信仰者
崩落した瓦礫群の中、死にゆく怪物の膨れ上がった肉体が洞窟の大部分を塞いでいた。奇妙な美しさを放っていたその奇怪な体は、死の恐怖を前に硬直している。
グレイディーア
どこもかしこも、ひどい水漏れだこと。「それ」を仕留めたら、この場を離れましょう。
司教?
ナぜ、あなタたちのよウな……愚かな凡人ガ生き長らエ……なゼ、私のようナ、為すべキことに命ヲ投げ打チ、偉大なル目標にすべテを捧げてキた者ガ……失敗するノ、ですカ……?
エーギルの、盲目なル、家畜どモめ……あナたたちは、科学に、そシて未来に対しテ……何の利益モ、もタらすことはナい!
私は……真理に近付いテ、いた! なゼ、私が……こコで死なネばならナいのです!? アなたたちはナぜ……然るべキ厳刑かラ、逃れらレるというノですカ?
こコに至ルまで歩みヲ止めズ、私ノ意志と肉体は、人体ノ束縛を引キ裂こうトしてイたのに! なゼ?
ナぜ? どウして!? なゼだ!!
グレイディーア
お黙りなさい。
司教?
……
エーギルは……間違いなク、滅びヲ迎えル。あなタたちには何モ……何も、残りハしナい……
グレイディーア
どこまで愚かなのかしら。生きていく限り、私はエーギルなのよ。私が生きている限り、エーギルは生き続けるわ。
司教?
……あナたは……しかシ……
皮肉ダ……皮肉なもノです。
アなたは違うデしょう。アア……あなタは、違う運命にあル……
あナたは、わかっテいルはず。アなたの運命ハ、定められていル。
グレイディーア
無駄話はやめて、大人しく死になさい。あなたのためにこそ「申し上げてますのよ」。心の底から、真心をこめてね。
司教?
呪っテやる……呪ッてやル……陸が海に飲マれルその日まデ……あナたたチは塩粒ノ如く海かラ逃げおオせたとシてモ……最後にハ、再び海によッて溶かサれるこトでしょウ……
アなたたちノ骨が積み上ガる、痩せこケた荒野デ……私たチのやまナい潮騒が、青白い夜空ノ下、大陸ヲ海に沈めルのダ!
グレイディーアは感情を抑えているようだった。口にした「礼儀正しい」言葉は、その白い顔の下から滲む、隠しきれない嫌悪感によるものだ。
嗚咽のような音が、「司教」からグレイディーアへと伸ばされた触手の中で響いた。
しかしハンターに触れる前に……その触手は硬化し始め、痙攣し、とぐろを巻いてぼとりと落ちた。
司教は死んだ。やがて彼のすべては、忘れ去られることだろう。
グレイディーアが、スペクターとスカジを見やった。
スペクター
やっと死んだわね。これでようやく一件落着ってところかしら……それにしても、自分の手で「あれ」を殺したっていうのに、思ったほど嬉しくはなかったわ。
彼らの仕打ちに比べたら……これくらいじゃ軽すぎるもの。一人殺したとはいえ、まだ二人も残ってるわけだし……
はあ……頭が、ちょっと……くらくらしてきちゃったわ。どうやって……ここまで来たんだったかしら……? なんだか、ずっと夢でも見てるみたい……
スカジ
ちょっと……サメ?
スペクター
結局……ずっと目を覚ましてはいられない、ってことみたいね。
グレイディーア
私たちは、奴らの尻尾を掴んだのよ。あとはそれを手繰り寄せて、奴らを根こそぎ始末すれば……きっと、あなたを治す方法も見つかるはず。
スペクター
心配しなくても大丈夫よ、平気だから。今なら彼らにコントロールされることもないし……それにね、今すごくいい気分なの。自由って、こういう感覚なのね……気持ちよく浮いてるみたい。
スペクター
ところで、隊長? あなたたちの話、私にも全部聞こえちゃってたんだけど……
「あれ」は、私たちもシーボーンになる、って言ってたわよね? もし隊長がそうなっちゃったら、すっごく強いんでしょうね。
スカジ
ならないわ。
あいつらとは違いすぎるもの。
グレイディーア
……私の独断的な行いが、あなたたちを傷つけていなければいいのだけれど。
スカジ
そうね……ところで、いくつか質問に答えてくれるかしら。
グレイディーア
ええ、何でも聞いて頂戴。
スカジ
本当に……私たちの体には、シーボーンの血が流れているの?
