結末へのカウントダウン
カズデル地区 荒野某所
「スカーアイ」
……
……ハッ。
ハハ――ハハハハ――
予言がどうしたって? アスカロンは俺を殺してねぇ、殺せなかったんだ!
語られた予言は読み解く必要があり、読み解かれた予言は変えることもできる――予言の本質なんて所詮推測と計算だ。逆らえねぇ運命なんぞありゃしねぇんだ!
サイクロプスの王庭なんてとんだ笑いものだぜ!
……チッ。クソ痛ぇ。
俺はアスカロンに殺られなかった。つまり、俺は死の予言から逃れられたってことだ……
なら死ぬべきはあいつだ。
あいつは必ず俺の死体を確認しに来る。なら、お前らの仕事はあいつの影を釘付けにし、体を引き裂いてやることだ。
俺だって無駄にやられてたわけじゃねぇ。あいつも手負いだから……
……何してやがる?
サルカズ傭兵
……
「スカーアイ」
てめぇら……こんな時に武器を俺に向けんのか?
誰に買われた?
サルカズ傭兵
ボス、俺たちゃ誰にも買われてませんよ。
ただ、のし上がる絶好のチャンスだと思ったんです。
「スカーアイ」
絶好のチャンスだと? 確かにな。バベルが移動都市を獲ったら、お前らは俺の首であいつらの機嫌を取れる。
バベルが負けたとしても、お前らはスカーモールに戻り、自分の立場を握れるってわけだ。
……
サルカズ傭兵
……
「スカーアイ」は、自分がここに忍ばせた伏兵たちを黙って見つめる。
風が吹き抜け、自身の血の臭いがわずかに鼻腔をついた。
「スカーアイ」
フンッ。
お前ら、大した腹積もりだな。
運命は確かに彼を殺さなかった。彼は予言を覆したのだ。
そして彼は、自らの手で形を与え、組み上げた舞台の上で死んだ。
ヴィクトリア ロンディニウム
ロンディニウムに鎮座する巨大な宮殿群は異様なほどに静まり返っているのが常だ。
テレシスはその中で生活する感覚の麻痺した貴族を鼻で笑い、命懸けで自分の前に次々と辿り着く同胞たちにのみ敬意を払っていた。
たとえ彼らの掲げる剣が自分に向いていたとしても――
テレシス
マンフレッド、敵に情けをかけても己の命を危険にさらすだけだ。同じ過ちを二度と繰り返すな。
マンフレッド
申し訳ありません、将軍……まさか彼らが――
テレシス
迎撃に集中せよ。この反逆者どもは、我々のそばに潜伏し長らく準備していたのであろう。
彼奴らはヴィクトリア人の心を揺り動かした。今この反乱を鎮められるのは我々だけである。
*古代サルカズ語*――
彼が小さく密令を発すると、混乱した現場に人影が次々と音もなく流れ込んできた。
一陣の風が、土砂降りの雨を吹き払うかのように。
名を捨てた死士
下がれ。
バベル刺客
チッ。こいつらは俺たちが抑える。
ジュリー、お前たちは計画通りにやれ。
ジュリー
了解。
マンフレッド
――将軍には触れさせない。
ジュリー
焦んなよ。お前の順番もそのうち回ってくる。
マンフレッド
私は将軍の衛兵なのでな。
ジュリー
……ならせいぜいしっかりと剣を握っとけ。
冷たい切っ先がジュリーの眼前を通っていく。
寒気がして、全身が硬直する。
彼女はスカーモールで殿下を見たあの日のことを思い出した。
あの時、自分は剣を掲げることすらできなかった。
テレシス
もう十分だ、マンフレッド。
マンフレッド
将軍!
テレシス
この者たちが私の目の前に現れたのは、栄誉ある死を追い求めてのことだ。哀れみなど求めておらぬぞ。
この者たちは命でもって、その目に映る未来を私に証明しようとしているのだ。
そしてこの者たちは、時間とも戦っている。カズデルに身を置く彼女も、同様に数え切れぬ脅威に直面しているのだろう――
時計の針を止められるのは、私、あるいは彼女の命だけだ。
お前たちにその機会を与えてやろう。来るがよい、刺客よ。私を殺してみせよ。テレジアを失望させてやるな。
Logos
「砕けよ」。
取り乱す王庭軍
も、門が破壊された! 連中がなだれ込んで来るぞ!
