反響する大広間
興奮する子供たち
アイリスお姉ちゃん、ベナお姉ちゃん――!
ベナ
約束通り、キャンディを持ってきたわよ。みんなの分、ちゃんとあるからね!
興奮する子供たち
やったー!
ベナ
それじゃあんたたちも、約束通り考えてきた? 自分にとって一番大切なものが何かって。
興奮する子供A
僕は貯金箱! ほら聞いて、いっぱいコイン貯まってるでしょー!
興奮する子供B
これ、わたしが最近育てたお花なの……すごく綺麗だから、ベナお姉ちゃんに預かってほしいんだ。
ベナ
はいはい、みんな並んで――順番よ、順番!
アイリスとベナは子供たちに一人ずつ大切なものを紹介してもらおうと思っていたが、どの子供も我先にとはやる気持ちを抑えきれない様子で、無邪気な声を張り上げている。
その光景は無秩序というより、むしろ心温まるものだった。
豊川祥子
……
温和な町民
おや、祥子ちゃんじゃないか。
どうしたんだい? 急に帰ってきて。
豊川祥子
あなたは……?
ヴィグナ
ちょうどここで外勤任務があったから、ついでに家族水入らずで過ごしてもらおうと思って連れてきたんです。
温和な町民
祥子ちゃんのお父さん、毎日あんたのことばかり話してるよ。大きな会社で研修してて、手紙も返せないくらい忙しいんだって?
あんなに話すお父さんを見るのは初めてだよ。よっぽど祥子ちゃんがいなくて寂しいんだねぇ。
早く顔を見せてやりな。きっと喜ぶから。そしたらたくさんお話してあげるんだよ。
豊川祥子
……
ヴィグナ
(小声)祥子、さっきからちょっと変だよ……なんか反応が鈍いっていうかさ。
豊川祥子
その……わたくしの家はどちらにありますの?
ヴィグナ&温和な町民
……?
それからしばらく気まずい会話が続いたが、祥子は親切な住民に案内され、無事帰路につくことができた。
曲がりくねった小道を歩いていき、祥子はついに自分の「家」まで辿り着いた。真っ白なその家は、祥子の記憶にはないものだった。
庭の草花はどれも丁寧に整えられており、花壇ではスプリンクラーが微かな音を立てて水を撒いている。煙突からは煙が立ち昇っており、家の住人が昼食の支度をしていることが伺えた。
しかし祥子は、これが自分の本当の「家」ではないことを知っていた。
本当の家は遥か遠く、ここからは辿り着けない場所にある。
「家」と聞いてまず思い浮かんだのは、豊川家の豪華なお屋敷。そして酒の臭いが漂う埃まみれの小さなアパートだった。
そして「父」という言葉からは、誠実で真面目だった父の姿を思い浮かべていた。
しかし本当の父は、今も缶ビールを片手に持って街をふらついているのだろう。あの父が祥子の名前を口にすることはあっても、好意的な言葉を添えてくれることは有り得なかった。
それこそが豊川祥子の現実だった。
そして目の前の家は、モーフィアスが作り出した夢であり、彼女を閉じ込めるための牢獄なのだ。
昼食の香りが鼻腔をくすぐる。
???
ふふん――♪ ふんふん――♪ ふふん――♪ ふんふん――♪
「父」
……祥子!?
突然帰ってきて、どうしたんだ? 仕事が忙しいんじゃなかったのか?
豊川祥子
その……ちょうど近くで外勤任務があったので、ついでに帰ってきましたの。
「父」
祥子がなかなか手紙を返してくれないから、お父さんは毎日昔の手紙を読み返してたんだぞ。
豊川祥子
ただの手紙ですのよ、そこまでなさらなくても……
「父」
ただの手紙じゃないよ。なんせ祥子の手紙だからな。
豊川祥子
お父様、何か焦げていませんこと……?
「父」
――!
ちょっと待っててくれ!
うっかり火を消し忘れてたよ……これじゃ作り直しだ……
祥子が好きなご飯を作ってやろうと思って、ずっと練習してたのに……今から作るから、味見してみてくれないか?
豊川祥子
お父様、以前は料理なんてしませんでしたわよね?
「父」
ああ、今はのんびり暮らしてるからな。暇だと新しいことに挑戦したくなるものなんだ。
でも祥子、かなり顔がやつれてるな……
豊川祥子
ロドスの定期健診では……体重は以前と変わっていませんわ。
「父」
いや、ずいぶん痩せたよ。
「父」は心配そうに手を伸ばし、娘の頭を撫でた。
豊川祥子
――!
「父」
祥子……?
父の手には、違和感と同時にどこか懐かしさがあった。
腰をかがめ、肩に泥酔した父の腕を担ぎ、よろよろと一歩ずつ家まで連れて帰った思い出。
そんな時、父の手はいつもだらんと祥子の肩にぶら下がっていた。先ほど優しく頭を撫でていた手とは、まるで別物だった……
豊川祥子
……
やめてください……もう子供じゃありませんのよ……
「父」
お父さんにとっては、いつでも可愛い娘だよ。
社会人になったからって、笑顔は忘れちゃダメだぞ〜。
豊川祥子
……はい。
父と娘は互いを見つめて微笑み合った。先ほどのためらいは、祥子の心からもうすっかり消えていた。
自分がいま心の底から笑っているということを、祥子ははっきりと実感した。
豊川祥子
上の階から、ピアノの音が聞こえますわ……今日はお客様がいらっしゃっているんですの?
「父」
ん? 祥子、何を言ってるんだ。
瑞穂に決まってるじゃないか。音楽室でピアノの練習をしてるんだよ。
豊川祥子
……お母様?
「父」
ああ。あのピアノを弾くのは、祥子か瑞穂だけだろう?
祥子が帰ってきたって、瑞穂にも言ってあげないとな。
祥子を見たら、きっとすごく喜ぶよ。早く上に行って顔を見せに行きな。
膝から力が抜けていく。
頭の中のざわめきが鳴り止まない。
ピアノ。
その音色に包まれて、母との思い出が少しずつ蘇ってくる。
母の葬式の日、悲しみで涙が止まらなかったあの日のことも。
生前の母はピアノを弾くことが好きだった。だから、自然と祥子もピアノが大好きになった。
母は祥子の手をそっと握り、ピアノの白鍵と黒鍵を一つずつ確かめるように導いてくれた。
母は他界しても祥子が二人で過ごした日々を忘れることはなく、母が教えてくれた曲を何度も弾いては思い出を蘇らせていた。
逃げないと。
何もかも偽物。何もかもモーフィアスが作り出した夢。
あの人はお母様じゃない。
モーフィアスがお母様のすべてを知っているはずがない。
彼女が作った、粗末な偽物。
それでも。
それでも――
足が勝手に動いてしまう。今すぐ母の元へ行きたい、そう言っているように。
たとえこれが夢だとしても、母が「偽物」だとしても――
その姿は、本物の母にしか見えなかった。
目の前で椅子に腰かけ、自らの演奏に浸っている。
窓から差し込む光が彼女を包んでいて、その姿はぼんやりとしか見えない。
それでも、祥子の心は一つの気持ちでいっぱいだった。
豊川祥子
お……お母様……?
「母」は手を止め、振り返る。
「母」
……祥子ちゃん?
目に映るものすべてが、くっきりと映っていた。
生涯を空の上で過ごす羽獣も、時には陸地に降りることを望むだろう。
その強靭な翼の下には、足を失ったことへの悲劇と苦痛が隠れているのだ。
我、忘却を恐れるなかれ。