二重の備え

ローラ
あたしちゃんってば、幻覚でも見てるに決まってるね。
レオーネ
どうした?
ローラ
ひと通り調査して分かったのは、タワー内に無傷の箇所がほとんどないってこと。どこもかしこもボロボロだし、パーツもたくさん欠けてるし、こんなの本来ならとっくに崩れてるはずだよ。
BSW技術員
こちらも同様です。スペアパーツはほとんどなく、ベルトコンベアすらも撤去されています。
マイルズ
……大体ふた月に一度、キャラバンがデイヴィスタウンへ来て、生活必需品を交換してくれるんだが、わしらは主に使わなくなった工業設備を差し出しとるんだ。
レオーネ
フンッ、交換だと? あんなのは略奪だ! このフォークリフトが見えるか? 買ってからほぼ使ってない、新品同然のもんだぞ!
なのにあのキャラバンを名乗ってる奴らは、こいつと交換する品として何を差し出してきたと思う? たったの缶詰十箱だぞ!
マイルズ
それでも、みんな飯は食わにゃならん……
ローラ
……それじゃあこの動力炉は、事故が起こる前からすでに修理が追い付かない状態だったんだね。
レオーネ
元々、ここで働いてたボイラーマンは大勢いたんだが、今残ってるのはもうマイルズ一人だからな。稼働させられてるだけでも万々歳だ。こいつを十人に分身させることなんてできないしな。
ローラ
それができたら、あたしちゃんは今すぐにでも百人に分身してるって……この仕事、全然依頼書に書かれてるような楽チンなものじゃないし、下手したら年明けまでかかるかもしれないよ。
レオーネ
おいおい、勘弁してくれよ。俺は一週間で修理して20万稼ぎたいんだ。
ローラ
20万くらいでそうかっかするなよ。トリマウンツの大物投資家のそばで警備員でもやれば、そんなのあっという間だって……
お世話して喜ばせてやれば、2億くらいポンとくれるし、そのうえ優しい声で「ああ、こんなはした金で良ければ持って行くといい、遠慮することはない」なんて言ってくれたりするもんだよ。
レオーネ
ハッ、2億ねぇ……
マイルズ
そんな大金があればデイヴィスタウンを丸々修理できるだろうな。
ローラ
ま、仮にそんなことがあったとして、あたしちゃんがBSWでやってるプロジェクトには2億も使いどころがないけどね。そんな規模の案件はまだ任せてもらえないし……話半分で聞いといて。
マイルズ
はいはい、そういう妄想話はまた今度にして、今はさっさと手を動かしとくれ。
BSW技術員
ですがお爺さん、この人はこうしてお喋りしてくれてる方がいいんですよ。ローラさんは脳の処理速度が早すぎる分、無駄話をして放熱しているようなものなので。逆に、急に黙り込んだ時は……
ローラ
……
…………
………………
マイルズ
黙り込んだ時は……何なんだ?
BSW技術員
……問題が重大すぎて、脳がフリーズしている証拠です。
ローラ
(ゴクリッ)
……全員、今すぐ作業を中止して、エネルギータワーから脱出! 早く!
もたもたしないで!!
退屈そうな銀行員
シルヴィア、明細書の処理は今夜9時までに終わりそうか?
シルヴィア
も、問題ありません。
退屈そうな銀行員
なら俺は手伝わなくても大丈夫だな。
シルヴィア
はい……
退屈そうな銀行員
ふわぁ……
ったく、支店長はいつまであの二人と話してるんだ?
銀行支店長
……資金……状況はあまり楽観視できません……
リスカム
……これは……独断で決められるものでは……
フランカ
リスカム、今の聞こえた?
リスカム
停電……エネルギータワーに何か起きてる……!?
――申し訳ありませんが、緊急事態ですので、急ぎ状況確認に向かいます。説明は追ってさせていただきます。
銀行支店長
構いません、どうぞ。
冷淡な銀行員
はぁ……予備の電力システムが起動したみたいだな。停電で帰れると思ったんだけど。
退屈そうな銀行員
帰ってどうするんだよ、どうせやることなんてないのに。
この場所にはつくづく嫌気が差すよなぁ。バーもクラブもないし、なんとか飯が食える小さなレストランが一つあるだけ。死にかけのエネルギータワーもとうとう壊れちまったし。
おい、シルヴィア。お前の母さんは町長だった時にどうしてもっとレストランを作らなかったんだ? 味覚障害でもあったのか?
シルヴィア?
冷淡な銀行員
ハッ、まさか停電中にバックレたのか?
ジェシカ
これは……
区画で……何かあったの?
ローラさん?
もしもし、ローラさん、聞こえますか?
ローラさん!?
ウッドロウさん!
ウッドロウ
向こうで何かあったのか?
ジェシカ
わ……わかりません。でもどうやら予断を許さない状況のようで、私もすぐに戻ります!
ウッドロウ
俺も乗せてくれ。
ジェシカ
……わかりました!
リスカム
ジェシカ、今どこにいる?
