反芸術運動
ミウォシュ
Elaさん……? どういったご用件で?
Ela
レイネルはどこ?
ミウォシュ
バルコニーでゴルフをしていますが……
お待ちを!
レイネル
そんなに怒ってどうしたんだ? もしやボールが当たったとか? だとしたら、すまなかったね。
Ela
……昨日、ディアスさんのコミュニティで事件があったの。
レイネル
事件だって? どんな事件だ?
Ela
開催目前だった芸術祭がめちゃくちゃにされたの。知らなかったとは言わないわよね?
レイネル
……ふむ、随分と責めるような口ぶりじゃないか。
Ela
この前、ミウォシュに言われたの。コミュニティの皆を説得して、開館式と日程が被らないよう、芸術祭を延期させてほしいって。
レイネル
ああ、そう頼んだのは覚えているよ。そうか、つまり君は……交渉に応じてくれなかった腹いせに、僕が誰かに命じて事件を引き起こしたと考えているんだな。
Ela
……あなたのボディガードとして働いている間に、ミウォシュが例の大尉のところへ相談に向かうのを何度も見たの。奴が薬を輸送した場所も、あなたの倉庫だったしね。
今にして思えば、あなたと大尉の関係はそう悪くはなかった。奴の名前も開館式の招待リストに載っていたくらいには。
こうなってしまったからには、ちゃんと聞かせてもらうわよ。前からずっと聞きたいことは山ほどあったわけだし。
レイネル
Ela君は……僕の仕業だと言う確信があってここへ来たのかな?
Ela
確信なんてない。だから説明してほしいの。
レイネル
ミウォシュを大尉のところへ行かせたのは……協力関係を築くためではない。ただ……彼をからかいたかっただけなんだ。
あのコミュニティには、多くの人間が辛酸をなめさせられてきたからね。奴もきっと痛い目に遭わされるだろうと思ったんだ。
Ela
……なんですって?
レイネル
本当にそれだけなんだよ。君が信じてくれるかはともかく、事件を引き起こすよう彼に入れ知恵なんてしていない……
Ela
つまり、本意じゃなかったと……でも、そうだとしても、その行動がどういう結果をもたらすことになるか、考えはしなかったの?
あなたは武器を持った軍の指揮官を、丸腰の一般人と直接対峙させたのよ。
レイネル
そんなことになるだなんて、僕は……
Ela
はじめから彼らのことなんかどうでもよかったんでしょ!
あなたの肥大化したエゴを収めるためにこんな豪奢なギャラリーを建てておいて、まだ足りないって言うの? どうして何の関係もない人にいちいち絡んでくるの?
どうして? そこまでして存在感を誇示する必要があるの?
ミウォシュ
もうやめてください、Elaさん。どうかお引き取りを。
Ela
ミウォシュさん、あなたにも聞きたかったのよ。こんなに大きなエゴの塊とずっと同じ部屋にいて、息苦しく感じないの?
ミウォシュ
……出て行きなさい。
レイネル
もういい。どうしてもその惨劇の犯人探しがしたいのなら、僕ということにすればいいさ。
出て行ってくれ。
男は身を翻し背筋を伸ばして立つと、もうElaを気に掛ける様子は見せなかった。軽く重心を移動させ、肩を内側にひねり、優雅にクラブをスイングする。
打ち出されたボールは、弧を描きながら飛んでいく。一メートルほどカップから離れた位置に落下するコースだったが、それは本来の軌道から突如不自然に外れ、そのままカップに滑り落ちていった。
Elaは籠からボールを一つ手に取って掲げ、陽の光にかざす。
Ela
あなたの打った球って、どんなに的外れな放物線を描いても、最後は必ずカップインするのよね。
ねえ、ミウォシュさん。レイネルに一番近しいあなたなら、その理由がわかるんじゃない?
ミウォシュ
……
Ela
レイネル。あなた、今まで自分の力だけでショットを打とうとしたことはある? 一度だけでも、実力で本物の曲線を描いてみようとしたことはないの?
