洞窟地区を探索
見た目の恐ろしい怪物
(奇妙なおたけび)
W小隊メンバー
俺たちの武器じゃ歯が立たねぇ! クソッ……このバケモン、不死身か?
W
奴の頭に一点集中してぶち込んでやりなさい! それほど大した硬さじゃないはずよ!
W小隊メンバー
動きが速すぎるぞ! 狙いがつけられねぇ!
敵の注意を引き付けてくれ! 後ろに回ってみる!
傭兵が奇襲を試みるべく巨大な体躯の背後に回ると、怪物はまるで身体に付いたノミを払うかのように、尾の一振りで岩壁に叩きつけた。
続けざまの攻撃も大したダメージはないようだ。大きな羽音が鳴り響くと、灼熱の風が凄まじい勢いで洞窟内の全てを呑み込み、空気をますます希薄にさせた。
岩石が震え、棘の形となって隆起すると、その場にいる全員に襲い掛かる。
W
ったくやかましいわね……
この短足の蛾! おとなしくしてなさい!
見た目の恐ろしい怪物
(歌声のような鳴き声)
怪物は即座に痛みの元に狙いを定めた。その巨大な体躯も、動きの俊敏さには何らの影響もないようだ。
弾丸を込め直すほんの一瞬の間に、怪物の鋭い牙はWの眼前にまで迫っていた。
W
誰のせいで……そんな姿になっているのか知らないけど――
あたしを食べたいなら、そのブサイクな面をもうちょっとデカくしてから来ることね!
爆弾でも食ってなさい!!
W小隊メンバー
はぁ……はぁ……
奴は……死んだのか?
W
顔が木っ端みじんになったら、さすがに生きないでしょ。
W小隊メンバー
だ、大丈夫か?
W
爆発範囲のコントロールは得意なの。
W小隊メンバー
……なあW、ひょっとしてさ……
サルカズには昔、爆弾魔っていう失われた王庭があったんじゃないのか? それであんたは、その爆弾魔王庭の最後の王女か何かだったとか。
W
あはは、なかなか笑える冗談ね。
W小隊メンバー
ところで、こいつは一体なんなんだ? どう見てもまともな動物には見えないぜ!
クルビアには何体もの動物を一つに縫い合わせる真似をするイカレたやつがいるって話だが――まさかそいつらの仕業じゃないだろうな?
W
残念ながら、あたしもそれと似たようなことをするイカれたサルカズを知ってるのよね。
(小声)巫術の気配がする。聴罪師が作り出したバケモンってわけ……だけどなんでこんな荒れ果てた山の中に?
こんなやつが現れたのが偶然なわけないわよね。この洞窟には、まだ他に何かあるわ。
W小隊メンバー
つまり、仲間たちはこいつに……食われちまったってことか?
W
だったら、腹をかっさばいて確かめないといけないわね。
ちゃんと死んだんでしょうね。
ちょっ、こいつら、群れで動いてたの!?
W小隊メンバー
入口を塞がれた! W! どうすりゃいいんだ!?
W
逃げるわよ!
作戦開始から四十八時間後
ウルスラ
今は何時かしら?
ヘドリー
外の時間を気にする意味があるのか?
ウルスラ
私の職業柄だと思って、許してちょうだい。時間が分かると安心するの。
ヘドリー
午後六時だ。俺たちが峡谷に墜落してから二日になる。
ウルスラ
ふぅん……二日か。それだけあれば色んなことができるわね。
覚えてる? 昔、私たち三人でサルゴンのパーディシャーの秘宝か何かを盗む任務があったわよね。それを盗み出した私たちは、結果として百人以上に追われることになった。
洞窟の中で、同じように二日も隠れてたわよね。お腹が空いても、火を熾すことも外に出ることもできなかった。
ヘドリー
ああ、イネスがお前の傷口を縫ってやってたことも覚えてる。あいつがいなければ、今こうしていられなかっただろうな。
ウルスラ
……ふふっ。あの時、確か私こんなこと言ったわよね。もうすぐ夜が明けるから、陽の光に当たらせてって。そうすれば傷の治りも早まるから、って。
ヘドリー
俺は止めたはずだ。敵がまだ近くにいる以上、痕跡を晒すわけにはいかないからな。
ウルスラ
いえ、あんたに止められたんじゃなくて、イネスにからかわれたのよ。スカーモールの傭兵がお日様を恋しがるとはねって。
ヘドリー
スカーモールはカズデル地区の地下に隠されている。確かに陽の光にはお目にかかれんな。
ウルスラ
それから私は軍事委員会の軍令長、「少佐」として、この骨骸を動かす機会を与えられた。
あの子たちを連れてカズデルとロンディニウム間を往復してる間は日向ぼっこどころか、まるで陽の光そのものを背後に置き去りにしていくようだったわ。
だから昔にはもう戻れないの。サルカズは、もう引き返せやしないのよ。
ヘドリー
……ウルスラ?
