独りではない
落ち着いた兵士
もうすぐ第二軍の駐屯地圏内に入る。
ボス、このままの速度で前進し続けるか?
スチョーパ
ああ、続けろ。
オレグ
……おい、もしも――
スチョーパ
ビビらなくていい、前線はもう越えたんだから問題はないさ。あいつが何度も探りを入れてきたのを聞いてただろ? いつも俺たちが裏切るならここってタイミングだった。
エフゲニーって男は、頭はイカれちゃいるが、あれで抜け目ない野郎だ。俺たちのことをゴミくらいにしか思ってなくても、利用価値がゼロになるまで搾り取ってから処分するつもりだろう。
それに、あいつは何より自分の評価を気にかけてる。十年も協同防衛の交代を拒み続けたのは「北の国境死守」のためで、勅命なしに首都の外まで迫ったのは「反乱者の掃討」のため……
休戦期間中に、「不用意な前進」で自軍の艦を撃沈されるなんてのは、どう繕っても聞こえが悪いからな。
オレグ
分析自体は筋が通ってるな。でも知らない奴が聞いたら、お前が奴と旧知の仲だって勘違いするんじゃないか? 俺たちがここに移って来てからたった二年しか経ってないってのに。
スチョーパ
俺はお前たちにしっかりと飯を食わせないといけないからな。直属の上司について細かく情報を集めておかないでどうする。
本題に戻るぞ。無事に前線を越えた今、俺たちが一番に心配すべきは第二軍の妨害があるかどうかじゃない。
オレグ
そうは言っても、第二軍の先鋒大隊はもう目と鼻の先だぞ。
スチョーパ
おっと、そうだったな。すぐ連中の司令部にこちらの識別コードを送信しろ。
オレグ
今思い出したのかよ!?
スチョーパ
前にも送ったが、その時は距離がありすぎたんだ。
スピーカー越しの声
――ザザッ――
スチョーパ
スピーカーをオンにしてくれ。
スピーカー越しの声
受信……
スチョーパ
向こうの受信局にこれだけ近づいてるんだ。ここまで繋がりにくいことがあるか?
スピーカー越しの声
……
静寂。数秒にわたる静寂。戦時下における陣地との接触において、それは背筋の凍るような静寂だ。
その場にいる者たちは思わず身を固くし、船室内にはただ呼吸音だけが反響している。
もしも信号受信局の問題ではないとすれば……
スチョーパ
……もう一度送信しろ。
落ち着いた兵士
もうやってるよ。
オレグ
予備プランを実行するか?
スチョーパ
いや、距離が近すぎる。戦うにしても、今からじゃ敵の肉をしっかり食いちぎるのは難しい。痛手を与えるには遅すぎるんだ。
仲間の命が最優先だ。お前は今すぐに――
スピーカー越しの声
受信成功。
……
認証が完了した。
落ち着いた兵士
こちらも受信成功。
こちらは二時間後に当該範囲を出る。
スチョーパ
……
ふぅ。
オレグ
ボス。
スチョーパ
ああ……ん? どういう風の吹き回しだ。初めてお前にそう呼ばれたな――
オレグ
ちょっとこっちに来てくれ。
オレグ
……お前……
*ウルサススラング*、「ビビるな」とか「問題はない」とか言っておきながら、お前が一番ビビってるじゃないか。
そりゃな。だが、知りたくもないからちょうどいいくらいだ。それより大事なのは、結局お前が皆に真実を話すかどうかだろ?
スチョーパ
……元々の予測じゃ、そもそも前線すら越えられないと踏んでたんだ。その時はどうせ、全員で船を捨ててずらかることになるんだから、無駄に心配をかける必要はないと思ってた。
オレグ
予測は予測、現実は現実だ。あいつらがわけもわからないまま命を捨てるのが嫌なら、前に俺に話したことを皆に話せよ。
スチョーパ
俺は誰も死なせたくない。
オレグ
お前自身も含めてか?
スチョーパ
俺がそんな死にたがりに見えるか?
