夜明けの時

「将校」
殿下、先ほど「吟遊家」から、「雄弁家」たちがラフシニーさんを捕らえてヒロック郡へ向かったとの報告が入りました。
エブラナ
わかった。
「将校」
「吟遊家」は、隊が出発し「リーダー」がヒロック郡へ向かった時を見計らい告発してきたのです。「雄弁家」たちの機嫌を損ねず、かつ黙認したと見なされずにも済むように……
奴の処遇はいかがいたしましょう?
エブラナ
もとよりダブリンは奴にスパイの役目など与えていないのだから、報告が遅れようと構わんだろう。
「将校」
申し訳ありません、この事態は私の責任です。命令通りにヒロック郡へ向かったとばかり思っていたのですが、まさかラフシニーさんを連れ去るとは。
まだ遠くへは行っていませんので、今すぐに発てば追いつけるはずです……
アルモニ
殿下、妹君からのご連絡がございます。妹君は、「雄弁家」たちの軽率な行動を止め、ご自分をこちらへ連れ戻してほしいと仰っていました。
「将校」
それは本人の意思か?
アルモニ
はい。
「将校」
すぐに部隊を動員し――
エブラナ
待て。
「将校」
僭越ながら、すぐにでも彼らを止めるべきかと。
アルモニ
それに、「ヒロック郡へ行きたくない」というのは、ラフシニー自身の意思でもあります。
エブラナ
本当にラフシニーの意志だと言うのなら、己の手で実現させるべきだろう。
あれの炎をもってすれば、そう難しいことではないはずだ。現に、「リーダー」の名のもとに多くの人間を処してきたのだからな。
ラフシニーに伝えろ。お前がそう望むのなら、己の手で――
いや、伝える必要すらないか。
アルモニ
殿下、恐れながら申し上げますが、彼女は殿下の――
エブラナ
妹であることが、何か?
アルモニ
……
巨龍は鋼鉄の翼を広げ、冷たく燃える渦を巻き起こしたが、ラフシニーは微動だにしなかった。
彼女は巨龍の眼窩へと、槍の穂先を力強く突き立てる。
巨龍
まだ私を殺す決心がつかないのか、ラフシニー?
巨龍の声は次第にエブラナのそれと重なっていき、その身体さえもエブラナの姿に変わっていった。
それと同時に、周囲の景色も、ラヴラーハと共に遺跡で過ごしたあの晩のように目まぐるしく変わっていく。
ラフシニー
ただ……わからないだけだよ。
姉さんが一体何を望んでいるのか。
私やみんなを騙したのは、単に一つの都市を道連れにするためだったの? どうしてそんなことを? 次のゲル王伝説になりたかったとでも言うの?
エブラナ
お前を騙してなどいないさ。
ラフシニー
こんなことになった今も信じると思うの?
姉さんにとって、ナ・シアーシャは、ターラーは何だったの?
私はずっと、私たちは同じ夢を叶えようとしていると信じていたのに――どうして今では、私たちの夢はこんなにかけ離れてしまっているの?
姉さんにとって夢は、権力を追う中で、退屈でうんざりするような手遊びに変わってしまうようなものなの?
ちょうど、ヒロック郡の時の……ラフシニーのことと同じように。
エブラナ
ヒロック郡か。
あの時お前の目の中に見えたものは、帰還への切望ではなく、解放を望む心だった。違うか?
ラフシニー
……
エブラナ
そして、私の気持ちを言うのなら、確かにヒロック郡の時はうんざりしていたな。
炎を使えばあらゆる物を望む形に変えられたが、鏡に映る影だけは……
どれほど大きな炎を以てしても、少しとして変わることはなかったのだから。
ラフシニー
……それは、姉さんがその「影」自体を炎で焼いたことがないからだよ。
エブラナ
そうか。
私はただ、ずっと待っていたんだ。お前からの答えをな。
ラフシニー
答えって……?
エブラナ
──お前はどうだ、ラフシニー? お前は何を望む?
お前の血と教養はお前を高尚にさせた、これは素晴らしいことだ。だが、もし何も求めるものがないのなら、私はお前にどんな地位を与えてやればいい?
