跡をたどって
ヘドリー
……この場所は完全に破壊されているな。
イネス
以前ロドスが予想していた通り、都市外から都市内へと通じる秘密のルートがもう一つあったのね。
テレシスは、この輸送ポイントを通じて大量の鉄や結晶制御装置、巫術装置をロンディニウムへ運び込んでいた。ザ・シャードを修理し、飛空船を完成させるまで。
けど、一体どうやってロンディニウム周辺まで運んだのかしら? 公爵たちがいかに愚かとは言え、彼らも自分たちが掌握してないような大口の物資をヴィクトリア内に流通させたりはしないはずよ。
つまりそれもナハツェーラーの王の軍団と同じく、「パッ」って具合に一瞬でポイントの付近に現れたってことなんでしょうね。
私たちがずっと探し続けていた「サルカズの補給ルート」っていうのは、もしかしたら輸送の過程における一番最後の、一番取るに足らない部分だったのかもしれないわ。
……一体どんな技術なの?
ヘドリー
疑問はもう一つある。テレシスがこれほどの能力を持っていたのならどうしてそれをそのまま戦争に活用しないのか?
軍隊を敵の防衛線の後方に直接出現させるか、あるいはいっそのこと起爆直前の源石爆弾を、公爵たちの船の頭上にでも送り込めば済む話だ。
イネス
制約の多い技術なのかもしれないし……実際のところは隙だらけの技術なのかもしれないわ。
あのリッチはアーツの範疇を越えた術だと言っていたわね。だけど想像もできないわ……
ヘドリー
W、そっちは――
W
……
え?
あー、戦闘の痕跡はないわ。ここは完全に崩れちゃってるわね。
ヘドリー
……行こう。ここには他に見るものもなさそうだ。
ヘドリー
イネス、ロドスは都市防衛軍司令塔からの情報を分析した結果、目標地点を「ブレントウード」という町の付近に定めたと言っていたな。
イネス
分析したのはクロージャよ。1094年にテレシスがロンディニウムに入ってからの全貨物輸送データを盗み出して、そのルートを重ね合わせた図を生成したの。
その図では、ロンディニウム周辺のあらゆる町がそれらの輸送通行記録で埋め尽くされていたわ。
ここは何と言っても、ヴィクトリアの首都よ。開戦前に市民たちが毎日大量に消費していたステーキやお酒は、棚から勝手に湧いて出てくるわけじゃないもの。
けど、その町……「ブレントウード」だけは一際目立つ空白になっていたの。ごくわずかに記載された通行記録も、そのほとんどが1094年から1095年の間に集中していたわ。
まるでその町が人々から忘れ去られてしまったかのように。おかしな話よ、そこはヴィクトリアの真ん中にあるっていうのに。
その時ロドスは、ブレントウードこそがサルカズの持つ地下輸送路の出発点か、あるいは秘密のルートの要所だと推測したの。だから陰で何らかの通行規制が行われているのかも、とね。
その輸送ポイントが確かに存在することは、さっき私たちが突き止めたわ。
だけどテレシスが……ふん、「見えない大きな手」を持っていて、物を何もないところから好きな場所へ置けるってことも、すでに判明してしまったわ。
もしかしたら、ブレントウードの件については考え直す必要があるかもしれないわね。
ヘドリー
……いや。
この場所に近付くほど、ブラッドブルードの法陣もより密集して現れている。
そして最も遠いいくつかの地点とブレントウードとを線で繋ぐと、その距離も大体一致する。このことから、この距離がすなわち置くことのできる限界距離であると推測可能だ。
W
そんな推測、無意味よ。そのブレントウードなら知ってるけど、貧しくて隠す場所なんて何もないとこだったもの。何ヶ月か前に行った時は暇そうなサルカズすら少しも見かけなかったわ。
キャラバンだってあんなところ通らないわよ。多分その町が退屈すぎるからでしょうね。
ヘドリー
……はぁ。
出発するぞ。手がかりが少ない以上、偶然に身を委ねるのも悪い選択ではあるまい。
最初の地点はここに決まりだ。
イネス
もしかしたら本当に当たりかもしれないわね。ここの影はかなり異状だわ。
混乱している、と言うべきかしら? けれど痕跡は残っているみたいね。
これはまるで……一隻の船がここを通っていったみたいだわ。湧き起こる波紋が互いに重なり合い、干渉し合って、最後にはすべてを滅茶苦茶にしてる。
通っていったというより、むしろ……漂ったと言うべきかしら。
ヘドリー
「漂った」か。
かつて老い先短い炎魔の老人から、ある物語を聞いたことがある。彼の話す支離滅裂な戯言の中にも、その言葉が出てきた。
W
どんな物語よ?
