凍える夜を越えて

仇敵に侵略された王国を奪還すべく、貪欲な赤き龍は森に巣食う黒い霧に助けを求めた。
そして赤き龍は死の炎を吐き、黒い霧は仇敵を火中へと追いやった。力を合わせて王国を奪い返した彼らは、棘に覆われていた原野に再び命を宿らせた。
だが、死の炎は広がり続け、いつしか原野とそこに住む住民たちはみな衰弱していった。新たに芽吹いた命は次々と早逝し、死者は安息を阻まれていた。
死が暴走し、ひとりでに広がることを赤き龍は許せず、生と死を望ましい形に戻したいと思った。ゆえに、彼女はサウィン祭の前に、死の炎に侵された人々を自らの巣に集めたのである。
作家
……これが赤き龍の物語です。
???
その続きは? 死の炎に侵された人たちはどうなったのですか?
作家
続きなんてありませんよ。そういう物語なんです。
???
理不尽な話ですね。
作家
どんなものにも終わりはありますから。それが理不尽なものであろうと、そうでなかろうとね。
謎の女性
ですがそれは、先生が作品を世に出したあと行方をくらまし、こうして寂れた酒場に身を隠す理由にはなりえません。そんなのは、ばかげた話ではありませんか。
作家
ばかげたことなんて、この他にもいくらでもあるでしょう。
謎の女性
もったいぶるのがお好きなようですね。そうして結末を知ろうと躍起になる読者に冷淡な目を向けて、さぞ満足をしてらっしゃるのでしょう。
作家
確かに前は、責任感の強すぎるトランスポーターが何人か、読者からの手紙を届けにここへきたこともありました。
謎の女性
やはり楽しんでいるのではありませんか。
作家
楽しむなんてとんでもない。私はそれに目も通さずに、そこの暖炉へ放り込みましたよ。
謎の女性
なんてひどい話でしょう。
ひどいのはそればかりではありません。あなたの短編集にまとめられている作品はどれも途中で終わっていますよね。あんなのはあんまりです。
作家
簡単な話です。何を書けばいいかわからないんですよ。だから私には結末が書けないんです。
帰ってください、お嬢さん。見るからに教養のあるあなたには、こんな下品な酒場は似合わない。あの半端に終わった物語にも、あなたが熱を上げるほどの価値はありません。
謎の女性
なぜそんなにも急いで帰らせようとなさるのですか? 私ならあなたのお力になれるかもしれませんよ。
作家は、その人物を改めて観察した。フードで顔は隠れているが、青白い肌が見えている。きっと彼女は、さぞかし身体が弱いのだろう。
この寂れた村に着くなり、真っ先にこの酒場に駆け込んできたところを見るに、事前に相当の下調べをしてきたらしい。簡単には帰ってくれなさそうだ。
そう考えた作家は、トランプとチップが散らばったテーブルから、べたつくグラスを掴むと、すえたビールをあおった。
作家
でしたら、あなたはこの物語にどんな結末を与えるつもりなんですか?
謎の女性
なぜ私が?
作者はあなたではありませんか。私はただ、あなたにインスピレーションをもたらせるような題材を提供したいと思っているだけですよ。
作家
題材?
というとあなたも、去年の秋にあの都市から命からがら逃げ延びた口ですか?
謎の女性
あんな経験をした人間なら誰でもわかりますよ。あなたの物語が、まさにあの時をモデルにしているということは。
作家
……
わかりました。その題材とやらを聞かせてもらいましょうか。
謎の女性
ではお話ししましょう。かつて天災で滅びたターラー王城跡の最深部にて……
かつて天災で滅びたターラー王城跡の最深部にて。穏やかで短いある日のこと、金属炉の中に燃えていた炎が何者かの手で消された。
本来なら大したことではなかったが、それでも赤き龍はそこへやってきた。
赤き龍
火を灯されることを拒んでいるのか?
それとも、数百年後にまたも現れた不吉な異端者を以てしても、時の流れに腐食させられた渇望と恨みを再び焚きつけることは叶わぬと?
