外周包囲網の突破
W
ほかには? 次に木っ端みじんにされる奇妙な影はどれ?
不気味な影
――
W
チッ、ほんとにいたのね。
アーミヤ
Wさん、影の数を減らしても恐らく意味はありません。これらはレヴァナントの力の投影にすぎませんから。
レヴァナントがこの船にその身を宿す限り、造物たちは無限に湧くでしょう。
これはただの時間稼ぎの手段です。
W
ならあいつが痛みで幽体離脱するまで、この船に風穴を開けてやればいいんじゃない?
ケルシー
その方法は恐らく有効ではない。
この船はレヴァナントの器にすぎない。たとえ船の外殻を破壊し、ひいては飛空船を真っ二つにしたところで、彼は巫術の力で船を稼働させることができる。
その稼働が一時的なものであったとしても、「アナンナ」に接触するには十分だ。
飛空船を完全に停止させるには、レヴァナントのコアを見つけ破壊せねばならない。
W
まったく、あたしたちサルカズには訳の分からない輩がほんっと多いわね。手がかかるったらないわ。
爆弾でもっと簡単にどうにかできないわけ?
ケルシー
高速戦艦丸々一編隊の主砲による一斉掃射ならば、外殻を完全に破壊して、レヴァナントの巫術でもってしても、自らの機能を容易には維持できなくなるかもしれない。
W
……
いいわ、ならそのコアとやらを探しに行きましょう。
いずれあたしも自分の大砲を手に入れるわ。
ケルシー
はっきりとは分からないが、この飛空船の真の中枢として、それは厳重に守られていて、どこかの船室に慎重に隠されていることだろう。
実際に飛空船の奥へ入っていかないことには、手がかりすらみつからないはずだ。
それは同時に、敵が我々を阻止しやすくなることも意味する。
もう時間がない。
理論上はそうだ。だが飛空船の体積は大きく、相手の注意力も限られる。
W
イネスは前にこの船に来て、でも無事逃げおおせたんじゃない?
ハッ、本物のサルカズじゃないからかもしれないけど。あいつはレヴァナントによる精神的な圧迫感を感じないもの。
アーミヤ
ドクター、それはつまり……
W
……はぁ?
あんたそれ、とっくに計画してたけど、言う機会をずっと待ってただけじゃないの?
ハッ。
まっ、否定しないわ。
わかったわよ。あーあ、また時間稼ぎね。
でも先に言っとくわよ。今回のあたしはあんたたちの囮じゃないから。
あなたはアーミヤに目くばせをした。アーミヤははっとして、あなたに小さくうなずいた。
W
これで騒ぎは十分よね?
それじゃ、虫さんたち、あっさり見つからないようにしなさいよ。
……あの人に会うまでは。
ケルシー
ドクター、アーミヤ、Wが開けた穴から飛空船内部へと入ろう。
ついてくるんだ。
我々に与えられたチャンスは、一度きりだ。
アーミヤ
……
空っぽですね。
ケルシー
どうやら、軍事委員会はすでに乗組員を撤退させたようだ。奴らも今回の作戦の危険性を承知している。
「アナンナ」はそれに触れた一切の情報と同化する。
こうした情報には、あらゆる有機物、無機物、ひいては人格、感情が含まれる……全てが、源石の結晶に覆われていくんだ。
アーミヤ
ならテレジアさんとレヴァナントは……!
ケルシー
そうだ。そちらに向かうことにしたということは、彼らはこの結果をよく理解していることを意味する。
可能性だ。
低く深みのある声が船室の奥から響く。
しかし人影はなく、廊下は依然として空虚なままだ。
アーミヤ
……よく知っています。
この場所では、この声が……私たちの全員に聞こえるんですね。
ミノスの神話において、ある英雄が人の世のために火種を盗み、それにより天の罰を受け、永遠に焼かれ続ける苦しみを受けた。
この神話の起源が……サルカズにあることを知る者はほとんどいない。
だが彼は英雄ではない。
彼のその後の物語は、一笑にも値しないのだ。
ケルシー
……レヴァナント。
やはり我々に気づいたか。
瞬きの間に、無数の怪しげな影が空っぽだった廊下を満たした。
レヴァナントの言葉もそれらの震動から発せられる。
あの爆発は……確かに私を苛立たせ、煩わせた。
魔王の注意がなければ、貴様らを忘れかけていた。
あぁ、なんと物忘れが激しいのだろうか……私はすでに十分多くを記憶しているが、そうであっても忘れるべきではない。
偽りの魔王よ、私がなぜ貴様の存在を無視できよう――
ケルシー
Mon3tr、戦闘準備だ! アーミヤ、ドクターを守れ!
漆黒の槍が瞬時にアーミヤの指先で形を成して飛び出した。
しかし、それは壁と階段にぱくりと食われてしまう。
我が体内にありながら私を殺そうとは笑止千万!