ヘドリー
災厄の物語さ。
これから俺たちの目の前に、その話に聞いたようなものが現れないことを願いたいものだ。
俺たちにも、まだツキが残っているといいのだが。
W
自分がツイてると思ってた傭兵は皆死んだわ。
ヘドリー
ならばW、万全を期すためにも、お前はここに残って俺たちのバックアップを務めてくれないか。
今回の任務は戦闘じゃない。まずは自分たちが今何と直面しているのかを、はっきりさせるとしよう。
もし状況が悪化したら撤退しなきゃならん。その時、お前は……
W
安心して。あたしが、ちゃんとあんたらのために退路を断っておいてあげるわ。
爆破の角度は丹精込めて計算しておくわね。あんたらが、ブラッドブルードかナハツェーラーか、なんならいっそテレシス本人に出口まで追いかけられて、目の前に光が見えたその瞬間――
ドカーン!
あんたの大好きな物語の登場人物になれるってわけよ、ヘドリー!
イネス
あなた一人だけじゃテレジアの相手は務まらないわ、W。
W
……
イネス。
ほんとに埋めてやるからね。
イネス
……ふん。自分でも分かってるくせに。
ヘドリー
Wなら本気でこの山を丸ごと爆破しかねんぞ。
奴がどれだけイカれてるかはお前もよく知ってるだろう。テレジアの件を持ち出してあいつを刺激するのはよせ。
イネス
ああいう演技は見てて悲しくなるのよ。それならいっそ、自分の望むものが何なのかを、気づいてほしいわ。
都市内にあれだけ長く留まっていたあなたがいるんだから、真相が知りたいだけなら、あなたに直接訊けばいいと思わない?
だけど、「あのテレジアは本物か」なんて訊いてきたことあったかしら?
ヘドリー
……
イネス
私も訊かれたことなんてないわ。ほらね、あいつの精神はちっとも成長しちゃいないのよ。
あの「テレジア」にしっぽを振って許しを乞うか、彼女を殺す覚悟を決めればいい。
あんな演技をするのは一体なんのためかしら? 自分が強い子だってことを私たちにアピールしたいの?
それとも自分に言い聞かせるためかしら。何も特別なことなんて起きてはいない、ただ前みたいに誰かを殺して地雷を埋めるだけで、全部なかったことにできる、ってね。
何も考えないようにする才能なんてものを、本当にWが持ってるならそれでいいわ。けど……まるで、氷の上に立っている子供みたいよ。
足を踏み出すべきか悩んだり、前へ進んでは後ろへ戻ったりして、ぐずぐずし続けた挙句、結局その場で考え込んだまま無駄に悲しみ続けるんだわ。
ヘドリー
俺にはそうは見えんがな。
イネス
……嘘つき。あなたはただ、面倒事が嫌なだけでしょ。
ヘドリー
お前があいつをそこまで気にかけていたとは。
イネス
私が気にかけているのは私自身よ。あいつのせいで死ぬのはごめんだもの。
ヘドリー
イネス、これは真剣な話なんだが……お前、カズデルに戻る気はないか?
イネス
ハッ! 私があなたたちの偉業の足手まといになってるってわけ?
ヘドリー
そうじゃない。ただ時折思うんだ。俺にもWにも、この戦場に留まり続ける理由がある。
だがお前はどうだ?
イネス
……私にもあるわよ。
着いたわ。
イネス
ここが……山の内部ね。
奴ら、山全体を掘り尽くしたっていうの?
ヘドリー
これでWの爆破計画ももっと順調に進むな。
イネス
このレール、それにこんな規模の積み卸しシステム……
きっと運んでいるのはデカブツね。
ヘドリー
隠れるぞ。
疲れたサルカズ労働者
次はいつだ?
