衆賛歌「青空の歌」

高塔で過ごした夜はいつも静かだったが、都市の夜は騒々しい。
歓声の波が収まる様子はなく、優雅に着飾った楽師たちが楽器を手に一人また一人と去る。彼女だけが車の最後列に座り、身を起こすことも、ましてや窓の外を見ることもできなかった。
「ヴィヴィアナ、怖がらないで。」近づいてきて、彼女の手を引き立ち上がらせる者がいた。「カジミエーシュはリターニアとは違うわ。けど慣れるはずよ。」
彼女は大人しくうなずき、人々に続いて車を降りた。
大騎士領のネオンの輝きが目に刺ってきた頃、彼女は無意識に目を閉じていた。
自分が恐れているのは、この見知らぬ国ではないのだと、彼女はついに誰にも告げなかった。
故郷リターニアでさえも、自室の一平方メールにも満たない窓越しに見ていたきりで、よく知っているとは言えなかったのだ。
恐れは未知によるものではなかった。ただ、外のこの一見騒がしい夜が、記憶の中にある小さな夜景とさほど差はないのかもしれないということが恐ろしかった。
???
ヴィヴィアナ。
ヴィヴィアナ、大丈夫?
ヴィヴィアナ
……レーヴェンシュタインさん。
カジミエーシュに着いたばかりのことを思い出しました。あの時も……今と同じように、私の手を握ってくれましたね。
コーラ
手が汗でびっしょりね。何が起きたの?
ヴィヴィアナ
いえ……何でもないんです。少々不思議な女性とお話をしていただけです。
コーラ
私がヨーゼフ伯爵の執務室で時間をとられて、戻って来た時にはあなた一人が立っているだけのように感じたわ。
ヴィヴィアナ
あの女性は何かしたわけではなく、私に対して敵意も全くありませんでした。彼女もただ絵を見に来ただけのように思います。
そうだ、こちらの絵なのですが。
コーラ
……ええ。
ヴィヴィアナ
申し訳ありません。どういったものかを先に説明した方がよろしいですか?
コーラ
いえ、今すぐこちらを向いて。これ以上絵を見てはいけないわ。
ヴィヴィアナ
やはり絵に問題が?
コーラ
匂いよ。
巫王の時代、源石の研究に対する人々の熱狂は今よりも遥かに激しいものだった。巫王に追随する術師たち、あるいは芸術家たちは……源石を単なる術の材料やエネルギー源以上のものだと見ていた。
源石は別の形態の血肉であると信じ、魂の器であると見なしたの。
ヴィヴィアナ
では、あの絵の黒い顔料は……
コーラ
精錬された源石結晶に、画家本人の血が混ぜられているわ。
ヴィヴィアナ
……
そう伺うと、確かに念入りに設計された「展示」のようですね。
ロリス
これらの絵を覆うんだ。頑丈な布を用い、できるだけ絵には触れないように。
憲兵
承知しました。
ロリス
侵入者はまだ見つかっておらず、現在この美術館が安全だとは言い難い。お二人とも、できるだけ早く立ち去っていただきたい。
ヴィヴィアナ
危険なのは私たちだけではありません。
この都市で生活する人々にも……警告は必要でしょう。
ゼーマン夫人に死をもたらし、彼女にこれらの絵を描かせたのは、ほぼ確実に……
ロリス
その名は口に出さないでいただきたい。
レーヴェンシュタイン殿、女帝の祭典が間もなく開かれる。ツヴィリングトゥルムが混乱に陥る様など、両陛下が望んでいないことはあなたが最も理解しているはずだ。
コーラ
だからこそ、私たちがここにいるのよ。
ヴィヴィアナ
……せめて、今日この美術館に訪れた方々には知らせていただけますか?