オレグ
さあな。あの時、後先考えずにシルカ少尉を五キロも先まで逃がしておいて、戻った時には「散歩に行っただけ」って言い張ったのは俺じゃないからな。
ボス、俺は本気だ。ここに臆病者はいない。誰もが、もっと誠意のある扱いを受けるべき人間だ。
自ら選んだ目標のためなら……たとえそれが「たった一人の戦友の命を守る」ことだったとしても、命を投げ出すことを厭わない連中さ。
そんな奴らなんだから、ちゃんと話してやれよ。
スチョーパ
……
艦内放送は盗聴される。まずは全員を中層甲板に集めろ。
さて、どう伝えたらいいか……
騒がしい兵士
一日でこんなに何度も集合がかかったことなんて初めてよね。しかも今回は全員が対象で、交代を済ませて寝てた連中まで叩き起こされてるし――
落ち着いた兵士
静かにしろ、ボスの話を聞くんだ。
きっと重要な話だぞ。
集められた者たちのざわめきは、波が引くように収まっていった。
甲板の開けた場所に、あるお調子者が空の酒箱で簡素な演壇を組み上げていた。スチョーパがその上に立つと、彼の背後からアーツが広がり、あっという間に甲板全体を覆う防音の空間が形成される。
スチョーパが集まった面々に向き直る。すると陽光に消え入るほど微かなアーツの光が瞬き、彼の声を遠くまで届ける準備が整った。
スチョーパ
よく集まってくれたな。
まず、俺から謝りたいことがある。
騒がしい兵士
どういうこと?
後列の兵士
(小声)今の聞いたか? ……謝るってどういうことだ?
オレグ
……
スチョーパ
俺が謝りたいのは、今回進軍することになった真の理由を、今まで皆に隠していたことだ。
だが、俺は隠していたわけを説明する気はない。指揮官として、自分の決断すべてに責任を持ってるからな。しかし、俺に隠す意味がなくなった今――
騒がしい兵士
ボス、回りくどいのはやめて。「真の理由」って結局なんなの?
スチョーパ
……今回「セーチン」は、これまでの行動とは違い、第一軍の新兵器を奪う任務に自ら手を挙げたわけじゃない。
そしてこれは、実質的に生きては帰れないであろう自殺任務だ。
スチョーパはそう告げると、あえて一呼吸置き、一同が事実を呑み込むための間を与えた。だが予想に反して、議論や疑問の声が巻き起こることはなく、その場にはただ沈黙だけが流れていた。
かつての草原や戦場と同じように、ここでもまた無数の目が同じ眼差しで彼を見つめている。
その信頼と尊敬を帯びた眼差しに言いようのない重みを覚え、青年はかつてないほど舌が硬くなったように感じた。
声を出すこと、事実を話すこと。それが今は、信じられないほど難しく感じられた。
スチョーパ
……だが、それでも俺が……
任務を引き受けたのは……
なんとか言葉を絞り出そうとした時、視界の端でオレグが動くのが見えた。
オレグは演壇の横に立ち、かつてパンの生地を捏ねていた手で青年の背中を叩いた。力強く、危うくスチョーパが落ちそうになるほどの勢いで。
スチョーパ
おい――
オレグ
続けろよ、皆聞いてるからよ。
たとえどんな話でもな。
スチョーパ
……
俺がこの任務を引き受けた理由は、以前鉱石病に感染して離脱した数人の戦友が、第四軍に足取りを掴まれたからだ。
最近離れたばかりのシルカ少尉に至っては、すでにエフゲニーの手の者に捕まってしまった。
後列の兵士
――シルカ少尉って?
たしか、あんまり話さない人だったような……あの人かな?
落ち着いた兵士
だったら助けに行かないと。
騒がしい兵士
そうよ。任務なんか引き受けなくても、直接助けに行けばいいじゃない。
スチョーパ
……問題はそこだ。俺ですらシルカの位置を特定できない。エフゲニーが寄越した通信で声を聞いただけだ。
そうなると、これまで俺たちが使ってきた手段はどれも使えない。潜入、暗殺、救出、そして一撃離脱も。場所がわからない限り、どうやっても無理だ。
だから、俺が選べる道は一つしかなかった……
騒がしい兵士
エフゲニーの野郎を襲って、シルカの居場所を吐かせてやるわ! 死ぬのは別に怖くないし。たとえ私ひとりじゃ無理だとしても、他にきっと一緒に行ってくれる仲間がいるし――
落ち着いた兵士
どう助け出すか、計画を立てよう。
興奮した兵士
俺も混ぜてくれ!
怒る兵士
俺もだ!