ケルシー
都市内部の全部隊に告ぐ、巡回部隊を無力化せよ。
Ace
了解。都市内の防衛は非常に手薄になっている。ほぼ軍事委員会の都市防衛部隊のみだ。
合流される前に各個撃破するとしよう。急ぐぞ。
ケルシー
……双方とも戦火が都市内にまで波及することを避けていると考えても、この状況は不自然だ。
すべての情報をドクターに転送してくれ。作戦小隊は速度を上げ、警戒を怠るな。
軍事委員会の旗を広場から撤去し、都市全域に放送通信を開放するんだ。
本艦の受け入れ準備を整えろ。一刻も早く、殿下たちを我々の制圧圏内に迎え入れなければ。
それと、アスカロンの部隊に可能な限り早く合流するよう伝えてくれ。すでに三つの小隊が予定よりも早く配置についている。
Logos
次はいずこへ向かうのだ。ケルシー医師?
ケルシー
……バベルの跡地だ。
バベルの旗はもう長年あの場所に掲げられていない。
ケルシーが通りを歩く。バベル事務所へのルートはいまだ頭の中にはっきりと残っていた。
通りのサルカズたちは皆ひっそりと行動を始めた。彼らはできる限り建物の高くに登り、一様に視線を都市内のその廃墟へと向けた。
カズデルで長年失われていた旗がゆっくりと揚がる――
バベルが、帰ってきた。
テレジア
……
Mantraの直近の報告によると、報告時点ですでに要路を五つ制圧したみたい。
順調にいっていれば、今頃ケルシーは溶炉の炎を見ているはずね。
ドクター、カズデルの防衛措置はもうほとんど機能してない。私たちも都市に乗り込めると思うわ。
ドクター
ああ。
しかし軍事委員会はカズデルを放棄することなく、最後まで抵抗してくるだろう。都市を完全に制圧するにはまだ時間が必要だ。
そして最終局面に至れば、カズデル中心部に対する破壊を完全に回避することは恐らく難しい――
テレジア
待って。
……感じるわ、彼らよ。
ドクター
ん?
テレジア
いまだこの周辺に身を置きながらも、どちらにも手を貸すつもりはないみたい。
どうやら、私たちの戦いに傲慢な傍観者が数人増えたようね。
ドクター
……テレジア。
テレジア
魂を焼き焦がすほどの殺意と苦しみ、そして決意が伝わってくる。
ドクター
軍事委員会の刺客だな。彼らは初めから都市を餌にして、バベル本部を叩く狙いだったのだろう。
これも想定の範囲内だ。だが今回、我々に駆け引きや策略を弄する余地はない。その刺客を真っ向から叩き潰した後、我々の都市へと帰ろう。
艦内の防御システムの制御と、防衛の指揮は任せてくれ。
テレジア
わかった。お願いするわ、ドクター。
あの夕暮れに染まった都市に、また殺し合いを持ち込みたくはないものね。
ケルシー
クロージャ、本艦に連絡はついたか?
クロージャ
今のところ応答なし。
ケルシー
……
クロージャ
ま、まだ都市内放送の出力設定を上書きして、範囲を拡大してるところだよ。本艦の通信が一時的に故障してるのかもしれないし……とにかく今頑張って復旧してるから!
ケルシー
……
ケルシー
……
Logos
ケルシー医師、少し異様なものを感じる……
我の母上は……かつて己が愛した一つひとつの命に呪(まじない)を施した……それにより、命が旅立つ時、挽歌が我々の心を結びつけるのだ。
我は今、命の危機に瀕しているわけではない。それなのに……
ケルシーは唐突に全身が凍りついたように感じた。
ドクター
……バベルがカズデルを占領したとしても、甚大な損害を被るのは必然だ。
テレシスの言う通り、彼らの統一には至らず、サルカズの分裂は常態化するだろう。この先、相当長い歳月において、サルカズが弱者から世界の指導者に成り変わることはやはり不可能だ。
しかし今重要なのは、テレシスにもう一つの道を示したということだ。彼のロンディニウムにおける計画の成功率は高く、成功すればサルカズは源石で大地を腐敗させ、敵を滅ぼすだろう。
これでいいのではないだろうか?
あのように強靭な種族が我々の信徒となり、源石が蔓延する緞帳の上で初めてきらめく血痕となる。
そうだろう……? だから我々は……彼らを滅ぼす必要はない。ましてや、彼女を殺す必要などないんだ。
自分は……「文明の存続」を利用し、そこに秘められし力をうまく導き出すことに心血を注ぐべきであり、決して……
……
だがまさか、テレジアとテラの種族たちには、本当に少しの勝算もないというのか?
どんな生命も、自らの希望を選択して然るべきだ。
テレジア
……ドクター?
ドクター! 聞こえてる?