このような恐ろしい絵を見たのであれば、精神状態が心配です。
ロリス
ヴィヴィアナ殿、あなたは本当にお優しい。
すでに観衆一人一人の状況を確認するため人を送り込んでいる。ご安心を。私もあなたと同様に彼らには何も見えていないを望んでいる。
ヴィヴィアナ
……子爵殿。
私はゼーマン夫人の死をうやむやにしたくはありません。
二十三年前のあの晩、彼女はかの陛下の高塔に客人として迎えられていたのですよね?
彼女はかつて巫王の滅亡を目の当たりにし、そして英雄の誕生を見届けました。
ロリス
……そうだったか。
それが……何だというのだ?
私を信じてほしい、ヴィヴィアナ殿。あの夜、あの漆黒の螺旋の高塔の前に集まって夜明けの訪れを渇望していた若者は……まだたくさんいる。ほかにもたくさんいたのだ。
そして、彼らの大部分が、リターニアに新生をもたらす英雄にはなれなかったのだ。どれほど願っていても、そうはなれなかった。
侵入者についての情報が見つかったらしい。お二方、私は先に失礼する。
コーラ
彼の言う通りよ。二十三年前のあの夜が、多くのことを変えたわ。そして変化は……必ずしも良いことではないのよ。
残党たちがフリーダ・ゼーマンの死を計画したのは、彼女の巫王に対する「裏切り」を罰するためかもしれないし、今後自分たちが大きな動きに出ることの宣言かもしれない。
ヴィヴィアナ
……彼らは同様の理由から、父を殺したのでしょうか?
アルトリア
……
彫刻から響く奇妙な声
ミス・アルトリア。
アルトリア
後にして。
今はこの曲を聞き終えたいの。
彫刻から響く奇妙な声
浮浪者が演奏しているにすぎないわ。
アルトリア
今朝も、彼は同じ曲を弾いていた。けれど乗せられた感情は全く異なるものよ。
朝の彼は、美術館にたくさん人が来るだろうと思って、今夜は獣肉のソーセージが入ったサンドイッチを食べられるだろうと期待していたのよ。
けれど今は、またお腹を空かせながら寝るしかないのだろうと思っている。
彫刻から響く奇妙な声
あなたは……アーツで彼の心の声を探ったの?
アルトリア
その必要はないわ。分からない? この帰る家のない男性は、今まさに自分の音楽で何度も何度も訴えているわよ。私はただ、それに耳を傾けただけ。
彫刻から響く奇妙な声
……彼の物語などどうでもいいわ。次の舞台はすでに整った。
花壇の傍らに置かれた楽器を象った石の彫刻は、それきり口をつぐんだ。
声に取って代わったのは、彫刻内の振動構造から発せられる低い楽の音だった。
アルトリア
リターニア人は、本当にこういった音の出る彫刻が好きね。
何度繰り返しても一分の狂いもなく「完璧」な演奏、けれど魂の欠片もない……高塔に閉じ込められた人たちと同じ。
アルトリアは、彫刻でできた大型の楽器の音を発する部分へとひとひらの花びらをそっと吹いた。
花びらは空気の流れに沿って浮き沈みし、均一だった曲調にすぐさまかすかな変化が現れた。
アルトリア
これでずっと良くなったわ。
憲兵
隊長、急に侵入者の姿が消えました! あとわずかで捕まえられるところだったのですが。
ロリス
外の道は依然封鎖したままか?
憲兵
はい。まさか羽を生やして、上から飛んで行ってしまうなどありませんよね?
ロリス
羽か……フッ、どうだろうな。
憲兵
あの……隊長、大変申し訳ございませんでした。この肝心な時に失態ばかり犯してしまって、隊長はもうすぐ……
ロリス
大丈夫だ、ピム。ヨーゼフ伯爵の所へ、美術館の状況について報告してきてくれ。
それにしても、随分と久しく銃声は聞いていなかったな。
もっともラテラーノにいた頃も、私に銃を使う資格などはなかったがね。しかし、リターニア憲兵が使用するアーツユニットも、精度と威力は銃に劣らないと保証しよう。
ゆえに、私の部下が戻ってくるまでに、その銃……それから他の武器をしまった方がいい。
加えて、説明を求めたいところだ――
一体何用があって、あなたのようなサンクタがツヴィリングトゥルムにやってきたのだね?
