目の前の傷
レイド
つまり、あなたはそのせいで感染したと?
Guard
いや、その時は運が良かったんだ。その時に限ってはね。
もしかしたら、あれは本当に夢だったのかもしれない。夏の朝の……幻だったのかも。
だが事実として、それから祖母には一度も会っていない。家族も二度と祖母のことは口にしなかった。
レイド
そうか……
Guard
祖母は、普段はとても思慮深い人だった。子供についてこさせるなんて危険な真似は、するべきじゃなかったと思う。
だけど……まるで掟に従うようにして死へと向かったあの時に、それでも一つだけわがままを通そうとしたんだ。
「死ぬ前に孫の姿をよく見ておきたい」、と。もしかしたら、俺にハグしようとも考えていたのかもしれない。
今思えば、あの学期にもらった成績表も見せてあげられなかった。
ヴィクトリア人の部隊が動きを止めた。レイド、警戒しろ。
どうやら、野営するつもりのようだ。
レイド
あんなところで? 俺たちの野営地から数百メートルも離れていないけど。
見てくれ、奴らを。足跡を隠す余力もないようだ。後ろからどこかの斥候部隊が跡をつけて来ててもおかしくないのにな。
Guard
彼らは、単に動けなくなっただけのように見えた。
レイド
連中には考える時間もあまりなかったからな。いまだ幻想の中に生きているのかもしれない。
Guard
「何もかもいずれは終わる」、か。
レイド
そもそも奴らは、本当に行軍中に「はぐれた」だけなのか?
ヴィクトリア人は幸運だよ。ただ優しく追放されただけで、仲間に刀を直接突きつけられたわけではないのだから。
Guard
だが自分が感染者であることを受け入れるのはそう簡単じゃない。
彼らが自分の正体に気づいて……選択を下すまで待つこと。もしかしたら、俺たちがすべきことはそれくらいなのかもしれない。
レイド
本当に受け入れるつもりなのか? あの……「軍人」たちを?
Guard
俺たちはあまりに脆弱だ。そして、それは彼らとて同じだ。
レイド
では、これからどうする?
Guard
引き続き見張り番を続けよう。あの野営地も含めて巡回範囲を拡大するよう、歩哨たちに伝えるんだ。
感染者たちは、共に立つべきなのだから。
興奮する感染者
あんたがタルラさんだな?
緊張する感染者
レユニオンの創設者であり、感染者のリーダーだろ! ウルサスですげぇことを仕出かしたって、みんな言ってるぜ!
興奮する感染者
ヴィクトリアの感染者たちの間にも、あんたたちの話は伝わってきてんだ! 噂じゃ……都市を一つ奪ったことがあるんだって? そりゃホントなのか?
緊張する感染者
感染者たちの都市とはな! その都市ってまだ存在してるのかい?
タルラ
……私はリーダーではない。単なるレユニオンの一構成員だ。
粥でも食うといい。少ししたら出発するぞ。
興奮する感染者
タルラさん、あんたらが奪った都市の話を聞かせてくれよ!
タルラ
……
そのことは……
興奮する感染者
大丈夫だって、分かってるから暗い顔するなよ! ヴィクトリアに来たってことは、あまりうまくはいかなかったんだろ?
緊張する感染者
あいつら非感染者どもは、俺たちにこんだけ長いこと威張りくさってんだ。そう易々と成功させちゃくれねぇだろうさ。
興奮する感染者
あのクズどもにちょっとくらい厄介な目に遭わされたからって、それが何だってんだ? あんたらはレユニオンじゃないか!
元気出せって、みんなあんたのことを信じてるからよ!
タルラ
気をつけろ、少し熱いぞ。
レユニオン兵士
あんたのことを「信じてる」だとよ。
あんたはどう思う? ん? これだけ多くの奴らに希望と見なされることを。
緊張する感染者
えーと、あんた確かウルサス出身の古参メンバーだよな? 一体なに言ってんだ?
Guard
ワリア。
レユニオン兵士
分かってる……すまん、我慢できなかっただけだ。フンッ。
興奮する感染者
Guardさん、昨日は野営地で騒ぎがあったそうだな?