呼応する声が、アーツに覆われた空間を満たす。最も高い場所に立つ者は、実体を持ちそうなほど勢いづいた声を前にして、首を横に振った。
スチョーパ
いや、ダメだ。確かにお前らには、人を助ける勇気も、人を殺す勇気もある。それでもダメだ。
騒がしい兵士
なんで!
スチョーパ
あの時俺が任務を引き受けてなきゃ、シルカはおろか、お前らの命も守れなかったんだ。
騒がしい兵士
自分の命くらい自分で守れるわ!
スチョーパ
戦争術師の一個小隊を相手にしてもそう言えるか?
騒がしい兵士
……どういうこと?
スチョーパ
お前らを連れて第四軍に合流する前、俺は一度あいつらの部隊構成を探ったんだ。それでわかったのは、俺たちと同じ立ち位置の部隊があることだった。
その部隊こそ、まさにエフゲニーの親衛隊。精鋭の戦争術師だけで構成された特殊部隊だ。
騒がしい兵士
つまり……全員がボスみたいな、凄腕の術師で構成された部隊ってこと?
スチョーパ
比較にもならないさ。俺じゃ逆立ちしても及ばない。
リターニア人は感染者をアーツユニット代わりに使う。だがウルサス人は、非感染者の術師としての潜在能力を研究して、体内のわずかな源石エネルギーを強引に使わせるんだ。
あの凶悪なアーツユニットを使うために、奴らは薬で痛みを抑え込んで、能力を極限まで引き出す。その上でより多くの状況に順応するため、肉体を改造する――
その結果、顔つきは曖昧になり、声すらも判然としなくなる。最後はアーツユニットに使役されて、奴らは消耗品扱いになるんだ。本来、人間は道具を使う側なのにな。
騒がしい兵士
……そんなことしたら、すぐに鉱石病に感染しちゃうじゃない。
スチョーパ
ウルサス軍の純潔を保つために、戦争術師は感染者であってはならないのさ。
手っ取り早く力を得ようとして感染した奴も、途中でヘマをして感染した奴も、全員誰も寄りつかない坑道の奥に投げ捨てられてるだろうな。
一同
……
スチョーパ
戦争術師はそんな過酷な状況を生き抜いて、軍に入る……ほんの十数人、いや、たった数人であったとしても、その戦闘力は師団丸一つ分に匹敵するんだ。
騒がしい兵士
……
スチョーパ
戦争術師とはそういう存在なんだ。
だが、普通なら戦争術師だけで部隊を作るようなことはしない。それじゃ「様々な規模の戦場において臨機応変に対応できる」って強みが全く活かせないからな。
親衛隊の存在を知った時は、そいつらが保険になると安心したんだが、第四軍と対立することになってから……
連中がなぜ「大反乱」を生き延びられたのか、ようやく理解したんだ。
騒がしい兵士
ああそう! 勝てもしないし、奇襲もできないって言うのね。なら私たちは……どうすればいいの? シルカは――
スチョーパ
安心しろ。俺は誰も見捨てない。
ただ真実を話して、皆に一つの提案……いや、決定事項を伝えるだけだ。
駐屯地との通信を完全に絶った後、俺は「リヴァーノフ号」の航路を偽装する。だが実際には船を停止させて、その状態を一時間保つつもりだ。
お前たちはその一時間で船を降り、近くの自由民の集落に散らばってくれ。最終的に、この船には航行を維持できる人数だけ残す。
その後はエネルギーを節約しながらゼルグラードへ向かい、新兵器を奪取する。そしてその兵器をカードとしてエフゲニーと交渉し、シルカを連れ戻すんだ。
船に残ることを志願する奴は、後で投票樽の中に自分の認識票を入れてくれ。
一同
……
スチョーパ
親愛なる戦友たち。お前らが故郷を離れ、希望と情熱を抱いて俺についてきた時、俺は「誰一人として無駄死にはさせない」って約束したな。
俺たちは雑草のように引き抜かれたり、鱗獣のように貫かれたり、羽獣のように捕らえられて死んだりはしない。
俺たちの命には価値があり、決して戦争という巨大な怪物の養分なんかじゃない。俺たちは――
自由を手にしなきゃいけない。それは、高い所でふんぞり返ってる連中に恵んでもらう自由じゃない。
俺たちには選択する権利がある。戦うか、死ぬか、それだけが選択肢じゃないんだ。
オレグ
チッ……
スチョーパ
投票は集まったか?