一体何が――
ウルスラ
彼らが来たわ。
ヘドリー
骨骸が動き出したのか?
一瞬、巨獣の骨骸が再び動き出したかのように思えた。しかしヘドリーはすぐに、動いているのが神経束と骨ではないことに気が付いた。
ヘドリー
……釘か。
ウルスラ
あははっ……船長と船は、初めから一つなのよ。
「ライフボーン」を構成するのは巨獣の遺骸だけではない。骨に何本も打ち込まれ、死にゆく生物の組織を「輸送船」へと組み立てる釘も、またその一部である。
その内の、脊椎の最も重要な一部分に打ち込まれた一本にウルスラのアーツが浸透した。
彼女とこの骨骸は、元より巫術によって繋がっていたのだ。
ウルスラ
感じるわ。王庭軍偵察術師のアーツがこの骨骸までたどり着いたみたいね。
慌てないで、これはまだ目覚めてはいないから。だけどこの接続の力と釘の中に残る巨獣の能力があれば、私がここを離脱するには十分よ。
その釘は元々私の物で、私の骨と繋がってるの。だから持っていかせてもらうわ。
巨獣の能力が直接人の身体に作用したらどうなるかしら? たまには、昔の狂気を取り戻すのも、けっこう悪くない気分ね。
ヘドリー
脊椎が裂けていく……やめろ!
ウルスラ
言ったでしょ、ヘドリー。私を殺さなかったこと、後悔するって。
いえ……あんたのことだから、これも全部、歴史における避けられない出来事とでも見なすのかしら?
亀裂に突き刺された大剣が、落ちていった釘の代わりに、脊椎の最も重要な部分を辛うじて支えている。
しかしその一瞬の間に、彼らが捕えていた囚人が鉄の鎖から抜け出した。
肋骨の裂け目から飛び降りたウルスラは骨や壊れた神経束と共に、絶え間なく燃え盛る炎の中に呑まれていった。
ヘドリー
ウルスラ!
ウルスラ
「ウルスラ」……歴史の断片を漂いながら、救済にその身を捧げた英雄の名。
前に言わなかったかしら? もしかしたらこの名は、あんたにこそ相応しいかもしれないって。
見た目の恐ろしい怪物
(怒ったような雄叫び)
W小隊メンバー
こいつら、一体何匹いやがんだ!
W! 前方は行き止まりみたいだぞ!
W
別に逃げるつもりで移動してるわけじゃないわよ。あたしはただ、爆破させるのにぴったりの場所を探してただけで――
伏せて!
W小隊メンバー
や……やったのか?
W
爆発で起きた落石で、頭がぶっ潰れてくれてればいいんだけど。
W小隊メンバー
こいつら、どうしてこんなとこに? 何かを守ってたのか?
W
知るわけないでしょ! 本気であたしがバケモンとお話できるとでも思ってんの?
W小隊メンバー
いや……つまりさ、俺たちはマジで、何かとんでもないもんを見つけたんじゃないか? 「クレーン」たちも、きっとこのバケモンどもに食われちまったに違いねぇよ。
「クレーン」
縁起でもないこと言うな……俺はまだ生きてる。
W
生きてたのね! 一体何が起きたの!?
「クレーン」
この辺りを巡回してた時、この洞窟を見つけてな。中に隠し通路でもあるんじゃないかと思って、確かめに来たんだが……
その結果、あのバケモンどもに出くわしたんだ! 「タイヤ」も、「スパイクシールド」も、「ナット」も、みんな食われちまった!
残った奴らで、必死に逃げてきたんだ。奴ら、なぜだかここまでは追ってこないみたいでな。俺たちも出られなくなって、今まで閉じ込められてたってわけだ!
ええと、あっちの方に進んでいって、マスクつけた死体どもを通り過ぎたら、その右に分かれ道がある。どの道にもマークをつけておいたから――
W
マスクをつけた死体ですって?
「クレーン」
白骨化した死体さ。何年も放置されてるみたいだから、恐らく数年前にロンディニウムから逃げ出してきた奴らだろうな。
妙な点があるとしたら……奴ら、全員が角を切り落としてた。
W
角を切り落とした……マスクの死体?
「クレーン」
ああ、頭をしっかり覆い隠してな。多分どっかの部族の伝統だろ。
W
……
チッ。あんたらの頭がおかしくなってふざけたこと言ってるんじゃないなら、おかしいのはきっとあたしの方ね
「クレーン」
なんだ、昔恨みを買った知り合いか何かか? 大丈夫さ、奴ら間違いなく死んじまってる――
W
今すぐそこに案内しなさい、早く!
