傭兵の一日

W
ハッ――
イネス
W、一体どうしたの!?
W
平気よ。ただの瀉血療法だわ。
ヘドリー
ふぅ……
エルマンガルド
――
ヘドリー
イネス、大丈夫か?
イネス
私は何ともない。あなたたちの方こそ説明すべきよ。
W
なるほど、この石は冷酷なババアには効果なしってことね。ならケルシーは間違いなくここでダンスできるわ。
イネス
彼女なら可能でしょうけど、そんなことより、まずは傷口を塞ぐのをおすすめするわ。
W
舐めないでくれる。動脈は避けて刺してるわ。
イネス
それで、この装置はサルカズに向けたものってこと? 血液と何か関係があるの?
サルカズに、血ね。ハッ、まったく理解不能だわ。
エルマンガルド
これらの巫術装置は……まだ完全に起動しているわけではありませんわ。
うむ……嫌な予感がしてここへ来てみましたけど、これが元凶だったのね。
先生方が、ロンディニウムでの事情にあれほど慎重になるのも納得です。
W
じゃあ完全に起動したらどうなるわけ? 全サルカズが爆発でもするのかしら? それからブラッドブルードの大君が、あたしたちの血をヴィクトリア人たちに向けてぶちまけたりして。
ヘドリー
この付近に……轍や輸送の痕跡は見当たらないな。
奴らは長い距離を超えて、これほど巨大な結晶を、何もないところからここへ移したとでも?
……このやり方、どこかで聞いたことがある気がする。
エルマンガルド女史……これはあなたとは無関係のようだ。
エルマンガルド
当然、リッチにこんな真似は不可能です。私たちが研究しているのは彼方の「空間」ですから。
ヘドリー
それと、俺のことを知っているようだったが?
エルマンガルド
ヘドリーさんは、まあ……あなたの著作は知っておりますの。一部の写本はリターニアのサルカズの間でも出回っていますのよ。
ヘドリー
なるほど。それで、あなたの方に何か心当たりは?
エルマンガルド
なぜ私が手を貸さねばなりませんの? 先ほど私のキューブちゃんを爆破したのはあなた方でしたわよね。
W
少なくとも、あんたの胸に空いたその穴に爆弾を詰めてはいないはずだけど。
エルマンガルド
へぇ。今時のサルカズ傭兵は、皆が死に急ぐものなのですか?
……まあいいですわ。
先ほどの幻の話をしましょう。
あれは痕跡でしょう……空間と、時間のね。
先ほど轍を探していましたね? あの幻こそがその轍なのです。何らかの特殊なアーツがこの場所に影響を及ぼしたのですわ。
ヘドリー
だがあれはアーツでも、サルカズの巫術でもない。
エルマンガルド
これらの法陣がブラッドブルードにまつわるものであるのは確か。さらに幻と法陣の間に何か関わりがあるのも確かですが、直接的な関係があるわけではないようです。
この手がかり……あなたにとっては有用なのではなくて?
ヘドリー
……リッチはどの立場に立つつもりだ?
エルマンガルド
いつも通りです、我々は何の約束もいたしません。
ヘドリー
だが、情報提供者によれば最近はカズデルにも……何人かのリッチが現れているという話だ。あなたたちは普段、あまりカズデルに姿を見せたりはしないはずだが。
エルマンガルド
……ふむ。
バベルを離れ、感染者組織に加わり、果てはロンディニウムにまで来たあなたが、いまだカズデルに情報網を持っているのですか?
本当にただの傭兵? その才能があれば、リターニアで金律法衛くらいは務まると思いますけれど。ああ、アーツがそれほど得意でないのかしら。
ヘドリー
情報収集はただの個人的な習慣だ。
エルマンガルド
……ふぅん。「個人的な習慣」ね。
戦場はこんなに広いのよ。もし私がこっそりこの場を離れようとしたら、あなた方に止められるとお思いですの?
ヘドリー
あなたの方も……俺たちを探してたんだろ?
エルマンガルド
そうとも言えますわね。あなたに興味があるのです。
イネス
あなたたちサルカズって謎かけみたいにしか話できないの?
エルマンガルド
あなたでさえカズデルの情報が手に入るということは、あの兄妹は間違いなく、見て見ぬふりをしているだけでしょうね。
私たちはテレシスのために、そうね……とっておきの策を用意する必要があるのです。我々はカズデルを引き継ぎつつあります。皆がヴィクトリアに集うからには、故郷の見張り番が必要ですから。
W
何よとっておきって、祝勝パーティーでも開くわけ?