フェデリコ
……
ロリス・ボルディン。
ロリス
ほう? 私を知っているのか。
フェデリコ
あなたはかつて、ラテラーノの公民でした。二十八年前、あなたはラテラーノからリターニアへやってきて、憲兵となりました。
二十三年前、双子の女帝はあなたに子爵の爵位を授け、その後あなたはツヴィリングトゥルムの憲兵隊を率い、今日に至ります。
ロリス
……ハハ、あなたの方から先に自己紹介をしてもらいたかったのだがね。
フェデリコ
重要な指名手配犯をリターニアからラテラーノへ連行するために、あなたの協力を必要としています。
ロリス
指名手配犯?
フェデリコ
名をアルトリアと言います。
ロリス
……思い出した。
あなたは……たしか、ラテラーノ教皇庁第五庁公証人役場で執行人を務めるフェ……フェ……申し訳ない、あなたの署名の前に付いている接頭辞がいつも長いので、名前が覚えられなくてね。
フェデリコ
フェデリコ・ジアロです。
我々の間の交渉は国際問題に関わるため、慣例にのっとり、署名はできるだけ厳密かつ完全なものであるべきです。
ロリス
ハ……ハハ、あなたから送られた十数通の手紙はまだあるぞ……
フェデリコ
二十七通です。
あなたは私が送った手紙をよく読んでいない、あるいは封を切ってすらいないのではありませんか?
ロリス
オッホン! そんなまさか……とにかくリターニアまで自らお越しになり、ここ数年これだけの手紙を書いていたのは、すべてその指名手配犯を捕まえるため、そうか?
フェデリコ
彼女は長年にわたりリターニアで活動しています。そしてあなたが現在処理している複数の事件を含む、リターニアで起こる多くの特殊事件が彼女と関係していると信じるに値する理由があります。
ロリス
今は亡きかの陛下のお次は、ラテラーノの指名手配犯と来たか……本当に厄介なことになってきたな。
フェデリコ
容疑者の状況を初めから紹介する必要はありますか? あるいは、私が送った手紙の中から任意のものを読むことでも該当の知識は得られます。
ロリス
おっと……
執行人殿、失礼。
……ルーカス男爵、どうぞお話しください。
あの……秩序を乱すストリートギャングがまた現れたと?
はい、了解しました。すぐに人を送ります。
ええ……もちろんです、まったくおっしゃる通りです。すぐに私が向かいます。どうぞご安心ください。憲兵隊は御身の安全を、そしてリターニアの栄光が汚されないことを保証いたします。
……執行人殿、私は非常に忙しくてな。
フェデリコ
同意できません。通報者の身分が任務の優先度の判断基準となるべきではありません。
ロリス
残念ながら、ここはラテラーノではないんだ。さらに言えば、私はこれ以降あなたがその銃、もしくは他の武器でリターニアの住民を脅かすことを禁じる。
いや、それだけではない。ツヴィリングトゥルムで行動する間、できるだけ私の視界から外れないことだな。
フェデリコ
その処分が規則にのっとったものだとは認められま……
ロリス
規則? 規則とは人が定めるものだ。
フェデリコ
しかるべきところに反対意見を提示します。
ロリス
その時はすぐさまあなたを逮捕する、執行人殿。
貴族の私設美術館付近で複数回にわたり発砲した人物。多くの人々からしてみれば、あなたこそツヴィリングトゥルムの安全に影響を与える最大の要因だ。
フェデリコ
ボーデン区カール・シュミット通り。
絵画展で死亡したフリーダ・ゼーマンが、長きにわたり住んでいました。
ロリス
「カレンデュラ小路」、画家と詩人は皆この場所を愛する。
ルーカス男爵は二年前に越してきた。「日増しに薄れていく芸術の息吹に、より近くで触れたい」とかでな。もちろん、この付近の家が中心部よりもはるかに安いという理由なだけかもしれんが。
フェデリコ
逮捕対象もここを訪れた可能性は極めて高いです。
ロリス
くれぐれも軽率な行動は慎むように。我々の取り決めは覚えているかな? リターニアでは、アルトリア殿は皆から愛される名高い大音楽家だ。
今のあなたは憲兵隊の他の事件の処理に「協力」している立場だ。その前提の下において、あなたが何を発見しようと、それは私や憲兵隊とは無関係である。
フェデリコ
通報人が話していた秩序を乱す暴力組織と思しき集団を、発見しました。
直ちに執行を……
ロリス
手を出すな!
