蓄積された災厄

混濁した声
なぜお前に手を貸さねばならんのだ、サルカズ?
儂を救ってやった、とでも思っておるのか? 儂は未だ死を迎えてはおらぬぞ? それに死んでいようが死んでいまいが、この身体はすでに棄て去ったものだ。
何より儂を駆り立てたのはお前たちサルカズではないか?
ヘドリー
あなたは、これまでどれだけの歴史を見てきた?
混濁した声
かつて経験してきたすべてだ。
ヘドリー
噂では、あなたは人々に真実の一角を、あるいは予言のヒントを見せてくれると言われている。
混濁した声
お前たちちっぽけな生物風情が、儂が泳いだ際の漣を幻覚と称し、勝手にそれに溺れながら儂に文句を言うつもりか?
あの狂人どもにバラされ山分けされてしまった後……おっと、一部は堕天使にすら持っていかれてしまったものだったな。いずれにせよ、儂が見聞きしたものはむしろ面白くなってきたのだ。
いわゆる重厚な歴史や奥深い話には……退屈にしか感じなかった。
ヘドリー
退屈、か……あなたの言う通りだ。
この大地において、歴史はいつも繰り返されているからな。歴史を振り返る行為は、もはや未来を垣間見るのと同義だ。
混濁した声
それで儂も預言者になったとはな! この生涯において――まだ今の生涯に生きていると言えるのなら、あんな身分を与えられるとは思いもしなかった。
ヘドリー
なら……「新しい結論」に期待することは?
混濁した声
儂がどれくらい生きてきたと思っておるのだ、若造め。
新しい結論なら、お前たちが今の姿に変わり果てた時から存在はせんよ。
しかしな、今儂の老骨の上でおかしなことが起こったのも確かだ。サルカズの王冠を被ったウサギが現れ、その者が男のバンシーを伴い、儂の頭上でブラッドブルードと戦い出したとな?
お前と一緒にいる、あの影を弄ぶ羊のことも忘れてはおらんぞ。
これが新鮮に思えるかって? ふむ、少しはな。
だが、お前たちに勝算はない。
ヘドリー
断言するんだな。
俺たちもかつてはあなたが見てきた、何度も繰り返されてきた歴史の一部なのか?
混濁した声
抗おうとする者たちなら、この大地はいつだって足りておる。だがその者たちは、往々にして同じ結末を辿ってきた。
それに、儂はあのブラッドブルードの実力を知っておるからな。何せあの時儂の生皮を剥ぎ取ったのはまさに奴だった。
ヘドリー
では賭けをしてみないか、巨獣?
あなたがおかしな連中だと思ってるそのウサギや羊、バンシーやサルカズはかつてあなたを屠ったブラッドブルードに勝つという賭けに。
混濁した声
お前は、儂の機嫌を取ろうとしておるのか? 復讐を果たしてやれば儂がお前たちに一目置いてやるとでも?
そんなのどうでもいい。だが、賭け金を聞いておこうか?
ヘドリー
もし俺たちが勝ったら、俺たちがやって来た場所まで連れてってもらいたい。
混濁した声
もし負けたら?
ヘドリー
……その時俺たちはどうせ死んでいるさ。
混濁した声
それでは賭けにならんだろうよ、小童。
まあ良い。その賭け、乗った。
ヘドリー
……本当に親しみやすい方だな、あなたは。
混濁した声
所詮お前たちの全ては儂が起こした漣に過ぎず、振り返ってもあっという間に消えてしまうだろうよ。
少し寝ぼけた目を開けてやるだけのことなら、なんら苦労も要さぬわい。
ケルシー
……
三時間と十四分だ。
彼らを信じてやってくれ。
今我々にできることと言えば、彼らを信じてやることだけだ。
シージ
こっちの戦闘任務も終わった。
……損害は軽微とは言えない。ここにいる部隊は相応の訓練を受けている。
サルカズのほとんどは、死ぬまで戦うことを選んだ。だが、僅かに投降を選んだ奴らもいる。
いや、そのつもりはない。
どうやら私に決断してほしいようだな。
そうしたいのは山々だ。部隊の中でもそういった声が大きい。
だが、あの者たちを易々と死なせるつもりはない。
戦争が起こってる当面の間、決断を下すのは容易ではないと思う。
武器を下ろし、恐れ怯えているあれらのサルカズの手には一体どれだけの血が染まっているのかを確かめるのも困難だからな。
だが我々があの者たちと同じようなことをしてしまえば、同類に成り下がってしまうだけだ。
デルフィーン
そのサルカズの捕虜たちの戦争犯罪調査の件なら私に任せてもらえませんか、ヴィーナさん?
シージ
……
デルフィーン
私は諜報のプロとしての経験を持っていますし、情報の吐かせ方も熟知していますので。
あなたが心配していることは理解できますよ。私も……
シージ
いいや、心配などしていないさ。
なら任せたぞ。
デルフィーン
……はい。
流された血は、たとえ一滴でも必ず償わせてやります。
ケルシー
戦闘準備だ。あの巨獣が戻ってくるぞ。
Mon3tr、待機していろ。
どちらが帰ってきたかは、私たちでは断言できないからな。
ケルシー
Mon3tr!
???
ちょっと、下ろしなさいよ! こんの――
チッ、どうやらクソババアが目を覚ましたから、後ろ盾が手に入ったと思ってるようね?
ほら、あたしの最後の手榴弾よ。しっかり咥えておきなさい!