エルマンガルド
その通り、それが計画の最初の一段階目ですわ。それに、建国記念日も制定したりして。
W
……
エルマンガルド
ふふっ、冗談はこの辺にして――
――計画の一段階目という点は確かですわ。
テレシスとテレジアに撤退の意志は微塵もありません。どうやら彼らは、本気でロンディニウムをこの大地全土との決戦の舞台に変えようとしているようです。
彼らの自信がどこから来るのかは私たちも存じ上げません。けれどあの二人のことですから、きっと早くから用意した手段があるに違いありませんわ。
つまり、もしも彼らが本当に成功したら――私たちは確実にカズデルを、サルカズの楽園を再建することができますの。
ヘドリー
……もし失敗したら?
仮にこの地でサルカズが失敗したら、俺たちは丸々一世代に渡る若者たちを失うことになる。ひょっとしたら、未来の子供たちも。
二百年前の遠征の後、大多数の国家がカズデルの現状への理解や興味を失った。
今日に至っても、ヴィクトリアのほとんどのお偉いさんは、カズデルを単なる廃墟だとしか認識していない。
だが内戦の前、テレジア殿下主導のもとで、カズデルには移動都市のプロトタイプが生まれていたんだ。
W
そんなのテレシスの奴が全部滅茶苦茶にしたわ。今のカズデルは、ただのバカデカい巫術で動くトラクターよ。それも走ってるうちにパーツがポロポロ落っこちていくやつね。
ヘドリー
カズデルはそもそも、いわゆる戦争ってやつには耐えられない。なのによりにもよって摂政王は戦争を始めた。
開戦以降、すでに各勢力の密偵がカズデルとの接触を始めているはずだ。高みの見物を決め込む国々は、領土内の……サルカズたちをどう思うだろうな?
エルマンガルド
あなたは悲観的な方ですわね。気が合いますわ、私もです。
そこで、計画の二段階目ですが――今カズデルに残っているリッチたちは、すでにカズデルを分割する計画を立てました。
もしもテレシスが失敗した場合、カズデルは直ちに数個、果ては十数個の区画にまで分割されることになるのです……
従属下にある居住区と共に、特定の……えっと、「部族」単位で荒野の奥深くへ隠れ潜むのですわ。
航路を計画し、生産を安定させ、カズデルを確実に移動都市へと変えた意義を確保する。サルカズにとっては、他の人々の敵意こそが天災なのですから。
カズデルは再び流浪の時代を迎えるのです。
ヘドリー
……
サルカズはすでに固く団結している。俺の望んでいたやり方とは違うが……結果だけで言えば、テレシスはそれを成し遂げた。
だが団結とは、単に復讐と殺戮を繰り返すこと以上の意味を持つこともできる。
エルマンガルド
その団結が、憎悪と戦争の上に築き上げられているとしても? そう簡単なことではありませんのよ、ヘドリーさん。
ヘドリー
……
エルマンガルド
カズデルとは単なる一つの都市ではなく、その地を故郷と見なす一人一人の人間なのです。
当初の計画では、カズデルは多くの住民を必要としてはいませんでした……軍事委員会もそれほど多くの者を連れて行くことを、許しはしないでしょうから。
ヘドリー
俺たちは、このヴィクトリアにおける戦争を終わらせねばならないんだ。一刻も早く。
憎しみを消し去ることは不可能かもしれないが、せめてその熱量を利用して、カズデルを支える柱を形作ることはできる。
そして、きっと一つ一つの生命がカズデルの未来にとって重要な意味を持つ。
エルマンガルド
そう簡単にはおっしゃいますけど――
ヘドリー
さっき話していた物資と人員を遠距離輸送する手段のことだが、それこそ俺たちが調査し続けていた、ロンディニウムにおける軍事委員会の「生命線」になり得るものだ。
俺はそれを見つけ出し、自分のものにしてみせる。そいつが俺たちをロンディニウムへ連れて来れるのなら……故郷へも連れて行けるはずだ。
あらゆる人々がこの地に骨を埋める前にな。
エルマンガルド
……ええ。
ヘドリー
「皆に帰るべき家を与える」んだ。
W
……
エルマンガルド
……あなたと接触したのは正しかったみたいですわね。あなたの考えは……バベル残党の態度として、リッチたちに伝えておきます。
ヘドリー
感謝する。
エルマンガルド
ですが、あなた方は私のキューブちゃんを爆破しましたわよね! どうやって帰れとおっしゃるつもりですの? 歩いて帰れとでも?
イネス
北西に八キロの位置にサルカズの輸送拠点があるから、奴らの車を奪えばいいわ。
助けがいるかしら?
エルマンガルド
……結構ですわ。
彼女に捕まって、あなた方とこそこそ取引をしてたなんて知られるのは、もうごめんですもの。
では、幸運を祈っておりますわ。彼女に会った後……無事に生き延びて、約束を果たせるようにね。
W
あんたたちさ……なんか、懐かしい感じがしない?
イネス
何の話?
W
……殿下?