黄玉蔵心
ニン・シュー
ユー・チェン……お主が求めている太師の事件の真相は以上だ。
他に聞きたいことはあるか?
ユー・チェン
これほど多くを語りながら、一連の事件におけるご自身の立ち位置については一言も触れずに終わりましたな。
……なぜ人をやって刑部尚書を暗殺したのですか?
ニン・シュー
お主はすでに答えを持っているのではないか? 何年も前、混迷を極める状況の中で事件を調査していた刑部尚書をわしが保身のために殺害したのだと、そう指摘したのはお主じゃろう?
ユー・チェン
性急に泥を被ろうとなさらずともよいでしょう。
実のところ、これもまた私を長らく悩ませた疑問です。グー・チュエンは十数年の時を経て再び百灶に戻りましたが、なぜよりによってあなたの家に留まっていたのでしょうか?
その疑問は、あの日、あなたの家であの女性を見てようやく解けました。
九死に一生を得たグー・チュエンがまた百灶に戻ってきたのは、当時の真相を解き明かしたかったからだけでなく、百灶に残した娘を探すためでもあったのです。
ニン・シュー
どうやらグー・チュエンからは、あまり多くを伝えられていないようじゃな。
ユー・チェン
ええ。あとは私の推測です。間違っているものがあれば、笑っていただいて大いに結構。
太師が謀反の罪で自害した後、国中が騒然として文武百官が次々と太師とは無関係であると表明する中で、人目を憚ることなく、彼女を偲びに向かった学宮の学生がいたと聞きます。
彼はそこで、太師の家が捜索されている場に出くわした。混乱の中で彼は太師の家にいた生まれたばかりの赤子を連れ去りました。そして偶然ながら、彼にもまた生まれたばかりの娘がいた。
彼はどうすればいいか分からず、妻と二人の赤子を連れて百灶から逃げようとしましたが、非力な書生であったので、しばらくして駆けつけた禁軍に捕らえられました。
恐らくその禁軍の兵には同情心があり、太師の血筋を残してやりたいとも思ったのでしょう。書生を見逃して、彼の子供を連れて帰ったのです。
グー・チュエンがどう考えていたかは知りませんが、当時の彼には他に選択肢もなかったのでしょう。
その子は刑部尚書の手に渡りました。彼女の血筋を調べるのはわけがないことですが、いざ突き止めてみると今度は、この本来部外者であるはずの子をどう処理すべきかが難題となったのです。
かねてより刑部尚書の過激な行いに対して不満を抱いていたニン様は、まさにその時ついに危ない橋を渡って刑部尚書を殺害したのです。
太師の事件は影響を及ぼす範囲が広く、その一環として刑部尚書が報復を受けても何ら不思議ではありません。時局はすでに定まり、真龍はこの一連の騒動がこうして幕を閉じるのを黙認しました。
未解決の問題も、太師の家から連れ去れた子供のみとなりました。結果から見れば、その子はニン様に引き取られています。であれば過程は想像に難くありません。しかし目的については……
私の記憶違いでなければ、ニン様も太師の門下で学んだことがありますね?
ニン・シュー
……ユー・チェンよ。お主がもし大理寺の官吏でなかったら。あるいは獄中におらなんだら、その知略をもってして何をなしたことやら。
恐ろしい、まったくもってそら恐ろしいのう……
ユー・チェン
過分なお言葉ですな。グー・チュエンに比べれば、私なぞ愚者でしかない。大理寺少卿として、あまりに多くの人間を見てきただけです。多くを見れば――分かるものです。
グー・チュエンが百珍宴にて真龍にあの料理を献上した行いは、自ら死を求めにいくようなものでしたが、今にして思えば、あの時にはとうに真相を受け入れ、飲み込んでいたのでしょう。
彼は死の際しても真相を私に伝えることはありませんでしたが、太師の遺児の行方は明かしました。真相を突き止めた後に、私が彼と同じようにそれを受け入れ飲み込むことを望んでいたのでしょう。
……しかし、私にはできませんでした。
このような方法で残された者たちを、あなたが気にかけている者たちを見つけ出して、真実を吐くように迫るしかなかった。
ニン様、行いとその理由を一つ一つよく吟味すれば、あなたは悪人とは言えぬでしょう。せいぜいが臆病者です……
私を恨んでいただいて構いませんよ。
ニン・シュー
……
あの子にまた一目会えたことで、わしの願いは叶ったと言えよう。
わしは陛下に会いに行くさ……必ずな。
ホァン
君……全部知ってたの?