ジェシカ
リスカム隊長? いま区画の中心に向かっています! ローラさんと連絡がつかないんですが、区画内で何が起きたんですか?
リスカム
エネルギータワーの修理中に何か緊急事態が起きたみたい。さっき一瞬だけローラと通信が繋がって、その時に聞いたんだ。電波が弱くてそれしか聞けてないけど、ひとまず本人に危険はなさそう。
ジェシカ
それは……
リスカム
慌てずに、まずは自分の安全を確保して。このあとヘレナさんのレストランで落ち合おう、いいね?
ジェシカ
……わかりました!
ウッドロウ
もっと速く走れないのか?
ジェシカ
ごめんなさい……
ウッドロウ
俺は速く走れと言っただけで、泣けとは言ってない。今お前の隊長が言ってたろ、そのローラって奴に身の危険はないと。
ジェシカ
当面の危険はないというだけで、エネルギータワーに何かトラブルがあったのは明らかです。もし撤退が間に合わなかったら……
ウッドロウ
そいつに何かあったとして、お前が行って何ができる?
ジェシカ
わかりません……でも戻らないといけないんです。彼女はわたしのバディなんです。こんな時にわたしがそばにいなかったら、ほかに誰がいてあげられるって言うんですか?
ウッドロウ
(小声)フッ、バディか……
デイヴィスタウンの道は古いうえにガタガタだ、今はとりあえず運転に専念しろ。前方に急カーブがあるぞ。
フランカ
ここを貸してくれてありがとうね、おかみさん。おかげで外で待ちぼうけせずに済むわ。
ヘレナ
いいのよ、どうせ暖房と電力は止まっちゃってるから、非常灯はつけてないといけないし。それにあなたたちがいてくれれば、店も少しはあったまるわ。何か欲しいものがあれば遠慮なく言ってね。
フランカ
ねぇ、窓の外を見て……あれって、うちの小隊の子じゃない?
リスカム
ローラは? それに、ほかの人たちは?
BSW傭兵
ハァ……ハァ……まだエネルギータワーの中です。
リスカム
一体何が起きたの?
BSW傭兵
ローラさんが突然修理の中止を命じて、全員をエネルギータワーから撤退させたんですが……
タワーから脱出した後、彼女は隊の感染者全員に残ってほしいと頼んで、レオーネさんとマイルズさんを含むほかのメンバーに対しては、できるだけ速やかに遠くまで離れるよう指示したんです。
それから……彼女は残らせたメンバーを連れて、再び中へ入って行きました。もし八時までに自分たちが出てこなければ、すぐに区画の住民を避難させるようにと言い残して。
フランカ
状況の確認はしたの?
BSW傭兵
ローラさんは……何も言いませんでした。
フランカ
ローラに連絡はつく?
BSW傭兵
いいえ……つきません。
フランカ
だったらほかの人は? まだ小隊の半分が中にいるんでしょ!
BSW傭兵
……
フランカ
もう無理、あたし行ってくる。
リスカム
フランカ、座って。
フランカ
あなたなら、あたしよりもよくわかってるでしょ? たとえ内部で爆発が起きたとしても、全員の通信機が同時に壊れるなんてありえないわ。
誰とも連絡がつかないってことは、タワー内で大規模な活性源石の拡散が起きている可能性が高い。そのせいで全員の通信システムが強力な干渉を受けているんでしょうね。
これは間違いなく緊急事態よ、リスカム。
リスカム
だけど今君がエネルギータワーに行って何ができるの? ローラの言葉を忘れないで。もし八時までに動きがなかったら、わたしたちは区画全体を避難誘導しないといけないんだよ。
仮に、君の考え通りそっちに向かったとして、本当に何かが起きてしまったら、誰が区画の住民を避難させるの? 銀行のガレージにいた政府関係者がやってくれるとでも?
フランカ
だったらただここに座って、ローラたちが何とかするのを待てって言うの?
リスカム
心配だからって判断力を失わないで、フランカ。
フランカ
はいはい、あたしが悪うございました。ところでいま何時か教えてくださいますでしょうか?
リスカム
午後5時57分。
フランカ
ローラ――
あっ……あなただったの、シルヴィアさん。
シルヴィア
な、何が起こったんですか? 皆さん……とても緊迫した様子ですけど……
リスカム
動力炉の修理中に事故が発生したんです。具体的な状況はまだわかりません。我々も情報を待っているところで。
シルヴィア
道理で停電になったわけですね……も、もし私に手伝えることがあれば……
レオーネ
フンッ……
リスカム
レオーネさん、どちらへ?
