大地の息吹

不満げな声
ボリスの奴は、間違いなく狂っているだろうな。
元帥と面会した時の、あいつの傲慢で醜悪な表情を見ただろう。ここ数年でちょっとばかり小銭を稼いだ程度で、あの威張り散らしようだ。
もういくらか金があれば、陛下に礼すらしないほど思い上がっていたんじゃないか?
短気な声
結局のところ、奴は元帥が自分に対して何もできないと侮っているんだ。元帥が提示する条件が気に入らなければ、いつでも第三軍に寝返ることができると高を括っているんだろう。
ふん、逃げ道のある奴はいつもそうだ。
不満げな声
目先のことしか考えない商売人風情だからな。あれほどの宝を持ちながら、それを利用して財布を膨らませることしか頭にない。物の本当の価値なんて考えもしないんだ!
だから奴は軍人に敬意を持たない。奴のような連中は、ウルサスという国が何の上に成り立っているのかをまるで理解していない――まったく、我々に対する敬意を欠いた者ばかりだ!
もし俺が元帥なら、あの臆病者の喉をこの手で掻き切って、その血で協定書に拇印を押してやるものを。
ふん。そしてすべてのウルサス人が俺たちに敬意を払うようになるまで、軍を指揮して最後まで戦い抜いてやる。今のように……敗北者のレッテルを貼られたままでいるくらいならな。
短気な声
いい加減に……バカバカしい話は止めろ!
元帥が本心で第六軍と第八軍の間抜けどもを支持していたと信じているのか?
奴らの計画は、はなっから失敗すると決まっていたんだ。連中のあれっぽっちの火器や戦艦でウルサスをどうにかするなんて夢物語、あの十倍を持って来たって実現するものか。
奴らは本質的にあの商売人どもと何も変わらず、ウルサスの威厳の源を理解していない――だが元帥は、とうに見抜いているはずだ。
だから今こうして、任務中に愚痴をこぼせることを幸運に思え。でなければ、お前はクライニ・セーヴェルに送られ、感染者と一緒に石ころになっていただろうよ。
不満げな声
何の真似だ?
短気な声
命令の遂行だ。一人も生かしては帰さんぞ。
不満げな声
だからってこんなあっさり殺す奴があるか! 残りの連中の位置を吐かせてからにしろ!
短気な声
これ以上無駄な時間を使わせるな。この白衣の連中に協力する気があれば、俺たちが今日ここにいる必要もなかったんだぞ。
見えたぞ、向こうの机の下にもう一人隠れている。
錯乱した声
許してくれ、見逃してくれ――!!
頼む、殺さないでくれ! 何でも答えるから――
不満げな声
おい、何でも答えると言っていただろう。
短気な声
俺を信じろ。自分たちで探した方が早い。
捜索を続けろ。この程度しかいないはずがない。
人数を確認しろ、誰一人として生かして外に出すな。これは重要なことだから肝に銘じるように。
不満げな声
イライラしてきたな。空気は籠っているし、血生臭さもひどい。おまけに靴が地面にくっつきそうだ。
おっと……見つけた。
ここにもう一人いるぞ。
怯える研究員
所長、奴らはもうDエリアまで侵入しています!
聞こえたんです……武器の……人を殺す音が……あれは、本当にその音なんでしょうか……?
ケルシー
イリヤ、あとどのくらいだ?
イリヤ
……四十分です。
打てる手は打っていますが、どうしても封印プロセスの完了にはそれだけの時間が必要になります。
怯える研究員
ですが、私たちは完全に封印が完了するまでここに残らなければならないのですか……?
イリヤ
当たり前だろう!? これをそのまま軍の、あの人殺しどもに残して、より容易に虐殺を繰り返すことができるようにしろとでも言うつもりか?
*過激なウルサススラング*! これまでの人生で、失敗は十分に経験してきた。私は死を迎えた後まで殺しの片棒を担ぐつもりはない!