あるいは、私が慎ましすぎるだけだろうか?
炉の外へと、紫の炎が勢いよく噴き上がる。
炎に照らされた赤き龍の顔は、より青白さが際立って見えた。
???
……
赤き龍
目覚めたか?
それとも、己が何者であるかを思い出させてやるべきか……
王冠を捨て荒野で二十年を過ごし、帰還した折に親族の手で殺された哀れな赤き龍――「放逐王」ラヴラーハよ。
「放逐王」
……
赤き龍
お前は本当に哀れだな。六百年が経った今になれどなお、己が死に様に驚愕するとは。
「放逐王」
六百年だと?
赤き龍
概算にすぎぬがな。お前が死んだ年など、もはや誰にも正確にはわからないのだから。
「放逐王」
……確かに驚きはしたが、私の死に様にというわけではない。六百年後の今、ドラコの中にまたも死の炎を吐く異端者が現れたことに驚いているのだ。
それも、ゆりかごの中でくびり殺されず、こうして成人するまで生き延びているとはな。
お前が私を死から呼び覚ましたのは、ヴィクトリア人の頼みによるものか? それとも、お前のベッドの下にはヴィクトリア人どもの間抜けな王冠でも隠してあるのか?
赤き龍
ヴィクトリアはもはや赤き龍が治める国ではないのだ。そして、今のターラーがよそ者の指図を受けることもない。
「放逐王」
ハッ、悪くない。
どうやら、今どきは死者に吉報を届けるのが流行らしいな。だが、残念ながら何も報いてはやれんぞ。疾く去るがよい。
赤き龍
今やお前の身体には私の炎が燃えている。この程度の世間話であしらえるとは思うなよ。
「放逐王」
何を言うのやら。私の用はもう済んでいる。まだ用向きがあるのはお前のほうだろう?
赤き龍
……
「放逐王」
すべてわかっているとも。何しろこれは死の炎だ。招く厄介事などどれも似たようなものだろう。生死が入り混じり、老獣の群れは死せど倒れず、生まれたての幼獣が命を落としているはずだ。
言ってみろ。どれほどの規模の混乱を起こした? 牧場一つ、都市一つ、あるいは原野の一帯か?
赤き龍
ターラーのすべてに火を灯し、ヴィクトリアの蹄鉄の下から自由を取り戻させた。
「放逐王」
なっ……
赤き龍
もとは、そのまま炎を燃やし続けて、ターラーを死者の国に変えてしまおうと考えていた。何しろ、死の炎はどうあれ自ずと新たな薪を探すのだからな。
とはいえ、ほかに手がないというだけの理由で、これほど多くの命を失わせるのは軽率がすぎる。
ゆえに問いに来たのだ。死の炎をターラーの原野から一掃するにはどうすればいいのかをな。
「放逐王」
……ターラーのすべてに火を灯したというのが、単なる虚勢によるものであることを願おう。
赤き龍
好きなように想像するといい。
「放逐王」
ではよく聞け。お前のためではなく、いまだターラーを名乗らんとする人々のために、助言をしよう。
お前の火に侵され死へ向かっている者たちは、もはやその命に見捨てられるばかりだ。二度と元には戻らない。
無論、お前の背後にいる生ける屍同然の者たちもそうだ。まだその命があろうとも、もはや救う手立てなどない。
これ以上誰かに炎を移さぬよう、彼らを一つ所に集めることだな。
赤き龍
その場しのぎの案だな。お前の助言とやらはそれだけか?
「放逐王」
ハッ……何を言うのやら。
そのあとは、もう一人の赤き龍を探し出せ。まだ己の親族をその手で根絶やしにしていないのならな。
探すべきは、命を温める炎を扱うことのできる、本物の赤き龍だ。塵を塵に、土を土に、そして生を生に、死を死に還せ。
赤き龍
それがお前の知るすべてか?