「クレーン」
ほら、ここだ。
W
……
「クレーン」
どうしたんだよ、W? あんたのそんな顔、初めて見たぞ。
W
黙ってて。
何体かの遺体が、洞窟の壁にもたれている。Wはしゃがみ込むと、死後かなりの時間が経過したそれらを、どんな痕跡も見逃さないよう仔細に観察した。
「クレーン」
服の下の身体はほとんどが白骨化してる。どの遺体も、重傷を負って死に至ったのは間違いない。
死亡当時に、誰かがきちんと整えた形跡があるみたいだ。こいつらの仲間だろう。埃を被ってるところを見ると、もう何年も昔のことみたいだが。
ああ、それと壁際に小さな祭壇がある。巫術の痕跡はないから、単に弔うためのものだろう。
W
……こいつらだけなの?
こいつらは……この刺客どもは、なんでこんなところに?
死体はこれだけ? 近くに他の奴のはないの?
「クレーン」
どういう意味だ? 他に誰のがあるってんだ。
W! おい、W! 今度はなんなんだ?
一体どうしたってんだよ?
刺客って言ったか? こいつらが刺客だってことか?
W
はぁ……はぁ……
「クレーン」
W、待ってくれって!
この近くは一通り俺たちで見回ってある。他に怪しいもんは何も――
W
奴らの服……見覚えがあるわ。
クソッタレの裏切者どもは……一人残らず、殺し尽くしたはずなのに!
奴らがここにいるってことは――
W小隊メンバー
……確か、テレジア殿下の遺体って……バベルから持ち出されたはずだよな。
W
うるさいわね! あたしが知るわけないでしょ!
W小隊メンバー
バベルの襲撃後、テレジア殿下が再び姿を現したのは、ロンディニウムでのことだ。
ここは……ロンディニウムからかなり近いところにある。
W
黙りなさい! そんなこと、言われなくたって分かってるわよ!
あたしは……
……
W小隊メンバー
これからどうする? 俺たちは……
W
あんたらは戻って警戒レベルを最大に引き上げるようイネスに伝えなさい。後はあいつがうまくやってくれるわ。
あたしは……ふん。
何年もずっとやり残していたことを……片付けに行くわ。
角のないサルカズ
やめろ、傭兵。我々同士の戦いに意味などない。
戦争は終わったのだ! 我々が死のうが生きようが、そんなことは定められた結果に何の影響もありはしない!
W
そんなの、あんたが言ってるだけでしょ? あんたの手は殿下の血にまみれてるって言うのに!
あんたと、それから生き残った共犯者たち。
どこへ逃げようと必ず全員見つけ出してやる。見つけ出して、身体中の骨を一本一本引っこ抜いてやるのよ。
角のないサルカズ
私の罪の重さは、私自身が一番分かっている!
たとえ今日お前に出会わずとも、私はこの手で命を絶つつもりだった! 私を殺すことで、お前自身の取るに足らない怒りを静められると考えているなら、手を下したまえ。
どうであれ、お前は遅すぎたのだ、傭兵。
お前は彼女を救えなかった。
W
クソ野郎、口を閉じなさい!
あたしが何度も過ちを犯してきたことは認めるわよ。でもこの件に関しては、絶対に間違えたりなんかしない。
当時の裏切者どもは皆殺しにしてやった。奴ら全員の死に様は、最後に見せた表情まで覚えてる。それなのに、どうしてここにも死体が残っているの?
殿下は聴罪師に「復活」させられたって、ケルシーが言ってた。奴らはどうして「生きたテレジア」が必要だったの?
「テレシス」がサルカズの偉大な指導者を騙るってこと以外に、奴らには何か別の計画があるの?
もうたくさんだわ……テレシスに聴罪師。あんたらが企む妙な計画に興味なんてないけど、あんたらは汚してはならない人を汚してしまった。
だから全員、ぶっ殺してやる。絶対に!
クソッ、何なのよこのふざけた場所は? どうして扉があるわけ?
邪魔よ……吹っ飛びなさい!
W
ゲホッ、ゲホッ……
何よ……これ……
信じがたいことに、狭い入口は広々とした空間に繋がっていた。長年日の目を見てこなかった洞穴内は不気味な雰囲気が立ち込めており、埃を被った甲冑や武器が、そこら中に転がっている。
洞穴全体に奇怪な結晶体が点在し、見覚えのあるようなないような大きな模様が、壁から地面まで伸びて、ぞっとするような記号を描いていた。
Wはふと、奇妙な感覚を覚えた。今、自分が周囲を観察しているのではなく……この巨大な地下構造の方が、彼女を見つめているのではないか。そんな風に感じたのだ。
ガンッ――
鈍器がぶつかり合う音が、洞穴内にこだまする。
ガンッ――ガンッ――
Wは理解した。これは、重い何かが骨を砕いている音だ。
???
何者……だ……