礼拝

レミュアン
久しぶりね、ヴェルリヴ枢機卿。
ヴェルリヴ
枢機卿はやめてちょうだい。今の私は、育児聖堂の事務官でしかないもの。
レミュアン
それなら、先輩って呼ばせてもらおうかしら……実際、先輩らしい仕事ぶりだものね。
ヴェルリヴ
そう?
レミュアン
ここまで歩いて見てきた限り、外の通りから聖堂内部に至るまで、ここの警備配置は護衛隊にも引けを取らないレベルだったわ。
ヴェルリヴ
少しは仕事しないとと思ったのよ。
それにしても、思った通りね。
レミュアン
何のこと?
ヴェルリヴ
ここの警備を確認しに来たのがあなただったことよ……規定の上では、こういう仕事は公証人役場の執行人か、銃騎士や護衛隊が担当するものなのに。
レミュアン
一応私も、この間の爆破事件の調査をしてるから、部外者ってわけでもないもの。
ヴェルリヴ
でも、爆破事件の調査結果を考慮して警備計画を組めなんて通達は来てないわよ。それに、あなたの調査もまだ実質的な成果は出てないんでしょう?
まさか、アンドアインが襲撃されたと聞いてここへ来たわけじゃないわよね?
レミュアン
……
もしかして私に釘を刺しておきたいの? 第七庁の枢機卿たる者、目を向けるべきは聖都全体であり、個人的な事情ではない、とか?
ヴェルリヴ
フフッ、あなたがどういう人かなんてみんなが知ってることよ。
頭脳明晰で行動力があり、鋭い洞察力もある。枢機卿選抜に当たっては大きなアドバンテージになったでしょうね……
だけど、あなたのそういう優れた気質が最も強く発揮されるのはどういう時かっていうことも、周知の事実なの。
レミュアン枢機卿、あなたが護衛隊の特殊部隊に入った経緯については、報告書で目にしたことがあるわ。
レミュアン
ふふっ、本当? 私はすっかり忘れちゃったけど。
ヴェルリヴ
あなたは初め、特殊部隊に加わる気はなかった。ただフィアメッタの様子を見に行っただけなんでしょう?
レミュアン
……それと、アンドアインの様子もよ。
ヴェルリヴ
へえ? それは知らなかったわ。二人が知り合ったのは特殊部隊に加わった後だと思ってた。
レミュアン
出会ったのはもっと前のことなの。
当時の彼は、遠い場所からずっと歩いてきたみたいで、ボロボロの服を着ていて、とてもやつれていたわ。
礼拝堂の前の長椅子にただじっと座っている姿は、道端の聖徒像よりもよほど聖徒像めいて見えて……
私とモスティマが、彼に初めて出会ったのはそんな時だった。
フィアメッタのほうは、映画館のレイトショーで偶然知り合った友達でね。
アンドアインは聖都出身じゃないから周りに馴染めない様子だったし、フィアメッタは頑固な子だから当時はおじいさんに反発してたみたいで……それでモスティマと様子を見に行くことにしたの。
向こうの二人はそれまで面識もなかったし、ほかのサンクタだってわざと二人を仲間外れにしていたとも限らないけど、結果的には――
「スポンジ弾ルーレット兼、特殊部隊編成式」で、最後までチームを組めずに残ってたのはあの二人だけだった。
ヴェルリヴ
それであなたは、そこにいた全員をこっぴどく殴ってから……
モスティマとその場で申請書を書いて、残されてた二人と一緒にその編成式最後の四人小隊を立ち上げたのよね。
結局はそれが、部隊内で一番外勤出動回数が多く、一番息の合ったチームになり、その結果あの事件が起きた、と……
レミュアン、私があなたをどれだけ評価していようと……伝えておかないとね。枢機卿の座に就くならば、行動の起点は常に聖都ただ一つに置かなければならないということを。
レミュアン
私にとっては、聖都という言葉でまず思い浮かぶのは、たくさんの知り合いの顔なのよ。
昔話はこの辺りにしましょう、先輩。
第七庁には自らの職責を見極めるだけの能力がある。あなたが「ただの事務官」でしかないのなら、責任者の総主教に話を聞いてみるわ。
ヴェルリヴ
……
レミュアン
彼女はあそこね?
レミュアンはこの訪問の目的である人物を見た。
廊下に立つ金髪のサンクタは、祈りを捧げながら不安げに呼吸を荒くしており、その身体は見るからに震えていた。
その時、レミュアンは押し寄せてくる相手の感情に飲み込まれそうになった。
レミュアン
総主教?
総主教
――
レミュアン枢機卿、あなたとヴェルリヴの会話は聞こえていましたが……申し訳ありません、今は落ち着いてお話ができる状態ではないのです。
レミュアン
中にいるのはどなたです?