言うがいい。これは雪の夜の願い……どれだけ大きな野心だろうと許してやろう。
ラフシニー
……
確かに、姉さんは私を焼こうとはしなかった。でもその理由は、姉さんが恐怖や責任感、罪悪感や同情心といった……もっと便利な道具の使い方を知っていたからでしょう。
それに、姉さんは何かを変えろと直接言ってきたことは一度もないけど、遠回しにそうさせようとしてきたことは何度もあった。
エブラナ
お前を変えようとしたところで無意味だったというのに、嫌気が差して手放した途端に望んだほうへ変わったというのは、実に皮肉なことだな。
ラフシニー
……
エブラナ
どうあれ、お前はついに戻ってきて、本当の生き方を受け入れる気になったのだから、それだけで十分だ。
ラフシニー
陰謀や、権力欲や、戦争だけが、姉さんにとっての本当の生き方だと言うの?
エブラナ
そうではないとでも? お前は、物語や、詩歌や、伝説に親しむばかりが、我々の享受すべき生き方だと言うのか?
ラフシニー
……わかっているんだ。自分がずっと後悔してたこと。姉さんの苦しみを引き受けてあげられなかったことが悔しくて。
私が逃げたせいで、姉さんに一人で全部背負い込ませてしまった。それが今の姉さんを作り上げて――
エブラナ
それは違う。
この頃考えていたんだ。実のところ、お前は私と変わらぬほど傲慢なのではないかとな。違いがあるとすれば、私のそれは大地すべてに、そしてお前のそれは私一人にのみ向けられているところだが。
ラフシニー
どういうこと?
エブラナ
お前はなぜ、陰謀や、権力欲や、戦争が、今の私を作り上げたなどと思っているんだ?
そうしたものが私を変えたわけではなく、それが偶然、私にとって意のままに操れるような形に育っただけの話だ。
ラフシニー
……
エブラナ
小さな権力は一人の生死を、大きな権力は一軍隊の存亡を、そして莫大な権力は一国家の盛衰を左右するものだが……
権力というものには、必ず終わりがある。
詩人たちはとうにそのことを知っていたのだから、お前にもわかるはずだろう?
死はあらゆる者を等しく嘲笑し、権力に目の眩んだ者に避けられぬ終わりを与え、その瞬間、彼らが生涯をかけて追い求めた物を容赦なく奪い去っていくんだ。
ラフシニー
報われない道だとわかっているなら、姉さんはどうして……?
エブラナが――鋼鉄でできた巨龍の骸骨が後退していく。
逃げようとしているのか、あるいは身を躱そうとしているのだろうか?
ラフシニーは思わず力を緩めかけたが、すぐに唇を噛みしめ、思い切り力を込めて、なおも押し込んだ。
エブラナ
これは良い。お前は、私なしで生きていくために最低限必要なことを学んだようだな。
ラフシニー
……それは残酷さだって言いたいの?
エブラナ
意志の強さだ。
己の生きる道を決めたのなら、前へ進み、もう振り返るな。
ラフシニー
その言葉をナ・シアーシャのみんなに言ってあげるべきじゃ――
エブラナ
私の言葉は終わっていないぞ、ラフシニー。
死はあらゆる者を嘲笑するが……私は、その死を嘲笑する。
祝福しろ、ラフシニー。偉大な冒険の幕開けだ。
エブラナは止まることなく後退していく。その顔には、これまで以上に曖昧で捉えどころのない笑みが浮かんでいた。
鋼鉄を貫いていたはずの感覚が次第に柔らかくなっていき、肉体を貫くように滑らかなものへと移り変わったと思えば、炎を貫くように形のない虚ろなものへと変わっていき――
やがて、日没前のひときわ強い残照のような大きな力が穂先から伝わり、ラフシニーは勢いよく相手のほうへと引っ張られた。
冷たい炎が身体にまとわりついた瞬間、ラフシニーは突如として気付いた。自分がナ・シアーシャの要塞入口、赤き龍の広場、返し火の儀の中央に立っていることに。
あるいはそれは、彼女に強く絡みついていた赤き龍の骸骨がただ元の場所へと戻り、槍を握りしめたラフシニーがその勢いで葬儀の中心たる火中へと引きずり込まれただけだったのかもしれない。
エブラナ
また私を見逃すつもりか、ラフシニー?
ラフシニー
――!!