オレグ
ほら、自分で見ろよ。
蓋の開いた酒樽が差し出される。スチョーパが中を覗き込むと、そこには何も入っていなかった。
スチョーパは樽の中の真っ暗な空洞を見つめ、ため息をついた。
スチョーパ
どうやら俺は本当に人望がないらしいな。一人も残る気がないなんてよ。
オレグ
ふざけるな! これがどういう意味かはわかってるだろ――誰も出て行く気はないんだよ。誰一人としてな!
あんなクソ熱い演説を聞かされたら、出ていきたいと思うやつなんかいない! みんな残りたがるに決まってるだろ!
スチョーパ
だが、出て行ってもらわなきゃ困るんだ。今の船に残ってるエネルギーじゃ、全艦の高速稼働を維持することも、予定の時間までにゼルグラードに到着することもできない。
オレグ
どうしてお前が「リヴァーノフ号」を捨てて、一人でエフゲニーの所までケリをつけに行くつもりだってことまで教えないんだ?
スチョーパ
まずは皆を手早く荒野の集落に分散させないといけないからな。そうすれば、万が一俺たちに何かあっても、エフゲニーがあいつらを一人ずつ探し出すことなんてできない。
シルカ一人を助けるために、これ以上多くの仲間を危険に晒すことはできない。たとえ皆に命を投げ出す覚悟があったとしても、そのまま行かせるわけにはいかないんだ。
オレグ
ほう、だからお前と俺ならいいってか?
スチョーパ
よせよ、お前も知ってるだろ。ここにいる奴の大半はシルカとはろくに話したこともない。お前や俺の基準をあいつらに押しつけることはできないのさ。
この話は終わりだ。前に作った名簿の通り皆に物資を分けて、船が止まったら離脱させろ。
オレグ
この石頭め――
落ち着いた兵士
――ボス、駐屯地の総司令部から緊急通信が入ったぞ!
スチョーパ
……
アーミヤ
(小声)クロージャさんが乗れていません!
Mon3tr
アーミヤ、後ろに身を乗り出すな! 車にしがみついて、少しずつ前へ移動するんだ。荷台の側面は狭いから、気をつけないと落ちてしまうぞ。
外は街灯もないし真っ暗だ。辛うじてハイビームが照らした道を見る限りでは、追っ手はまだ来ていないようだな。
アーミヤ
でも、クロージャさんが――
Mon3tr
車が止まったぞ。
アーミヤ
私たちは今……どこにいるのでしょうか? 地下のようですが――
Raidian
うん、地下なのは間違いなさそうだね。
アーミヤ
Raidianさん、お体は大丈夫ですか?
Raidian
平気だよ、あの壁に近づいてからはアーツを使ってないからね。
そうだ、さっきは気づかなかったんだけど、この車は少しおかしいと思う。
アーミヤ
えっ?
Raidian
運転手と私たち以外に……車内から別の人体電気信号の周波数が感知できるの。ひどく乱れてるけど、確かに――
(小声)しっ、隠れて!
(小声)私の側から離れないで!
兵士
ずいぶん遅かったな。
Raidian
(盾兵……どうしてここに盾兵が?)
運転手
旦那、遅れたのは壁の向こう側で起こった爆発のせいですって……何があったかは知らないけど、今回だけは見逃してくださいよ。次の荷物も運ばなきゃならないんで……
作業着姿の男はポケットから薄く丸い何かをいくつも取り出すと、重厚な甲冑に身を包んだ兵士の手に握らせようとした。
だが兵士は、それを受け取ろうとしなかった。薄く丸いそれは、ほとんど音も立てずに地面へと転がり落ちていく。
兵士
お前は規定に違反した。我々にはもう必要ない。
こいつを連れて行け。
運転手
もう二度と遅れません! 絶対に――
その場に残った盾兵は、しばらく佇んだ後に通信を繋いだ。
兵士
警報解除。
下の連中に、自分たちの荷物を取りに来させろ。
地下六階だ。
Raidian
うん、やっと離れていったね。でも、ここが重装部隊の警備が必要なほどの場所なら、目標はそう遠くないと思う。
Mon3tr
もし後で誰かがトラクターを動かしに来るなら、私たちはひとまず貨物室に隠れた方がいいんじゃないか?