Mon3tr
(怒ったような雄叫び)
ケルシー
……Mon3tr、彼女を下ろしてやれ。
W
なんてツいてないのかしら。
あーあ、本当は帰ってきたら自分のために一発祝砲でも撃ってやろうと思ってたのに――
それがまさか、この骸骨が止まった途端、いきなりいけ好かないクソババアが待ってるなんて。
イネス
W、どれぐらいここの構造を壊したかは知らないけど、私たちがここを占領した後は全部修理しておく必要があるのよ。それを忘れないでちょうだい。
壊した本人に全部直してもらうから。
W
はぁ? あたしにこんなモン直せるわけないでしょうが!?
ヘドリー
ケルシー、ドクター。
巨獣の骸骨は手に入れた。指揮官のウルスラも捕虜として捕らえている。
骸骨に駐屯していた残りの部隊は、すでに全滅した。
ウルスラ
……
あんたがあのケルシー士爵ね?
噂は色々聞いてるわ。
ケルシー
君はスカーモールの者だな?
ウルスラ
……ヴィクトリアにいるあんたが、カズデルの何から何まで全部把握していたなんてね。
どうやらあの老いぼれたちの言った通りだわ。
ケルシー
その「老いぼれ」とは、ここの事柄を終えた後にじっくりと君を通じて話をさせてもらおう。
カズデルに残ってそこを防衛しているのが彼らだ。それに、現在カズデルを管轄している軍事委員会のメンバーならすでにリッチが接触している。
向こうは直に、選択に打って出る必要が出てくるだろう。
アーミヤ
ドクター!
私は平気です。この血は……ブラッドブルードのものです。
ケルシー
アーミヤ。
その指輪……力を行使したな?
アーミヤ
はい。
ケルシー
アーミヤ、手を見せてくれ。
アーミヤ
これはその……彼を相手する際に必要な措置と考えていたので、ごめんなさい。
ケルシー
……感情と記憶の扱い方がますます熟達してきたな。
アーミヤ
いえドクター、大丈夫です。
ただちょっと……疲れただけですから。
ケルシー
以前と同じ、右手の人差し指の指輪が破裂した。幸いにして、今回はあくまで力を使い過ぎた結果でこうなっただけだ。
また、怒りに我を燃やしたんだな。
アーミヤ
私……怒っていたんでしょうか?
ブラッドブルードの大君が多くの人たちを傷付けたことには激怒すると思ってました。
けど感じたのは、怒りだけではありませんでした。
悲しみも……ありました。
ケルシー
この指輪は、本来は君が魔王の力とそれに付随して押し寄せてくる感情に適応させるためのものだ。
そのうちの一つにまた亀裂が走ってしまった。
我々はおそらくだが……何度もこの血に塗れた傷と直面していくしかないのかもしれないな。
アーミヤ
大丈夫ですよ、ケルシー先生。これまでの相手やこれからの相手は誰であろうと……
その人たちよりも先に倒れるつもりはありませんから。
Logos
ブラッドブルードの大君は未知の地に落ちていった。
あやつの王庭諸共消えたわけではないが、あやつ本人の脅威はもう存在し得ないだろう。
ただ我々にはあの呪いの降臨を阻止することができなかった。
アーミヤ
ロンディニウムのほうで……一体何が起こったのでしょうか?
ケルシー
……本来自救軍はこの物資の補給ルートを途絶えさせれば、戦争を終結させられると考えていた。
だが今は状況が変わった。この「戦争」は、もうどんなことがあろうと長続きはしないだろう。
我々も早くあの場所に向かわねばならない。この骸骨なら、新しい拠点に改造、あるいは不意を衝くための交通手段にすることができるかもしれない。
……想像したような働きぶりであればいいのだが。
シージ
決戦は目前というわけだな。
アーミヤ
ええ。サルカズたちは次の大災害の元凶になってはいけません。
それと……
ケルシー先生、ブラッドブルードの大君が抱いていた執念や期待、彼の言っていた呪いは「源石」のことを指していました。
ケルシー
……ああ。
最古のカズデルは、どの文明集落よりも早く「源石」に接触した。
あれは天災の遺跡でも、地層の中で静かに堆積した鉱物でもない。一つの古い「源石」だ。
それによって最古の巫術と……最古の感染者が生まれた。
仮にブラッドブルードが本当にあのことを知っていて、そのことに執念を抱き、かつ力を手に入れられると考えていたとすれば……
……これから定まる運命は、ロンディニウムという一つの都市の命運を決するだけに留まらないものとなるだろう。
パーシヴァル
……また、戻ってきましたね。
ロンディニウムに。
ナイン
そうだな、一連の出来事を経た後……我々もようやくヴィクトリアの首都に辿りついた。
だが今はもうすでに、サルカズと大公爵の軍によって虫一匹すら通さないほど厳重に包囲されてしまっているが。
よしGuard、今すぐ部隊の……
……
パーシヴァル
……
ナイン
パーシヴァル、もう一度部隊の選別を頼む。鉱石病がまだ悪化している人が多数在籍しているからな。
非戦闘員にはこの森に残ってもらえ。その際はしっかり彼らの面倒を見ながら、我々との通信を維持するんだ、パーシヴァル。
パーシヴァル
……本当にあたしたち、ロンディニウムに行くんですか?
ナイン
この戦争がどういう結果を迎えようが、ロンディニウムの周りは感染者に埋められるだろう。
サルカズだろうとヴィクトリア人だろうと、あるいは軍人、貴族、農民、労働者、商人、いずれであっても短時間の間で互いの身元を判断することはできないはずだ。
おそらく平和な時代が再びやって来た時に、それか彼らの間で再び軋轢が生じた時になって初めて、ハッと気が付くだろう。
Guardの一件で……私もそれに気付くことができた。
パーシヴァル
……
ナイン
しかし問題はない。
我々はここで大地全土にいる感染者に知らせてやるんだ。我々はまた旗を掲げたと。
そして、もっと重要なのは、我々の掲げた旗がどういうものなのかを知ってもらうことだ。
もし彼らがいつか再び差別され、この大地における公平公正は戦わなければ手にすることができないと知った時、我々の旗を思い出してくれるはずだ。
パーシヴァル
そのためにはどうすれば?
