黄金ニンジン
センシ
……気をつけろ! どうやら坑道に落ちたようだ!
先ほどの工員の話からして、オリジムシはこの坑道に営巣しているはず!
ライオス
あの工場はもうすぐ閉鎖されるから、誰もこの巣に構わなかったということか……?
マルシル
この中に純金オリジムシはいるかな……?
ライオス
向こうの群れは普通のオリジムシばかりに見えるな。
気付かれる前にここを離れよう!
センシ
……ここにも純金オリジムシはおらんようだな。どれも普通のオリジムシだ。
ライオス
『ボブのグルメガイド』によると、純金オリジムシは荒野で見かけることが多いようだ。「岩の隙間や洞窟に生息している」「ほかのオリジムシと同様の習性」とあるが……
ここなら見つかってもおかしくないような……
マルシル
……ところで、頭に何かくっついてるけど?
ライオス
ん? あっ!
これは……オリジムシの幼虫か? 甲羅の部分ができたばかりみたいだ。まだ比較的柔らかいな。
そのうえ、甲羅を固めるために必死で粘液を分泌しているから、体温がかなり上がっている。頭に這わせているとぽかぽかして気持ちいいぞ。
マルシルも試してみないか?
マルシル
……絶対いや!
チルチャック
この先に進むのはまずいな……
オリジムシ以外にも、色んな生き物が動いてるのが聞こえる……
なあ、もうこの辺りで引き返そうぜ。
ライオス
だが、純金オリジムシがまだ見つかっていないからな……
マルシル
……本当にそんなのここにいるのかな?
純金オリジムシの分泌液ってなにか別のもので代用できたりしないのかな?
センシ
もう少しだけ進もう。黄金ニンジンを心待ちにしているあの若者たちを悲しませたくない。
それに、純金オリジムシを見つければ、あの車を買えるかもしれんのだろう。
マルシル
うん……
チルチャック
シッ、足音を立てるなよ。
後ろにいる群れも、純金オリジムシではなさそうだな……どいつもこいつも金色じゃないし。
マルシル
じゃあ何なの……?
ライオス
――アシッドムシだ!
ビッグ・ボブ曰く、こいつは腐食性の強い粘液を出すらしい! 粘液がかからないように気を付けろ!
チルチャック
マルシル……!
マルシル
わかった!
センシ
強い魔法は使うな! 全滅させてはならんと言っただろう!
マルシル
そ、そこまで構ってられなくて――
(詠唱)――
わっ!
召喚術――ダメ、間に合わない! 防御魔法を――魔力が足りないかも……
もうっ、やっぱりここじゃ上手く魔術が使えない……
そうだ、閃光魔法は……?
もう一回、ライトを使って――!
社長さんがこれで光を放ってたってことは、これを使って閃光魔法を強化することもできるはず……だよね? それがこの魔物たちに効くかどうかはわからないけど……
ライオス
マルシル、急いでくれ! オリジムシがどんどん増えてるぞ!
マルシル
ああもう、やるしかないか……! 光をーー!
二人
うわっ!? あの一発で……!
マルシル
わっ、上手くいったみたい! こっちの魔術がどういうものか、少し掴めてきたかも!
やったね、私のライト! あなたのおかげで、うまくいきそう!
チルチャック
言ってる場合か! 粘液が飛び散ってんだぞ!
ライオス
肌に触れないように気をつけてくれ!
マルシル
あれ、なんだか調子が……?
……あれっ?
ライトの先端に集まっていた光が暗くなっていき、正常に動作していたはずの部品も嫌な火花を発して、ジジジと音を立てる。
そうしてそのライトは、マルシルが反応するよりも早く、真っ黒な煙を出して地面へ落ちた。
マルシル
あっ……!
ライオス
マルシル、大丈夫か! 君のほうにも粘液が飛んでるぞ!
マルシル
うう……私のライトが……
チルチャック
壊れちまったな……
ライオス
戻ったら、直せるかどうかあのご主人に見てもらうか?
マルシル
ううう~……
センシ
む……?