ニン・イン
つい先ほど……
お聞きしたいのですが――
ホァン
どうして……そんなに冷静でいられるの……
ニン・イン
長年の間、心にしまっておいた臆測が……ついに証明されただけですから。
手の平に棘が刺さっていても、それを抜いて、一度血が流れてしまえば治ります。
あなたは……
なぜ、何もおっしゃらないのですか?
ホァン
分からない……どうしてこんなことになったんだろう……
悲しむべきなの? それとも怒るべき?
何が正解か分からない……ただ頭の中がぐちゃぐちゃで、胸が潰れそうで……誰にこの怒りをぶつけたらいいか分かんないよ!
ニン・イン
今度は、わたくしが問う番ですね。
ホァン様……教えてはいただけませんか、グー・チュエンは……わたくしの父様は、どのような方だったのですか?
ホァン
あの人は……あの人はバカで、本の虫で、嘘つきだよ!
嘘なんて大嫌い! これまで腐るほど見てきた。私利私欲の嘘、軟弱な嘘、狡猾な嘘……
でも、赤の他人を守るために、一生をかけて嘘をついて、自分の娘まで失くして、最後には自分の命すら失う人なんて、見たことないよ……
どうして……そんなにバカだったの。
ニン・イン
以前、本で読んだ物語を思い出しました。
昔々、川沿いの宿駅を守る衛兵がいました。ある日のこと、彼は上流で洪水が起きていることに気づき、水門を閉じるよう伝えるため上流へと走りました。
しかし途中まで走って、水位が急激に上昇しているために、水門を閉じても間に合わないことに気付いたのです。そこで今度は宿駅に戻り、人々に早く逃げるよう伝えようとしました。
衛兵は元来た道を逆に走り出しましたが、結局は間に合わず、最終的に自分もその洪水に巻き込まれて亡くなったのです。彼は何もできずに、誰も救えませんでした……
ホァン
また回りくどいこと言って。
ニン・イン
この人が行ったこと、なんだか聞き覚えがありませんか?
ホァン
分かってるよ! 君の回りくどい例は理解できないけど、あの人の悪口を言ってるんでしょ?
あの人は悪い人じゃない! ただ……はぁ!
もちろん君にはあの人を恨む理由があるよ。だけどもし、あの人が自分から君を捨てたんだとしたら、わざわざ時間をかけて君を探しに帰ってくる理由はないよ――
ニン・イン
どうしてあなたの方がわたくしを慰めるのですか……
ホァン様……あなたは感染者ですよね?
ホァン
いつそれを――
君って――察しが良すぎでしょ!
ニン・イン
申し訳ありません、他意はないのです……ただ、それは本来わたくしの運命であるべきだと思っただけです……
ホァン
なにバカなこと言ってるの!
君は何も悪くないでしょ! なんで、勝手に不運は全部自分のものだって気でいるの?
私は今、幸せに生きてるんだからね。仲間がたくさんいるし、自分の理想だって見つけた。
それより、君の方こそ惨めな生活を送ってるじゃない! 大きな屋敷で独りぼっちで部屋に籠もって、本ばっかり読むのが楽しい人っているの?
ニン・イン
なんだか、悪口を言われているような気がするのですが……
ホァン
そんなんじゃ――
ニン・イン
分かっています……分かっていますよ。
そうだ……まだ伺っていませんでしたね。あなたは一体どういったお名前なのですか?
