白き海に吊るされて

「平凡」な町民
ようパスクアラ、やっと来たか。てっきり塩海でくたばっちまったかと思ったよ。
パスクアラ
はぁ……
「平凡」な町民
随分顔が青ざめてるけど、途中で何かあったのかい?
パスクアラ
いいから……早く入れてよ、ティーチ。
「平凡」な町民
入りたいなら、キャプテンの探してるものが手に入ったか聞かせてもらおうか。
パスクアラ
もちろんコンパスは手に入れたよ! しかもそれだけじゃなくて、すんごい発見もしたんだ。
フアナがずっと探してた錬金術師の手がかりを見つけたんだよ。
ね、これなら入ってもいい?
「平凡」な町民
どうぞ、大泥棒さん。あんたが来てくれたおかげで、このボロ小屋も明るくなるってもんさ。
ふらつく老人
帆を揚げて、ヘイ♪ 錨を上げて、ヘイ♪
狂える風が服を引き裂く♪
荒れる大雨が酔い覚ます♪
準備しろ! 出発だ! 港にゃ船がわんさかあるぞ! ♪
???
……
イシドロ
この路地は……あんたの家なのか?
ふらつく老人
あのな兄ちゃん、今あんたが傘みたくかざしてる段ボールは、俺のベッドなんだ……
イシドロ
すまない、ゴミ箱の横に置かれていたから、使われていないものだとばかり。
悪いが、あんたの家で雨宿りをさせてもらってもいいだろうか。もちろん、夜明け前には出て行くつもりだ。
ふらつく老人
この町じゃここ二ヶ月、雨は一滴も降ってないぞ。
それに、雨が降るにしたって、とりあえず俺のベッドを下ろしてもらえないか? ほら、その代わりに俺の布団を貸してやるから。
イシドロ
……ありがとう。
ふらつく老人
それで、ここには何しに来たんだ? エーギルの兄ちゃん。
イシドロ
この地に伝わる剣術を探しに。伝え聞いた話では、その剣術を最初に編み出した人物は……ごほん、いや、それはともかく……
数ヶ月前、その「波風と戦う」ことができるという特別な剣術のうわさを聞いて、それを学びに来たんだ。
ふらつく老人
何とも肝が据わっているな。裁判所の奴らは今も海賊を警戒しているが、それを知らずに来たのか?
イシドロ
海賊には別に興味はない。ただ俺は、自分の剣術には足りないところがあると感じているんだ。
ふらつく老人
剣は人を斬るためのものであって、水を切るためのものじゃないんだぞ。大体、それを学んでどうするんだ? 海にでも出るつもりかい?
イシドロ
……
あんた、質問が多すぎるな。
ふらつく老人
はぁ……こういうバカな話を信じる奴ってのはいるもんだな。もう半年早く来てりゃあ、あの老いぼれに会わせてやれたんだが。
その男は昔、海賊からいくつか技を学んでいたんだ。「俺は大波を切り裂ける」なんて自慢げに吹聴してたんだが、最後は結局俺と同じように、町へ逃げ帰って安らかに死を待つばかりだったよ。
イシドロ
その人は、死ぬ前に何か残さなかったか?
ふらつく老人
日記のことか? 全部墓まで持っていっちまったよ。気になるなら自分で掘り返すんだな。
にしても、自分の剣術を学びたがる奴がいるなんて知ったら、あいつはきっと嬉しくなって墓から這い出してくるだろうに。
イシドロ
……
イシドロはシャベルをそばに突き立てると、棺の板を開け、中に落ちた塩粒を払いのけた。そこには、肌つやも血色も良い遺体が横たわっている。
その遺体のポケットからは、本の一部が露出していた。
イシドロは、塩分に侵食されてひどく脆くなった紙をできるだけ守ろうと、慎重にそれを取り出した。
イシドロ
これがあの人の言っていた日記か?