もう時間がない……
しかし、忌まわしい人殺しどもはなぜこうも早く動けたんだ? この段階で研究所内部の状況を把握できるはずがない……
裏切り者だ……所長、間違いありません。誰かが私たちの情報を売り渡したのです。
セルゲイか……奴が探りを入れてきたあの時に、気づいておくべきだった。
*ウルサススラング*、きっとそうだ……なぜよりによってあいつなんだ? まっとうな人間として生きられただろうに……
ケルシー
冷静になれ、イリヤ。今そうしたことを案じたところで、得られるものはない。
目の前の問題に集中するんだ。まだ完全に手遅れというわけではない、我々には挽回の余地が残されている。
イリヤ
所長……我々はもう……取り返しのつかない地点にいるのではないでしょうか。
あなたは私の警告を受け取られたはずです。どうしてお戻りになったのですか? 所長がいらしたところで、手遅れであることは変わらないのに――
ケルシー
……
イリヤ、皆を連れてここを離れろ。
イリヤ
離れろ? 行ける場所がどこにあるというんですか?
ケルシー
北へ、タイミルへ向かえ。あの場所は第三軍の駐屯地に近い。いかなる状況においても、アンドリアンにはあの地で好き勝手に行動する勇気はないだろう。
まず身を隠し、都市からなるべく離れ、いかなる政府勢力との接触も避けろ。第三軍が保護を約束するかもしれないが、決して信じてはならない。
早く行け。私はここに残る。
イリヤ
……
ケルシー
まだ何か?
イリヤ
……いいえ、私が残ります。
ケルシー
何だと?
イリヤ
私は逃げません。所長、私には無理です。あなたは同僚たちの命を私に預けるべきではないんです!
ケルシー所長……いや、先生。この大地は、私など比較にならないほどあなたを必要としています。ですから、離れるべきはあなたの方であり、そもそもあなたは戻ってきてはいけなかったのです!
一時しのぎで体表の源石を隠せたとしても、奴らはいずれあなたが感染者であることに気づきます。そうなれば、ひと思いに死ぬよりもずっと惨たらしい目に遭わされるでしょう――
それに、罪のない同僚たちを連れて生きる道を見つけられるのはあなたしかいません。どうか、どうかお聞き入れください。
ケルシー
だが、君にも生きなければならない理由があるだろう……リュドミラ、君の娘は――
イリヤ
あの子のことは、先生にお願いしたいのです。
どうかあの子を連れて、できるだけ遠く、この国から離れた場所までお逃げください……ははっ、いつか先生に、しばらくあの子を教育していただけたらと思っていたのですが。仕方ありません。
今日この場で起きたことを伝える必要はありません。あの子にとって悪影響でしかないでしょうからね。あの子にはあの子の好きなやり方で、この大地を探索させてやってください。
ケルシー
約束しよう。リュドミラをウルサスから遠く離れた地まで連れ出すと。自分の行動に責任を持てるよう成長するまで、彼女の安全を守ろう。
そして保証する。君たちがここで行ってきたことは、決して無駄にはならないと。
イリヤ
ありがとうございます……十分すぎるほどです。
……本当に面白いですよね。この石棺を起動するという以前の選択と、石棺を封じるという今回の選択。一体どちらが正しかったのでしょうか。
ケルシー
我々は己が正しいと信じる選択をした。それが正解であったか否かは、おそらくリュドミラ、あるいは彼女の子供の世代になってから答えが出るのかもしれない。
イリヤ
確かに、そうですね……さあ、行ってください、先生。
ケルシー
……
さようなら、イリヤ。
第四軍兵士
お前が最後の一人か?
イリヤ
最後とは、何のことだ?
研究所の最後の生き残りという意味か? それならば肯定しよう。この国で暴力を軽蔑した最後の人間という意味なら、頷けはしないな。
第四軍兵士
この場に残り、石棺に何か仕掛けたのか?
イリヤ
ああ、約十秒前にこの石棺の機能を支えるコア装置を完全に封印した。君たちで再起動しようとすれば、優に百年はかかるだろうな。
君たちは――第四軍の先鋒を務める死刑執行人か? 戻ってアンドリアンに伝えるといい。この巨大な代物を領土拡張の兵器に変えようという彼の計画は破綻したとな。
残念だが、ご高名なアンドリアン元帥はまたしても失敗を重ねた。彼の軍隊は小さな研究所すら、たった一人の哀れな研究員すら征服できずに終わるのだ!
さて、私の命を奪うという君たちの権力を行使するといい。
第四軍兵士
ふん、骨のある奴だ……
望み通りにしてやろう。
若い声
……ここはどこだ?
軍法会議は? 裁判は?
なぜ私をここに連れてきた? 私の部下たちはどこだ?