ラフシニーの槍の穂先から、これまでになく眩い光が放たれた。
同時に、内臓を幾度も引き裂かれるような火傷の痛みが瞬時に襲い掛かる。命の炎が死の中心で爆ぜ、爆ぜ、やがて武器そのものすらもアーツの過負荷に耐えきれなくなり、激しい炎に包まれ始めた。
巨龍の骸骨が擦れ合い、ぶつかり合う音は、無数の口が一斉に嘆きの歌を歌い出したかのように聞こえた。
炎の温度は徐々に上昇し、エブラナの姿も次第に薄れていく。
ラフシニーは唇を震わせて、別れの言葉を告げようとしたが、今までに読んだ本すべてを思い返しても、この別れにふさわしい言葉は見つからなかった。
消え去る直前、エブラナは両腕でそっとラフシニーを抱きしめた。
エブラナ
今生の別れだ……死が再び私たちを巡り合わせるその時まで。
私からの餞別を気に入ってくれると良いのだが。
ラフシニー
……餞別って?
広場に立ち、哀悼を捧げる人々は、炎の中で起きている出来事を知る由もない。
彼らの目に映るのは、ますます勢いを増し、台座や棺、赤き龍の彫像、要塞すべてを包み込み、なおも天へと立ち昇る炎だけだった。
赤き龍の彫像は熱にさらされ形が歪み、もはやそれが翼を広げ飛び立とうとしているのか、仇敵と死闘を繰り広げているのか、あるいは頭を貫かれ、痛ましい悲鳴を上げているのかもわからない。
人々は沈黙し、炎の中にある彫像の姿を見極めようと試みたが、すべては空しい努力に終わった――
そんな時、ブリギッドが驚きの声を上げた。
ブリギッド
炎の色が変わったよ!
彼女の言葉通り、炎の色は変化した。
地の底から吹き上がっているかのような強風が、天を照らす紫の炎を渦巻かせ、渦の底である棺の置かれた場所からは、小さくも燃え盛るような太陽が昇り始めた。
その渦全体が光に照らされるようにして、底から頂へと、深い紫色が明るい黄色に変わっていく。
かがり火のそばにいた人々は皆、後ずさる。突然温度を宿した炎で火傷をしかけたからだ。
そうして、沸騰するほどの熱が広がり、悲しみのせせらぎさえも干上がらせていく。
ここで奇跡が起ころうとしているのかもしれない。この瞬間、全員の心に浮かんでいたのはそんな考えだった。
ラフシニー
奇跡……私がターラーのために背負わざるを得ない奇跡……
これが、姉さんの餞別なの?
エブラナの命はもはやなく、問いに答えられるはずもなかった。
ラフシニーは先ほどの抱擁を思い返そうとした。姉の期待はどれだけ満たされていたのだろう? そこにどれだけわずかな温もりと、どれほど冷酷な打算が込められていたのだろう?
あるいは、エブラナにとって、そうしたものはもとより区別のできないものだったのかもしれないが。
ラフシニー
……
姉さんの言う通りだ。
これが姉さんの最後の目的なら――どうしても、この血染めの王冠を私に被せたいと言うのなら、確かにもう会えないね。
さようなら。
死が訪れるその時まで、二度と巡り合うことはないんだろうね。
炎の渦がふと消えた。
赤き龍が――ターラー人を率いて長い夜を歩んできた赤き龍が、彫像の中央からナ・シアーシャへと踏み出したのだ。
その表情こそ炎の中でぼやけていたが、その姿は大地に脈々と続く命のように揺るぎないものだった。
一歩、また一歩と彼女は進む。
その両足がいまだ紫色を残す棺の元へ辿り着き、そこを越える頃には、木製の棺桶は灰と化す。その中には誰の遺体もなく、ただリーダーが使い続けていた炎を吐く槍だけがそこにあった。
ラフシニー
……
人々は息を飲んだ。広場は産声が上がるのを待つ産室の外か、あるいは最後の土をかけたあとの墓地のように静まり返っていた。
そこにはただ、揺らめく炎だけが残されている。
姉さんのしてきたすべてを許してもいい。だけど、この餞別のことだけは……絶対に許さない。
エブラナの名は、これまでターラーを築き上げてきた無数の名前と共に忘却の底に沈むことになる。
ターラーの赤き龍は、ラフシニー・ダブリンただ一人。
ラフシニー
私は帰ってきた。
キミたちを率いて、ヴィクトリアに反旗を翻し、独立と自由を勝ち取った赤き龍――
ラフシニー・ダブリンが……死の底から帰ってきた。
私は皆の身を焼く烈火を消すために死んだ。けれど、皆が私を悼んで流した涙の雨が炎をかき消し、私を死の淵から蘇らせてくれたんだ。
私は二度と、皆を死へと駆り立てはしない。
偉業はすでに果たされた。数多のターラー人が己の命を捧げ、残されるのは廃墟と泣き声だけなどということは、これ以上あってはならないんだ。
私は心から願っている。すべてのターラー人が自分の炎を鎮められるようにと。それはあの隷属から、搾取から、屈辱から生まれた、何百年も消えることのなかった悲しみの炎だ。
それを忘れろとは言わない。ただ、先祖たちがかつてそうしていたように、その炎を灯火に変えてほしい。
初めに自分を温め、そして……
皆の行く道を照らし、この故郷で心から笑い、歌い、暮らすために役立ってくれるような……
明るく、温かな灯火に。
人々が赤き龍の言葉の意味を考えていた時、あるごく普通のナ・シアーシャ市民が急に叫び声を上げた。
敏感な住民
痛っ! 手が……! あの火傷か? 何で急に痛み出したんだ?