フェデリコ
直ちに逮捕手続きに入ることを推奨します。
ロリス
あれは授業に行きたくない若者の集まりにすぎん。
ほら帰れ帰れ、ここにたむろするんじゃない。
強情な学生
……
ロリス
やはりお前もいたか。街の楽器の石像はすべて女帝の命令で建てられたもので、壊してはならん。それにカンカンカンカンと、うるさいだろうが。
まだアーツを使い続けるつもりか?
強情な学生
……
ロリス
……何を彫っている!?
強情な学生
目がついてないのかよ? 俺はただこの通りをあるべき姿に戻してるだけだ。
ロリス
螺旋角がツヴィリングトゥルムで……いや、リターニアで現れることは決して許されない。
どけ。女帝の声に見つかる前に破壊せねば。
強情な学生
破壊するだ? 自分にはヘーアクンフツホルンのシンボルを破壊できる勇気があるって思い上がってんのか?
ロリス
ヘーアクンフ……お前はどこでその名を聞いた?
強情な学生
みんな知ってるよ。彼はもうすぐ戻ってくる。
ロリス
彼が統治していた時代、お前はまだ言葉も話せなかっただろう。お前はこの螺旋角が何を意味するかさえ分かっていない。当時彼は反体制派の者を殺すたびに、街にこのような像を建てていたのだ!
強情な学生
……死人ならもう出ただろ。違うか?
この通りに住むあの画家だよ。彼女が一人目だ。
ほら尻尾を巻いて逃げろよ、上官。当時の勇敢さなんてどっかに失くしちまったくせに。
「最初に巫王の塔に足を踏み入れた兵士」――あんた、自分がまだあの英雄のままだと本気で思ってんのか?
ロリス
……
おい小僧、そう言えば見逃してもらえるとでも……
フェデリコ
彼はすでに逃げました。
ロリス
フンッ、どこなりと行かせればいい。
フェデリコ
なぜすぐに逮捕しなかったのですか?
ロリス
留置所を急いで満員にする必要はない。
フェデリコ
あなたが彼を逮捕したがらないのは、個人的な感情によるものだと仮定してもよろしいですか?
ロリス
……私はあなたを、そばに置くことにしたのを後悔しそうだ、執行人殿。
フェデリコ
同意します。自由行動の方が、私もより迅速にターゲットを特定できます。
ロリス
逆だ、あなたをオフィスに閉じ込めておくべきだな。
冷静な学生
……
ロリス
まだいたのか? おい、小僧、これ以上騒いだら本当にお前たちを連行するぞ。
冷静な学生
……螺旋角の像。これの処理をするのではなかったのですか?
ロリス
そうだった、まだこの面倒事があったんだったな。まったく今の若者が何を考えてるか、本当に分からない。
冷静な学生
みんな経験したことのない時代に思い焦がれてるんですよ。それを間違いだとは言えないでしょう。どのリターニア人にも平等に、現状に失望する権利はあります。
たとえば……ヴィクトリア産の自走車両に仕事を奪われた御者術師たちや、ランクウッド映画の影響を受けて閉店した地域劇場のオーナーたち、それとその子供たち。
どう生きればいいか分からない時、人々は過去に思いを馳せて未来を想像するしかないんですよ。
ロリス
ハハ、坊や、その言葉はおうちの大人から習ったのか?