Guard
大丈夫だ、それならもう片付いた。
さあ、もうタルラを取り囲むのはよして、荷物をまとめよう。今日はまだまだ歩かなきゃいけないんだ。
緊張する感染者
おお、そうだった。肥料袋を車に積んでこなきゃ。
Guard
それと、「あんたらはレユニオンだ」ってのはもうやめにしよう。
興奮する感染者
そうだ――俺たちがレユニオンなんだ、ハハッ!
じゃあ、また!
タルラ
Guard……
Guard
いいんだ、それ以上は言わないでくれ。
今はまだ、彼らに教えてはならない。
タルラ
分かっている。お前たちが決めたことだ。
Guard
レユニオンは、二度と崩れるわけにはいかない。
タルラ
ヴィクトリアで振りかざす旗が、お前たちに必要だというのなら……受け入れよう。
だが私は彼らを欺いている。私はまだ……
Guard
それが然るべき報いってものだろう。
あんたがそれを栄誉と見なすか、拷問と見なすかについて俺は興味ない。あんたは罪人だ。だけど今、人々は団結するための「希望」を何より求めている。
実はあんたは憎き「邪神」に惑わされただけで、チェルノボーグで起きた全てはウルサスによって操られた陰謀に過ぎなかった……こんなことを彼らに伝えるわけにはいかないだろう?
だったら俺はむしろ、まずは嘘の上にでもいいから俺たちの組織を築き上げたい。
タルラ
かつての私たちも、また嘘の上に築き上げられていた。
Guard
分かってる。いつかは報いを受けることだ。けど少なくとも今回の嘘は、感染者たちをまとめ上げるためのものなんだ。
レユニオンは崖っぷちで次のチャンスは残されていない。あんたの二の轍を踏まないよう、祈るばかりだ。
あんたの妹さんは、チェルノボーグで何と言っていた?
「感染者を公正に裁ける日が来るまで。」
タルラ
……
私はその日を待とう。
それまで、私をお前たちの道具として扱うといい。
負傷した兵士
あの、すみません……
Guard
ヴィクトリア人? 何をしにここへ?
負傷した兵士
武器は持っていません。あなた方の歩哨からもすでに調べを受けてます。
その……良い香りが漂ってきたもので。うちの仲間たちは、もう四日も何も食べてないんです。そいつらの何人かが――よく分かりませんが、かなり具合が悪そうで。
こっちにはライターがあります。それから……ええと、ボタンなんかは役立つでしょうか? どれも真鍮製です。もしよければ……これらとパンを交換してもらえないでしょうか?
こんなんじゃ足りないことは分かってます! ブラックブルク村にはまだ上等ななめし皮をたくさん保存してるので、帰ったらそいつを金に換えて、倍にして返しますから!
タルラ
鍋の中の余りも全部持っていって構わない。
負傷した兵士
あ、ありがとうございます! その――これライターです! 大して良い物じゃないので、何度か点火しないといけないかも……それと、ボタンも――
Guard
いいよ、食べてくれ。
君の上官は?
負傷した兵士
分かりません。朝には見かけなくなっていました。またあなた方の野営地へ突っ込むのではないかと心配だったんですが。
そういえば、昨晩何か音が聞こえませんでしたか? 何というか……砲声のような?
Guard
何も報告は受けてない。
負傷した兵士
上官は……いえ、皆もうおかしくなってるんです。俺たちも彼らも前線にはまともなヤツなんて一人もいやしません。
Guard
相当苦戦してるようだな。
負傷した兵士
「苦戦」、ですか……サルカズどもがどうやって俺たちに対抗してくるのか、あなた方には想像もつかないでしょう。
サルカズは高速軍艦も、歩兵戦闘車も持ってないから、魔族どもなんて、刀や弓で俺たち制式部隊に立ち向かってくる野蛮人の集まりだとばかり思ってたんです。
とんだ勘違いでした。想像できますか? 大部隊のサルカズ術師たちが、一斉にアーツを放つ光景を――
俺たちの砲兵や重弩の陣地なんかよりよっぽど恐ろしいですよ。っそりゃ大砲だって一発でも食らえば、腕や足が吹き飛んだり、破片が肉に食い込んで、死んだ方がマシなほどの苦痛を味わうかもしれませんけど。
サルカズどもはもっと劇的に戦場を……ラテラーノの物語にあるような、地獄に変えるんです。
装甲車が血でできた雷に貫かれて、そばにいた仲間が膿の塊と化す様を、俺は黙って見ていることしかできませんでした……
ファイフ公爵様の人たちに瘤獣小屋から連れ出された時は、思ってもみませんでした。こんなことになるなんて――
……やめよう、今は何も考えない方がいい。お粥を持って帰ってあげなきゃ。ありがとうございました、この鍋は後でお返ししますので。
タルラ
取っておけ、何かと役に立つだろう。こちらには同じものがまだたくさんある。
負傷した兵士
本当に、本当にありがとうございます。このご恩は、決して忘れません。それで……あなた方はそろそろ出発する予定ですか? ……次はどこへ向かうんですか?