ぼろぼろで何一つ読み取れないな。
げほ、ごほっ……うっ……
……口に紙片が……
ほかの場所を探すとするか。
???
ほかの場所だと? この許しがたき墓泥棒が……! 食人の罪を犯しながら、なおも悪事を働こうというのか?
イシドロ
墓泥棒? 食人? 何のことだ?
???
お前が墓地にこそこそと忍び込むのを見ていたぞ。もはや言い逃れはできまい。
イシドロ
あなたが何者かはわからないが、この行動を取った理由を説明することはできる。
???
「何者かはわからない」だと……? 私を知らないというのか!
イシドロ
失礼、地元で有名な方だろうか?
???
私は裁判所の修道士だ。平時は町の入り口で、訪問者に対して、通行許可の確認を行っている。
武装修道士
そんな私を知らないというのなら、お前はどうやって町へ入ってきたんだ?
イシドロ
それは……
武装修道士
この男を捕らえろ!!
シルバー
花びらをすり潰す塩梅は、このくらいでいいだろうか?
アニョーラ先生!!
アニョーラ
あ、ああ! もう一息くらいだね。あと少しだけすり潰したら、油を加えて混ぜておくれ。
手が震えてるじゃないか、どうしたんだい?
シルバー
気のせいだろう。
アニョーラ
胃のせい? 腹でも痛いのかい?
シルバー
見間違いだと言ったんだ!
アニョーラ
なんだって? 「身だしなみ」? 別にお洒落のために花を使ってるわけじゃないんだよ。まったく、そんなに手を震わして……またこっそり酒でも飲んだんじゃないかい?
あんたは町の審査官なんだから、なおさら飲むのはよしときな。酒は人に害をなす邪悪なるものだって、あんた自身が説いた教えだろうに。
シルバー
酒類を運ぶキャラバンの代表者と商談をするとなると、どうしても何杯か飲むことになるんだ。この町の活路を見出すために、必要なことなんだよ。
ところで、あの未亡人の様子は?
アニョーラ
誰の様子だって? もっと大声で言いな!
シルバー
陶器職人に先立たれた未亡人だよ! あと数日でお産だろう!
アニョーラ
おっさん? それじゃ、どのおっさんだかわからないよ!
武装修道士
シルバー閣下!
シルバー
うわっ! びっくりした……入る前にはノックをするよう言っただろう。
武装修道士
閣下の叫び声が聞こえましたもので、何か危険があったのではと!
シルバー
いや、何でもない……
武装修道士
あの、それと……ご報告があるのです。
町の東にある墓地で、とある……狂人を、冒涜者を捕らえました。奴は町民の遺体を盗んでいたのです。
シルバー
何だと!?
何ということだ……食料が十分に足りていれば、あの時のような惨劇は繰り返されずに済むと思っていたのに。
武装修道士
僭越ながら閣下、空腹を満たすだけでは不十分かと存じます。
当時神聖なる法をもたらし、人々の負う罪を取り除いてくださったのは閣下です。しかし、今は――禁令が解かれたのみならず、我々が閣下の説法を拝聴することもないまま長い時間が経ちました。
罪悪が再び蔓延せんとするのも避けられぬことです。
シルバー
君はそう思うのか?
武装修道士
はい。ゆえに、あの罪深き冒涜者がこの町に罪を広めんとするのを許してはなりません!
シルバー
……刑執行の手配を進めてくれ。
武装修道士
パローが冒涜者としばらく話し込んでいるのを見たという者がありますが、彼についてはいかがいたしますか?
シルバー
……対処の必要はない。パローは若い頃に海賊と接触したことはあるが、悪事を働く度胸などないだろうからな。
武装修道士
ですが――
シルバー
必要ないと言っただろう。
武装修道士
閣下……せめて、彼を見張っておくべきではないでしょうか。
シルバー
それについては後で話そう……
恐れる町民
墓荒らしって……ま、まさか奴は、人を……
恨む町民
なんということだ! アーロンはもはや穢れなき地ではなくなったのか……災いがまた訪れてしまう……
修道士様、審査官様! どうか罪人を殺し、その罪を取り除いて、当時の惨劇の再来を防いでください!