冷静な学生
おうちの大人? いいえ、賭けてもいいですが彼女は決してこんなことは言いません。
彼女はただ、リターニアのあらゆる脅威をその始まりにてもみ潰すだけです。
ロリス
像が……粉々に? こんなに簡単に……
フェデリコ
彼はただの学生ではありません。呼び止めてより多くの質問をすべきです。
ロリス
そうだ、ただの学生ではないだろう。したがって、何も問わない方がいい。
ロリス
……雨か。
何か飲むかね? コーヒー、それともビールがいいか? このお店のコーヒーは悪くないぞ。
フェデリコ
任務中に、中枢神経系に影響を及ぼす液体を飲用する習慣はありません。
ロリス
そうか、では私はビールを頼むとしよう。
フェデリコ
あなたも……
ロリス
……任務中だ。そうでなければ、私も普段はこんな時間から飲み始めない。
フェデリコ
先ほどの学生はあなたのことを「最初に巫王の塔に足を踏み入れた兵士」だと言っていました。
ロリス
その通りだ。何かね、このナプキンにサインでもしようか?
フェデリコ
サインであれば、私の送った協力文書にほしいですね。
ロリス
執行人殿、二十三年前あなたはいくつだった? ラテラーノの紙面では、あの政変の報道など、新しくオープンしたスイーツ店の広告よりも小さかっただろう?
フェデリコ
「ツヴィリングトゥルム憲兵隊長官となったラテラーノ人」。見出しにはこう書かれていました。
ロリス
本当に読んだことがあったのか。
フェデリコ
あなたと巫王との因縁について気にかけたことはありません。私の知るロリス・ボルディンは奇怪な事件をいくつも解決し、協力に値する法の執行人であるということだけです。
ロリス
だから私にあれほどたくさんの手紙を書いたのかね?
フェデリコ
アルトリアのアーツはとても特殊です。そして、あなたは類似する事件の調査について経験が豊富です。
1079年、あなたは偽りの愛情の幻覚を見せることに長けた窃盗集団を捕らえました。また1085年、あなたは催眠を利用する危険な……
ロリス
そこまで。執行人殿、私のことを探偵ドラマの主人公か何かだと考えているのであれば今すぐ改めてくれたまえ。
フェデリコ
ロリス・ボルディンさん、あなたは逃げているようです。
ロリス
何を逃げる必要があるというのだ? 私はただ早い段階で自分が失敗者である事実を認め、そして受け入れただけだ。
知っているか? ヤン……先ほどのカレンデュラ小路にいたあの子供には姉が居てね、以前この店で働いていた。
その彼女は、十五年前に失踪したんだ。
フェデリコ
あの青年に対するあなたの特別な配慮からすると、その事件は未解決なのでしょう。
ロリス
あれは私の扱った唯一の未解決事件というわけではない。最初の、ましてや最後のでもない。
あれは何も特別なことなんてない。
あれはただ……そこにあるだけだ。
フッ……あなたは公証人役場の執行人、恐らく似たような失敗の経験などないのだろう。
店員
ボルディンさん! またいらしてたんですね。最近はどうですか?
ロリス
医者に酒をやめるよう言われたよ。
店員
ああ、大変ですね。リターニアの働き盛りの男性に酒をやめろだなんて、耳が聞こえなくなるのと同じくらい辛いことですよ!
本当なら、あなたが退職する日に、憲兵隊の皆さんでうちの店にいらしてもらえればと思っていたんですよ。お会計も半額で。
フェデリコ
退職されるのですか?
ロリス
女帝の祭典が終わったら、リターニアを去るつもりだ。
ティーム、ヤンの奴は最近何している?