ナイン
手分けして進めるんだ。それに一朝一夕でできることでもない。
病を根絶させる使命など、ほかの者に任せておけ。我々が確保すべきなのは、迫害が当たり前に異常である世だ。そのために我々は直接的な力を持ち、それを示す必要がある。
少なくともここヴィクトリアにおいて、我々は――
タルラ
――ナイン。
向こうの丘で、火の明かりが見えた。距離にして百、二百メートルはあるだろう。
しかし、あの明かり、どうにも色が怪しい。
ナイン
……パーシヴァル。
先に向かわせた偵察隊から連絡が届かなくなってどのくらい経つ?
パーシヴァル
え? あっ、見てみます……
……確かに予定時間を超えちゃっていますね。でも初めてというわけじゃないし、通信設備も拾ってきたガラクタですし。
レイドのほうにも聞いてみますね……
「将校」
まさか殿下自らここへお越しになられるとは露知らず。
しかし所詮は取るに足らないこと、ひ弱な感染者の武装組織に過ぎません。無理やり一つにまとめられて反抗を強いられている哀れな者たちと言ったところでしょう。
エブラナ
……フッ。たとえその中に、生き残ったもう一人のドラコがいたとしてもか?
「将校」
彼女の身元ならこちらで確認した後、殿下のため一切を適切に処置して参ります。
エブラナ
お前を責めているわけではない。
おや……偵察兵が目標を見つけたのか?
「将校」
はっ、情報と一致しております。
しかしお言葉ですが、ここで彼女の存在を気に留める必要は果たしてあるのでしょうか?
たとえ彼女が本当に赤き龍の血を継ぐ者であったとしても――殿下の公布に対し、彼女の「身分」が些か不利に働くだけのこと。
もしあの情報が正しければ、彼女はほかにも「感染者」という身分を保持する存在となる。
であれば彼女は殿下にとって……
エブラナ
感染者か。
それなら、ほかにも一人感染者のドラコを知っているぞ。
「将校」
……
エブラナ
妹もすぐに私のもとへ帰ってくる頃だ。
ならここは、我々との間にある土壌を養うために不必要な不安要素を排除しておこうじゃないか。
「将校」
それなら、我々が――
エブラナ
あれはドラコだぞ?
ふふっ……家族以外のドラコと接触するのはこれが初めてだ。
「将校」
……
エブラナ
お前たちはここで待っていろ。
私自ら出向く。
疲弊した感染者
おっとっと――
タルラ
気を付けてくれ。
疲弊した感染者
……悪い。
にしてもこの沼地、歩きづらいな。
タルラ
そうだな。
それに、補給も不十分で、腹を空かせていたり治療を受けられていない者も多い。
手を貸そうか?
疲弊した感染者
いや、必要ねえ。
ウルサスからここまで歩いてきたんだ、これっぽっちどうってことねえよ。
タルラ
……
ナイン
どうした?
タルラ
ナイン。
この束縛を……解いてくれないか? それとお前のアーツも。
ナイン
分かっているはずだが、アーツの使用は許可できない。これはお前に課した手枷足枷である自覚を持て。
お前が「英雄タルラ」でいられるのは、あのヴィクトリア人の同胞たちの前だけだ。
タルラ
私は英雄なんかではない。
ただこれ以上私のせいで誰かが――
レユニオンメンバー
な、なんだこりゃ!?
この火、どこから!?
ナイン
総員警戒!
あれは――
エブラナ
……「レユニオン」、感染者。
お前たちも自らの哀れな運命に抗おうとする、哀れな人たちか。剛毅で強大で、煌びやかなものだな。
だがドラコとアスラン、即ち赤き龍と獅子の悲しき陰謀に自分が巻き込まれてしまっていることには露知らず。
遥かウルサスの地から立ち上がったお前たちは、よもや赤き龍の末裔に導かれ、今日まで歩み続けてきた……
そして最後に滅びを招いてきた。
「タルラ・アルトリウス」、ドラコであるお前は果たしてどういう者なのだろうな?
お前が私の注目に値する者であるのなら、死から姿を現すといい。
……花?
こんなところに……炎では燃え尽きない花があるだと?
タルラ
ナイン、無事か?
ナイン
……平気だ。
この炎、ただの炎ではないぞ。
タルラ
ああ。
奴は私が狙いだ、ここは私が片付けよう。
ナイン
……
タルラ
まだ戦闘の準備が整っていない者がたくさんいる。
彼らを守ってやってくれ。
ナイン
……お前の鎖は今もレユニオンが握ったままだ。
お前にはまだ裁きが待っている。死ぬんじゃないぞ。
エブラナ
……
タルラ・アルトリウス、エドワードの娘にしてヴィクトリアの正統なる継承者。
それが――
掛け値なしに本物のお前だ。
タルラ
我々の間にはなんの繋がりもないはずだ、ダブリンのドラコ。
エブラナ
それはお前に決められたことなのか?
自分をよく見てみろ。赤き龍であるお前は、これほど強大で力に満ちている。
このまま赤き龍の栄誉をあのアスランに譲り渡し、奴らに再び西部大広間の赤い絨毯を渡らせてやってもいいのか?
ヴィクトリアはドラコが作った国なのだぞ、タルラ。
タルラ
……
エブラナ
なぜ受け身ばかりでいるのだ?
お前の炎からは、誰も想像し得ないほどの怒りの匂いがするというのに。
お前はまったく望んでいないのか? いいや、そんなことはないはずだ!