ホァン
燭煌(ジュウホァン)……顧燭煌(グー・ジュウホァン)。あの人――親父が付けてくれた名前だよ。
ははっ……本名のことを、誰かに言ったのどれくらいぶりだか忘れちゃった。
さて、これで私は何一つ秘密がなくなったよ。
ニン・イン
「蛍燭の煌、微明なれども顧みるべし」……あの方が付けそうな名前ですね。
ホァン様……今になってようやく、あなたと本当に知り合えたのでしょうか?
ホァン
そ……そうかもね。
いや、君に話してないことはまだまだたくさんあるよ。君をヴィクトリアに連れて行きたいし、うちの母さん――えっと、つまり……君の生みのお母さんに、会いに行くべきだと思う。
ニン・イン
……まだ生きていらっしゃるのですか?
ホァン
死んだなんて誰も言ってないでしょ! ヴィクトリアの西にある小さな町でピンピンしてるよ。
ここでの用事が終わったら、母さんのところに連れてくからね。
母さんはきっと……きっと、すごく君に会いたいと思ってる。
ニン・イン
はい……分かりました……
ホァン
泣いてるの?
ニン・イン
な……泣いてなんかいません……
あなたの方こそ! あなたの方こそ、泣き出しそうな顔をしてるではありませんか……
ホァン
私は嬉しいんだ。
こんなに大きくなってから、妹ができるなんて想像もしてなかったからね。
ニン・イン
どこに、このような姉妹がいるのですか……
それに、どちらが妹かなんて分かりませんよ。
ホァン
私は今日、こんなに辛い思いをしたんだよ。譲ってくれてもいいでしょ!
ニン・イン
ついさっきまでわたくしを慰めてくださっていたのに……
ホァン
そうだけど、そうじゃなくて。とにかく、私が言いたいのは……
――これからずっと、君は一人ぼっちじゃないからね。
小さな料理長
はぁ……しみじみいいものだねぇ。
この世の百味の中で、結局は団欒の味が一番いいもんだ。
まったく……情けないよ。私がもらい泣きしてどうするんだっての……
これで最後の気掛かりもなくなったかな。
ニン・イン
ところで、昨日の夜に禁城にいたあの大理寺の官吏は……
ホァン
レイズ……
彼女は私を送り出す時、あの禁軍の若い女の人に止められてた。
ニン・イン
我々はこれからどうすべきでしょうか?
ホァン
この件はまだ終わってない。
私はやるべきことを終わらせに行くよ。
ニン・イン
ど……どうなさるおつもりですか?
ホァン
……
みんなのために……納得のいく説明を求めに行く。
百年だ。
ようやくこの場所――対局の始まりの場所に戻ってきた。
碁盤はクモの巣と埃に覆われ、天元にはいまだ黒石が一つ残されている。
彼は手を伸ばし碁盤の埃を払った。
ジャン
どこに行くんですか?
小さな料理長
出前だよ。
ジャン
そんな気軽に言って。店はほったらかしですか?
小さな料理長
何時だと思ってるの、とっくに店仕舞いしてるでしょ。
ジャン
明日は営業しますか?
小さな料理長
……明日店を開くかどうかは、明日の気分次第だね。何とも言えないよ。
ジャン
その口ぶりを聞くに、お別れってことですか?