あれ、あんたらのランプの色……
いや、俺のまで色が変わってる……!
ネモス
それこそが、赤き龍の言った、自らを温め、行く道を照らすことのできる灯火です。
本来、紫の炎は死者だけのもの。私たちの炎は知らぬ間に、あまりに多くの死と喪失を経たことで紫に染まってしまっていたんです。
けれど、私たちはそれを祝福と誤認して、自分たちまで死の底に引きずられていくままにしていた……
もし、今夜赤き龍がご自分を殺めていなければ、あるいは我々があの方に火を返していなければ、今頃は全員が命を落とし、生ける屍と化していたでしょう。
敏感な住民
俺たちに宿る死の炎を消すため……それが、赤き龍が命を絶った理由なのか?
紫の炎が消えたことで、ネモスの胸には罪悪感が湧き上がっていたが、彼女はただ小さくうなずいて見せた。
その時ふと、彼女は頬にひやりとした感覚を覚えた。
一粒の水滴が落ちてきたのだ。ネモスは顔を上げ、遥か遠くの夜空を見やる。
幾度か呼吸するうちに、民衆は次々と顔を上げた。頬を打つ雨粒が涙の痕を優しく洗い流していく。
雨が降ってきた。
サウィン祭前夜の雨はますます激しさを増していったが、人々はなおも広場に留まり続けていた。赤き龍が命を取り戻させてくれたことに、生と死を切り分けてくれたことに、感謝していたのだ。
赤き龍は彼らにこう告げていた。全員が家に帰り、安らぎと共に眠りに就くまで、自分はここに立ち続けようと。
やがて人だかりは徐々に減り、霊の守人や流民たちまでもが赤き龍に別れを告げた。彼らは遺跡周辺の集落にまだ火を返せていない亡霊がいるのではと案じていたが、それは無用の心配だった。
太陽が昇った時、ターラーの土地を彷徨う死者はもういなかった。
そしてネモスもまた、嗚咽まじりに赤き龍に別れを告げた。翌日、朝早くに目覚めた彼女は、クランの工房に新しい扉を取り付けるべく、辺りから瓦礫をかき集め始めた。
静まり返った大きな広場には今や、赤き龍と、一人のノマドだけがいた。
ラフシニー
ブリギッドは、これからどこへ行くつもり?
ブリギッド
……行くあてなんてないからね。これからもみんなのために手紙を届けたり、天災の予報を伝えたりするつもりかな……
そのうちそれも、もっと効率的な……なんて言ったっけ……「天災トランスポーター」? ってやつに取って代わられそうだけど。
まあ、わたしの部族も段々人数減ってきてるし、この仕事を誰かが引き継いでくれるならわたしも嬉しいよ。
ラフシニー
それなら、ロドスと連絡を取ってみてもいいかもしれないね。
ブリギッド
ロドス、って何?
ラフシニー
製薬会社の名前だよ。すごく良い人たちが集まっているところ。よかったら、あの人たちの本部になってる陸上艦を訪ねてみて。
明日手紙を書くから、それを届けてほしいんだ。キミもきっと、あそこを気に入るだろうしね。
今夜は……ひとまず、要塞の中で過ごすといいよ。この大雨の中で広場にテントを建てさせるわけにいかないしね。
とりあえず、要塞の入り口へ行こう。
二人は要塞のほうへゆっくりと歩き出した。
降り注ぐ雨で、彫像の炎はほとんど消えかけている。それでも、赤き龍の目にだけは、色も定かでない火種がまだかすかに揺らめいていた。
その時、二人の背後からふいに声が聞こえた。
???
