相思断

ニェン
ったく、剣を鍛えるくらいでしくじるなんてどうなってんだ。腕が鈍ったか?
職人は困惑したように頭を掻くと、振り返って倉庫の中から再び鋼の塊を取り出した。
ニェン
……今年の秋はやけにジメジメするな。どうもむかむかしてイラつく。
この感覚、妙だな……
シー
――!
何なのこれ……どうなってるの!?
あれが……目覚めるの?
墨魎
(不安げな様子)ガァ――?
穏やかだったはずの絵巻に、何者かの手によって怒りを孕んだ雲が描き加えられる。
激しい雷が不協和音を立て、白い絵巻にあまりにも唐突な墨跡が残された。
刹那、絵巻の中にどこからともなく不気味で恐ろしくて、獰猛な顔つきの墨魎が生まれ出した。数え切れぬほどの墨魎が四方に駆け出すと、絵巻の中のあらゆる景色を漆黒の墨色で覆っていく。
シー
こんなの……私が描いた絵じゃない……
どき……なさい!
百灶守備軍
シュオ殿、長旅ご苦労でした。
こちらへどうぞ。しばしお休みになってください。
シュオ
これ以上時を置いては、兵部への報告の刻限が過ぎてしまうのではないか。
百灶守備軍
陛下からのご命令です。百灶内で異変が発生したため、しばらくの間、シュオ殿の都への立ち入りを禁ずると。
シュオ
……なぜだ?
あれは……歳の陵墓?
ウァン……お前は一体何を……
心臓の拍動が一拍飛んだのか、はたまた、一瞬の内に二度跳ねたのか。
あるいは、移動都市が何らかの理由で急発進した際の震えか。
それとも……
――ぱたり。
我知らず代理人の手から、書物が地面へ落ちた。
ジエ
ウァン兄さん!?
チュエン
ジエ、ジエ!
ジエ
……どうしたんですか?
チュエン
……これを見ろ!
ジエ
ウァンの……罪状? 誰から渡されたんですか?
チュエン
誰かが司歳台に送りつけたんだ。監正様は陛下への上奏を余儀なくされて、禁軍が天鏡閣にやってくるという噂まで立っている!
ついに……
……ついに!
来たか。
ウァン
お前はなぜ……目覚めている?
いや……違うな。お前の気配は歳とほぼ一致しているが、その虚ろな姿で現れたということは……
「その虚ろな姿」とは、お前自身の姿でもある。
ウァン
いずれにせよ、お前は未だ夢境の中にあり、目覚めてはいない。
我は無論のこと目覚めている……数百年前、お前が我の夢に踏み込んだあの時に、眠りを妨げられたのだから。
ウァン
虚勢を張る……お前が本当に目覚めているのなら、私がここに立っているはずがない。
お前は夢の中で手足を伸ばし、それで完全に目覚めたと錯覚しているに過ぎない。
単なる夢遊病者が、「目覚めた」などとよくも言えたものだ。
ふっ、夢遊病だと? この邂逅を夢の出来事とするならばそれも構わぬ。
だが、お前とその兄弟姉妹が取るに足らぬ人間どもと戯れていたことも、お前が穴だらけの策もどきで我に取って代わろうとしていたことも、この目でしかと見ていたぞ。
いずれ消滅する運命から逃れるために愚かにも人間の同族になろうなどと、あれほど移ろいやすく矮小な生物になろうと望むか?
なんとも哀れなことだ……本当に笑わせてくれるな!
ウァン
忘れるな……その矮小な生物が、お前を打ち倒し、千年もの間幽閉した。
目覚めているから何だというのだ? 所詮は虚像に問いかけるばかりの、鏡花水月が……
お前を殺すのは、容易い。
そうか?
代理人は歩んできた廊下を振り返ったが、すでに退路は閉ざされていることに気がついた。
ならば何を恐れる必要がある?
ようやく我と対面する機会を得たのだぞ。恐れているのでなければ、何故飛び掛かってこない。我を憎んでいるのではなかったのか?
なんと哀れで……愚昧な身の程知らずであることか。
ウァン
……お前の言には惑わされん。
ふはははははは!