タルラ
……怒りだと?
エブラナ
このまま感染者たちとおままごとを続けるつもりか? 視野が狭い奴だ!
感染者? そんな身分など歯牙にもかけないさ。お前ならそれを踏み越え、それを無視し、それを救うこともできるじゃないか。
ここでお前に一つチャンスをやろう、タルラ。
お前が感染者であることなら、気に留めないでおこう。お前が掌握してるあの哀れな助け合い集団にもな。
タルラ
……
エブラナ
私はお前の炎に感動しているのだよ、タルラ。私と共に来い。お前の求めるものすべてを叶えてやると約束しよう。
私のもとへ臣従しに来れば、ターラーもお前と共闘してくれよう。
我々の目標は相容れないものではないぞ。お前とこの感染者運動には強烈な結末が必要なはずだ。
タルラ
話は終わりか?
エブラナ
……!
なっ――
タルラ
ドラコよ。
お前の目には欲望しか映っていない。
ターラーを解放することか、ヴィクトリアに復讐を挑むことか、自らの私欲を満たすことか、それとも……
自分自身でさえ、底の見えない渇望が、一体どういうものなのかが分かっていないのか。
怒りか……確かにそうだ、その点は否定しない。
だから……
これ以上近寄ってくるのなら、私の炎がお前を呑み込んでやるぞ。
エブラナ
……
タルラ
ドラコの血統にも権力にも国にも興味はない。
お前は……
そんなちっぽけな欲望と考えで、ターラー人たちの反抗運動を導いているのか?
ならここでお前を殺してやったほうがいいかもしれないな。
エブラナ
……
……実に残念だ。
血統や、権力や国のいずれにしろまったく興味を持たないとな。
歴史の帰結と虚構の王冠、そして煽動された反抗か。いい表現だ。
まさかそのどれも私は理解していないとでも思っているのかな? 私がそんなものに酔い痴れているとでも?
お前は、私の最も使える下僕となるだろう。もちろん臣下どもは、私の「正統性」を確保するため、私に他のドラコを殺してほしくて堪らないと思っているだろうが、聞くこともない。
私がなぜ国を作ろうとしているのか、奴らはそれをまったく理解していないというのに。
タルラ
そう言うお前自身は分かっているのか?
エブラナ
当然だ。
それは我が妹が代わりに成し遂げてくれるだろう。
タルラ
……何から何まで肉親に任せっきりとは頂けないな、ドラコ。
人の命を粗末にして、おもちゃのように弄んでいるのはお前だというのに。
エブラナ
死は私の従僕に過ぎないさ。
当たり前のような死などは存在しないし、意味を成さない死などもあり得ない。
力あるすべての者の死には意味があるのだ。
タルラ
それはお前が決めることか?
まさか、お前の礼儀正しさや優しさ、慈愛、ひいてはその傲慢も軽蔑も全て紛い物であることに気付いていないのか?
どれだけ正論をまくし立てていようが、お前は所詮、口先だけの暴君だ。
死は所詮、お前が権勢を振るうための道具に過ぎない。その暴君っぷりはもうこの目で見た。
とっととレユニオンの前から消え失せろ。
エブラナ
……まったくもって下らない返答だな。
とは言え、答えというのは変わるものだ。お前をここで死なせるのは少々勿体なさ過ぎる。
「レユニオン」か。お前の言う通りだ、先ほど死に燃えなかったあの花も実に愛おしかったぞ。
ならもしここで、臣従しなければダブリンの部隊がレユニオンを皆殺しにすると言ったら……お前はどうする?
タルラ
貴様……
エブラナ
我々を敵に回すのか?
お前がヴィクトリアを離れ、ウルサスで生き長らえてきた日々の中で何を経験してきたかは分からないが、感じられるものはある。
お前の強大だが無力で、奥深いが浅はかで、怒りと後悔に満ちた炎の中からな。
タルラ
……
私は――
ナイン
彼女はレユニオンの罪人だ。
あまり自分を買いかぶり過ぎるんじゃないぞ、ドラコ。
エブラナ
おや、先ほどの花ではないか。
お前の部隊はまだ近くに留まっていたのか? 彼女のことをここまで気に掛けているとはな。
ナイン
気にするな。レユニオンにとって、別に今回が初めて強権と対峙したわけでもない。
ダブリンの部隊か? 高速軍艦を持ってこなかったことは誤算だったな。
ドローンがここにつく前に、お前をここで殺す。全力を尽くし、あらゆる犠牲を払ってでもな。
お前の欲望も野心も知ったことじゃないし、お前とタルラの赤き龍の話にも興味はない。
私が知るのは、お前はここで死ぬということだけだ。
必ずな。
エブラナ
……
そんな目をしないでくれ。お互いこれ以上事態を発展させたくはないはずだろ?
――ではこうしよう、タルラ。赤き龍のもう一人の末裔よ。
お前は私を拒み、自分と我がターラーの目指す先が交わることはないと言っていたが……
お前の怒りも抗いも、欲望も答えも――そしてお前の終着点も必ず私と合流することになる。
今日の邂逅はその預言としておこう。
ここから続々とターラーの従順な僕たちがここへやって来るぞ。
逃げるがいい、レユニオン。ヴィクトリアに混乱をもたらし、我々のためにチャンスを創り続けてくれよ。
次相まみえる時は……
必ず一匹の赤き龍が、もう一匹を噛み殺すことになるだろう。
チェン
……
隠れてないで、いい加減出てきたらどうだ。
夜に入ったらここはさらに湿気を増す。お前たちがさっき拾った薪なら火は着けられないぞ。
冷たい感染者
お前……なにもんだ?