苛立った声
黙れ。
若い声
黙らせたいなら、私を殺すといい。
苛立った声
お前は死刑囚だ。今殺そうが後で殺そうが、大して変わりはない。
だが上のお偉方には、今のところ反乱の首謀者に手を下す暇はないようだ。よって……
ここで大人しく、他の部屋でお前の部下がどうやって黙らされていくかを聞いていろ。
若い声
私は軍人であり、犯罪者などではない。私の部下たちもだ!
苛立った声
元帥に反旗を翻すという思い上がった決断をした瞬間から、お前たちの兵団は栄えある第四軍ではなくなった。
若い声
私は正しいことをした。それは貴様らに反乱軍と蔑まれる戦士なら誰もが知っているし、未だ良識を持ち合わせているウルサス人の全員が知ることになるだろう!
苛立った声
違うな、ヤーコフ・ペトロフ大尉。
お前は愚かな真似をして、身内や戦友までも道連れにしたに過ぎない。
物静かな少年
……
お母様、ひとまずお座りください……震えていますから。
軍の方たちはもう帰りました。
ぼんやりした女性
軍、ヤーコフ……
ヤーコフ、あなたなの?
物静かな少年
……
ぼんやりした女性
帰ってきたの?
リンゴの花すら咲いていないのに。夏休みはまだずっと先よ。
アンドリアン元帥は良くしてくださって? いつもあなたを傍に置いてくださっているかしら? それと、人伝てに届けた衣類はちゃんと体に合っているの?
もうすっかり目が見えなくなってしまって、自分で名前を刺繍してあげられなかったのよ……でも、ソフィアが手伝ってくれたわ。あなた、昔からあの子の刺繍が一番好きだったものね――
……ソフィア?
物静かな少年
お母様。
ぼんやりした女性
あなたはソフィアじゃないわ。
物静かな少年
ええ、それにヤーコフでもありません。兄さんでも、姉さんでもありませんよ。
ぼんやりした女性
あなたは誰? どうして私の家にいるの? 誰か――
物静かな少年
トゥーリンです、お母様。長らく家を離れていた末の息子ですよ。僕のこと、覚えていますよね?
使用人たちには暇を与えました。執事だってもういません。
ぼんやりした女性
どうしてそんなことをしたの?
物静かな少年
投獄された兄さんを救うため、姉さんは嫁いだ身でありながらサンクト・グリファーブルク中を奔走しています。無理を通すにはお金が必要で、僕たちも全力で手助けしなければなりません。
それに、何の罪もない人たちに、僕たちと同じ罰を背負わせるわけにはいかないでしょう?
……はぁ。
ともかく、話を聞いてください。今までは僕の話に耳を傾けてくれなかったかもしれませんが、これはヤーコフ兄さんが獄中で綴った手紙ですから。
読み上げますから、どうか聞いてください……
少年はそう言いながら手元の手紙を開く。しかし、そこには何一つ書かれていなかった。
一瞬にして血の気が引き、顔色が青白くなっていく。それはちょうど、手元の手紙の白さに似ていた。
物静かな少年
……
ぼんやりした女性
ヤーコフ……ヤーコフは軍にいるはずでしょう?
物静かな少年
もう軍が来ていました、お母様。
少年は手紙を丁寧に折り畳んでいった。その一つひとつの動きのうちに、彼は様々なことに思いを巡らせた。
そして、彼は綺麗に折り畳まれた小さな四角形を、本来ハンカチーフをしまうべき胸ポケットに運び、心臓と寄り添うようにして押し込んだ。
物静かな少年
彼らが言うには、第四軍の反乱の際に兄さんが特定の立場にいたからだと……
ペトロフ家は世襲の爵位を剥奪されて平民となり、北原鉱区の第九採掘場へ流刑となる判決が下されました。
僕たちは、明日にはもう発たなければなりません。
絶望した感染者
ピョートルの爺さんを埋めてやったら出発しないとな。
子供を埋め、妻を埋め、両親を埋め……俺たちはあと何人を埋めなきゃいけないんだ?
なんだ、手紙でも書いてるのか? 母親宛てか?
物静かな少年
いえ……手紙ではありません。自分の見たこと、考えたことを書き留めているだけです。機会があれば、たくさんの人に読んでもらおうかと。
絶望した感染者
まだそんな無駄な体力があるなんて、羨ましいもんだな。
俺なんてもう歩く気力もない。まだ北原にすら入ってないってのにな。
物静かな少年
オムスカを出てまだ三ヶ月しか経っていませんよ。
北原の採掘場に着くのは、来年の春ごろになるでしょう。
絶望した感染者
春……ハハッ! 春だって!?