命懸けで我に挑むのが望みではなかったのか?
来い、お前の最も得意とすることで相手をしてやろう。
突如として一枚の碁盤がウァンの目の前に現れる。そこには見覚えのある一本の亀裂が走っていた。
得体の知れぬ相手は有無を言わさず、古棋の規則に則って白番として先手で打ち始めた。
初手の石は盤の中心、天元の位置に置かれた。
ウァン
初手、天元か。
……よくも私をここまで侮ったものだ。
侮っているか否かは、整地の後に分かることだ。
さあ……そちらの手番だ!
ウァン
――!
黒番の棋士が迎え撃つ。彼はこの縦横十九路の遊戯を知り尽くしており、長らく敗北とは無縁だった。
だがどういうわけか、今回は自分の一手一手、思考の一つ一つ、一瞬一瞬の感情を、相手に見抜かれているように感じた。
明らかに相手が一手譲っている盤面であるはずなのに、まるで優位を取れていない。
ウァン
あり得ぬ……
何があり得ぬというのだ?
まだ分からぬのか。お前が苦心して練り上げた手も、取るに足らぬ謀略も、我にはすべて筒抜けよ。
ウァン?
なぜなら、我はお前であるがゆえに。
ウァン
――!?
ウァン?
ふっ、もう投了をする気か? そのような興覚めする行いを許すわけがなかろう。
お前はこの一局、最後まで打ち切らねばならぬ。
ウァン
……いいだろう。
棋士は歯を食いしばり、再び石を手に取った。
一手ごとに、頭が割れるように痛み、一手ごとに、魂が削られていく。
さらに百余手を経て、盤上のヨセもすべて収束し、黒番が辛くも半目勝ちを収めた。
だがその石を持っていた棋士は、すでに息も絶え絶えであった。
ウァン
はぁ。
……お前の負けだ。
その傲慢さは、昔から変わらない……
ウァン?
ははっ……はははははは!
そもそもこの戯れが勝負を決める一局であるかはさておき、我とお前との間に、この一局しか存在せぬと思っていたのか?
ウァン
……?
ウァン?
ウァンの名を冠したこの一局、仮にお前が勝ったとしよう。だが、これが盤面全体から見て、どれほど取るに足らぬ一局か分かるか?
数歩下がれ。もっと遠くへ退き、そこからもう一度見てみるがよい。お前が心血を注いで打ち出した妙手が、果たして何の意味を持つかをな。
ウァンの身体が己の意思とは無関係に立ち上がり数歩後ずさった。
ほんの数歩離れただけで、目の前の碁盤は不気味にも小さな欠片へと収縮する。
ウァン?
如何に波風を立てようと、一局の内の十二分の一に過ぎぬ。
お前の黒石はこの角で忙しげに動き回るだけだ。片隅での死活すら定めきれぬというのに、よくも我に投了を迫れたものよ!
ウァンは気力を振り絞り、そして目の当たりにした……
碁盤の縦横はもはや十九路に留まらず、数百もの線が走っている。先ほど命を削って勝ち取ったあの一局は、この果てしない盤上において、あまりにもちっぽけに映った。
視界の彼方まで広がる碁盤の果てには、白石が銀河の如く浩々と連なり、打ち入れる余地のない陣を築いている。それは歳獣が千年近く抱き続けてきた軽蔑と不服そのものだった。
ウァン
お前……初めからこれを狙って……
ウァン?
当然だろう。
お前が数百年前に我の意識を覗き見たあの時を始まりとして、この策は徐々に我が無数の夢の中で形を成したのだ。
白を執る者が、お前が気づかぬ内に周囲に布石を敷く。
お前が成したことは白が代わりに記憶し、お前が成し遂げられず終わったことは白が代わりに成し遂げ、お前が行わなかったことは白がお前と同じ容貌を借りて自ら行った。
白はまずお前たちに人への疑念を植え付ける。そして人にお前たちを疑わせ、この地へ戻らざるを得ぬようにするのだ……お前たちを数百年生かし続けてきたこの根源へ。
ウァン
我らの生が、お前と何の関係がある?