チェン
……お前たち、感染者だな。
大丈夫、私も感染者だ。何もしない。
怒る感染者
……
チェン
そう警戒しないでくれ。本当に感染者なんだ。
怒る感染者
お前……ヴィクトリア人じゃねえのか?
チェン
炎国の者だ。
怒る感染者
なんで炎国のモンがこんなとこにいるんだよ?
チェン
……
家業でここに来たんだが、戦争に巻き込まれてしまってな。本当は家の者と一緒に逃げるつもりだったんだが、運悪く鉱石病に感染してしまった。
で、そのまま捨てられたというわけだ。
怒る感染者
フッ、感染者にゃどこもいい顔をしちゃくれねえさ。ツいてなかったな、お前。
だが生憎、俺たちじゃなんの力にもなれねえよ。
チェン
見れば分かる。
火を起こせないところを見るに、あまりアーツを使いこなせていないのだろう。
それに狩りができるようにも見えない。そのままじゃ、持って数日といったところだな。
感染者として軍に捕まえられようが、ヴィクトリア人としてサルカズに捕まえられようがロクなことにはならないだろう、違うか?
冷たい感染者
だからなんだよ?
チェン
少なくとも火は起こしてやれるということだ。
ほら。
怒る感染者
おお、本当に火が着いた! こんな簡単にできるもんなのか?
ありがとうよ、炎国人。すげー助かったぜ。
で、何か俺たちに頼みたいことでもあるんじゃねえのか?
チェン
空も暗くなってきたとこだから、少しここで休ませてくれないか?
明日の朝には出る。
冷たい感染者
……よその国から来た難民が、えらく落ち着いてるんだな?
それにお前が持ってるその剣……普通の剣じゃねえな?
チェン
……こいつが普通の剣じゃないからこうしていられるんだ。炎国には鏢局というものがあってな、平たく言えばトランスポーターのようなものだ。
私はそれなりに腕の自信があるし、あちこちを旅してきたから、野宿はどうってことはない。
冷たい感染者
まあ、そういうことにしておく……火を起こしてくれたことだし。
はぁ……サルカズに見つからなきゃなんだっていいさ。軍に見つけられた時は、大人しく諦めるけどな。
怒る感染者
だとしてもロクな目に遭わないだろ。
冷たい感染者
今ですら食い物がないんだぞ、これ以上に、ロクでもないことがあるか?
これも全部あのレユニオンっていうイカレた集団のせいだぜ……俺たちをこんな目に遭わせやがって……
チェン
レユニオン?
怒る感染者
知らないのか? いやそうか、感染者になったばっかだもんな。
チェン
……ああ。
怒る感染者
そいつらは感染者を束ねた組織でな、本当なら俺たちはみんなあいつらが助けてくれるって期待してたのに。
チェン
その組織と、何か諍いでも起こったのか?
冷たい感染者
ペッ。
俺たちを感染者の「同胞」殺し扱いしやがったんだよ、サルカズから強盗したからってな。
怒る感染者
サルカズなんか同胞じゃねぇよ あいつら俺の娘を殺したんだぞ!
俺の娘は……娘はなぁ……くそ、くそッ!
チェン
……
そいつらにはリーダーがいるのか……?
怒る感染者
「ナイン」ってやつだ。
冷たい感染者
そうだ、あいつだ。あいつらが俺たちを追い出しやがったんだ。
チェン
……
怒る感染者
それとGuardとかいう部下もいたんだが、死んじまったぜ。
……チッ、マジでなんか焼いて食いてえもんだ。
レユニオンが一体どういう集団かは分からねえが、少なくとも俺たちと出会ったあの連中は嘘っぱちのクズばっかだったぜ。
ケッ、俺にサルカズと握手して仲直りしろって? 今度同じような奴に会ったら、ぶっ殺してやるってんだ。
チェン
……
冷たい感染者
それとウルサス凍土の噂、俺たちはあれをよく聞かされてた。
――タルラ、だったかな?
チェン
……
冷たい感染者
「感染者の英雄」だったか? 俺からしたら、そんなすげー奴でもなかったさ。
あいつのことは見ていたんだが、ずっとナインの後ろをほっつき歩いていただけだったし、ほとんど喋ってすらいなかったんだぜ?
あの古株の間で流れてる噂話は、根っからの嘘なんだろうよ。最初から、主導権を握ってるのはあのナインだったのかもな。
……はぁ、こんな話してなんの意味があるんだ? それに炎国人、あいつらの仲間になろうとしてももう遅いと思うぜ。
チェン
そいつらはどこに向かったんだ?
怒る感染者
さあな。
あの時はムキになって、こいつを連れて出てきちまったからな。たしかあっちの方角を十数キロ進んだら、トランスポーターの拠点があったはずだが。
チェン
……なら早めに休んでおくとしよう。
明日もまた早くから移動だ。
ヴィクトリア兵A
……異常は見当たらないっと。
おい聞いたか? どうやら公爵たちが顔を合わせたらしいぞ。
ヴィクトリア兵B
ウィンダミア公爵閣下が犠牲になってしまわれた以上、ほかの方々は居ても立ってもいられなくなったんだろうな。
はぁ、あの方の伝説はまだ移動端末に保存してあるよ……
ヴィクトリア兵A
伝説なんざ今さら何の役にも立たんさ。
それよりも……お前は、俺たちがチェットリーを任される前にここを守ってた者を知ってるか? てっきりここはとっくの昔サルカズに占領されてたと思ってたんだが。
ヴィクトリア兵B
どっかの部隊の生き残りじゃないのか? それか今でも暗躍してるあの噂のロンディニウム市民自救軍とか?