店員
ヤン? 願書を出した大学が受け入れてくれないんで、多分まともな仕事を覚えなきゃいけないでしょうね。
ロリス
あいつのアーツの才能はなかなかのものだろ、高校の成績だって悪くない。どうして受け入れてくれる大学がないんだ?
店員
彼はあなたがくれた推薦状を捨ててしまったんですよ。
ロリス
あいつ……
店員
俺がどこの学校に通うかの心配するくらいなら、ユリアの行方を見つけることにもっとエネルギーを注げとか言ってね。
ロリス
……
店員
それに彼……はぁ、ここまで話したからには言いますが、ボルディンさん、ヤンは最近どこかおかしいんです。
あなたから推薦状を受け取ったあの日、彼は私に、どうして自分の父の学生時代には推薦状が必要なかったのかと聞いてきたんです。彼の父は自分の力でとある伯爵の高塔に入りましたからね。
「かの陛下がまだいた頃は、家柄より才能の方がずっと重要だったんだ。」彼はこう言ったんです。
ロリス
……あいつは最近どの辺りをうろついてるんだ?
店員
よくわかりませんね。
フェデリコ
螺旋角の像。
あなたのお話だと、螺旋角の像とはどういうものかヤンさんはこれまで知らなかったはずです。つまり、何者かが彼に見せたということです。
ロリス
そうだな。以前螺旋角の像が最も多かった場所はどこだったか?
店員
えーっと、グスタフ公園ですね、ここから遠くありません。今は密林公園という名に変わっています。
ロリス
ティーム、今日は早めに家に帰れ。
店員
え? わかりました。って待ってください、ボルディンさん。どうしてお財布を私に? こんな大金、一年分のビールを買えますよ!
ロリス
持っていってくれ、それはヤンへの金だ。
あいつは賢い、良い大学に行くべきだ。その金があれば、リターニアを離れて、ヴィクトリアかクルビアに行ってやっていくには足りるはずだ。
雨がやんだ。
雨が降りしきっていた間も、公園の噴水は変わらず水を吐き出していた。
木陰のそばにはまばらに人の姿が見えた。ほとんどが楽器を携えている。ヴァイオリンにフルート、それからチェロ。人々の間に会話はなかったが、演奏する音は調和していた。
ゆったりとした哀しいメロディーが水面を跳ねて、まばらな木々の間に揺蕩う。
エーベンホルツ
幼い頃に聞いた話だが、移動都市が建設される前、アインヴァルトはかつて一面に広がる黒い森だったらしい。
大切な人が亡くなると、森の奥深くへ行き、故人が生前最も好んだ曲を演奏しながら、故人をしのんだそうだ。
悲しげな青年
あなたは楽器を持っていないようですが。
エーベンホルツ
私は何も持たずに、リターニアに戻ってきた。
かつて私は自分が様々な楽器を弾けると思っていた。だが、のちに出会った尊敬できる先生に、私は音楽を全く理解していないと言われてしまってな。
音楽を理解していない……彼は、つまり私が人の心の動きに疎いと言いたかったんだ。
そんなこと有り得るはずがないと、反発したよ。長いとは言えない私の人生は明らかに失意と苦痛に満ちていたからな。
悲しげな青年
それからは?
エーベンホルツ
それから……私の友が亡くなった。
悲しげな青年
あなたはきっと本当の苦痛を感じたことでしょう。
エーベンホルツ
どれだけ理解できているのかは自分でも分からない。
私はリターニアを離れ、多くの場所を訪れた。行く先々で、その地の人々のために楽器を奏でた。私の音楽を褒め称える者たちは、次第に増えていった。
だが、私が最後にその友のために演奏をしたのは、もうずいぶんと前のことだ。
悲しげな青年
あなたの腕がどうであろうと、ご友人は喜んでくれるでしょう。
エーベンホルツ
分かっている。まさにそれを骨身にしみて理解しているからこそ、私はもっと努力しなければならないんだ。
結局のところ、私はこれまで心底真剣に抗ってきたのだろうか?
