俺たちはいつでも力になるから。約束するよ。
フリーダ
自救軍、か……
マグダレーネ、私は……
いえ、何でもないわ。
マグダレーネ
ウェストさんが犠牲になったあと、フリーダさんが私たち全員の命を救ってくれたことは確かです。
フリーダ
ハッ、町の皆の自由と引き換えにね。
だけど、誰かが悪者にならなきゃいけないのよ。
皆で生き延びられるチャンスが、たとえほんのわずかしかなかったとしても、それを手放すわけにはいかないわ。
あのサルカズたちのリーダー……あなたの温室によく来る士官の人は……少なくとも噂に聞くような、殺戮を快楽と見なすサルカズには見えないわ。それなら私は、この現状を維持していたいの……
……正直なところ、私にも何を信じるべきかは分からない。
マグダレーネ、あなたが羨ましいわ……
ウィルが付きまとってくるのも許してあげてね。あいつ、ちょっと子供なだけだから。
マグダレーネ
ウィルさんに怒ったことなんてありませんよ。
フリーダ
……来年のお祭りのためにこっそり買っておいた種、こっちに届いたかしら?
マグダレーネ
ちょっと色々ありましたけど、無事届きました。
フリーダ
ならよかった。来年の農業祭の時には、その種が綺麗な花を咲かせてくれるといいわね。
お父さん、このお祭りのためにすごく時間かけて準備してたから、私も途中で諦めはしたくないの。
頼んだわね。
マグダレーネ
はい、私もそう言っていただけると嬉しいです、フリーダさん。