ヴィクトリア兵A
……思えばとんでもないことだよな。ロクな設備も見つからなかったはずなのに、大したもんだ。
ヴィクトリア兵B
そうだな。きっと百戦錬磨の猛者たちか、一騎当千の遊侠たちだったんだろう。
ヴィクトリア兵A
そりゃそうだろう。そこら辺のゴロツキか底辺の労働者連中じゃ無理だろう。
おい、斥候から情報が届いたぞ。
上が予想したのとほとんど同じだな……言い換えれば予想のしようがないってことだ。
仕方ない、見ても分からないしテントまで届けよう。サルカズの軍事手段、はっきり言って異常だ。
ヴィクトリア兵B
そうしよう。
ヴィクトリア兵A
……待った。
おかしな部隊識別番号をキャッチしたとも書いているぞ。
ヴィクトリア兵B
まとめて報告するか?
ヴィクトリア兵A
……
これは、「模範軍」?
「模範軍」って、四国戦争の頃の……
ヴィクトリア兵B
……
ヴィクトリア兵A
……おいおい、どう報告すればいいんだこれ? まさか斥候が亡霊を発見したってのか?
バグパイプ
……「模範軍」。
おめーさん知ってる?
負傷した兵士
いえ、何も。私はファイフ公爵第四歩兵大隊の者なので……まあ、この際もうどうでもいいことですが。
バグパイプ
そうだよね。今のおめーさんはただの感染者で、うちも脱走兵だし……
へへ、うちら色々と変わったね。まさかチェットリータウンに来たら逆にビクビクしなきゃならなくなるなんて。
負傷した兵士
バグパイプさん……こっちは全然笑えませんよ。
チェットリータウンならすでに軍の管轄下に入っていますし、もしかしたら我々は……
バグパイプ
……はぁ。
今の季節の藁ぐまの暖かさがどれだけ魅力的か、きっと分からないよね。うちだって、故郷にいる軍の友だちと一緒にお祝いしたい気持ちだよ。
でもここでバレるわけにはいかないけどね。彼らの脱走兵に対する扱いなんて、まな板に置かれた羽獣とどっこいどっこいなんだし。
負傷した兵士
きっと誤解を解けますって。バグパイプさんはいい人ですから……
バグパイプ
それは一年前のうちに言ってあげて。それなら多分信じてたよ。
「模範軍」かぁ……
……確かテンペスト特攻隊の前身がその「模範軍」だったっけ?
チェン
まだついて来てるのか?
怒る感染者
うっ。
あんた強そうに見えるからさ……こっちは、もう二日何も食っちゃいねえんだ……
冷たい感染者
俺たちみんな感染者だからいいだろ、な?
チェン
……仕方ない、もうしばらく同行させてやろう。
おそらくこの山を越えれば、お前たちの言っていたその拠点が見えてくるはずだ。
冷たい感染者
それかもうすでに破壊されちまったりして……ちょっと待て。
あ、あっちを見ろ。誰かいないか?
チェン
いるにはいるな。
緊張するな、少なくとも武装してる人の数はそこまでじゃない。
怒る感染者
おい待て待て、ありゃあヴィクトリア人じゃねえか! 俺には分かるぞ!
難民の部隊か? 兵士に守られてるぞ!
冷たい感染者
どうする?
サルカズと遭遇するよりはマシだが、こっちは感染者だ……万が一のことが起こったら……
怒る感染者
……
その感染者連中に俺たちは見捨てられちまったんだろうが。だったら荒野で餓死するより、話しかけてみるほかねえ。
そ、それに、この戦争でどれだけの人が感染すると思う? あいつらは本当に感染者に容赦しないなんてできると思うか?
いいや、そんなことはありえねえ、絶対にありえねえ。そうだ、絶対だ。
俺ちょっと見てくるよ。
冷たい感染者
おい!
チェン
……
冷たい感染者
あのバカ、マジで行きやがった! 兵士が手を出してきたらどうすんだよ!
それと、お前炎国人なんだろ……もし襲われたら……
チェン
……どうやら杞憂みたいだぞ。
見ろ、かなり楽しそうに話し合っているようだ。
冷たい感染者
あ?
た、確かに。それにあいつ手ぇ振ってるぞ、俺もちょっと見に行ってくるわ。
チェン
……
怒る感染者
おーい! 炎国人!
こいつらに掛け合ってみたら、俺たちも一緒についてっていいってよ――
あれ、いねえぞ?
チェン
「サルカズを一人殺したのか? よくやった、お前は私たちの英雄だな。」
……
フンッ。
カスター公爵
やっとこちらのお誘いに応えてくれたのね、ゴドズィン公爵。
どうやらそちらもようやく事態の深刻さを認識してくださったご様子で。
ゴドズィン公爵
そうですな。我らが慎重なカスター公爵ですら自らの領地を出て前線に赴くほどには深刻と認識しておりますよ。
カスター公爵
ヴィクトリアの大公爵が戦場で死を遂げた……こんなことは何時ぶりかしらね。
ゴドズィン公爵
背後であなたを疑っている貴族の方々も少なくはありませんよ。なんせあなたとウィンダミア公爵が昔から対立していることは周知の事実なのですから。
堅物で有名なウィンダミアは、決してあなたがロンディニウムの支配権を握ろうと画策して立てた計画を支持しなかったでしょう。
カスター公爵
……
ゴドズィン公爵
けどあなたがやったことじゃないのは承知しておりますよ。
実際あなたはウィンダミアの失敗、ひいては彼女が惨敗するのを期待していたでしょうが……今彼女が亡くなってしまわれたことで、却って大きな厄介に見舞われたのでは?