アーミヤ
敵が多すぎます、移動しましょう!
しかしどの廊下も似通っていて、どの階段も同じ空間に繋がっているかのようだった。
これらはレヴァナントの血管にすぎないが、その意志は、どの場所にも現れることができる。
アーミヤ
……ダメです、振り切れません!
巨大な爆発であなたは目を開けられなくなる。だが計画はいまだあなたの想定通りに進んでいた。
W
子ウサギ、場所を変えなさい!
ケルシー、ペットの化け物にこの足手まといのフードを掴ませて、さっさと――
待って、ここは……
ふと、不吉な予感があなたの心の中に激しい音を立てて生まれた。
爆発の余波を逆手に取り、廊下全体がその主の命令の下で引き裂かれた。
あなたは、自分が今まさに下層の廊下へと滑り落ちているのを感じる。
W
ちょっと、ババア――
何とかバランスを保ったあなたは、ケルシーがいた場所へと目を向けるが、漆黒の影に呑まれる彼女の姿しか見えなかった。
アーミヤ
レヴァナント自身がここを引き裂いています! それは――
巨大な崩壊の音が響く。アーミヤは崩れ落ちる廊下の向こう側に消えた。
W
チッ――
子ウサギ、ここで待ってなさい。
影が突如現れ、あなたとWを引きはがした。あなたたちが体を躱した瞬間、巫術の刃がたった今まで二人がいた場所を切り裂いた。
Mon3tr
(焦ったような雄たけび)
Mon3trはあなたの襟を引っかけることができずに、あなたは下層の廊下へと転げ落ちる。
Mon3tr
(催促するような雄たけび)
あなたが勢いよく下層の床に叩きつけられる前に、後ろの襟を掴む手があった。
W
捕まえたわよ……
いえ、ついにあたしの手に落ちたと言うべきね。
「ギギ」……「ギギ」……「ギギ」……
鋼鉄のねじ曲がる音が狭い空間に響き渡る。船が体内の暗闇を咀嚼しているのだ。
ケルシー
……
この閉ざされた罠に私を陥れるために、随分と手間をかけたな――
レヴァナント。
今の君は、己の名前すら忘れたのではないか?
返事はない。
「ギギ」……ただ金属のきしむ音だけが広がっている。鋭利な破片が絶えず船体から剥がれ落ち、引き寄せられる……
ケルシーは分かっていた。この瞬間の、この未知の空間を、磁場に満ちた部屋にたとえるなら――
その中心で、あらゆる致命的なものを引き寄せるのは確実に彼女自身だと。
ケルシー
威嚇か?
どうやら自らを長年にわたって燃やしてなお、理性は保っているようだ。
しかし君の混沌とした意識の中に、いまだ少しでもかつてのカズデルでの記憶が残っているのなら……
分かっているだろう。死による威嚇は私に何の意味もなさないことを。
静寂。
しかしケルシーは感じていた。自らをここへと押し流した影はいまだ、暗闇の中で自分を見つめていると。
機会を伺っていると。
ケルシー
……
君は当然知っているはずだ……テレジアもこのことをよく分かっているのだから。
君も聞いているのだろう――
テレジア。
この船にいると、君の意志を感じることができる。
本来は、君がここで私を待っていると思っていた。
ケルシーは手を伸ばして壁に軽く触れ、この船の命を感じている。
冷たく、ざらざらとした金属……そして源石。
暗闇の中であっても、ケルシーにははっきりと見えた。源石が今まさに成長し、周囲の全てと同化しているのを――
しかし、彼女の指先が触れている箇所だけは避けていた。
ケルシー
……
源石の自然増殖は、もうここまで君の影響を受けているか……
もしこれらの源石が成長を続ければ、あそこにぶつかる前に飛空船全体が結晶化するだろう……
となれば、その中の全ての者が――
私も含めてか?
これこそ君が私に伝えたいことか?
答える者はいない。
ケルシー
……
最初の源石、君、テレシス、サルカズ……私は君の計画について十二分に理解をしていると思っていた。
だが恐らく君は私の想像以上に遠く進んでいる……
……
私をここに閉じ込めたところで、君が本当に警戒している人物は私ではないだろう。
君はいつも私すらも悩ませることをする、テレジア。過去と同じように。
……過去と同じ。
テレジア、今の君は、まだ信じているのか……?
テラにはまだ「未来」があると。
影がケルシーの足元から広がる。
漆黒の影の海が暗闇の中から噴き出し、一瞬のうちにこの空間の全てを飲み込もうとする。
ケルシー
……
やはり――
暗闇が再び静まった。
貴様の望み通りに。
士爵はあの者から引き離した。願わくばこれが貴様のために十分な時間稼ぎとなってほしいものだ。
私を再び失望させるな。我々を再び失望させるな!
我々はあまりに長く待った……必ずや死の前に見届けねばならん――
苦難の終結を。
テレジア……