お前、北原に春があるなんてよく言えるな……
物静かな少年
はい、春です。僕たちがそこへ辿り着きさえすれば。
絶望した感染者
お前の母親は、目が見えない上に頭もおかしかった。それだけの理由で難を逃れられたんだ。
それであの人は流刑の苦しみを味わわずに済んだし、お前も道中で死んだ誰も知らない人みたいに、母親を埋葬せずに済んだんだ。だからバカみたいに楽観的でいられるんだ。
けど、なんでだよ……
何が違うってんだ?
なんで同じ流刑になった罪人なのに、お前みたいに優遇される奴がいるんだ? どうして家族がだんだん冷たくなって、息を引き取っていくのを見なくて済むんだ?
感染者になる前の俺が、どこにでもいる搬入係だったからか?
俺が一体どんな過ちを犯したって言うんだ? そして、お前らは何をしたからこんな仕打ちを受けずに済むんだ?
感染者は低い声でそう呟いた。大声で叫びたい衝動に駆られながらも、その感情は少し離れた位置から注がれる護送人たちの冷酷な視線に抑えつけられていた。
少年はかぶりを振り、感染者の方へとさらに歩み寄った。
物静かな少年
……優遇されているのは確かです。それも僕自身の努力によるものではないので、恥じ入るばかりです。
ですが、あなたが投げかけた疑問は、僕が答えを探している問題でもあります。
絶望した感染者
なんだって……?
物静かな少年
なぜ生まれながらにして恵まれている人と、卑しい身分の人がいるのでしょうか? 人間同士をここまで対立させているものは何なのでしょうか? どうすればこの現状を変えられるのでしょうか?
僕は、まだ答えを見つけられていません。
ですが、直感が告げているんです。少なくとも、僕たちはまず生き延びて、立ち上がらなければならないと。
協力し合い、物事を動かし得る力を得てこそ、問題の所在を考え続け、何かを変えるための方法を見出すことができるのです。
絶望した感染者
お前、一体何を言って――
少年は唐突に顔を上げ、戸惑いの色を浮かべる感染者の視線をまっすぐに捉えた。
物静かな少年
デタラメを言っていると思ってください。
僕はあなたたちのような何も持たない人々こそが、実はこの大地の真の主だと思っているんです。
絶望した感染者
……
物静かな少年
ひとまず、僕の背中をお貸しします。あなたを背負っていくらか歩くくらいの力はまだ残っていますから。
「……イベリアでは、人々はほとんど互いに視線を交わすことがない。まるで目を合わせることすら罪であり、彼らの生きる糧となる信条に背く行為であるかのように。」
「そのような光景は、ウルサスの鉱区でも、リターニアのスラム街でも、ヴィクトリアの地下工場でも目にしてきた……」
「初めのうちは、日焼けして痩せこけた顔に、自分が抱えているものと近しい絶望を見ることを恐れているのではないかと考えていた。だが後になって、彼らは生き延びることで精一杯であり、誰かを見る余裕がないだけなのだと気づいた。」
「そうであれば、彼らの沈黙を責められる者はいないだろう。傍にいる仲間や遠くにある未来が目に入らず、肩を並べて加害者である階級に拳を振り上げられないことを、誰も責められはしないのだ。」
……
「果てしない大地で、私は遍くウルサスを歩き、また別の場所へと向かった。道中で私はすべてを失った者や、最初から何も持たない者に『あなたこそがこの大地の真の主だ』と語り続けた。」
「まだ何も変わっていない今の状況では、嘲笑に等しい言葉だ。それでも語り続けねばならない。まず種を蒔いてこそ、彼らにその言葉が真実であると気づかせることも、彼らの胸中に芽を吹かせることもできるようになるのだから。」
「何も持たないからこそ、それ以上失うものもない。失うものがないことは、人に全てを覆すほどの強い勇気をもたらす。そして我々の誰もが、その資質を持っているのだ。」
機敏な坑夫
先生!
みんな準備できました、いつでも出発できます。
考えに耽る若者
……ああ。
機敏な坑夫
先生?
考えに耽る若者
あっ――おっと! そうだね、出発しなくちゃ。
呼びに来てくれてありがとう。私も荷物はまとめ終わって――
ええと。
機敏な坑夫
まーた、こんなの引っ張り出して読んでたんですか? こんなに散らかしちゃダメじゃないですか。お片付け、手伝いますね。
考えに耽る若者
ああ、助かるよ!
