騒がしい空
うろたえる女の子
お兄ちゃん……アンドリュー! またあいつらに殴られたの?
スカイ
スカイって呼べ。
うろたえる女の子
だけどそんなの、お兄ちゃんが自分でつけた名前でしょ。パパとママは……
スカイ
あいつらの話をするな! 自分たちが情けないからって、俺やお前で気晴らししかできない畜生どもが、俺の呼び名を決める資格なんてあるわけないだろ?
トリマウンツ工科大学で六年間もモップ掛けして、学部課程の授業を全部盗み聞きで終わらせたのは、将来あいつらのように情けなくて、愚かで、使えない人間にならないためなんだ!
うろたえる女の子
でも……
スカイ
お前もだ! 毎日俺のかばんの中にリマインドの付箋を貼る以外にやることはないのか? 飯くらいちゃんと食える――
うろたえる女の子
あの人たち、また来た……
スカイ
ちくしょう……あいつら、いい加減にしろよ。お前さっさと俺の後ろに隠れろ。
街のならず者A
白衣を羽織ったくらいで、偉くなったつもりか? お前もその小娘も、大統領の服を着たってスラムから来たクズなんだよ。
スカイ
ハッ……ドブの中の鼷獣には、偉大という言葉の意味なんざ、一生わからないんだろうな。
街のならず者B
なんだと!? もう一遍言ってみろ!
うろたえる女の子
お兄ちゃん!
街のならず者A
な、なんだ?
街のならず者B
天災か? 逃げるぞ!
スカイ
「天災」だと? あれは探求だ! 進歩というものなんだ!
全身に青あざをこさえた青年は、広い空を見上げる。自分が薄汚い袋小路にいることも、後ろにうろたえている女の子がいることも忘れて。
彼はあの偉大なる天の光を追わずにいられなかった。
????
統括のことは心配なさらないんですか?
???
彼女がいつ、我々の心配などを必要とした?
我々は単なる同行者でしかないんだ。
ただ自分たちの仕事をして、あとは……彼女の幸運を祈ればそれでいい。
(サルカズ語)いつか、カズデルもまた空に浮かぶ時が来たら、その炉には君の名を刻もう。
スカイ
はあ……はあ……
あ、あの、申し訳ない……
あの人、あの空の上の偉大な人……
あの人の名前を、教えてもらえませんか?
ナスティ
クリステン。
クリステン・ライトだ。
スカイ
ナスティ主任、ラッキーシスティビーストフードは明日滞在資格取り消しの手続きを行います。
ナスティ
再チェックに合格できなかったのか?
スカイ
全く基準に達していませんでした。一番最初にパークへ入った組織転換企業の一つなんですが、大衆の「天空フィーバー」に迎合するために、当時の審査条件はかなり緩くて――
ナスティ
彼らに雇われたモニターはどうなる?
スカイ
あの支配人、モーターの種類もろくにわかってないんですよ。きっと「プロペラパラダイス」の名前を借りて大儲けすることしか考えてなくて……
え、今なんて?
ナスティ
いや。このパークの名前をかなり気に入っているようだな。
スカイ
そのまま「星の庭」って呼ばれてたら、もっと良かったんですけどね。
ナスティ
スカイ、君がリングラボの技術遺産の公開に賛成していないことは知っている。
スカイ
「統括代理」の決定を非難するつもりはありませんよ。ですが、保守的すぎる決断は、我々が本来得るはずだったリスペクトを失わせています。
欠片程度のデータサポートだけで、多くのテクノロジー企業が生まれています。一方で何千何万ものクルビア国民を照らすリングラボは、五歳の子供でも遊べるような知育用おもちゃにされて……
今やクルビア人の誰もが「宇宙」と口にしますが、この新しい言葉の出典がクリステンさんの公開した実験日誌であることを覚えている人は、ほとんどいないんです。
本当の意味で、クリステンさんを追悼する人間なんて一人もいません。ナスティ主任、あなたですらもです。
ナスティ
記録と回顧は歴史学者の仕事だ。我々が成すべきことは、検証されたデータを分析し、確実かつ有効な方向性に進むことだけだ。
スカイ
ですが、そのデータと方向性はどうなりました?