イシドロ
(身をよじる)
武装修道士
おとなしくしろ!
シルバー
イシドロ殿。あなたは深夜墓場を訪れ、この町の住民の遺体を盗んだと聞いた。それは事実か?
イシドロ
墓場にいたことは否定しないが、それは……
???
ちょっと、今なんて!?
イシドロ
パスクアラ?
パスクアラ
イシドロさんってそんな人だったの? よりによって死体を盗むとか……
ちょっとキモいよ。
イシドロ
そう言うお前の首にも鎖がかかっているようだが。
武装修道士
静粛に! お前の裁きは次だ!
イシドロ
ところで、なぜここに?
パスクアラ
それは……その、クセが抜けなくてね。
ハビエル
なんだって? あの嬢ちゃん、処刑場にいるのか!?
「平凡」な町民
言っとくけどあたしのせいじゃないよ。あの子の悪い癖が出ちまったのさ。この扉を出て行くなり、すぐに身なりのいい男をこっそりつけていっちまってね。
その相手が、審査官のシルバーだったんだ。
ハビエル
あいつの腕なら、相手が審査官だろうとバレそうにないが。
「平凡」な町民
確かに審査官には気づかれずに済んだが、奴のもとに報告しに来た武装修道士にその場で取り押さえられたのさ。
ハビエル
それで、あいつが言ってた錬金術師はどこにいるんだ?
「平凡」な町民
居場所はもう把握してるよ。
ハビエル
ならよかった。
「平凡」な町民
今はパスクアラもろとも、絞首刑になりかけてるけどね。
ハビエル
……
処刑場の武装修道士は全部で何人だ?
「平凡」な町民
十二人。
ハビエル
……あんたもいれば、何とかなるか。行くぞ。
シルバー
ここに集った全員に告ぐ。この町の法に基づき、この罪人二名をこれより絞首刑に処す。諸君にはこれを戒めとして、不浄なる罪に身を染めることのないよう肝に銘じてもらいたい。
時間だ。刑の執行を。
イシドロ
まるで怯えていないようだな。
パスクアラ
まあ安心してよ。
イシドロ
逃げる算段でもあるのか?
パスクアラ
今はないけど、時が来ればね。
少女が首をひねって絞首台のそばを見やれば、その時まさに武装修道士が装置を動かそうとしているところだった。
ハビエル
(合図する)
武装修道士
ぐっ……手が……!
取り乱す町民
と、盗賊だ!
恐がる町民
ああ、私は一体どんな罪を犯したというのでしょう! このような罰を受けねばならぬとは、どのようにして償えば……
武装修道士
敵襲だ! 一般市民を保護し、シルバー閣下を安全な場所へお連れしろ!
シルバー
私に構うな! 人々の避難を優先するんだ!
ハビエル
怠け者ども、突撃だ! あの運のない連中を死なせるな!
大声を上げる船員
かかれ――!!
武装修道士
盗賊どもめ、仲間を助けに来たのか!
陣形を整えろ! 奴らを止めるんだ!
剣を持つ船員
やっちまえ!
興奮した船員
ぐはっ……
武装修道士
貴様ら、よくも街中で公然と略奪など行えたものだな!
「平凡」な町民
ハビエル、ここはあたしらに任せて、あの二人をさっさと助けてやんな!
ハビエル
助かるよ。
シルバー
奴らの好きにさせるな!
武装修道士たち
了解!
ハビエル
手早く済ませろ、時間を無駄にするなよ!
邪魔する奴は斬り伏せろ!
大声を上げる船員
おう!
武装修道士
うっ……
ハビエル
急げ、二人を下ろせ!
荒っぽい船員
了解!
パスクアラ
へへ、やっと来てくれた! 早く早く、もう鎖で手が痛いの!