Raidian
ううん。この車が最終的にどこへ行くかわからない以上、やっぱりここからは自分たちで道を探した方がいいよ。
アーミヤ
Raidianさん、先ほど、車内から別の人体電気信号の周波数が感知できると言っていましたよね?
Raidian
……ちょっと待ってね……
ううん、今はもう感知できない。
アーミヤ
えっ、本当ですか?
Raidian
嘘なんてつかないよ。でもこれは、さっきまで感知できていた人の身に何かがあった、ということかも。
Mon3tr、扉を開けられる?
Mon3tr
お安い――
……ご用、だ……
整然と積まれた肥料袋の山。その上に、袋の中からはみ出した二つの人影がぐったりと横たわっていた。
一方はおぞましい形相で、緑色の残痕とただれた傷口が全身を覆っている。もう一方は形相こそ穏やかなものの、オレンジ色の石に全身が包まれていた。
アーミヤ
……! あの時の患者さんです――
Mon3tr
私が見てこよう。
アーミヤ
そうだと思います。ですが、鉱石病が急激に悪化したようです。
ただ、これほど高い密度で結晶が出てくるなんて……いくら急性の感染とはいえ、たった一日でここまで悪化するなんて、あり得るのでしょうか?
それに、この患者さんは――診療所にいたはずです。
Mon3tr
彼は死んでいるぞ、アーミヤ。
しかも、死後すでに半日以上が経過している。
アーミヤ
そんな……あそこには、お医者様もいたはずなのに。
Mon3tr
もう一人は……君の言っていた症状とよく似ている。
首に傷跡がある。もがいたせいか袋も破れているな。自分で首を絞めて死んだようなものだ。だから、外にはまったく物音が聞こえなかったんだろう。
……ドクターが言いたいのは、なぜ彼らが「肥料の輸送車」の中にいるのか、ということだな。
それは、この中身が肥料なんかじゃないからだ。
そう言って、Mon3trは袋を引き裂いた。
すると中から落ちてきたのは、肥料の液体でも顆粒でもなく、凍りつき、欠損した――人体の一部だった。
どれも体表にくすんだ黄色の結晶が分布しており、おそらく何らかの法則に従って、肥料のマークが貼られたそれらの防水袋に詰め込まれている。
それがどのような法則なのか、その場の誰も探ろうとは思えなかった。
アーミヤ
どうして……そんな――
Raidianが前に出て、アーミヤの視線を遮った。
荷台でしゃがみ込みながら調べていたMon3trは、動きを止めて立ち上がると、すっと目を閉じた。
Mon3tr
……感染者。全員、感染者だ。
血中源石濃度はまだ上昇し続けている。今のこの車は、巨大な時限爆弾そのものだ――
あの緑色のあざがある人の症状に近いものを見たことがある。石棺のオーバーロードによって生体エネルギーのバランスが崩れると、ああいった感染を引き起こす粉塵が飛び散るんだ。
だが石棺のオーバーロードなんて、莫大なエネルギー供給と、極めて乱暴な使用方法をとらない限りはあり得ないことだ。だから、通常であればそんな事故は起こり得ないのだが……
石棺の基本的な機能が、完全に制御不能に陥っている可能性が高いな。
ドクター、私は最悪の事態を想定したくない。
だが我々が現在観察できる限りの状況から判断すると、石棺から漏れ出した粉塵は絶えず拡散し続けている。早急に事態をコントロールしなければ、結果は想像を絶するものになるかもしれない。
もし本当にそのような事態に陥ったなら、私たちがすべきなのは、石棺を停止、ひいては破壊し、事故の拡大を防ぐことなのかもしれない。
……たとえそれが意味するのが、もう二度と……
アーミヤ
……はい。
ドクター、先へ進みましょう。
トーニャ
あんたたちは――
くっ……
クロージャ
無理なら立ち上がらなくていいよ、座ってて。
トーニャ
前に会った……レユニオンは――
あ、まだいた。
レイド
どうやって見抜いたかは、聞かないでおこう。
トーニャ
本物なのか?
レイド
ああ。
トーニャ
あんたたちは何人いる? 助けてくれ! 鉱石病とは違う、おかしな病気が街で発生してて、今も広がってるんだ!
なんとかして皆にこのことを気づかせないと。これはもう少数の人にだけ影響する問題じゃない――
トゥーリン
いくつか確認したいことがあります。その病気のことをもっと詳しく説明してもらえませんか?