いや、ここは我々全員が厄介に見舞われたと言うべきでしょうか。
カスター公爵
……外で広く噂されているわよ。今の若きゴドズィン公爵は男女の色恋に耽るだけで、ゴドズィン家の誇る叡智と機敏をもはや持ち合わせていないって。
どうやら人を見る目すら失われたほど、この国は衰退してしまったようね。
ゴドズィン公爵
お辞儀はやめてください。私はただ余計なことにいちいち首を突っ込みたくないだけです、あなたのことも含めて。
はぁ、なぜこの戦争はこうも自分たちの責任を直視させてこようとするのでしょうかね? おかげで私もワイナリーを出て、自分を時代というテーブルに投げ出すハメになりましたよ。
とまあ、そういうこともあって、こちらでプレイヤーを一人お連れすることにいたしました。
この方に高速軍艦から下りていただくようにお願いした際は、それはそれは大変苦労したんですよ?
カスター公爵
……
ウェリントン公爵
……
カスター公爵
ウェリントン公爵が自らここまで訪れるとは思いもしなかったわ。
ウェリントン公爵
こちらは時間がないのだ、手短に済ませろ。
カスター公爵
聞いた話では、前線で面倒事に遭遇したそうね? ナハツェーラーの王は厄介な相手よ。
ウェリントン公爵
……フンッ。
所詮はただのサルカズよ。
ゴドズィン公爵
ウェリントン公爵、どうかご自愛を。今のあなたはもう……
ウェリントン公爵
貴様に歳を教えられるほどまだボケてはおらんわい。
前線の膠着状態なら直に解かれる。ウィンダミアが壊滅したことが戦局全体に与える影響は……微々たるものよ。
我々は直に戦線を取り戻すことができるだろう。
ゴドズィン公爵
各大公爵の部隊も、全方位からサルカズ軍と接触を開始しました。これもあなたが勇猛果敢に進軍してくださったおかげですね。
ウェリントン公爵
それだけではまだ足りん。
この戦争に勝つには、各々がまばらに防衛線を守るのではなく、効果的な進攻計画を執り行わなければなるまい。
反攻に打って出なければ勝ちはないぞ。
カスター公爵
……それについては私も同意見よ。
ゴドズィン公爵
おや珍しい、お二人の意見が一致するなんて。
カスター公爵
ロンディニウムについては、すでにサルカズによる正式な占領宣告がなされた。つまり、向こうはもう隠す必要はないということよ。
我々にとっていいニュースとは言えないわ。
ウェリントン公爵
三日後、私の増援部隊が集結する。
以前の戦争で幾ばくかの損害を受けてしまったが、このウェリントンの戦艦がこれまで通り嵐に突入する一番槍となってくれよう。
カスター公爵
……私も参加させてもらうわ。ファイフ公爵とノーマンディー公爵にも必ず加わってもらうようにしておきましょう。
ゴドズィン公爵
アバーコーンとアッシュワースもきっと分かってくれるはずですよ――
しかし、公爵たちが高速軍艦に乗り込み、ロンディニウムの城壁に向かって砲弾の雨を降らせることは前代未聞ですな。
ウェリントン公爵
フッ、こんなことは今回限りにしてもらいたいものだ。
此度の戦役はこのウェリントンが指揮を執る、そちらの軍にも伝えておけ。
ゴドズィン公爵
それはもちろん。あなたにしか務まりませんとも。
ウェリントン公爵
ではまだ前線で仕事が山積みなのでな、ここで失礼する。
ゴドズィン公爵
……行ってしまわれましたか。やれやれ、まったく嵐のようなお方ですね。
小さい頃から「帝国の弔鐘」の物語を聞いて育ってきたのですが、まさかそんな彼にも、髪と髭が真っ白になってしまう日が来るなんて思いもしませんでした。
はぁ、それにしても公爵たちの軍事同盟ですか。以前なら驚天動地の大事件でしたが、それらしい会議すら経ずに決定されたとは。
カスター公爵
……
ゴドズィン公爵
先ほどの発言を聞く限りでは、彼もとうとう挫折を認めない意固地な老いぼれになってしまいましたね。
カスター公爵、私は戦争に対してド素人ではありますが、あのウェリントンの様子ではおそらく完全に信用することはできないかと……
カスター公爵?
カスター公爵
……そうね、信用。
いえ、なんでもないの。ちょっと若い頃を思い出しただけ。
ウェリントンは……焦燥感や不安を隠しているの。それに気持ちに身体が追いついていないところも。歳を取ったのは事実のようね。
けど私の目は誤魔化せないわよ。今のは全部嘘。
ゴドズィン公爵
お二方は旧知の仲ですものね。
カスター公爵
とんだ腐れ縁よ……彼と知り合った時の私はまだ箱入り娘だったのだから。
ゴドズィン公爵
では、あなたはどう思われますか?
カスター公爵
……彼がナハツェーラーを口にした時のあの目、若かった頃とそっくりだったわ。
敵に対してだろうが盟友に対してだろうが、彼はいつも獲物を引き裂いて血を啜ってやろうとする飢えた獣だった。
内臓を引きずり出し、骨までも食らわんといった感じね。
獲物を狩って、食らって大きくなる。そういう戦士だったわ。
ゴドズィン公爵
歳を取った今でも、食欲は健在のようですね。
あなたたちが知り合った頃だと、一体誰がウェリントン公爵の腹に収まったのですか?