何しろ、ここは戦場みたいなもんですし……周りは全部ヴィクトリア領地です。感染者はおそらく……
Guard
……
負傷した兵士
すみません! きっと機密事項ですよね? 余計な質問でした、聞かなかったことにしてください!
Guard
おい! ちょっと待てよ!
負傷した兵士
何ですか、これ?
Guard
仲間たちと分けてくれ。急性症状を少しくらいなら抑えられる。
ブラックブルク村だったな、覚えておく。いつか取り立てに行かせてもらうから。
負傷した兵士
俺――その……
Guard
もう行きな。
負傷した兵士
……俺たちの村、きっと気に入ってくれると思います。
ありがとうございました。
タルラ
お前は確かに、ロドスの者らしいな。
野営地にいる薬の配合に詳しい医者たちも、皆お前が連れてきたと聞いている。
Guard
正直言えば、俺たちが今作っているのは、俺の知る正規の抑制剤と比べれば薬とも言えないような代物だ。
ロドスにも安価な治療計画はたくさんあるが、結局のところは、一企業がベースだ。開発には資金がいるだけでなく、ビジネス面で考慮しなきゃいけないことも多い。
カジミエーシュやクルビアから、彼らに注がれている視線が一体どれほどあるのか、分かったもんじゃない。
タルラ
だからこそお前はナインを説得して、部隊を北に向かわせているわけか。戦士たちから聞いたが、そこには「工場」があるらしいな。
Guard
ほんの小さな製薬工場だ。
規模が大きいわけでも、移動区画の上にあるわけでもない。だが、そのちっぽけな土地は、一時期周囲の多くの感染者たちにとっては救いだった。
おそらく噂が広まりすぎたせいで存在が発覚してしまってな。後のことは語るべくもない。追い出された一部の人たちが俺たちに加わり、俺はそこから話を聞いたんだ。
工場は森の奥深くにあるから、監視はされていないはずだ。たとえ粗悪品だとしても薬は俺たちに絶対に必要だと思う。だがより重要なのは――
――そこは、ヴィクトリアのレユニオンが始まった場所だと言うことさ。
ヴィクトリアの各地に散らばった感染者たちは、まだまだたくさんいる。俺たちは、彼らと団結しなきゃいけない。君たちを助けに来たって、彼らに伝えてあげなきゃいけないんだ。
感染者たちが作った自救組織はいくつも見てきたし、俺たちを助けてくれる優しい人にも出会った。だが結局彼らも、最後にはいつもいなくなってしまう。
ロドスにいた頃、考えていたんだ。皆がもっと努力して、もっと薬をたくさん作れば、状況は良くなるんじゃないかって。
あるいはそうかもしれない。けどチェルノボーグへ行ったことで、考えが変わったんだ。
ああいう工場がいつまでも規制されるのはなぜだ? 努力や善意がいくらあったところで、憎悪と偏見の下で変わってしまうのは一体なぜだ?
悪意すら霧のように曖昧になった時、あらゆる人々が……感染者自身も含めたすべての人々が、湖の上で死を待つしかない事実を受け入れることができるのは、一体どうしてなんだ?
……はぁ。あんたなら分かるだろ。
鉱石病は病だ。だが……病気の治療については、ひとまずロドスに任せよう。
俺たちの敵は鉱石病だけじゃない。むしろもっと直接的な迫害や差別が――鉱石病にかこつけて隠された真理や真相こそが、俺たちの敵なんだ。
鉱石病は、この大地のあらゆるものが、最後に落ちていく先でしかない。
一つの象徴を奪い返すことで、ヴィクトリアの感染者たちがそれに気付いてくれればいい。そして、再び俺たちと共に立ってくれるように願っている。
タルラ
……「共に立つ」。
Guard
こういうのは、レユニオンにしかできないことだ。
タルラ
その考えを、他の者に話したことはあるか?