機敏な坑夫
私は鉱区に来たのが遅かったので、その手紙の差出人とは会ったことがないんです。本当に鉱区を離れても、ずっと手紙を送ってくれてるんですか?
考えに耽る若者
そうだね。
機敏な坑夫
そんなに鉱区の生活を恋しがる人がいるなんて、初めて聞きましたよ。
考えに耽る若者
彼が恋しがってるのは鉱区の生活ではなくて、ここで暮らす人々の方かもね。
政治犯恩赦の知らせが北原に届いた時、彼が最初に示した反応は喜びではなくて、不安だったのを覚えているよ。
私たちは彼と一緒にここを離れられないかもしれないとか、自分の思想がまだ実証されていないとか、そういうことを心配していたんだ……
機敏な坑夫
でも結局、彼は行っちゃったんですよね。
考えに耽る若者
それはそうだよ。彼はウルサスを隅々まで巡り歩くと言っていたからね。それに、今は私たちもここを離れるところだろう?
機敏な坑夫
じゃあ、早く出発しましょう、先生。
そういえば、他の人たちが「先生」って呼ぶから私も合わせてたんですが、先生の本名って知らなかったなと思って。聞いてもいいですか?
考えに耽る若者
あれ、まだ教えていなかったかな?
ええと……トゥーリンだ。トゥーリンと呼んでくれ。
機敏な坑夫
わかりました。「トゥーリン」、いい響きですね。さあ、手を貸すので立ちましょう。
トゥーリン
ありがとう……
よし、できるだけ早く出発しよう。
雪がひどくならないうちに、そして暖かい部屋にいる権力者の方々が考えを変えないうちにね。
「……反逆者たちが議会ホールに残した悪質な扇動の言葉は、すべてヤーコフ・ペトロフという、大反乱で自業自得の末路を辿った戦犯によるものだという。」
「彼は死刑囚監房で遺書を書き残し……」
「……カトルガ区で発生した暴動の全容が明らかに。責任は誰が負うべきか、事件を受けてどのように対処すべきか、そして体制批判に染まる若者をどう救うべきか。」
……
「現在議長の容体は安定しており、命に別状はない模様。暗殺未遂の犯人は依然として逃走中。」
「サンクト・グリファーブルク警察庁から広く市民へ呼びかけます。誤解を招き、警備隊の捜索に支障をきたさぬよう、夜間外出の頻度を極力減らすようご協力ください。」
厳粛な軍人
(新聞をめくる)
緊張した従者
……
厳粛な軍人
(新聞を閉じる)
緊張した従者
……!
厳粛な軍人
失礼。すまないが、もう少し日付の新しい新聞をもらえないだろうか?
緊張した従者
えっ、そ――それは、申請が必要かもしれません。
休憩所の新聞と書籍は専任の者が毎日管理と入れ替えを行っておりますので、私が勝手にどこかから持ってくることはできません。
それに、あなたは感染者ですよね。中に入ることを許されたとはいえ、そういったものを読むことが可能かどうかは……
忙しい貴族
コホン!
緊張した従者
ヴァシリー閣下――将軍閣下?
忙しい貴族
……ここでは副議長と呼んでくれればいい。ここまでの協力に感謝する。以後は私が引き受けよう。
緊張した従者
もしかして、そちらの――そちらのお方は、閣下のお客様だったのでしょうか?
あ、ああ、私はとんだ失礼なことを! 申し訳ありません、先ほどはあのようなことを申してしまい――
厳粛な軍人
構わん。君の言ったことは事実だ。
私は確かに感染者だからな。
緊張した従者
では新聞の件は、あの、わ、私は――
忙しい貴族
はぁ……もういい。この場は私に任せてくれ!
厳粛な軍人
……
忙しい貴族
……
厳粛な軍人
「将軍閣下」だそうだな?
忙しい貴族
からかわないでください……私が将軍に就けるかどうかなど、あなたは誰よりご存じでしょう?