……おかしいわ。ドクターの感情が……少し変よ。
強烈で、高ぶっていて……陰りを帯びている。
ドクターは一体……
……
……
見るがいい。
オラクル
自分は約束に背き、時間の中で待つ彼女を裏切った。
それは、愛ゆえに。生命を愛し、存在を愛するがゆえにだ。愛は永遠の純真さをもって、雑念を振り払ってくれる。
ケルシー、愛することを、信じることを学ぶんだ。君は思考し、導き、山の斜面で悲鳴を上げて転がるばかりの岩に向き合わねばならなくなるだろう。
しかし……最後に……君は愛を学び得ると信じている。それは永遠の純真さであり、息づく幼子たちであり、我々の本質と呼ぶべきものだ。
行くといい。ケルシー。まずは周囲に目を向け、それから少し遠くの山の方を眺めてみるといい。そうして存在の形式を探しに行くんだ……自分はそろそろ戻らねば。
彼女はかつてすべてを教え、そのすべてを熱心に模索した。だが彼女はもう変わってしまったのだ。好き勝手行動する自分に、彼女はあまり多くの時間を与えてはくれないだろう。
……いずれまた会おう。ケルシー、我々はきっとまた会える。
ドクター
……
テレジア
……!
ドクタ―――!
ドクター
……
操作パネルの光がドクターのマスクに反射する。
スクリーンが暗くなるに従い、マスクの下の人物もやがて暗闇に消えていった。
テレシス
なぜならば、その者たちは過去に残ることを選択したからである。
使命が果たされれば、その者たちが築いた新時代と言えど、彼らのための場所はもう必要ない。
伝説は忘れ去られ、英雄は風化していく。
そして約束された死から、逃れられる者はおらぬが……
責任こそが、英雄に自らの死でもって答えを記し、泥濘を踏み固め道と成すよう駆り立てるのだ。
これこそが我々の宿命である。
テレシス
あるいは幾年もの後、我らが故郷を建てて以来姿を消した多くの落伍者も、我々の計画に加わるやもしれぬ……
その者たちは悪名を背負い、この論争を終結させる力になるであろう。
テレジア
かもしれないわね。
双子が肩を並べて立つ。
黒い王冠に保存された記憶を頼りに、二人は当時の戦場を、決意を固めたあの時のように歩く。
二人の混血のサルカズはとうに崩壊した魔王の乗輿(じょうよ)から降り、戦場へと――
未来へと向かった。
テレシス
ならば、これが我らの別れとなろうか?
テレジア
そうよ。かつて手を取り合って一緒にカズデルを変えると決意したこの場所で、お別れするの。
テレシス
長年彼らの魔王を担っていたにもかかわらず、時折、そなたは……昔と変わらぬようにも見える。
テレジア
私たちがまだ幼かった頃、私が編み物をするときに指を怪我して売り物のローブを汚してばかりだったことを覚えているかしら?
テレシス
ああ……
テレジア
あの時あなたはまだ帯刀も許されない悩める見習いで、いつかカズデルの兵士になりたいと願っていた。
当時の私は、なぜ私たちが隠れ回る運命に耐えなければならないのか理解できていなかったわ。
そんなある日、王庭が私の手仕事を評価してくれて、ついにイレーシュに会うことができたの。あの時、私は勇気を出して魔王に聞いたわ――
私たちの未来はどこにあるのですか、って。
彼は答えず、ただ私を追い出しただけだった。
それからしばらくして、私たちが兵を連れて疲労困憊で荒廃した故郷に帰ったあの日に、ようやく悟ったわ。私の追っていた答えはほかのどこでもない、「この場所」――
――「カズデル」にあるのだと。
テレシス
カズデルは我らのうちのどちらかが去って初めて輝きを取り戻す。
されど敗北の定めにあるのはそなたである。あくまでも固執するというのか?
テレジア
私のそばにだって、私を支持してくれている人がたくさんいるわ。
テレシス
しかし、抑圧と屈辱に耐えかねたさらに多くのサルカズが反抗と暴力を選択した。
それ以外の者たちも、望まぬとしてもいずれはこのうねりに呑み込まれ、巻き込まれる定めにある。
テレジア
けれどこの世代を生きる者として、私たちも何かしなくちゃ。この憎しみを私の手から次の世代へと手渡して、同じことが繰り返されるなんて嫌だもの……
たとえ私が未来を変えられなかったとしても、この手で火種を灯したという希望は、私たちが手渡さなければならない。
テレシス
……私もまた、私に付き従う者たちの責任を負わねばな。
戦争の号令に応じようという声が上がっているのはカズデルに限ったことではない。至るところでサルカズは虐げられ、この大地にすでに我らの居場所はないのだ。
私にできることは、あの者らを後押しすることだけ。
そして私もここに残ろう。新たな時代のサルカズが、未来より顧みるこの昔日に。
そなたと同じようにな。