「放逐王」
そうだ、無知な幼龍よ。
赤き龍
となれば、お前の知識も私のそれと大差はないようだな。
赤き龍は嘲笑すらせず、ただ踵を返して立ち去った。
彼女はとあるぼろぼろの小屋の前を通り過ぎた。その中からは、かすかに橙色の灯りが漏れている。
死者が彷徨うこの荒野に、人など住んでいるはずもない。だからこそ、彼女は小屋の戸を叩いた。
衰弱した老人
どなただね?
赤き龍
私が誰かなど、どうでもいいだろう。それよりも重要なのは、お前がなぜここに住んでいるのかだ。
衰弱した老人
ここに住む理由か。昔は、ここにいればヴィクトリア人が戸を叩いてくることもなく、奴らに食料や蓄えを奪われることもなかったからというだけのことだったな……
だが、五年前、ちょうどこんな夜のことだ。邪悪な術師がここを通りがかり、迫りくるヴィクトリア人を殺してくれてな。
わしはその術師に獣肉や、穀物、作りたての濁り酒を献上したが、彼はこう言った。そんなものは必要ない、欲しいのは炎だ――自らを焼き尽くし、薪の炎となることすら厭わぬ者だと。
それで、わしのせがれのキースが、術師のあとについて家を出た。
赤き龍
お前の息子は、実に気高い魂を持っているようだな。
衰弱した老人
その三年後の夜、またもこの戸を叩く者がいた。それはキースだった。
もはや言葉を話すことも、涙を流すことも、息遣いすらもない、ただ紫の炎だけを纏った我が子がそこにいた。
赤き龍
何とも不幸な。
衰弱した老人
不幸はそこでは終わらなかったよ。わしがキースを埋葬しても、あの子は土の中で腐りゆくのを拒み、それどころか死した身体を引きずって、荒野を永久に彷徨い始めたのだ。
わしが今もこの家に住み続ける理由はそこにある。
あんたはあの術師の仲間なのかい? キースに安らぎを与えに来てくれたのか?
赤き龍
ああ……
おや、噂をすれば本人だ。
はっきりと目視できるほどの紫の炎を纏った生ける屍が、ふらふらと二人の元へ歩いてきた。
赤き龍が槍の穂先をその胸元に突き付けると、屍の身体すべてが燃え盛り、みるみる内に燃え尽きて、灰と化していった。
しかし老人の目には、その炎がただ燃え尽きたのではなく、穂先を伝って赤き龍の身体に戻っていったように見えた。
赤き龍
それで、お前はどうする? お前も紫の死の炎に侵されているのだろう?
老人は自分の身体に目を向けたが、息子が身体に纏っていたような烈火は見えなかった。しかし赤き龍の目には、死者をも上回るほど激しく燃え盛る炎が見えていた。
衰弱した老人
……あんたが言っているのが悲しみや、怒り、憎しみのことだとすれば、その通りだ、魔女さんよ。
ヴィクトリア人は金で、あんたらは血で税を取り立てていく。どちらも、わしからすべてを奪っていったことに変わりはない。
わしはとうの昔に抜け殻になっている。こうしてわしを立たせているのは、あんたの言う炎以外に何もない。
赤き龍
ならば、その炎を返してもらいたい。構わないか?
衰弱した老人
この日が来ることはわかっていたさ。
老人は目を閉じ、赤き龍の穂先を受け入れた。
己を支えていた悲しみや怒りの炎が、赤き龍の手に向けて、音を立てて流れ出していくのを彼は感じた。それと同時に、濁った意識も彼の身体を離れていく。
老人は死の訪れを予感した。だが、彼の人生はすでに停滞して久しく、もはや死は恐れるべきものではなくなっていた。
しかし、流れ出す炎は唐突に動きを止めた。
衰弱した老人
なぜだ? なぜわしを殺さない?