レイネル
何度も試したよ。
Ela
結果は?
レイネル
徒労に終わった。ただくたびれただけだったよ。芝生の上にはそもそも、カップなんてなかったんだ。
Ela
……それは残念だったわね。
Elaはため息をつき、ゴルフボールを放り投げた。ボールは芝生の上をころころと転がった後、ゆっくりとカップに入っていった。
マッテオ
どうだ、片付いたか?
よし、撤退のタイミングまで完璧だな。ドッソレスに来てずいぶん経つが、お前たちがこれほど文句なしの仕事をしたことなんざ、これまでなかったんじゃないか?
……あの四人のことか?
心配するな。例のチビは充分痛めつけておいたんだろう?
なら、今ごろコミュニティの連中はどいつも怒りで沸き立っている頃だろう。たった四人で手を尽くしたところで止められないさ。
すぐ戻ってこい、まだ仕事が残ってるんだ。もっとデカいのがな。そいつが片付けば、俺もお前らも安泰だ。
部隊の半数が負傷してるだって? 今回はオールインなんだぞ。この一戦には、俺たちの行く末がかかってるんだ。全員に気合いを入れ直させろ。
ああ。全員ギャラリーまで撤退。配置に付いたら、指示を出すまで待機してろ。
できる限り数を集めろよ。多ければ多いほどいい。得られる利益に比べれば、安いもんだ。
それと、最後にもうひとつ。
コミュニティに、悪知恵が働いて、口の達者な、逃げ足の速いスパイを差し向けておけ。連中が日和見しないよう、しっかりと煽ってやるんだ。
マッテオ
ふぅ……あの役立たずどもが奴らを煽動するのに、一日で足りるといいが。
大尉はため息交じりにつぶやいた。
ギャラリーの外は既に、開館式に向けた座席や舞台の用意が整っていた。しかし会場内にいる人の数は、まだそれほど多くはない。
早めに着いた観光客
あれ? なんだよ、せっかく早く来たのにつまんねえの。開館式を盛り上げるイベントでもやってるかと思ったのに!
乗り気じゃない観光客
式までまだ数時間あるんだし、しょうがないよ。ほら見な、ほとんど誰もいないじゃん。あんたがせっかちすぎるんだって。
マッテオ
ハハッ……
早めに着いた観光客
あんた、なに笑ってるんだ?
マッテオ
いや、早く着いた奴にはサプライズが待ってるかもしれないと思ってな。
Doc
あまりに手ひどくやられているから、ここではこのくらいの処置しかしてやれないな。それに……今後、右手で繊細な作業をするのは難しいかもしれない。
テクノ
繊細な作業って?
Doc
字を書くことや、絵を描くことだ……本当にすまない。
テクノ
……アンタが悪いわけじゃないじゃん。
Doc
明日また来てくれ。薬を塗り直すから。
……あとほんの少しでも早く、駆けつけられていれば……
Fuze
自分を責め過ぎるな。ここの人間は素早いし、身体能力も俺たちよりずっと高いんだ。追いかけるのも簡単じゃない……
Doc
分かってる。だが私の目の前で、あの男は――
……
Iana
戻ったのね、Ela。レイネルはなんて?
Ela
彼の指示じゃないそうよ。だからと言って、この状況が彼と無関係というわけでもないけど。
Doc
何が言いたいんだ? 彼を擁護する気か?
Ela
……レイネルは大尉に、コミュニティの「厄介者」たちさえ片付ければ、開発権を譲ってやってもいい、とほのめかしたことがあるそうなの。
Iana
それって、指示を出したも同然じゃない。
Ela
レイネル曰く、いけ好かない大尉を、コミュニティの皆に袋叩きにしてほしかっただけらしいわ……皆が一筋縄ではいかないことはよく知ってたからって、そう言ってた。
Doc
ならば、ここの人々がどんな目に遭ったかを自分の足で確かめに来ればいい! それでもそんな口が聞けるのか!?
Iana
落ち着いて、カテブ。
Doc
私は冷静になれても、コミュニティの人々はどうだ?