総主教
とあるサルカズの母親です。
長年荒野をさすらった末に、ここに来てからも二日も食事を拒んでいて……楽観視できる状態ではなく、保育士が治療に当たっています。
彼女は怯え、焦り、それでも苦痛に負けまいと、今も必死に意識を保ち続けて……
……我が子が無事に生まれてくるようにと、懸命に祈っておられます。
私にできるのは、その気持ちに寄り添い、共に祈ることだけです。
レミュアン
あなたは、サルカズの気持ちを感じ取れるのですか?
総主教
ええ。
まさに今、あなたが私の動揺を案じてくれているのと同じように――我らの間に、生まれながらに存在する共感と同じように、はっきりと。
レミュアン
「共感」……
総主教
これは目の見えない私に、主がお与えくださった恩寵なのかもしれません。あるいは単に……ここが、新たな命を生み出すためにラテラーノが作った聖堂だからかもしれません。
どうあれ、我らの信仰はここで礎を固め、広がっていくのです。ゆえにここには、いかなる隔たりも束縛もあってはなりません。
そう思うと、この中に足を踏み入れるべきなのは、むしろ我らが同胞たちなのでしょうね。
レミュアン
……
高所に設けられたステンドグラスから陽の光が差し込み、広く厳かな大広間を照らし出す。
頭を垂れて両手を合わせた巨大な聖像が、眼下の小さな二人のサンクタを見つめている。
レミュアン
ここは確かに、特別な場所のようですね。
おかしな姿勢で銃を構える聖像は色々と見てきましたが、こんな造形をしたものは初めて見ました。なんというか、その、少し慣れない感じがします……
総主教
ボリバルの山やイベリアの海辺にそびえ立つ、いわゆる「ラテラーノ教像」に比すれば、実のところラテラーノでよく見かける聖像はより理解しがたいものなのですよ。
楽園はこれまで、我らの信心をどこか歪んだ特殊な形に作り上げてきました。
天災と苦難の中であえぐ命が、生き延びたいと願ったこと……これこそが、信仰の原点なのです。
保育士
そ、総主教、彼女の容体が落ち着いてきました。
薬を飲ませ、栄養も補給させましたので、今はぐっすり眠っています。
総主教
そうですか――これで一安心ですね。
出産の時は迫っています。気を緩めず、引き続き経過観察を行ってください。
保育士
はい。
総主教
主の祝福に感謝を。
レミュアン
総主教の心からの安心と喜びが伝わってきました。
総主教
枢機卿、あなたも。お付き合いいただき感謝します。共感のせいで私の不安があなたにまで影響を及ぼしていなければいいのですが。
レミュアン
大丈夫です。私はそんなに弱くありませんから。それに、先ほどのお言葉で気付いたこともありましたので。
お話を聞く限り……この地へは、後からいらしたようですね?
総主教
ええ。
私はかつて、長らく荒野を彷徨っておりました。当時共にいた人々は、ぬかるみの中で弱り果てていくばかりで……
レミュアン
なぜそのようなことを? ラテラーノを探すためですか?
総主教
いえ。当時の私は、この大地に斯様な都市があるなどとは、思いもしませんでしたから。
ですが、共通の願いが、ついに私をこの地へと導いたのです。
今この時、我らが出会えたことは、記されていた運命だったのですよ、枢機卿。
それから長き時が過ぎた今も、ラテラーノのため、わが同胞のために、この不完全な身をわずかながらに役立てることができているのは、幸いというほかありません。
レミュアン
私の友人も一人、この聖堂で働いているんですが、彼も遠い場所からこの地へやってきたんですよ……
総主教
今も、そして未来にも、ラテラーノでは誰もが自分の居場所を見つけ、各々の役割を果たすことができるようにしなくてはなりません……そうしてこそ、我らは災厄へ立ち向かえるのですから。
レミュアン
話が逸れてしまいましたね。
何はともあれ、保育士への襲撃事件が発生した以上、第七庁としては降誕の儀式が無事に進むよう、育児聖堂の警備強化に協力したいと考えています。
総主教
……
あなたがご友人を案じていることも、この聖堂に興味を持っていることもわかりますが……
先ほど申し上げた通り、我々は各々の居場所で、各々の役割を果たすべきだと思います。
レミュアン
あら、ここまで楽しくお話しできたと思っていたのですが。
結局は……振られてしまったみたいですね?
ヒルデガルト
……みなさん、お悔やみを申し上げます。
こんなことが起きていると知っていたら、出る時に麦穂を何本か持参してきましたのに。
クランタ
麦穂をかい?