ウァン?
我が死なぬ限り、お前たちは炎国にとって最悪の選択肢をとりうる――我が意識に回帰し、大討伐とやらの上に築かれたすべてを尽く滅ぼすという選択肢をな。
そしてお前たちが死なぬ限り、我はすべての力を取り戻せぬ――この枷から逃れるだけの力を。
我とお前たちの生死はもつれ合い、もはや和解の余地は一分もない……にもかかわらずお前はまだ、人間と手を結ぶ結末を夢見ているのか?
かつて炎国は奴らにとってほとんど神に等しい我を拒んだ。では、それに取って代わったお前を受け入れることがあろうか。
もはやお前は石を執るに値せぬ……命は我に戻す。まずはお前、次はお前の「兄弟姉妹」だ。
定めの通り、消え去るがいい――
ジエ
真龍はウァン兄さんを……一人で歳の陵墓へと向かわせました。
あの真龍のことですから、私に知らせる機会を兄さんに与えるはずもありません……
チュエン
……
ジエ
兄さんは、自分から誰かを害そうとしたことなんて一度もない。
ひどく口下手で、勝ち負けにはうるさいですが、損得には執着しない……誰よりも賢くて、そのくせ一番不器用な人なんです。
どんな陰謀だって、人の心の奥底だってお見通しなのに、一番簡単な……身近な人に自分を理解してもらうことさえできないんです。
それに司歳台が……そしてあなたが一番警戒している代理人はずっと私だったのでは?
チュエン
……!?
ジエ
知っています。というより、彼らがきっとあなたに話すだろうと、最初から分かっていました。
本当のところは、誰に言われずとも感じていたんです……
元々は、歳月を重ねるほどに、力をより上手く扱えるようになると思っていました。だけどなぜだか近頃は、自分がどんどん自分じゃなくなっているようで……
何年も前から、自分の記憶が少しずつ曖昧になっているのに気づいていました。近年では、心の中の様々な感情ですら、不明瞭になっていくように感じられるんです。
もしかしたら……
チュエン、失礼かもしれませんが、一つ聞かせてください。
お母さまが亡くなった時……あなたはどう感じましたか?
エルフは分厚い黒髪の下に隠された耳を微かに震わせた。
チュエン
どうしてそんなことを訊くんだ?
ジエ
……ウァン兄さんはまだ救えるからです。
チュエン
助けに行くつもりか!?
ジエ
正直に言えば、私と兄さんの今の力では、できるのは代わりに死ぬことくらいでしょう。
だから、あなたや私たちのような生物にとって、家族が亡くなるというのは、一体どんな感じなんだろうと思ったんです。
チュエン
どうしてわざわざ私に訊くんだ。どうして人の傷口を抉るようなことを――
チュエンは、ジエの問いの真意を不意に悟った。
ジエは自分自身のために、そしてウァンのために問うているのだ。
もしも肉親の死が、長く続く命にとって束の間の悲しみに過ぎないのであれば、彼女は命を捧げ、取るに足らぬ悲しみをウァンに残し、兄弟姉妹の胸の中の時折ちくりと痛む傷となる道を選ぶだろう。
一方で長命の者にとっても胸を引き裂くほどの痛みであるなら、彼女はその耐え難い苦痛を自分に残し、生者としての重責を背負って人の世に留まり、歳を除く責務を最後まで果たし続けるだろう。
それは長命の者が初めて直面する、血を分けた者同士の永遠の別れだった。
これまで彼女は筆を執って無数の喜びや悲しみ、別れと出会いを記してきた。そうであるのに、この事態を前に判断の拠り所を見付けられず……自分に問いかけることしかできずにいる。
チュエン
……
ありのままを言えばそれでいい。
寿命がどれほど長くとも、遠い昔に覚えた肉親を失う苦しみは、今も癒えぬほど激しいものだと。
死者は解放され、生者は苦しむ。並べてみれば、その理は一目瞭然であると。
伝えればいいのだ。もし本当にウァンを思うのなら、彼を解放し、これから先の人の世における苦しみは自分で引き受けた方がいい。ウァンは自業自得で死に、君が残る。それが本来あるべき姿だと。
君は彼よりも遥かに慎重だ。ウァンのように方々の尻尾を踏むやり方で事を進め、匿名の告発者によって司歳台に突き出されて真龍の怒りを買うこともなく、歳を除く手順を進められるはずだと……
だが――
まず大悪を誅し、次いで元凶を除け。
天鏡閣と太史閣が力を合わせても御しきれぬそうだ。これが長く続けば、どうなることやら!