外にいる皆を見ろ。彼らがレイネルの言い分を聞いて、落ち着いていられるように見えるか?
コミュニティの住民たちの間を歩きながら、四人は深い絶望を感じていた。
皆、まるで魂が抜けたかのように、散らかった道の端にがっくりとくずおれている。
かつて彼らが情熱を傾け、心血を注ぎ、インスピレーションを得ていた場所には、もはや何一つ残されていない。
辺りを見渡してみると、中にはゆっくりと顔を上げ、虚ろな目で互いの表情を見つめ合っている者たちもいる。
しかし大半の人は、ただその場に座ったまま、自分がどうすべきかすらわからずにいた。
テクノ
Ela、Ela!
Ela
テクノ?
テクノ
レイネルなんでしょ? 開館式のために、連合政府に指示して、アタシたちの努力の結晶を台無しにしたのは、あいつなんでしょ?
Ela
テクノ……まだ確かめなきゃいけないことはあるけど、私にはそうは思えないの……
胡散臭い住民
そうは思えないって、どういうことだよ!? お前、確かレイネルのボディガードをしてたよな。奴を庇うつもりか!?
そうはさせねえぞ! やられたからにはきっちりやり返さなきゃ、腹の虫が収まらないだろ!
俺たち皆で今すぐ、奴のギャラリーに押しかけて……
テクノ
バラバラになった人形の残骸を持って、レイネルのクソボケご自慢のギャラリーに、直接叩きつけてやれば――
胡散臭い住民
そんなんじゃヌルすぎんだろ!
テクノ
じゃあ、他にどうしろって言うの?
胡散臭い住民
ギャラリーに押し入って、レイネルと奴の秘書に痛い目見せてやろうぜ。
Iana
(小声)皆を煽動して、事を荒立てたい人がいるみたいね……
Ela
皆、お願いだから落ち着いて……
病弱な画家
けどなぁ……きっと俺たちじゃ、奴らには敵わないよ……俺はもう何年も腰を痛めてるし、荒事ではとてもじゃないが役に立てない。
病弱なミュージシャン
俺も、腰にヘルニアが……
虚弱体質の歌手
俺だって武器になるのは誠実さだけだ。それで人の心は刺せても、体の方は……
ガタイのいい彫刻家
お……俺は何年か身体鍛えてたけど、血を見ただけでめまいが……
Iana
(小声)ううん、思ったより事態は悪くなさそうね……
様子のおかしな住民
お前らの根性はそんなもんか!? ここでこうやって、じっと歯を食いしばってるだけでいいってのか!?
病弱なミュージシャン
もちろん、悔しいさ……俺たちの芸術祭を台無しにしといて、あいつの開館式は何事もなく開かれるなんて。
虚弱体質の歌手
ディアスさん……あんたはどう思う?
ディアス
お前ら、支度しろ。奴のガラス小屋に行くぞ。
テクノ
ちょっと……! 本気で殴り込みに行くつもり?
Ela
ディアスさん、待って……
ディアス
そうじゃない。支度するのは、楽器とアンプだ……俺らのダンス会場がなくなったなら、あいつのギャラリーの前で踊ってやろう。
あいつらが俺たちの踊りを見たくないって言うつもりなら、なおさら見せつけてやらないといけないだろ。
彼の声にコミュニティの住民は沸き立った。まるで、乾燥した薪の山に火の点いたマッチを投げ込んだかのように。
Iana
(小声)どうしましょうか……
Ela
ひとまず……ついて行きましょう……
様子のおかしな住民
(小声)これって……上手くいってるのか?
胡散臭い住民
(小声)わからん。だがとにかく、奴らがギャラリーに向かうのは間違いないようだ……
様子のおかしな住民
(小声)報告。鼷獣が巣を離れました。
テキーラ
すみません、この花瓶はどこに置けば?