赤き龍
もうその必要はないからだ。
ある幽霊が言うことには、死の炎に侵された者には二度と、生命の祝福は訪れないらしい。今思えば、奴は正しかったようだ。
謎の女性
「今思えば、奴は正しかったようだ。」――赤き龍は冷ややかにそう言いました。
と、このように締めくくるのはいかがでしょう? その老人から聞いた話に、少し創作を加えてみたのですが、あなたの物語に取り入れても、違和感はないと思います。
作家
物語の中に、かの伝説の放逐王の亡霊を加えよう……と?
悪くはないかもしれませんね。ですが、本気で私の物語の結末などをお求めなんですか?
謎の女性
あなたは、私とは違う視点をお持ちですから。私も、あなたの耳目を借りてみたいのです。
作家
まさかあなたも、「真実の継ぎはぎ」を好む退屈な連中のお仲間ですか?
謎の女性
真実が退屈だなんて思ったことはありませんよ。
作家
ふっ、まあいいでしょう。あの場所から生きて出られた者のよしみです。私が執筆過程でボツにした視座や着想、そして原稿は全部あなたに提供します。
ですが、物語がどんな結末を迎えるかについては、保証できませんよ。
先ほど、あなたは赤き龍の話をしていましたから……私も赤き龍の話から始めるとしましょう。
作家は半分ほど残っていたビールを再び腹に流し込むと、やや挑発的な目で女性を一瞥した後、語り始めた。
ナ・シアーシャと呼ばれる赤き龍の巣へ行ったことがあれば、それがたとえほんの数日のことであっても、あの黒き森を忘れることはないだろう。
そこは暗くじめじめとして、黒い霧が立ち込めており、中には人を弄ぶ精霊が住みついていて、まるで漆黒の迷宮のようだ。
言い伝えによれば、黒き森の許可なくそこへ足を踏み入れた者は、決して出ては来られないという。
しかし黒き森が通行を許し、道を開いてくれたなら、たとえいたずらな精霊たちに迷わされ、その愚かさを嘲られたとしても、最後には解放してもらえるだろう。そしてその時には……
森は、まるで一枚の、この世にあり得べからざる絵画のような美しさを見せるのだ。
しかし、そんな美しい景色を気にも留めず、赤き龍は彼女に付き従う者たちと共に、一切の躊躇いなく巣の領域に踏み込んだ。
赤き龍
ナ・シアーシャ、ターラーの心臓、「赤き龍の巣」……
えっ? 「どの赤き龍か」ですって?
あなたはやっぱり「真実の継ぎはぎ」がお好きなようだ。まさか私が、あなたを無知な人間だと思って、わざと誤解させようとしているだなんてお思いではないですよね?
考えてもみてください。それだけ物知りな人に、遠回しな言い方をする必要もないでしょう?
ラフシニー
ナ・シアーシャ、ターラーの心臓、「赤き龍の巣」……ようやく辿り着いた。
ターラーの流民
ああ、スカハンナ原野からここまで来られるなんて、長い長い夢でも見てるみたいだ……本当にここで暮らしていけるのかな?
ラフシニー
ここにあるのは、のどかな場所だけじゃない。
ターラーの首都は確かにロンディニウムの戦火に直接介入することはなかった。だけど、ナ・シアーシャの周辺では、小規模な潜入工作や貴族の反乱が絶えず続いている。
特に、赤き龍が軍隊を率いてロンディニウムに攻め込んでからは……ここで局地的な戦争が繰り広げられていたと言っても過言ではないと思う。
ターラーの流民
悪い、リード。嬉しくてつい……深い意味はないんだ!
ラフシニー
気にしないで。家に帰れること自体は……喜ぶべきことだから。
ターラーの流民
なあモラン、この街や、黒き森にまつわる歌は知ってるか?
モラン
ええ、一曲だけ。この場に合うような歌ではありませんが……
ターラーの流民
歌ってくれよ!
モラン
明け方の黒き森へと踏み込んで、霧を呼ぶ……♪
戦場に続く道へと踏み出していく……♪
笛の音も、軍鼓の音もなく……♪
背後に響く鐘の音ばかりが、霧を突き抜けていく……♪
ここへ戻ってくる道中ずっと、この曲にもう少し歌詞をつけたいと思っていたんですが、何も思い浮かばなくて。
ラフシニー
……
モラン
リードさん、なんだか心配そうな顔ですね。今の曲、悲しすぎたでしょうか?