厳粛な軍人
ヴァシリー、昔の君は、そうして自分を卑下するような人間ではなかったはずだ。
ヴァシリー
あなたも今のような、気さくな方ではありませんでしたがね、「長官」。
厳粛な軍人
……今ここにいるのは、一人の感染者であり、一介の武人にすぎない。近衛軍の教官はもういないのだ。
私の名前はまだ覚えているだろう。ヘラグと呼んでくれ。
ヴァシリー
承知しました、ヘラグ殿。再びサンクト・グリファーブルクに戻られたご気分はいかがですか? あまり旅行に良い時期とは言えませんが。
ヘラグ
記憶よりも幾分かは静かだ。多くのことが変わっていて、前の時代の痕跡はほとんど見られないな。
ヴァシリー
ええ、多くのことが変わりました。その変化が良いものか悪いものか、軽々しく断言することはできませんが。
商売人たちはさらに富を築き、それに合わせて街も綺麗になりました。ですが謙虚さや美徳といったものは、人々からますます軽視されるようになりました。
すでにお聞きになったかもしれませんが、陛下は近々「市民議会」なるものを設立し、政策の決定権をサンクト・グリファーブルクのそこらの一般市民に委ねようとしています。
これで人々は「貴族の旦那様方はついに最後の仕事まで放り出し、平民に押しつけた」と言える権利を手にしたことになりますね。
ヘラグ
どうやら君は、あまりこの件を良しとしていないようだ。
ヴァシリー
私がどう思うかなど、何の意味があるというのですか。目の前に山積みされた難題を一つひとつ解決してくれる者がいるのなら、もう誰であっても構わないのですよ。
ヘラグ
およそ実権を手にしている副議長の発言ではないな。
ヴァシリー
私が能力をことさら強調するような人間ではないことは、昔からよくご存じでしょう。
そういえば街に入られた時、お持ちの刀は取り上げられなかったのですか?
ヘラグ
ああ、これか。記録は取られたが、余計な「世話」は焼かれなかった。刃も付いていない模造品で、くず鉄とすら呼べん代物だからだろう。
ヴァシリー
本物はどちらに?
ヘラグ
信頼できる者に預けた。
ヴァシリー
信頼できる者、ですか……
ヘラグ
君にも娘がいると聞いたが。
ヴァシリー
ええ、機会があればご紹介します。娘はヘラグ殿の武勇伝を知り、強い尊敬の念を抱いていますので。
いや、私の娘だけではありませんね。今も近衛軍にはヘラグ殿の名を覚えている者が多くおりますよ。
我々が落ち着いてからそれなりの月日が経ちましたが、あの武勇伝の数々は今も旗印として語り継がれています。お時間がある時に、近衛軍の士官学校へいらっしゃいませんか?
ヘラグ
君があれらの犠牲を心に留めてくれていることには感謝しよう。だが、私はもう何らかの旗印として見なされるつもりはない。
今回のウルサスへの帰還には別の目的があるのだ。ロドスがサンクト・グリファーブルクで事務所を設立する件については、すでに耳にしていることだろう。
ヴァシリー
ええ、存じています。議長に代わっていくつもの書類にサインまでしましたので。
はぁ……感染者に関する政策がいくらか緩和されたとはいえ、今でも感染者を巡って深刻な軋轢が生じています。
ですが、ヘラグ殿に関しては――ええ、この機会に、私は喜んでサンクト・グリファーブルクにおけるあなたの名誉回復を主導いたしましょう。
ヘラグ
ウルサスに私の身分と名誉を回復してもらう必要はない。
ヴァシリー
それでは、何をお望みなのですか?
ヘラグ
現状においては、ロドスの望みこそが私の望みだ。
ヴァシリー
具体的には、どのような――
ヘラグ
「ヴィッテ議長にお伝えください。ご指定の人員は、約束通りサンクト・グリファーブルクへ赴いたと。」
今頃は、もう事務所に到着しているはずだ。
ヴァシリー
おや……
慌てる兵士
議長――
議長はこちらにいらっしゃいますか!?
ヴァシリー
副議長ならいる。何の用だ?
慌てる兵士
ご、ご報告があります!
だ、第一軍が――
兵士は言葉に詰まりながらも一つの名詞を口にした。しかし傍に立つヘラグが視界に入った途端、誰の目にも明らかなほど硬直してしまった。
ヴァシリーは首を横に振り、そのまま話し続けるよう促した。
ヴァシリー
第一軍がどうした?
慌てる兵士
第一軍が開発した、新型大量破壊兵器の爆発実験が成功しました!
ヴァシリー
それがどうしたと言うんだ?
慌てる兵士
その兵器は、源石をはじめとした既存のエネルギーを一切使用していないのです!
ヴァシリー
……なんだと?
ヘラグ
……