Guard
え? ああ、もちろんだ。時間がある時にはナインと話し合って――
タルラ
そうじゃない。私が誰のことを指しているのかは分かるだろう。
Guard
ああ……
少しだけ話したことはある。そしたら……優しい返事をくれたよ。だからこそ、俺は今ここにいる。
だがいずれにせよ、俺たちは同じ道を選びはしなかった。だから俺は……その……
今の俺にも多くを望むような資格はない。
パーシヴァル
Guard、まだ足を引きずってるんですね? 後方に下がって車に乗ったらどうです?
Guard
ただの捻挫さ。
パーシヴァル
最近はどの作戦にも参加してなかったじゃないですか。
Guard
三日前、遊撃隊と一緒にグリウィチの辺りの感染者たちを連れて荒野を渡ったんだ。
土地はひどい有様で、そこら中に何本も溝が走っていた。俺の故郷のニンジン畑も確かあんな感じだった。もっと小さかったけどな。
そこで転んでしまったんだ。
パーシヴァル
ぷっ。
で、それって何だったんです? ロンディニウムの近くにそんな風景があるなんて聞いたことありませんけど。
Guard
あそこに何百本と溝が走っている。俺たちの全部隊がすっぽり収まるほどの溝だ。ワルターが言うには……全部、高速戦艦が通った後の轍らしい。
パーシヴァル
……
道理で一日中浮かない顔をしてたわけですね。
あたしたちは目の前の一日を生き延びることだけで、もう精一杯なんですよ。
あれこれ考えるのはよしましょうよ、ね?
レユニオンメンバー
Guardさん、前哨小隊から報告があります。
ルートの捜索中、左前方の林から音が途切れ途切れに聞こえてきたそうです。
正体は不明ですが……近付いた時に、源石環境観測器からアラートが鳴ったとのことです。
Guard
後方の部隊に迂回するよう伝えてくれ。
レユニオンメンバー
了解。
Guard
パーシヴァル。
パーシヴァル
あたしも仲間と一緒について行きます。あなたがまた転んじゃわないか心配ですし。
Guard
皆、防護装備を整え、マスクを着けるように。
パーシヴァル
……
Guard
……感染者。死亡確認。なるべく早くここを離れよう。
パーシヴァル
Guardは、この曲知ってます?
Guard
分からない。けど聞き覚えがあるような。
パーシヴァル
……田畑には暖かな風が吹き♪ 朝日が故郷を照らし出す♪
我らが手を組めば、嵐すら恐るるに足らず♪ いつの日か、未来は我らがヴィクトリアの手に♪
……ヴィクトリアの国歌です。
子供の頃――まだ病気じゃなかった頃、先生から何度も何度も、この歌を教わりました。
もうずいぶん聞いてなかったな。
あたしはヴィクトリアで生まれました。だから理屈から言えば、あたしはヴィクトリア人ですけど……今はどうなんでしょうかね?
Guard
あの士官は、最期の瞬間まで自分はヴィクトリアのものだと信じていた。
パーシヴァル
ええ、彼は幸運だったんですよ……本来経験するはずだったことを経験する間もなかったんですから。
Guard、あたしがレユニオンを名乗っている理由は――
もう懲り懲りだからなんです。痛めつけられることに、タダ働きした翌日に工場から追い出されることに。どれだけお金を払っても、旅館の中で一番安い一部屋すら借りられないことに。
レユニオンはあたしに教えてくれました。周りからの仕打ちに耐え続け、黙々と死を迎えること以外にも、選べる道がもう一つあるって。それだけで十分です。
たとえその選択の代償が、自分の家を、国を、かつての生活を捨てることだろうとね。
……ハッ、そんなもの本当は、この身体に初めて結晶が生えてきた時に、とっくに失ってたんですけどね。ただ……それを認めるのにとても長い時間がかかったってだけで。
ウルサス人に、クルビア人、ヴィクトリア人。それから、サルカズとフェリーン、リーベリ……あたしたちの……この部隊にいる全ての人たちが……
今持っている唯一のアイデンティティは、レユニオンであることだけです。
Guard
……
あらゆる戦線を潜り抜け、この戦場を、全ての屍を踏み越えていかなければ……この大地の目と耳に、俺たちの死が届くことはないというのなら。
俺たちは……踏み越えるさ。