これから先、炎国の歴史が混沌に陥れば、彼女はその責を負えるのか?
太史閣を廃し、炎国の文字を改む。従わざる者は許されず。
万民の生計を察し、その中に凡そ偽りをなす者あらば、皆その名を抹消し、辺境に流す。死者は千を数える。
雑然とし混濁した記憶が、持燭人の心臓を握り締める。
彼女は違和感に気づいていた。それらの言葉を語っていた者たちには顔がなかったことも薄っすらと思い出していた。
何かがおかしい。すべて偽りだ。作られたものだ。持燭人と代理人との仲を引き裂き、疑心を掻き立てるための。
だが……ジエの力が日ごと強まりつつあるのは、事実ではないというのか?
彼女は否応なく歳獣をも凌ぐほど強大で、恐ろしい存在となる。私が助けねば。炎国に対する責任を負わねば――
絡み合う二つの意志が彼女の胸中に渦巻く。一つは彼女自身のものだ。そして、もう一つは顔を持たぬ者たちのものであり……
……一人の代理人に、歴史のすべてを掌握されることを望まぬ炎国のものでもあった。
チュエンはふとこう思った。自分が司歳台に迎え入れられたのは幸運などではなく、狙いがあってのことだったのではないかと。
長命の自分なら、最も御しがたい代理人を見張ることができるからだ。
歴史を重んじる自分なら、ジエが果たしてどのような怪物と化すのかを理解できるからだ。
身寄りも行き場もない自分は、もし裏切ろうものなら炎国に唾棄されて、ようやく得た居場所を失うからだ。
本当にそういうことなんだろうか?
重く圧し掛かる責任に息が詰まる。これ以上考え続けることはできそうになかった。頭の中には轟音だけが響いている。
炎国に対する責任を負わねばならない。持燭人としての責務を果たさねばならない。私は偶然にも、ジエが最も弱り果てた瞬間に出くわした。成長していく大悪に、元凶の身代わりを務めさせねば。
それは代理人たちにとっても良いことであるはずだ。炎国は彼らに武力を行使する理由を一つ失うのだから――
チュエン
母が……
母が亡くなった時、わ……私は……
別に……何も……感じなかった。
胸が張り裂けるように痛かった。
チュエン
亡くなった母が私の心から何かを持ち去ったみたいだった。空っぽになって、その隙間を埋めようと、つい新しい何かを探したくなった。
そう、胸の中の母と繋がっていた部分が無理やりに引きちぎられ、血まみれの大きな欠片が失われたかのようだ。そして私ははっきりと知っていた。唯一無二の形をした傷口を埋めることなど、決してできないことを。
チュエン
母を埋葬する時にだけ泣いた。だけど……それだけだ。すぐに涙は出なくなった。
初めは泣いていた私も、母が黄土へ完全に埋められる頃には、涙が涸れていた。どうすればいいのか分からなかった。
チュエン
私たちは……この先、長い長い道を歩んで行かねばならないんだ。その途上できっといつか、一時の悲しみを和らげられるような出会いがあるはずだ。
君の寿命はあまりにも長く、その生命において永遠に続くものはあまりにも少ない。ひとたび何かを失えば、その空洞は永遠に癒えぬ傷口になる。
チュエン
私は……君や……他の仲間たちに出会った。だから、母のことはもうあまり思い出さなくなったんだ。
家族は、夢の中に現れる。君が独りでいるときに現れる。
母がかつて口ずさんでいた旋律と似た曲を耳にした時にズキズキとした痛みが心臓を掴み、君は逃げ場を失うだろう。
チュエン
私は、今……君と共にいることができて……とても……
……幸せだ。
エルフは呼吸を乱し、吐き気を必死に抑え込みながら、最後の三文字を言い終えた。
彼女は代理人の目を見ることができなかった。
目の前の人物が自分の言葉を真に受けて、喪失は時と共に薄れていくようなものだと本気で思い込むことが怖かった。
目の前の人物に自分の意図を見抜かれ、そこにある卑劣さを見透かされて軽蔑され、二度と会ってくれなくなることが怖かった。
……そんな言葉を口にした自分自身が、怖かった。
ジエ
分かりました……
分かりました。教えてくれてありがとうございます。
……あなたは、職務に忠実な持燭人ですね。
チュエン
!?