うわっ! 腕が! ちょっと助け方が雑すぎじゃない!?
ハビエル
フン、これだからキャプテンには言っておいたんだがな。お前は面倒ごと以外何ももたらさないと。
パスクアラ
ちぇっ。そんなこと言いながら助けに来てるくせに。
ハビエル
お前も逃がしてやる。行くぞ、坊主。
イシドロ
剣を貸してもらえないか?
ハビエル
ほらよ。
武装修道士
逃がすか!
イシドロ
俺がおとなしく死を待つとは思うなよ。
ハビエル
ほう、良い剣捌きだ!
イシドロ
それはどうも。
パスクアラ
あのさあ、馴れ合ってる場合? どうやってここから逃げるつもりなの?
ハビエル
黙ってティーチについて行け。あいつが町の外への行き方を把握してる。
パスクアラ
そうこなくっちゃ!
「平凡」な町民
野郎ども、こっちだ!
武装修道士A
奴らは南へ向かったぞ!
武装修道士B
南だと……? 崖があるだけだろう? 奴ら一体何を考えている?
パスクアラ
はぁ、はぁ……あんたどうかしてるんじゃないの!? ここ、崖しかないじゃん!
「平凡」な町民
飛び降りればいいだけの話だろ。
パスクアラ
ねえハビエル、なんかの冗談だよね?
ハビエル
もっと助走をつけろ! でなきゃ遠くまで跳べないぞ。
パスクアラ
はぁ?
イシドロ
(黙って足を速める)
パスクアラ
まさかあんたまで飛び降りる気じゃないよね?
イシドロ
ほかに道でもあるのか?
パスクアラ
あのねえ、一体何考えてんの?
「平凡」な町民
ほら行くよ。1、2、3――跳べ!
前を走っていた背中がためらいなく下へ落ちていき、つられて小石が転がり落ちていく。しばらくして、遠くから石が地面に当たった鈍い音が聞こえてきた。
パスクアラは、前を行く人と石が崖から消えたのを見て、緊張でつばを飲み込んだ。
パスクアラ
うぅ……
武装修道士
この先は行き止まりだ! 奴らに逃げ場はない、急げ!
イシドロ
跳ぶぞ。でなければ追いつかれる!
パスクアラは崖を見て、それから追ってくる武装修道士を見た。
パスクアラ
やだ! 死んでも跳ばないから!
イシドロ
面倒な奴だな。
パスクアラ
ちょっと、な、何すんの!?
イシドロは後ろを見やると、少女を小脇に抱えた。
それから思い切りよく振り返ると、悲鳴を上げる少女と共に崖から飛び降りた。
パスクアラ
ぎゃあああ!
このクソ野郎、絶対許さないから――!!
パスクアラ
あああああ!
パニックに陥っていたパスクアラはふと、自分が予想していたような硬い地面ではなく、柔らかい何かの上に落ちたのを感じた。
目を開けば、彼女は巨大な布に受け止められていた。
パスクアラ
あ、れ……?
イシドロ
もう大丈夫だ。彼らが帆で受け止めてくれたからな。
パスクアラ
えっ? 崖の下に……船があったってこと?
周囲を見回せば、巨大な骨に支えられた木製の船体と、帆布と鱗獣の皮でできたいくつもの帆が日差しを切り裂き進んでいるのが目に入った。
猛烈な風が、複雑な伝達構造を介して船体の下の入り組んだ歩脚を駆動させ、船は力強く塩の砂漠を踏み越えていく。
「平凡」な町民
肝が小さいねえ。そんなんでよく大泥棒を名乗れたもんだ、パスクアラ。
パスクアラ
ハンッ、泥棒に必要なのは綿密な計画と慎重な思考であって、無謀さじゃないからね。
ハビエル
おいティーチ、無駄話してないでさっさと着替えろ。今ので操舵手がケガをしたから、あんたが代わってくれ。
ティーチ
ちょうどよかった。あたしもこの服は息苦しいと思ってたとこさ。
荒っぽい船員
はぁ……はぁ……
ティーチ
ん? あんた、何を背負ってるんだい?