……この粘液……
良い香りがするな。先ほどの粘液とは違って、むしろ……
……
これは……甘酸っぱい!
ライオス
何だって?
本当だ!
チルチャック
おいおい……虫の粘液なんか舐めるなよ。
ライオス
うーん……実に甘酸っぱい! これは美味しいぞ!
色も美しいし、金色に輝いている!
センシ
金色……?
D32鋼製のライトから放たれた魔法の影響を受け、粘液の色が金色に変わり、味も良くなった……
これなら、純金オリジムシの代用にもなりそうじゃ!
ライオス
うーん……元々腐食性だった粘液が魔法で食べられるようになるなんて、不思議なこともあるものだ。
しかし、元となる粘液はオリジムシの体内に蓄えられているから、それを集めて食用液に変える作業が必要だな!
チルチャック
まさかこの地面に飛び散ってる粘液を集めるとは言わないよな……
センシ
うむ。食材は健全で清潔なものでなければならないからな。地面に落ちた粘液は味見に使っただけで、これを用いて料理はしない。
これでは量も足りんしな。
黄金ニンジンを作るためには、やはりオリジムシの体内にある粘液を集めねばならんだろう。
ライオス
どうやって集めようか?
センシ
マルシルの魔法を怖がって逃げてしまったオリジムシたちが戻ってくる前に、この場の気を失っているオリジムシたちから粘液を集めるとするか。
マルシル
……だけど、ライトはもう壊れちゃったし……
ライオス
杖で、同じ魔術を使えないか?
マルシル
……わかった……とりあえずやってみる……
うーん……
どう?
チルチャック
粘液は……特に変化なし。
ライオス
もう少し続けてみるか……?
マルシル
うん……!
……これでどう?
ライオス
やはり変わらないな……なぜだろう? マルシルの魔法もなんだか途切れ途切れだし……
マルシル
うん……この世界に来てから、ずっとこんな調子なんだ。さっきあのライトを上手く使えた時は、魔力の源を十分に感じられたんだけど……
もしかしてあのライトには何かしらの増幅効果があったのかも……
だから、それを介さずに閃光魔法を放とうとすると、魔力も威力も不足してしまう、とか。
つまり、やっぱりあれがないと……
チルチャック
……おいライオス、いつまでオリジムシで遊んでるんだ! マルシルの言ったことちゃんと聞いてたか?
ライオス
魔術のことは俺にはよくわからない。マルシルの判断に任せるよ。
マルシル
――わかった!
二人
なにが?
マルシル
今の私の魔力とこの杖だけじゃ、粘液の状態を変えられるほどの閃光魔法は撃てない!
D32鋼を使って魔法の威力を増幅して初めて、粘液に変化を起こせる――つまり、今のままじゃ何度やってもダメ!
やっぱりライトが必要なんだ!
ライオス
だが煙を上げているこれを使って魔法を放てば、俺たちまでこのオリジムシのように気絶してしまうのでは……
マルシル
もう、信用ないなあ!
私の計算ではうまくいくはずなんだけど……
……はぁ。さっきは、この世界の魔術が少しは理解できたと思ったのに、ライトはこんな有様だし……
センシ
この道具は、どうやら粘液による腐蝕を受けていないようだな。そのなんとか32というのは、この銀色の金属のことなのだろう?
ライオス
マルシルの言っていたことを思うに、魔法を増幅したのはこのD32鋼という素材であって、どんな外観であっても魔法を放つことはできるんだろう?
マルシル
……え? たぶんそうだとは思うけど……
なんで急にそんなこと聞くの?
ライオス
うーん……
センシ
ふむ……
マルシル
……えっ?
ねえ、どうしてこっち見てるの!?
マルシル
いやああ! 私のライト! やめて、それで鍋を作ったりしないで!
チルチャック
まあまあ、黄金ニンジンさえ作れば、ロドスが早く見つかって、結果的に早く戻ってファリンを助けにいけるだろ。
センシ
よいせ!
ライオス
よっと!
チルチャック
そう嘆くなって。お前らも俺のピッキングツールでミミックの身をほじっただろ。
マルシル
ライトはそういう道具じゃないの!