ギャラリーの警備員
ああ、それなら第三ホールだ。
テキーラ
ありがとうございます。
ギャラリーの警備員
おい、そっちじゃないぞ。第三ホールはあっちだろ。
テキーラ
おっと、すみません。まだ勝手がわからなくて。
(ギャラリー内は一通り調べたけど、ここ以外は警備が厳重で、うまく紛れ込めそうにないな。)
(手がかりからして、ここに何かがあるのは間違いないのに……)
(誰か来る……)
ギャラリーのスタッフ
もうすぐ開館式が始まります。スタッフは全員持ち場を離れ、広場に出て式に参加するようにと、ミウォシュさんからのご指示がありました。
ギャラリーの警備員
俺たちも行かなきゃいけないのか?
ギャラリーのスタッフ
誰一人残さず、必ず全員来させるようにとレイネルさんが。
ギャラリーの警備員
そうか……仕方ない、俺たちも向かおう。
テキーラ
妙だな、ただの開館式に全員参加を強制するなんて……レイネルは何を考えてるんだ?
他と比べても、ここに特別なものは見当たらないけど。
ひょっとして……
エルネストはポケットからガラス玉をいくつか取り出し、そっと床の上に置いた。すると、床が水平であれば動かないはずのガラス玉が一斉にある方向へ転がり出す。
テキーラ
少し傾斜がある……
(壁を叩く)
やっぱり。隠し扉があるみたいだ。
きっと、このありきたりな絵だな。よっと……
ミウォシュ
開館式まであと二時間。早く着いた者は既に着席し始めている。それで……話すことはもう決まったのか?
レイネル
どのみち時間稼ぎなんだから、内容は大して重要じゃない。もらった案の中から適当に選んで話すよ。ヴァーチャルアートコレクティングがどうとかの話は、悪くなさそうだったな。
ミウォシュ
プレゼンテーションの背景画像はどうする? ギャラリーにある絵画から選ぼうか?
レイネル
では、マッテオの写真を使おう。
ミウォシュ
そんなやり方で辱めると、奴のことだからその場で怒り狂って暴れ出すかもしれないぞ。
レイネル
それがなんだ。もとより、辱めるために招いたわけだろう。この期に及んで、僕が奴の器の小ささを気にかけるとでも?
ミウォシュ
そうだな……ギャラリーの爆発を目にした演壇下の観衆が抱く絶望に比べれば、奴の怒りなど些細なものか。
レイネル
このギャラリーに投資した莫大な資財や、美術市場で一山当てようという遠大な野心が、爆発と共に塵と化すわけだからな。
信じられない評価額をつけられながらその実なんの価値もないガラクタも、表現と物語を捻じ曲げられたグロテスクな創作も……
誰の気にも留められず、倉庫でいつまでも埃を被って放置され、競りに出される時だけようやく日の目を浴びる真の芸術も……
そうしたすべてが、欲に目のくらんだ人間たちにどう扱われてきたかは言わずともわかるだろう? それらをすべて、ギャラリーごと燃やし尽くしてやるんだ。
ミウォシュ
今後数年は、美術市場全体が混乱するだろうな……
レイネル
それこそ僕の望むところさ……投資家たちはこの日を思い出す度に冷や汗を流し、身震いすることになるだろう……
そして奴らは、アートの真の価値に目を向けるようになる。以後二度と、単なる商品として貶めるようなことはないはずだ。
それに苦しんできたアーティストたちも、いびつな市場の在り方から解放されることだろう。
ミウォシュ
……
レイネル
本当に、残念でならないよ。母と、あの老いぼれがこの場にいないことがね……
ミウォシュ
レイネル……
レイネル
ミウォシュ、しばらく隣に座っていてくれないかな。
僕と一緒に、明日の訪れを待とうじゃないか。
テキーラ
暗すぎて何も見えないな……
懐中電灯を持ってきてよかった。
……
こ、これは……?
懐中電灯で照らした先に視線を向けたエルネストは、隠し部屋の床を埋め尽くすほど膨大な数の袋が置かれていることに気付いた。中に燃性物質が入った袋が、整然と壁際に積まれているのだ。
それは天井に届くほど何層にも積み重ねられていた。