まったく、愚かさと頑固さというのは、どこまでも受け継がれてしまうものだな。
命懸けの博打を忘れる者がどこにいる?
ラフシニー
まだ誰かいたの?
ブリギッド
……
見えない同胞さんだね。あの人と賭けをしたんだ。
ラフシニー
えっ……?
ブリギッド
ラフシニー、振り返っちゃダメ。
その人、すっごくひねくれ者なんだ。きっと誰かに見られるのが嫌だから、神出鬼没でいるんだよ。
ラフシニー
……
「放逐王」
……ハッ。
赤き龍の眼窩に揺らめく火種を見たラヴラーハの脳裏に、数百年前の出来事がおぼろげに浮かんできた。それはアリルがまだ声変わり途中の少年で、自分もひげが生え始めたばかりの頃のことだ。
当時すでに「絢爛王」の名を持っていたマイリェードは、王城内でヴィクトリア文化の普及を推し進めており、ついには、ターラー人の間では一般的だった賭け事の習わしさえもを禁じてしまった。
そしてまさにその日、ラヴラーハは母とそれまでで最も激しい口論をした。
その後、母は罰として彼に断食を命じたが、アリルはこっそり兄の寝室へ忍び込み、大きなステーキ肉を届けてくれた。
兄弟は蝋燭を吹き消すと、ご馳走にかぶりついた。指についた脂まで綺麗に舐めとったところで、アリルはこう言った。「もう諦めなよ、王城はそのうちヴィクトリアに染められていくんだから。」
ラヴラーハはまだ柔らかいあごひげを撫でてから、頭を振ってこう言った。「賭けをしないか。母上が亡くなったら、王城内でヴィクトリア人の真似事をしたがる奴もいなくなるかどうか。」
アリルはそれに、「いいよ」と応じた。
兄は声を上げて笑うと、こう言った。「だったら何を賭けようか。そうだ、この王冠にしよう。お前が勝ったら、私は生涯、二度と王城に足を踏み入れないことにする。」
「ダメだよ。それ以外なら何でもいいけど、それだけはダメ。」
思えばあの時、アリルは明らかに拒絶していたというのに、半分意地で、半分冗談で無理に意見を押し通したせいで、彼を泣かせかけたのだ。
そう――アリルはいつも最後には折れて、応じてくれるような人物だった。
それで最後には、彼はこう言った。「わかったよ。それじゃあ、出て行ったら絶対に戻ってこないで。」
その後、ラヴラーハは結局王城を去った。月日は流れたが、アリルの王城での暮らしは決して幸せなものではなかったそうだ。
聞くところによれば、臣下の半数を失ったアリルは、ヴィクトリア人ですらない、ヴィクトリア訛りのターラー人の貴族によって操られていたという話だ……
「放逐王」
……
負けを認めよう、ラヴラーハ。
あの王城にどれだけ未練があろうと、里帰りはもう十分だろう。
ましてや、今のお前は炎によって照らし出された哀れな影にすぎない。人には行くべき道というものがあるんだ。あの頃のように約束を破るのはよせ。
そうだ、胸の傷口から紫の炎を取り出せ――
うっ、ぐっ……
くっ――これを、返すんだ。すでにお前と同じ道を歩み始めた赤き龍に……
放逐王は苦痛に表情をゆがめながら、赤き龍の眼窩へと少しずつ手を伸ばしていく。
「放逐王」
げほっ、ごほっ、ぐ、ああっ……
見せてくれ、アリル。私を刺し貫くのは、お前の剣か……
炎に照らし出された影であっても、痛みを感じ、涙を流すことがあるのだろうか? それともこれは、徐々に消えつつある肉体を穿つ雨粒に過ぎないのだろうか?
彼にはもはやわからなかった。
「放逐王」
……あるいは、お前の誇るべき末裔の炎なのかを――
ラフシニー
ラヴラーハ!
ラフシニーはとっさに振り向いたが、広場にはすでに影すら残っていなかった。
そこには赤き龍の眼窩に宿っていた紫の炎が燃え上がるばかりで、それも雨の中へ消えていった。