チルチャック
俺もあの時同じようなこと言ったぞ。
センシ
鍋の完成じゃ!
マルシル
うわああっ!! いやああ!!
センシ
案ずるな。見た目が変わっただけで、この道具が役立つことには変わりはない。
マルシル
その見た目が大事なの!
ライオス
では早速試してみないか? この粘液を、甘酸っぱい液体に変えてみよう。
マルシル
……さようなら、私のライト……
あなたと過ごした時間はすごく楽しかったよ……
センシ
安心しろ。この犠牲は無駄にはせん。
マルシル
(詠唱)――
社長
さて、最後の作業だ。こいつを全部運び出して、分別したうえで廃品工場に売り払うぞ。
工員A
あぁ……名残惜しいなあ……
ここで色々作って食べてた頃が懐かしい……夜食を作ったり、バーベキューやパーティーをしたりして……
工員B
はぁ……
社長
ん? 何の匂いだ……? いい香りだな。
工員B
あれ……本当だ。
工員A
一体どこからだ? 外で誰かが料理でもしてるのか?
センシ
黄金ニンジンのフルコースを用意したぞ。
社長
な……何だと?
工員A
本当に純金オリジムシを見つけたのか?
センシ
いいや。だがその代わりに、ニンジンを金色に変えられるものを見つけてきた。
これはお前たちが伝統とする黄金ニンジンそのものではないが、色はよく似た出来栄えだ。
思うに、別れの前に囲む最後の食事にふさわしいものになったのではないだろうか。
マルシル
それに、社長さんがくれたライトがなかったら、このフルコースは完成しなかったんだから!
D32鋼のライトがあったおかげで、私はこの世界でも上手に魔術を使えるようになれたんだ。
だからあなたの作ったものは、誰にも見向きされないガラクタなんかじゃない!
社長
ほ……本当か?
センシ
どうだ?
工員A
ん? これは……
なんだか甘酸っぱいぞ!?
センシ
うむ、そうであろう。
工員A
だが、とても美味しいな……! みずみずしいフルーツの香りを口にしているみたいだ!
センシ
うむうむ、そうであろうとも。
ライオス
ふーむ……アシッドムシをこんなふうに食べるのは、ビッグ・ボブも想像していなかっただろうな。
こうして加工した後なら、炭酸飲料やソルベにしてもおいしそうだ……!
工員B
ありがとう、工場長……まさか本当に黄金ニンジンを食べられるなんて……
社長
俺に言ってどうする……礼ならあいつらに言え。
それにしても、この黄金ニンジン……一番初めの頃にお前たちと食べたような味とは違うが、それでもつい昔を思い出すな……
あの時、お前たちは黄金ニンジンを食べながらこう言ってたよな。俺と一緒に、ここをレム・ビリトン一の工場にするんだ、ってさ!
工員B
ふふっ! 若い頃は誰しも夢を持つものでしょ。
それに、今だって悪くないでしょう。一からやり直せばいいだけなんだから。
社長
そうだな。俺の商品を認めてくれた人もいるわけだし、まだ夢を追い続けることもできるかもしれない……
工員A
そうだよ。このタイミングで、車に乗ってあちこち行ってみるのはどうだ。お前の夢が叶う場所だってきっと見つかるさ!
社長
そういえば、車の件……
あんたたち、俺の車を買いたいとか言ってたな。
マルシル
ん? ……ああ!
ライオス
売ってくれるのか?
……だが、俺たちの手持ちじゃとても無理だよな……
社長
ああ、こっちも売る気はない。この先も、この車頼りで生計を立てることになるしな。
マルシル
そっか……
社長
だがその代わり、レム・ビリトンのどこかに行く分には送ってやっても構わんぞ!
マルシル
ほんとに?
社長
本当だとも。
それも、タダでな!
この黄金ニンジンのこと、あんたたちには本当に感謝してるんだ!
さてと、食べ終わったら出発するか。エンジンが動く限りはどこまでだって行こうじゃないか!