ラフシニー
いいや、歌のせいじゃない。とてもいい歌だったよ。
ただ……
ラフシニーは口をつぐんだ。
彼女の後ろに続いた流民たちは、次々と黒き森を抜けてきていた。
色鮮やかに輝く絶景に比べれば、ナ・シアーシャはどうしても平坦でうら寂れた場所に見えた。しかし、ラフシニー以外に、それを気にする者はいなかった。
人々は、ついにこの長い旅路を歩み終え、目的地に辿り着いたのだということをのみ感じていた。
彼らは家に帰ってきたのだ。
モラン
これからどうしましょう?
ラフシニー
迎えが来ることになっているんだ。彼らに会えたら――
ラフシニーは都市のほうからゆっくりと人影が近づいてくるのを見た。
それは迎えの者であることに違いはなかったが、前回会った時には自分を殺そうとしていた男だ。
彼女は無意識に手を広げ、そばにいたモランをかばうようにした。
ラフシニー
……なぜここに?
「将校」
あなたを迎えに上がりました。
ラフシニー
どういうこと?
「将校」
これより、あなたをナ・シアーシャの中へとご案内し、エブラナ殿下の元へお連れいたします。
その後は、必要に迫られぬ限り、二度と私の顔を見ることはありませんよ。
ラフシニー
確かに、姉さんと顔を合わせずに解決できる問題は「ガストレル」号で片付けたけれど。
「将校」
では、私についてきてください。その他の方たちについては……安全上の理由で、別途手配をいたします。
ラフシニー
そういうわけにはいかない。彼らはみんなターラーの同胞なんだ。街に入るなら一緒に入る。彼らに約束したから。
「将校」
ご希望を叶えたいのは山々ですが、正直なところ、この街の同胞の大半は、あなたというもう一人の赤き龍の存在を知らないものですから。
ラフシニー
彼らは秘密を守ってくれると、私が保証するよ。
「将校」
そこがあなたと殿下との違いなのです。
ラフシニー
姉さんなら、「確実に」秘密を守らせると?
「将校」
……
ラフシニー
だからこそ、私は彼らをナ・シアーシャまで連れていかないとならないんだ。
???
その……双方にとって満足のいく解決策があるかもしれないんですが、聞いていただけますか?
「将校」
「霊の守人」よ。君がここにいられるのは、ナ・シアーシャの住民の受け入れを担う職にあるからというだけではなく、沈黙を守るすべを知っているからでもあるんだぞ。
その「解決策」が独りよがりな同情によるものではないことを願おう。さもなくば、君もこれ以上ナ・シアーシャにはいられなくなるだろう。
「霊の守人」
心得ております。
仰せの通り、ナ・シアーシャが今すぐこの同胞たちに門戸を開くことはできません。
ですが、私は明日、霊の守人の集落へ祭器を頂きに行く予定があるんです。彼らに行く当てがないのなら、ひとまず霊の守人の住処へ連れて行こうかと。
ラフシニー
住処って? その「霊の守人」という呼び名は、てっきりターラーに伝わる物語から取っただけのものだと思っていたけど。
「霊の守人」
我々の一族は、確かに長らく伝説として語り継がれるばかりで、遺跡周辺に留まり暮らし続けており、ほかの地域に姿を見せることはほとんどありません。私は一族を抜けた異端者です。
ラフシニー
キミのことは信じたいけど――
モラン
あなたは本当に、あの霊の守人なのですか?
ラフシニー
モラン?