ヒルデガルト
ランデン修道院の葬儀では、伝統として、麦補で冠を編み、死者の棺の上にお乗せしているんです。
そうすれば、死後にもパンとビールの香りが届いて、魂が安らぎを得られますから。
クランタ
そうか。ありがとうな、優しいシスターさん。
俺も兄弟も、鉱石病にかかっちまった上に、騎士競技に出られる実力もなかったもんで、商業連合会から追い出されて、荒野を彷徨うしかない身の上だった。
それがようやくラテラーノへ辿り着けたってのに、あいつと来たら病気で逝っちまって……まったく気の毒な話だよ。
だが、教皇庁があいつの葬儀をしてくれたから、ちゃんとした最期を迎えられたと言えそうだ……なんせ、通りすがりのサンクタまで葬送曲を奏でてくれたくらいだしな。
ヒルデガルト
そうだったのですね……
フェデリコ
確認をさせてください。あなたが見たそのサンクタは、黒くまっすぐなロングヘアで、特殊な形状のチェロを持った女性ではありませんでしたか?
クランタ
ああ、そうだが。
フェデリコ
彼女はあなたたちの前で演奏をしたのですね?
演奏を聞いていた時に、何か幻覚を見た、あるいは精神面で違和感を抱いたことはありましたか?
クランタ
違和感……? 演奏を聞いて泣きそうにはなったな。なんせ兄弟が死んだんだから……
フェデリコ
……
ヒルデガルト
執行人さん、聞き込みは私に任せてくださる約束では……
フェデリコ
公証人役場の執行人は、間もなくこの放浪者たちをアンブロシウス区の避難所へ連れていくでしょう。私たちに残された時間は多くはありません。
彼らは容疑者ではありませんし、回りくどい尋問を行う必要はないと考えます。
ヒルデガルト
私は以前、ランデン修道院の宣伝のために、龍門や、ヴィクトリアへ行ったことがあるのですが……その際にも、こういった方々にはよくお会いしました。
この方たちは、それぞれが不幸な目に遭って、祖国を離れてきた人なんです。その多くは、警察に接する機会があり、その結果警察に対してあまり……良い印象を抱いていません。
執行人というのは、警察みたいなものですよね?
クランタ
いやいや、大丈夫さ。あんたらは、俺たちみたいな異種族の感染者を受け入れてくれただろ。前は鉱石病に感染したラテラーノ公民を追い出してたって聞くが、今は違うみたいじゃないか。
だから今のところ、ラテラーノの役人に対しては良い印象を持ってるんだ。この兄ちゃんも真面目そうだしな……
ヒルデガルト
……
フェデリコ
……
クランタ
それで、さっき聞かれたあの黒髪のサンクタのことだが、彼女に何か問題でも?
フェデリコ
彼女は受刑者であり、監視下に置かれているべき人物です。修道院を無断で離れたため、行方を追っているところです。
クランタ
し、囚人だったのか? てっきりあんたら第六庁の公務員かと思ってたんだが。
フェデリコ
そう判断された根拠は何ですか?
クランタ
葬儀が終わった後、修道院の状況を確認されてさ――老朽化してる施設はないかとか、安全上の問題はないかとか、緊急で必要な物資はないかとかって。
そういや、最近ラテラーノに来た人の中で、急に姿を消した人はいないかなんてことまで聞かれたな。特に妊婦でそういう人がいないかって……
ヒルデガルト
(どうやら、アルトリアさんは偶然通りかかったわけではなさそうですね……)
フェデリコ
……
ヴェルリヴ
どうだった?
レミュアン
聞くまでもないでしょ、先輩。
総主教のお考えは、あなたとほとんど一緒だったわ――「余計なことには関わるな」ってね。
ヴェルリヴ
ふふふっ。
レミュアン、あなたの善意はわかるけど、それは私を信じていないという意味にもなるのよ。
レミュアン
先輩、どうかわかってちょうだい。
育児聖堂――いつからかラテラーノを見下ろすように建っていたこの巨大な建物のこと……
あなたも、パトリツィオさんも、総主教も、みんなここから未来が生まれると言っていたわよね。あの爆破事件の「容疑者」までもがここに強い興味を持っているみたい。
情報と国家の安全を担う第七庁が、これほどの注目を集める場所を無視できるはずがないことは、あなたのほうが私よりよくわかっているはずでしょ。
ヴェルリヴ
ええ、もちろん。
案内役の保育士
すみません、通してください。
保育士が率いる一団の足音が、閑散とした啓聖ホールに響く。
隊列の中には様々な種族の人がおり、みな黙り込んだまま、この見知らぬ空間を興味深げに見回していた。
その時、レミュアンは急いで脇に避けた。
レミュアン
……
ヴェルリヴ
どうしたの、レミュアン枢機卿?
レミュアン
……何でもないわ。
とはいえ、好奇心はフェリーンをも殺すって言うくらいだから、これ以上意地を張ったら、先輩からクレームをもらうことになりそうね。