トーニャ
体に緑色のあざができて、だんだん皮膚まで腐っていくんだ! 妹がその病気になったから、診療所で「隔離」してもらったんだけど……
診療所から連れ出されてしまって、どこへ連れて行かれたのかもわからない。ただ、兵士たちが感染者をまとめて車に積み込んで、壁の向こう側に送り込むのを見た人がいるって聞いて……
トゥーリンとレイドは一度視線を交わしたが、トーニャの話を遮ることなく聞き続けた。
トーニャ
普段からあの兵士たちは、あたしたちがあの石壁に近づくのも許さない。けど、今回はどうしても中に入って確かめたかった。
それで車に続いて入るために、陽動の爆弾を仕掛けたんだ。そうしたら――
トーニャの瞳が落ち着きなく動く。そして、最終的にその視線はクロージャに留まった。
クロージャ
……あたしたちが見えた?
トーニャ
ああ……あんたたちのことは知らないけど、あたしと同じことをしようとしてるんじゃないかって。あの時はすごく危険だったし。深く考える暇もなくて、とにかく助け船を出したんだ……
でもあたし自身はチャンスを逃して……門が閉ざされてしまった。
クロージャ
ありがと。結果論だけど、キミには助けられちゃったよ。
タルラ
あなたたちの計画は……ずいぶん「勇敢」なものだったようだな。
クロージャ
あたしたちだって、一応真面目に計画を練ったんだけど!
トーニャ
その、本当にありがとう。助けてくれて……
どうかお願いだから……妹のことも、助けてくれないか……?
トゥーリン
車を追って壁の下まで辿り着いたと言っていましたね。その車はどこから出発したのですか?
トーニャ
わからない。壁の方に向かっているのに気づいたから、後を追っただけだ。
トゥーリン
つまり、妹さんが今どこにいるかはわからないのですね。
トーニャ
それは――
トゥーリン
すみません。私たちも理不尽な不幸に遭った人々を助けたいと思ってはいるんです。ですが、一つひとつの行動の価値とリスクを慎重に判断しないといけなくて。
具体的に何が起こっているかわからない以上、行動を起こしづらいのです。
タルラ
判断を下すのは少し待ってくれ。彼女の妹に起きたことは、ここゼルグラードでは決して珍しいことではない可能性が高いぞ。
妹の行方について、他に何か心当たりはないか?
トーニャ
あんたの言う通り、あたしは具体的に何が起こってるかなんて全然わかってない。
あたしは、妹が病気になったのは、壁の向こう側にいる白衣の連中の服を洗ったせいじゃないかと疑ってる。だから妹を連れ去ったあいつらも、壁の向こう側に行ったに違いないと思ったんだ。
トゥーリン
「白衣の連中」というのは?
トーニャ
他の人たちは「研究員」だって言ってた。だけど、あたしは一人も見たことがないし、衛兵と話した時に聞いたこともない。
「これは第六ラボの服」、「これは第一化学研究室の服」……
ははっ……なんだか、建物のために服を洗ってるような言い方だ。
トゥーリン
なるほど、そういうことでしたか。
レイド
何かわかったのか?
トゥーリン
正直に言うと、その「奇病」には私たちも気づいていました。原因はともかく、この街の人々の命を奪っている脅威であると、その時から認識はしていたんです。
でも彼女の話からすると、それが壁の向こう側に存在する、何らかの機関の実験によって引き起こされたのは明らかで……
クロージャ
――まさかこの奇病って、本当に石棺と関係してるの?
トゥーリン
はい?
クロージャ
あ、えっと――
タルラ
あなたたちの狙いは、やはりチェルノボーグの石棺だったか。
クロージャ
……あたしたちが悪巧みしてるみたいな言い方はやめてよね!
タルラ
すまない、そういう意図はなかった。
トゥーリン
過去のいざこざは、ひとまず置いておきましょうか。
それより今は、あなたたちの言う「石棺」とは一体何なのか、そしてそれがどのような危害をもたらすのかが重要です。
クロージャ
石棺の本質を端的に説明するのは難しいかな。でもあたしが知ってる限りでは、あれは確かに感染症に似た症状を拡散する可能性があるよ。
実際に似たようなことが、それもほんの数年前に起こったからね。今回の状況が完全に前と同じとは限らないけど。
タルラ
……
トゥーリン
わかりました。いずれにせよ、あなたたちは同様の災いが再び起こるのを防ぎたいということですね?