寡黙なサルカズ労働者
もうすぐだ。
いつも通り、時間ぴったりだよ。
疲れたサルカズ労働者
はぁ、こりゃ上官と相談すべきかなぁ。外でヴィクトリア人をぶっ殺してた方がマシだぜ。
寡黙なサルカズ労働者
お前、戦いは苦手だろ。
疲れたサルカズ労働者
言われなくても分かってらぁ! だけどよ、この場所は……息苦しすぎるんだよ。
毎日毎日、本当かどうかも分からねぇような幻がいっぱい見えることだしよ。
ここは、まるで……渦だ。時空を超えるゴミがどんどん湧いて出てくる、渦みたいな場所だよ。
ウルスラが良い人で助かったぜ。あの人はちょっかい出してくることもねぇし、やたら威張り散らしたりもしねぇ。
軍事委員会の階級的には、最年少の少佐らしいぜ。
寡黙なサルカズ労働者
あの人は王庭の人じゃないから、あまり出世はできないだろう。
疲れたサルカズ労働者
テレジア殿下と摂政王だって純粋な血筋じゃねぇだろ。
チッ、王庭。王庭がどうしたってんだ! カズデルってのはそんな仲良しこよしのお偉いさんどもが勝ち取った場所だってのか?
寡黙なサルカズ労働者
けど、あの人らは皆すごい人たちばかりだ。
疲れたサルカズ労働者
そりゃああいつらが……
寡黙なサルカズ労働者
さあ、もうすぐ時間だぞ。
機器のそばで待機して、積み卸しに備えよう。
イネス
……奴らが口にした名前、聞いた?
ヘドリー
ウルスラ。
イネス
まさか……
ヘドリー
俺たちが考えている人物だとは限らないがな。サルカズの名前は大抵ただのコードネームか、英雄の逸話から取ってきたものか、どちらかだ。
時盗みのウルスラ、錠と鍵のウルスラ。こいつは巨獣に関するサルカズの伝説だ。誰が名を借りてたとしても不思議じゃない。
……待てよ。時盗みの……ウルスラ?
イネス
「ヘドリー」って名前には何の由来があるの?
ヘドリー
何も。
イネス
ふっ、でしょうね。
ヘドリー
鐘の音だ。
イネス
待って、あそこ……
あれは……何?
イネス
これが……「輸送船」なの?
この大きさ……テレシスはこんなものまで……
ヘドリー
まさか、本当に……?
時盗みの……ウルスラ。
???
ほんと、不思議な縁よね。
ウルスラの伝説には、目の前のあらゆる物事の速度を緩めさせることができて、霧の中から過去を窺う巨獣がカズデルを襲ったとあるわ。
そして最後には、英雄ウルスラはいくつもの過去を乗り越え、時空の幻の中で彷徨う同胞たちを救った。
ただ何気なくこの名を選んだだけの私が、まさか本当にそんな伝説を目の当たりにする時が来るなんて。
角の磨き方がますます板についてきたじゃない、イネス。本物のサルカズと見間違えそうなくらいよ。
ヘドリー
ウルスラ。
ウルスラ
ヘドリー、あんた、マンフレッド将軍を裏切ったりして心が痛まないの?
色々と噂は流れてきたけど、あんたが本当にイネスに危害を加えるわけがないのはとっくに分かってた。私のは機密性の高い仕事だから、ロンディニウムまであんたらに会いにも行けなくてね。
イネス
ふん、あなたってスカーモールの跡継ぎだったはずよね? 聞いてる感じだと、いつの間にかこんなところで骸骨の機関士になってたみたいだけど。
そこまで仕事熱心なのは、伝説の英雄を演じられるからかしら?
ウルスラ
もう古いものは、そこまで魅力的ではなくなったの。
こんな名前をいまだに使い続けてるのは、過去に囚われたおバカさんだけよ。
ヘドリー
別の名に変えてみたらどうだ。
ウルスラ
で、はるばる駆けつけてくれた旧友さんたちは、一体どうやってここを見つけたのかしら?
どう? 一緒に飲みにでも行かない?
イネス
あなた、昔は飲まなかったんじゃないかしら。
ウルスラ
昔……昔、ね。
昔のあんたなら、私にナイフを向けてこなかったわ、イネス。