モラン
私の曾祖母は亡くなる前、霊の守人による伝統的な葬儀を望んでいました。ですが家族が荒野中を駆け回っても見つけられず、結局はそれを死にゆく者のたわ言として受け止める他ありませんでした。
けれど、曾祖母は決して現実と伝説を混同なんてしない人でした。あの人があると信じた物は、いつだって実在したんです。それに、私も霊の守人の話は数多く聞いています。
あなたを信じましょう。
ラフシニー
どうか彼らの信頼を裏切らないで。
「霊の守人」
承知しております。
ラフシニー
……任せたよ。
「霊の守人」
よろしいですか、「将校」さん?
「将校」
ならば行くがいい。
生真面目な霊の守人
ネモス、この人々は何者だ?
「霊の守人」
一族を抜けた身でご迷惑をおかけして申し訳ありません。
この方々は、帰る場所を失くしたターラー人です。ナ・シアーシャには現状、彼らを受け入れる余裕がなく、それで、もし可能であれば……
生真面目な霊の守人
幾年も前、お前の一族からの離脱を許したこと自体が特例なのだ。そのお前が今更連れてきた素性の知れない人々を、一族に迎え入れる理由などなおさらない。
モラン
失礼ながら、霊の守人の一族に迎え入れていただくまではせずとも良いかと存じます。
「霊の守人」
モランさん?
モラン
昔、まだ吟遊詩人を志していた頃、私は霊の守人の伝説を集め、その一族を探し、あなたたちの物語を歌い聞かせていました。
その後、吟遊詩人になる夢も、霊の守人に対して持っていた夢も砕け散り、ただ望郷の念だけが残った今になって、思いがけずあなたたちに出会ったのです。
伝説が本当であれば、霊の守人の皆さんは禁欲的な生活を送っているそうですね。一般人との唯一の接点は葬儀を執り行い、死者の魂を火中で安息させる時だけだと聞きます。
生真面目な霊の守人
……その通りだ。
モラン
彼女に付き従うままの我々には……いえ、そもそもターラー各地から帰郷を目指すばかりの流民には、一族に迎え入れていただく資格などありません。一時的に滞在させていただくだけで十二分です。
生真面目な霊の守人
……
モラン
霊の守人のしきたりをできる限り尊重し、ご迷惑もおかけしないとお約束いたします。
それと、冬の近付く今であれば、収穫祭などもあるのではとお察しいたします。お手伝いできることがあれば、何なりとお申し付けください。
生真面目な霊の守人
……サウィン祭。それが、あなたの言う収穫祭の正式な呼び名だ。
なるほど、あなたたちは都市の連中とは違うようだな。
となれば……遺跡の外に使っていない小屋がいくつかある。ひとまずは、そこを片付けて使うといい。
モラン
ありがとうございます。
生真面目な霊の守人
ネモス、まだ何かあるのか?
「霊の守人」
都市内のダブリンが、ターラー復興を祝う祝賀会を開くことになりまして。
ターラーの団結を示し、自国の伝統を重んじる姿勢を体現すべく、彼らに霊の守人の祭器を提供すると約束したのですが……
生真面目な霊の守人
近くサウィン祭を開くこの時に、余分な祭器などあるはずもないだろう。まさかそれを忘れたのか? たとえあったとしても、我々はそれを外部に流すことなどしないがな。
「霊の守人」
先ほども述べた通りですが、ダブリンは伝統を重んじればこそ、祭器を求めているんです……
生真面目な霊の守人
ならば、いわゆる独立から今日に至るまで、ナ・シアーシャからはただの一人も、都市内の死者のために伝統に則った葬儀を執り行いたいと頼みに来る者がいなかったのはなぜだ?
我々からすれば、忘れていたことを思い出すのと、単に聞きかじっただけの名前を自らのうわべを飾るために利用するのとではまったく違う。
それでは上の人間に合わせる顔がないと思うのなら、この笛でも持ち帰るがいい。
「霊の守人」
ごく普通の笛じゃないですか……
生真面目な霊の守人
それが我々に示せる最大限の敬意だ。
霊の守人は生者と団結することはないし、生者からの敬意も必要ない。彼らが死者とならぬ限りはな。
それこそがダブリンが重んじて然るべき伝統というものだ。