クロージャ
……そうとも言えるね!
トゥーリン
「石棺」が引き起こす災いは、感染者と関係があるのですか?
クロージャ
……これまでの情報だけじゃ、はっきりした結論は出せないかな。推測でしかないけど、感染者にも非感染者にも影響が及ぶ可能性はあると思う。
とにかく問題が起きてる以上は、原因を突き止めに行かなきゃね。
今日は助けてくれてありがとね。でも、あたしはやっぱりもう一度チャンスを見つけて、なんとか壁の向こう側に行って仲間と合流してみるよ。
レイド
これまで外を見た限りでは、ここに逃げ込んだらしい坑夫たちの足取りは掴めなかった。まだ確認してないのはあの壁の向こう側だけだ。
トゥーリン
もちろん私たちも協力します。
???
それなら、私も数に入れて。
レイド
おい、ひどい怪我をしてるんだ、あまり動かない方がいいぞ。
シルカ
やはりね……第一軍がこそこそと兵器を用意していたのには、何か裏があると思っていたわ。どこかの戦場に投入される前に、戦場の兵士の数を上回る平民が殺されることになりそうね。
あなたたちがあの壁の向こう側に行くつもりなら、私にも一枚噛ませて。
トゥーリン
あなたはウルサスの軍人なのですか?
シルカ
ふっ……真っ当なウルサスの軍人なら、私のような状況に陥るはずないでしょう?
……レユニオンと名乗る彼らに助けられたの。とても感謝しているわ。
私を連れて行ってくれるなら、きっと力になると約束する……もし拒まれても、簡単には受け入れないわよ。
あそこにいるはずの、とっくに死んでいるべき者に……まだ返していない借りがあるから。
緊張する学生
先生、右の入口に誰かいます! 識別コードを見せながら、中に入れろと要求してて――
誰もわからないので、紙に書き写してきました。見てください。
トゥーリン
……そのコードはわからないね。入れないようにしよう。
ここはもう安全ではないようだ。一刻も早く移動しないと。
タルラ
少し見せてもらってもいいか?
……
これは、かつてレユニオンが使っていた識別コードだ。
トゥーリン
あなたたちの仲間ですか?
タルラ
今回私と共にゼルグラードへ来た者は、全員ここにいる。
ということは……
レイド
タルラ。
タルラ
……ああ、わかっている。彼女の西部での行動は、以前からいくらか耳にしていたからな。
入れてやってくれ。
クラウンスレイヤー
……
彼女の視線は真っ先にタルラへと向けられ、そしてすぐに逸らされた。
クラウンスレイヤー
ああ。手がかりも揃えてきた。
タルラ
リュドミラ――
クラウンスレイヤー
お前たちがどこまで話を進めて、何を計画しているかは知らない。だが、お前たちがここ数日間、街を歩き回っていたことを考えると――
失踪した感染者が、どこへ連れ去られたかを探っている……というところだろうな。
トゥーリン
彼らの居場所を知っているのですか?
クラウンスレイヤー
ああ。ゼルグラードには地図に載っていない拡張ブロックがいくつか存在することもな。
その拡張ブロックの一つに工場があり、感染者の多くはそこへ連れて行かれた。そこで一体何が行われているかまではわからないが。
そこの警備が異常なほど厳重でな。私一人では潜入する方法が見つからなかった。だから、お前たちに協力を求めに来たんだ。
トゥーリン
その拡張ブロックは地図に載っていないという話ですが、感染者が次々と姿を消していて、しかも行き先まで明らかなのに、どうしてここの住民たちは何の反応もしないのでしょうか?
クラウンスレイヤー
自分自身や身近な人間に関わることでなければ、普通の人がどこまでも首を突っ込んだりはしないだろう。
なにしろ、ゼルグラードは「未来の都市」だからな。「懸命に生きる人」なら、誰でも自分の居場所を見つけられる……
自分が暖かい春にいるなら、冬に取り残された連中を気にかける必然性はないわけだ。
トーニャ
……
トゥーリン
どんな時も、一番大事なのは可能な限り多くの人を救うことです。あの石壁の向こう側に行く前に、ひとまず「工場」に行ってみるべきでしょう。
明確な目標があるなら、話は早いですね……それでは、案内をお願いします。