ここ二年の間、ライン生命は十数の小型ラボを買収し、様々なプロジェクトを推し進めています。ただ一つ、クリステンの遺産だけを残して。
このエキスポで我々は、ライン生命の星の庭に対する後続の研究成果を初公開して、三流以下のテクノロジー企業たちに心底感服させて、天空探索という領域と大衆の視野へと戻るんです。
生態研究園がリングラボからのデータに基づいていることも、植物を用いたエネルギー輸送でエネルギー供給システムを構築することが工学設計上の偉業と言えるものだということも知っています。
苗の栽培やプランターユニットの舗設に、エンジニアリングチェック。これらすべては我々の実験を進めるため……ですが、事前見学に展示される機会ももらえない「植物園」だけで足りるのですか?
ナスティ
……
スカイ
どうか教えてください、ナスティ主任。あの夜以前に誰もクリステンさんが天幕を突き破ろうとしていたなんて知らなかったように、ライン生命もここでより大きな目標があるんですよね?
ナスティ
トリマウンツの夜はすでに過ぎて久しい。
スカイ
……
ナスティ
次の企業の点検に向けて準備を頼む。リストの順番に調整が入ったので、気を付けてくれ。
スカイ
はい。
ナスティ
スカイ。
スカイ
……
ナスティ
気持ちはわかる。君がクリステンに感化されてライン生命に入ったことも知っている。
あの夜、大勢の者が空を見上げた。だが、誰もが空を追い求め始めたわけではない。
君に第一歩を踏み出させた理由を忘れるな。
スカイ
……点検用の資料を準備してきます、主任。
ナスティ
……
スタッフ
……権限カード、契約書とパーク内汎用連絡先一覧をお受け取りください。改めて、あなたのチームの「プロペラパラダイス」加入を歓迎します。ようこそ!
次の方! 何かお手伝いできることは?
アスペン
滞在資格の取り消しを……
スタッフ
どの企業の代表の方でしょうか?
アスペン
ラッキーシスティビーストフードです。
スタッフ
合計八十二名のモニターの解約ですね?
アスペン
はい、彼らと私自身の資料は全部こちらに。
スタッフ
かしこまりました、少々お待ちください。
アスペン
……
はあ、俺は影月に頭でもぶたれたのかな? エキスポに参加すれば絶対元が取れると確信して、むやみやたらに八十二人も企業での就職経験がない素人を雇ってメンツを立てる真似をするなんて……
だけど、ここの企業は全部同じ事やってるじゃないか。なんでよりによって消えるのがうちなんだ!
問題点への対処がちょっと遅れただけで、百万以上の金券がパーになるのか? ふざけるな!
ちくしょうが。ワンブーツシャドウムーン不動産はその「三次元浮遊境界杭」とやらの技術問題をどうやって解決したんだ? 靴職人どもしかいないくせに?
スタッフ
ミスター・アスペン、手続きが終わりました。パーク内の通信は本日までお使いいただけます。
アスペン
わかりました……
スタッフ
ですが、もしワンブーツシャドウムーン不動産と同じく、あなたにも「特別」な需要があるのでしたら……喜んで対応させていただきますよ。
アスペン
はあ? どういう意味だ?
微笑むスタッフはパーク内にいる者の誰もが一冊は持っている連絡先一覧を取り出し、そのうち一つの電話番号をアスペンに示した。
名前も住所も記載がなく、数万の電話番号の間に埋もれたこの目立たない一連の数字は、まるでアスペンに残された微かな希望のようだった。
アスペン
ここに電話をかければ、俺が今抱えてる問題は解決できるのか? 「ラッキーシスティビースト」は、サイエンスパークを離れなくても済むのか?