荒っぽい船員
食料と水さ!
さっきあいつらの食料庫を見つけたついでに、頂いてきたんだ!
去り際に火をつけてきたから、向こうは今頃火を消すのに大慌てで俺らに構っちゃいられないだろうよ! ははっ!
ティーチ
へぇ……やるじゃないか。
よし、小娘どもに野郎ども、もうひと踏ん張りだ! 明日の夜には家まで着くよ!
ハビエル
手すりにへばりついて何を見てるんだ、坊主。白き海に来るのは初めてか?
イシドロ
この船……独特だな。ほとんど木と骨だけでできているようだ……これなら、一般的な陸上艦よりはるかに軽いだろう。
ハビエル
そりゃあな。この塩海を渡れるのは俺たちのソルトシップだけなんだ。外にあるような重たい鉄の怪物じゃ、入った瞬間沈んじまうだろうよ。
イシドロ
実に不思議だ。
ハビエル
お前はちっとも怖がってないみたいだな。町の連中が俺らを何て呼んでたか、聞いてなかったのか?
イシドロ
盗賊だろう。
ハビエル
即答か。随分肝の据わった奴だ。
イシドロ
俺を絞首台から救ってくれたのもあんたたちだからな。
ハビエル
それにしても、なぜ俺たちと一緒に逃げてきた? これじゃ、町民からすればお前も盗賊の仲間だろ。
イシドロ
……海上の波風と戦うことのできる剣術を知らないか?
ハビエル
剣術だと? 何かの冗談か?
イシドロ
知っている人間はいないだろうか?
ハビエル
聞いたこともないな。
イシドロ
この船はどこに停泊するんだ?
ハビエル
俺らのもとを離れるつもりなら、それは多分無理だろうな。お前には一緒に集落まで来てもらうぞ。
イシドロ
……悪いが、俺にそのつもりはない。
ハビエル
お前がどう思うかは重要じゃないんだ。
イシドロ
そう言わないでくれ。命の恩人に刃を向けたくはないのでな。
ハビエル
お前の剣術が大したものなのは知ってるが……
イシドロ
うっ……
ハビエル
ちょっとばかり警戒心が足りないな。
パスクアラ
へへっ、盗みは何年かやってるけど、あたしの気配に気付けた人なんて誰もいないんだから。
この催眠ガスを吸った以上は、お兄さんもぐっすりだね。
ハビエル
あまり調子に乗るなよ、パスクアラ。キャプテンが探してるコンパスはどこにあるんだ? お前を助け出すのに散々苦労させられたんだ、失望させてくれるなよ。
パスクアラ
そんなふうに言われちゃ悲しいなぁ。あたしの手土産はコンパスだけじゃないのに。
このお兄さんを連れてきたのもお手柄でしょ?
その件も加えれば、あんたらのした苦労じゃ足りないくらいだよ。だからもっと礼を尽くしてもらわなきゃね。
ハビエル
こいつが錬金術師だと、お前の言葉一つで信じろってのか? 拠点に着いたらキャプテンがこいつの正体を確かめる。話はそれからだな。
パスクアラ
別にいいですよーだ。そのうちあたしのポケットに報酬が転がり込んでくることに変わりはないしね。
ハビエル
フンッ。
パスクアラ
それで、厨房はどこにあるの? 死ぬ気で逃げてきたからお腹減っちゃったんだよね。
ハビエル
船尾の二階だ。
パスクアラ
気前がいいね、どうも!
恐れる武装修道士
ああ――!
ああああ――!!