カスター公爵
イヴァン・エヴゲーニエヴィチ。
ヘーアクンフツホルン。
そしてコルシカⅠ世よ。
ゴドズィン公爵
……なるほど。
その頃のあなたは確かに……まだお若かったですね。
カスター公爵
カスター公爵領にいる貴族たちの間では、こんな言葉が一時期不吉な象徴としてもてはやされたことがあったの。
「四国戦争を経たヴィクトリアに、正真正銘の大公爵はただ一人しかいない」という言葉が。
それから六十数年もの間、我々はずっと彼を牽制して、弱体化させていった。民衆は平和を謳歌する中で英雄の存在を忘れ、貴族たちは恐怖の中で弔鐘を排斥していったわ。
そしてようやく先ほどのように、彼は今の疲れ切った顔を見せるようになった。
けどね、私はずっと思ってるの。私たちがまだ若かった頃に見た、あのはるか千里にも及ぶ戦線に微笑みを向ける彼は……
ウルサスの皇帝と共闘し、巫王のアーツを見届け、最も偉大な君主と対面し、最も壮大な現代都市を小間切れにしていった彼は……
……どうしてそのような境遇を、こうも易々と受け入れてしまったのかしら?
ゴドズィン公爵
ふむ……
それはつまり、数十年も耐え忍び、今もヴィクトリア最強でいるかもしれない将軍の本性を目覚めさせざるを得なくなったと仰りたいのですか?
カスター公爵
ふふ、彼をテーブルに招いたのはあなたじゃない? 彼がまだ奥の手を持っているのも知っているのではなくて?
ゴドズィン公爵
おおっと、なんだか寒くなってきましたぞ。今晩は存外に風が大きいようで。
カスター公爵
あら、寒いのかしら? ならくれぐれも風邪を引かないようにね、ゴドズィン公爵。
ゴドズィン公爵
ははは、風邪を引くなんてまさか。ご安心くださいな。
確かに周りが言うように私は飲んで食うだけの怠け者で、軍艦に乗るよりも、あの愛おしい荘園の中でのどかな田園風景を眺めておきたいものではありますが……
冬だけは好きですよ。
クロージャ
おっ、届いた届いた!
自救軍の戦士
まーた通信設備をいじってるのか?
あのなクロージャ、何度も説明しただろ。
一番近くにある巡回ルートでもロンディニウム市内の信号をキャッチできる場所には届いていないって。
クロージャ
こっちだって何度も説明してるでしょうが! あたしはロドスのエンジニア――クロージャだっての!
それにほら、何度も改造を重ねたおかげで、このロドス専用の通信設備もほかのチャンネルの信号をキャッチできるようになったんだからね!
どれどれ――
自救軍の戦士
クロヴィシア指揮官! やっぱりな、彼女と戦士たちならきっと無事だって信じてたぜ!
早くみんなにも知らせてやらないと。
クロージャ
よかったぁ、あっちは無事だったんだね。よし、こっちのツールの調整も終わったよ。
待った、ロドスのチャンネルからもメッセージが届いてる!
もしかして……ブレイズたちのほうで何かあったのかな? それにあれだけ大勢の感染者たちがまだ……
くたびれた傭兵
本はまだ死ぬほど残ってるってのに野菜の茎がなくなっちまった。
空腹の傭兵
それがなけりゃ、いくら本が残ったって意味がねえぜ。
なあお前、本当にこんなとこで食いモンが見つかるのか?
くたびれた傭兵
どうしても見つからなかったら、適当な家に入って探しゃいい。
空腹の傭兵
そこの住民は抵抗しないのか?
くたびれた傭兵
そいつらなら、みんな捕まって連れて行かれちまったよ。
(あくび)はぁ、まったく疲れるもんだぜ。
昔の暮らしのほうがまだ簡単だった。
剣を振って人を斬る。それさえ繰り返せば金が手に入ってた。
それが今じゃどうだ? 食いモンすら見当たらねえじゃねえか。
空腹の傭兵
というか、今のロンディニウムって、まだヴィクトリアのもんなのかな?
つまり、ここは完全に俺たちが占領しちまっただろ? だったらここはサルカズの新しい都市なのか、それともヴィクトリアのままなのかなって。
くたびれた傭兵
さあな、知ったこっちゃねえ。
知ってるのは、最近ますます天気が曇ってきたことだけだ。あのビルの頂上なんかは特に……薄気味悪いぜ。
空腹の傭兵
摂政王があそこにいるんだ、俺たちに余計なことを考える必要なんてねぇ。
おい……なんか変な音聞こえなかったか?
くたびれた傭兵
あ? ねえけど。
空腹の傭兵
おっかしいな……
チャールズ・リンチ
……
???
……
テレジア
……
マンフレッド
殿下、何をご覧に?
テレジア
暗雲よ。
マンフレッド
……ザ・シャードのエネルギー収集ならすでに完了いたしました。聴罪師たちの研究によれば、こういった源石反応を操れる装置は、かの「源石」も操ることができるとのこと。
大公爵たちの軍もすでに動き始めました。数日後にはおそらく……
テレジア
いいえ、ここにある暗雲のことを指してるんじゃないわ。
ロンディニウムでこれから起こる出来事は、もはや変えることはできないでしょう。
……
マンフレッド、あなたはカズデルの生まれだったわね。ならあそこがどういう場所だったか、覚えている?
マンフレッド
カズデルなら、子供の頃にはすでに殿下によって移動都市に運び込まれていました。
私の印象では……あそこの空も常にどんよりしていました。率直に申し上げれば、ヴィクトリアよりも酷いものです。いつも鼻を突き刺すような工業排気の匂いしかしませんでした。
テレジア
ならあなたはそこを……「故郷」と呼べる?
マンフレッド
……
もちろんです。
テレジア
そう。
思えば、サルカズはいつも濃霧の中を彷徨っていた。
私たちはその霧を払おうと立ち上がったけど……
何もかもが暴かれるその時になったら――
真の災いが後に続くようにやって来ることでしょうね。
……私たちはまだ間に合うのかしら?
……
私が目指すあの光が、その時も輝き続けていられることを願うばかりだわ。
たとえ、すでに私が闇の奥底にいたとしてもね。