それならそれで別にいいですけどね。まだあと半年分のお給料が足りてません。それを払ってくれたら見逃してあげますよ。
小さな料理長
ちっ……ケチだな! あれだけ賄い作ってあげたんだから、数ヶ月分の給料がなんだってんだ……
分かったよ……厨房の竈の右側、角から外に向かって三つ目のレンガを見てみな、下に私の最後のへそくりがあるから。持っていきなよ。
ジャン
……
料理長とは長い付き合いでした。
小さな料理長
そうだね、丸十五年になるかな。私にくっついてきた持燭人の中でも、あんたとの付き合いが一番長かったよ。まあ縁があったってことでしょ。ははっ。
ジャン
自分が司歳台の持燭人だというのがずっと頭にあったなら、きっとこんなに長くついていくことはできなかったでしょう。
小さな料理長
はぁ、同感だ。正直、私も自分が一体誰なのかもう何年も思い出してなかったよ。
意識して覚えてようとしたわけでも、忘れようとしわけでもないけどね。人にせよ獣にせよ、生きていればそれだけで何とも言えない味わいがあって、悪くないように思う。
ジャン
それなら、永遠に思い出さないでくださいよ。
自分が誰であるかを思い出したら、あなたが人の味覚を忘れてしまうのが怖いです。舌が利かなくなれば、その料理の腕は無駄になります。
小さな料理長
はぁ……私だって好き好んで思い出したくはないよ。
けど、うちには手のかかる兄ちゃん姉ちゃんがいて、みんなにも食事が必要なんだ。
ましてや一番安心できないあの人ときたら……これだけ長く会ってない間に一体どうしちゃってるのやら。
ジャン
今日その料理を届けたら、どんな結果を招くかは分かっているんですよね?
小さな料理長
うーん……多分ね。
竈の近くに綿を置いちゃいけないのは、ごく当たり前の道理だからね。そりゃあ、司歳台は私たちが家族で食卓を囲むことを望んじゃいないと思うよ。
ましてやこの大事な時期なんだ。もしまかり間違って争いが始まったら、明日あんたは私に会えないかもね。
ジャン
……
小さな料理長
はぁ……いままで私はたくさんご飯を作って、たくさんの人を見てきたよ。
この店に来たお客さん全員に美味しいご飯を食べてもらって、円満な生活を送ってもらいたかった。
厨房の辛酸甘苦、心の喜怒哀楽、世の悲歓離合は、まるっきり同じことみたいなんだよね。
でも鱗獣には骨が多くて、海棠(かいどう)には香りがない。世にはどうにも無念の方が多い。
お腹が減ったらご飯を食べて、眠くなったら寝なきゃならない……家族のことを思えば、やはり会いに行かなきゃいけないよ。
ジャン
ほ……本当に捨てちゃうんですか。名残惜しいとは思わないんですか……
小さな料理長
名残惜しいものはまだたくさんあるよ。でもどれだけ惜しくても、ずっと手の中に掴んでいられやしないんだよ。
ジャン……私がいない間、この店をしばらくあんたに任せてもいいかな?
私が料理するのをこれだけ長く見てきたんだ。あんたなら、私が作れるものは大体作れるでしょ。今後お客さんが来たら、私の代わりに世話してやってよ。
ユー
「余味居」……この名前はなかなか上手くつけたもんだと思うよ。人間(じんかん)ってやつの味わいは――
――余味が長い。
巡回する衛兵
校将にご報告します。巡防営は全兵力を派遣して八つの市街地をしらみつぶしに捜索しておりますが、いまだ目標の発見には至っていません。
「禁軍の若き教官」
すでに丸一日が経っている……
空が明るくなる前に、必ず――
???
私を探してるらしいね?
「禁軍の若き教官」
何者だ!?
ホァン
どいて。
「禁軍の若き教官」
どうした? 自首する気になったか?
ちょうどよかった。お前を探し回る手間が省けた。
ホァン
百珍宴の件で私を捕らえたいにせよ、私の身元のせいで捕らえたいにせよ……今は駄目だ。
大切な用事があるから急いでるんだ。どいた方がいいよ。
「禁軍の若き教官」
ふっ……
ホァン
こんなに怒ったのは初めてなんだよ。もし私を止める気なら、やってみればいい。
「禁軍の若き教官」
ちっ……
……一体何をするつもりだ?
ホァン
――真龍に、長寿麺を渡しに行く。