レオーネ
店の空気が澱(よど)んでるからな、ちょっくら散歩してくる。
リスカム
シルヴィアさん、あなたの勇気は賞賛に値しますが、我々にできるのは心を落ち着かせて待つことだけです。
シルヴィア
……リスカムさん、実は、私の母は……ここの前々町長で、この町のために生涯を捧げた人でした……
しかし、母は病気を患ってしまい……私はそれを支えるために、すぐ働かなければならなくなって、銀行に勤めることになったんです……皆さんを裏切りたかったわけではありません。
どうか信じてください、私は本当に皆さんの力になりたいんです。レオーネさんがあなた方に私のことをどう話していようと……
リスカム
何か勘違いをなさっているようですね。レオーネさんはわたしに何も言っていませんよ。
シルヴィア
……そ、そうなんですか? 申し訳ありません……
リスカム
エネルギータワーが心配でしたら、ここでわたしたちと一緒に情報が届くのを待っていただいても構いません。
シルヴィア
いえ……私はやっぱり……
わかりました、私も一緒に待たせていただきます。
リスカム
ほかに問題がなければ、時間が来たら計画通り避難誘導を始めよう……
ひとまず、みんなお疲れ様。一旦休憩を取ろう。わたしとフランカが引き続き待機してるから、心配しないで。
フランカ
はあ……いま何時かしら、リスカム隊長?
リスカム
七時ちょうど。
フランカ
……残り一時間よ、隊長。
リスカム
わかってる。
フランカ
本当に……八時まで待つの?
ジェシカ
ほ……報告します! ジェシカただ今戻りました!
ローラさんはどうなりました? いつ支援に向かいますか?
フランカ
いつ、ね。ここを離れるのはいつかって話なら、答えは八時よ。だけどいつローラの支援に向かうのかって話なら……
今はあっちのヴイーヴルと喧嘩する気分じゃないから、自分で本人に訊きなさい。
ジェシカ
ローラさんを置いて、避難誘導を!?
ウッドロウ
もう一時間もないな。お前たち、本気でただ座って待つつもりか?
リスカム
失礼ですが、あなたは?
ジェシカ
こちらはウッドロウさん、この区画の……狩人です。
リスカム
知り合い同士なの?
ウッドロウ
こいつが区画の外で迷子になってた時、俺がデイヴィスタウンまで連れてきてやった。今はこいつの車でここまで送ってもらったってわけだ。
リスカム
……ジェシカを助けていただいて感謝します、ウッドロウさん。
ウッドロウ
エネルギータワーに問題が起こったんだろう。なのにお前らはなぜまだここでぼうっとしてるんだ?
リスカム
わたしたちの同僚であれば今回の危機に対応できると信じていますから。みな源石汚染対処のスペシャリストですので。
ウッドロウ
そうなのか? そちらの助手さんはお前ほど落ち着いちゃいない様子だが。
リスカム
ウッドロウさん、もし本当に事故が起これば、我々は住民を即座に避難させる必要があります。ですからここに留まって不測の事態に備えるしかないんです。
ウッドロウ
部外者に情報を共有してくれてありがとよ。
だが俺はお前らの同僚じゃない。そっちが行かないなら、俺が自分で見に行ってくる。
リスカム
それは危険です――
ウッドロウ
ご忠告痛み入る。
ジェシカ
待ってください、ウッドロウさん!
ウッドロウ
何だ?
ジェシカ
……わたしも行きます。
フランカ
ジェシカ!?
リスカム
落ち着いて……ジェシカ、ローラを信じて待とう。君が行っても……
ジェシカ
わかっています。わたしが行ったところで、何もできないことくらい……ですが、ローラさんはまだ中にいるんです。
ローラさんが無事に出てこられたら、その場で彼女を出迎えて、ハグをしてあげられますよね。
最悪、彼女の身に何かあったとしても……突入して助けるチャンスを得られますし。
ウッドロウ
……
なら一緒に行くぞ、嬢ちゃん。
ジェシカ
……!?
ロ……ローラさん?
ローラ
どいて、ジェシカちゃん……
レストランのドアを塞がないで……お腹減りすぎて死にそうなんだ……
リ……リスカム隊長へ報告、ローラ、残りのメンバー全員を連れて……無事帰還したよ……
フランカ
よかった、無事に戻ってきてくれて……
リスカム
ローラ……
ローラ
えっと……ざ、ざっくり説明すると、動力炉のパイプ内にあった大量の源石堆積物が爆発によって臨界状態になって、一歩間違えれば活性化する危険性があったんだよね……
安全のためにみんなを先に行かせてどうにか頑張ってはみたけど、どんなやり方をしてもその堆積物はそこそこの可能性で活性化する危険があって……
リスカム
ローラ……
ローラ
隊長もう何も言わないで言われたところであたしちゃんでもそんなに早く直すのは無理だからねでもどうにか動力炉の基本的な熱供給機能は保持できたからひとまずみんなが凍えることはないはず……
区画が再び移動できるかどうかについては――
リスカム
ローラ、もう十分だから!
ローラ
隊長……
ほんとに、本当にもうそれくらいのことしかできなかったんだよ……ごめんなさい……
リスカム
違うよ。わたしは、君たちが無事戻ってきてくれただけで十分だって言いたいの。
ローラ
そっか……ならよかった……実は……お腹がすっごく空いてて……もうぺっこぺこなんだ……
リスカム
それじゃまずはご飯を食べよう。
お腹いっぱい食べて、ゆっくり眠ろう……