グレイディーア
ええ……
スカジ
あなたがここへ来たのは、スペクターの身体の問題……その原因を特定するため。そしてあなたが敢えて攻撃を受けたのは、シーボーンが私を探していた理由を探るため……合ってる?
グレイディーア
どちらも、その通りよ。
スカジ
ここにいるシーボーンが、司教だけじゃないことも知ってたの?
グレイディーア
勿論。
スカジ
あの自殺じみた決戦の最後に、私が何をしたのかは知ってる?
グレイディーア
いいえ、知らないわ。
スカジ
私たち……勝ったのかしら?
グレイディーア
さあ、どうかしら。わからないわ。私はエーギルとの繋がりを失ったから。
スカジ
……エーギルにとって、私たちは捨て駒なの?
アビサルは、餌のようなものなのだろうか?
あるいは、海底を照らす光なのだろうか?
アビサルの力はこれほど強大でありながら、エーギルの持てる力からすれば、ほんの一部にすぎないのかもしれない。
アビサルが特殊である理由は、海の怪物と確かに繋がっているという事実だけなのかもしれない。
スカジの赤い瞳の中で、怒りが静かに燃え広がる。しかし、小さな希望もまた垣間見えた。
何が真実で、何が偽りなの……?
グレイディーア
いいえ、捨て駒などではないわ。
スカジ
そう。それじゃ、行きましょう。
スペクター
切り替え早いわね、気持ちいいくらいだわ。
スカジ
あれこれ悩んでも無駄でしょ。私はアビサルハンターだもの。
……まさか、第二隊の人はそうじゃないの?
グレイディーア
アビサルとは、皆そういうものよ。
スカジ
……ここはもう崩れるわ。それに……
「司教」の死体に引き寄せられるようにして、恐魚たちが洞窟の裂け目から湧き出し、入り込んでくる。
見渡す限りに、びっしりと。
狩人が三人、陸へと上がる……♪
スペクター
ちょっと……多すぎじゃないかしら。
ほらほら、スカジ! もっと踏ん張って! 無事なあなただけが頼りなのよ!
スカジ
何をどう踏ん張れっていうのよ……私だって手が痺れてるのに。そう言うそっちこそ、もっと踏ん張ったらどうなの? あなたが最後に奴らの口から手を突っ込んで真っ二つにしたのはいつかしら。
グレイディーア
私は三秒前だけれど。
グレイディーアは急に振り向くと、怪物の口へと手を突き刺し、頭から尾に至るまでを貫いた。彼女が素早く腕を振れば、掛かる力に耐えきれず、小さな怪物は生きたまま内側からはじけ飛ぶらしい。
グレイディーア
ああ、ちょうど「今」になったところよ。
スカジ
まずいわね。あの死体がここにある限り……恐魚は止まらないわ。あいつが引き寄せ続けてる……奴らのアンカーになってるのよ!
スペクター
埋めるだけじゃダメそうね……死体を壊しちゃわないと……
グレイディーア
なら、私が行くわ。
スペクター
その大穴が空いた体で?
グレイディーア
平気よ。だから、あなたたちは――
その時、人影が一つ、ハンターたちの眼前へと現れた。スカジは彼女の顔を見て、驚きに思わず声を上げる。
ケルシー
走れ、ハンターたち!
スカジ
どうしてあなたがここに!?
ケルシー
話はあとだ! Mon3tr、行け!
Mon3trがその鋭い刃で恐魚たちを斬り裂いていく。そして屋根の頂上に着くと、口元で黒い球体を形成し、それを教会の下に目がけて吐き出した。
街全体が揺れ――教会が、崩れ去っていく。
こうして司教と「それ」の秘密は、永久に葬り去られた。それを知ろうとする者など、もはや誰一人としていない。