今の私は胸を張って彼に言えるのだろうか、充実した人生を過ごしてきたと……あのような犠牲に相応しいほどのものだと?
彼が何と言うかは想像できない。なぜなら……私はどう口を開けばいいか分からないから。
君は? ここへ来たのは、誰をしのぶためか?
悲しげな青年
師です。彼は二十三年前に亡くなりましたが、私は一瞬たりとも彼のことを忘れたことがありません。
エーベンホルツ
きっと素晴らしい方だったのだろう。
この公園は……二十三年前の犠牲者を悼むために建てられたと聞いている。木が植えられている位置には、かつて血肉で作られた螺旋角の像があったと。
私は彼らに敬意を表する。あの暗黒の時代に立ち上がり、運命に抗う勇気を持っていた人々だ。
悲しげな青年
あなたもそうではないのですか。
私たちの耳にする多くの音楽は、どれもリターニアの歴史よりはるか昔のものです。失われた人の意志というのは、音楽を通して私たちに伝えられ、また引き継がれて、続いていくのです。
エーベンホルツ
続いていく……そうだな。私もそう信じたい。
あそこに立っている人が見えるか?
悲しげな青年
あの……剣を帯びていて、ずっとあなたの後についてきていた人ですか?
エーベンホルツ
そうだ。
悲しげな青年
彼が誰か知っているんですか?
エーベンホルツ
厳格で、冷静で、感情に欠けている人間だ。
あいつらはいつも似たり寄ったりな顔をしている。判別する気も失せるほどにな。
厳格な青年
……
エーベンホルツ
そろそろ時間だと言うのだろう?
厳格な青年
……あなたは確かに、少なくない時間を浪費したぞ、「ウルティカ伯爵」。
エーベンホルツ
なるほど、ありがたいな。人違いではなかったようだ。
監視人殿。この公園に足を踏み入れた時、私はすでに覚悟ができていると思っていた。
そう、「陛下が私の命を望むなら、くれてやると」。
なにせ、私のこの命は過去から現在、そして予見できる将来に至るまで、誰かへ幸せをもたらしたことなど一度もないのだから。
厳格な青年
ここへ来たのは、自殺をするためか?
エーベンホルツ
少し考えてみただけだ。それに、たとえ私が杖の先を自分の喉元に向けていたとしても、君が突っ込んできて阻止をするだろう。違うか?
厳格な青年
「塵界の音」はまだ響いていない。あなたは死ぬべきではない。
エーベンホルツ
生憎だが……私は誰かの口からその言葉を聞くのが嫌いだ。胸が悪くなる。
このチェロの音を聞いたか? 今日の昼下がりのひと時に、楽の音から、水面から、私はもう一度過去の経験を見つめ直した。
得られた結論は……数年経っても、私の命の価値は大して変わっていないということ。
だが、それを利用することも、思うままにすることも誰にもできはしない。特に――
――お前たちにはな。
厳格な青年
何を言っている――
待ち伏せ!?
複数の黒いアーツの球が水の中から飛び跳ねた。
木々が映す影であるかのように見せかけられていたそのアーツは、空中を漂う旋律と一体となって、揺らめくさざ波の中でエネルギーを蓄えていた。
厳格な青年
――うっ!
エーベンホルツ
私を処刑するためだけに、これだけ多くの人を送り込むとは。両陛下のご高配に頭を下げるべきか?
残念ながら、お二人を失望させることになるのは動かないがな。
私はいつ彼のために演奏できるか分からない。自分でもまだ決めかねている。
だが一つだけ確かなことがあるんだ。その時が来たら、私は必ずや彼にこう言うだろう。
「私は挑んだ。諦めず、手を伸ばして続けている。」
「あの時から、ずっと抗い続けているよ。」