シルバー
傷口に刺さった骨を取り除くだけだ。君の脚を切るような真似はしない。
まったく、こうもトゲまみれのナイフを作るとは、なんと悪辣な……よし、血は止まったぞ。
恐れる武装修道士
うぅ……
シルバー
もう少しの辛抱だ。アニョーラ先生を呼んでもらったから、あとで診てもらおう。
見る限りは大丈夫そうだから、安心しなさい。たっぷり食事を取れば回復するはずだ。
悲しむ武装修道士
審査官閣下、食料庫の火は消し止めたのですが、中は空になっていました。
シルバー
……食料のことは、私が何とかしよう。
それで、アニョーラ先生は? あの人は足を悪くしているだろう。なぜ支えてあげなかったんだ?
悲しむ武装修道士
先生は……もういません。
シルバー
なっ――何があったんだ?
悲しむ武装修道士
盗賊どもに突き飛ばされて、頭を強く打ったようで……亡くなられたんです。
シルバー
……そうか。
恐れる武装修道士
シルバー閣下……?
シルバー
すまない、痛かったか……どうか耐えてくれ。
焦る町民
シルバー様! 例の子が、赤ん坊が生まれそうです!
盗賊の件でショックを受けたのか、彼女が急に産気づいて、早く先生に診てもらわないと……
……先生はどこです?
シルバー
聞かないでくれ。私が向かおう。
シルバー
そう揺すぶってやるな……彼女はもう、目覚めないんだ。
焦る町民
シルバー様……彼女は……それに、赤ん坊は……
シルバー
……この子ももう、目覚めない。
焦る町民
っ……シルバー様……
シルバー
修道士よ。二人の遺体に何事もないよう見張り、明朝埋葬してやりなさい。
武装修道士
はい。
シルバー
それと、駄獣の用意を。葬儀が終わり次第、アニョーラ先生の息子さんを探しに向かってくれ。何が何でも町に戻ってきてほしいとお願いするんだ。
町には医者が必要なのだから。
武装修道士
閣下も、アニョーラ先生から医術を学んでいらしたのでは?
シルバー
軟膏作りを学んだばかりの人間では、医者にはなれん。
私にそれだけの力があれば、この人も赤ん坊も死ぬことはなかっただろう。
さあ、取り掛かってくれ。
アーロンの人々は、締め切った窓越しに、淡い桃色の灯りが霧のかかる通りに浮かぶのを見た。
シルバーには、いつの間に夜になったのかすらわからず、まるでつい先ほど朝を迎えて、処刑を執り行うために身なりを整えたばかりのようにすら感じた。
だが今や、彼の身体は血にまみれており、そのうえそれは盗賊や冒涜者の血ではなく、町民の血だった。
シルバー
……
…………
不意に、通りの向こうに、また別の桃色の灯りがちらりと見えた。
そこには、腹に空いた穴から血を流している長身瘦躯の男がいた。シルバーには、その穴から遠くを見通すことすらできた。
しかし、その男は何事もないかのようにこちらへ向かってくる。
シルバー
そちらの方、大丈夫ですか? 何か助けが必要では?
ひどい怪我を負っておられるようですが。
アナスタシオ
私は大丈夫です、審査官殿。貴方のほうこそ、顔色が悪いですよ……
私は新たに派遣されてきた執行官なのですが、何かお手伝いできることはございますか?
シルバー
……
イシドロ
うっ――
フアナ
逆さ吊りにされておいて、こんなにぐっすり寝るなんてね。
イシドロ
よくあることだからな。慣れているんだ。
フアナ
あなたの小屋だけど、修理は終わってるわよ。ハビエルにお礼を言いなさいね。あなたの掘った穴を埋めるために、昨日は一睡もできなかったようだから。
イシドロ
俺を解放しておけば、そんな苦労などせずに済んだだろう。
フアナ
本当に頑固な子ね。コンパスさえ直してくれたら、いつでも解放してあげるわよ。
イシドロ
何度言われようと同じだ。俺は錬金術のことなど何も知らない。
フアナ
……
この子を小屋に戻してちょうだい。今後食事はパン抜きでね。