スタッフ
はい。
アスペン
ならば、職員の解雇を取り消したい、それに企業滞在資格の取り消し申請も――
スタッフ
ご安心ください、「ラッキーシスティビースト」の滞在資格は取り消していません。ですが、モニターの解雇は撤回不要かと。
電話はあなたが抱えている問題を「徹底的」に解決するでしょう。そうすればモニターの方々はもう必要ありません。
アスペン
奇跡なのか? それとも、詐欺か……?
考えるのはもうやめた。ここに残れるのなら、試してやろうじゃないか。
マーシア
ゴードン長官。
ゴードン
ふむ、当ててみようじゃねぇか。ナスティは半信半疑ながらも俺が提案したリストを受け取って、俺の提案を飲んだ。違うか?
マーシア
はい、エンジニア部門の今日の点検予定を確認したところ、完全に長官が指定した順番通りでした。
ですが、どうしてそれをご存じなのですか?
ゴードン
ナスティが最終的にどんな選択をしたかは知らんが、俺は今人生で一番輝かしい日々を過ごしているんだ。何をやっても俺の思い通りだぜ!
マーシア
確かに、とてもお喜びになっておりますね。
ゴードン
いや、たかがライン生命の主任じゃ、俺の心を動かすにゃ足りねぇな。
テーブルにある手紙を読んでみろ。
マーシア
「酒類・煙草・アーツユニット及び源石製品管理局からゴードン・タネン長官へ、『プロペラパラダイス』の総責任者への御就任をお祝いすべく、書状をお送りさせていただきました……」
二枚綴りですか? これほど長いお祝いの言葉なんて見たことがありません。
ゴードン
六ヶ月前、クルビアの国境で俺が受け取った異動メールはたったの二行しかなかったぜ。
どいつも管理局でのポジションは稼げると思っているが、あの七年間、俺はサーミの野蛮人やサルゴンジャングルの原住民から「甘い汁」なんてこれっぽちも吸えてねぇよ。
あの時、狡猾な老いぼれは俺のことが目障りで、管理局の他の人間も俺にいい顔をしなかった。それがどうだ? あいつは定年退職、俺は昇進だ。風向きってのは変わるもんだ。
まだ昼間だが、めでたい日だからな。まさに――
マーシア
杯を傾けるにちょうどいい、ですね。
長官、お望みのシャンパンです。
ゴードン
さすがの手際だな、マーちゃん。ナスティの件も、この酒も、あんたが俺の側で成長した証だ。自分の分も注ぎな。
マーシア
ありがとうございます。ですが、秘書規程に則れば、仕事中の飲酒は禁じられているはずです。
ゴードン
気にすんな、その冊子は俺のでっちあげだしな。
マーシア
でしたら……何か祝辞をお願いしてもよろしいでしょうか?
ゴードン
うむ……六日後のエキスポは、ほんの起点に過ぎない。俺の開会式辞は、必ずやクルビアを揺るがすものになる。
俺はこれから、全てのロケットの外装に俺の胸像が刻まれて、影月に建てられる一番大きな街が、俺にちなんで名付けられるのを見届けるんだ。
ライン生命だろうが、管理局だろうが、D.C.政府だろうが、俺に命令することはできやしねぇ。変なヘマさえしなければ、ここは永遠にゴードン・タネンの「プロペラパラダイス」だ!
乾杯!
誰だ? 俺のパーティーに飛び入り参加か?
見知らぬ男
こんにちは、サイエンスパークの総責任者の方ですか?
私、オークリーと申します。「プロペラパラダイス」に特別招聘された解説員で、ゴードン長官へ着任のごあいさつに参りました。
ゴードン
……
マーシア
……
ゴードン
ブッフォーー!
ゴードンは口に含んだシャンパンを全て噴き出してしまった。