先ほどまで持燭人の胸に蟠っていた濁りが突如として消え失せ、今やそこには、風の吹き抜ける空洞だけが残っていた。
風がその空洞を通り抜け、彼女の声と似た音を発する。
チュエン
ジエ、私は……
ジエ
あなたに向けるには残酷すぎる質問だと分かっていたのに、心がとても乱れていたので、訊くのを止められませんでした。
けど、考えてみれば答えを得ても得なくても、私の下す決断は変わらないでしょう。だから、訊いてしまったことを、とても後悔しています。
賢いあなたなら、きっと理解していましたよね。この問いは私の持燭人に、死ぬべきは私であるか、それともウァン兄さんであるか、それを決める助言を強いているものだと。
このような形で荷の一部を負わせるべきではありませんでした。ごめんなさい。
あなたが先ほど私に語った内容は、あなた自身のこととは全くの無関係です。炎国の意志の一部を私に伝えた、それだけです。
チュエン
……
ジエ
死という冒険においては……誰も他者の経験を参考にすることはできません。独りで向き合い、進むしかないのです。
さて。前回修正が必要だった郷土誌の変更は終わりましたから、机の上に置いてあります。時間がある時司歳台へ届けておいてください。
チュエン
……ジエ!
チュエンはその場に立ち尽くして、涙を必死にこらえた。今この瞬間、自分が声を上げて泣くことすらも、白々しく思えた。
それでもチュエンの胸の空洞は、本人にしか聞こえない嗚咽を上げていた。やがて彼女は胸の中から悲痛な文字をいくつか絞り出すと、か細く、力ない言葉が音になった。
チュエン
では、もう……行く。
ジエ
チュエン……
……どうか元気でね。
ジュン
ジエ、一体何が起きているのですか? 禁軍が天鏡閣に向かっています。私も先ほど、危うく持燭人に家の中に閉じ込められるところ――
ジエ
……
ジュン
……ウァンに何かあったのですね?
ジエ
ジュン姉さんなら、きっと聞こえているはずです。
歳の……心臓の鼓動が。
ジュン
やはりウァンは歳の陵墓に入ったのですか!?
いつのことですか?
ジエ
ほんの一刻ほど前のことです。
ジュン
……まあ良いでしょう。権限を逸脱した行いについてはあとで責を追及します。今の朝廷は明らかに我々を蚊帳の外に置こうとしています。あなたはどうするつもりですか?
ジエ
……ウァン兄さんを助けに行きます。
ジュン
私も同行しましょう。
ジエ
いいえ。
ジュン
なぜです?
ジエ
私と兄さんがいれば、この件は必ず解決できます。
ジュン
……本気ですか?
ジエ
ええ。
歳を除く計画は、これまでずっと私と兄さんで進めてきました。現在は事態が切迫しているためそのすべてをジュン姉さんに事細かに説明する暇はありません。
姉さんが迂闊に同行すれば、益少なく却って犠牲が増える恐れがあります。
それに、ジュン姉さんには別件でお願いしたいことがあるんです。
この書刀、今後は姉さんが預かっていてください。
姉さんの権能を使えば、きっと何者にも手出しをさせず保管できるはずです。
ジュン
ジエ、あなたは一体何をしに行くつもりなのです。状況はそこまで悪化しているのですか?
ジエ
……歳はすぐには目覚めないはずです。私とウァン兄さんが保証します。
ジュン
でもあなたたちは……?
ジエ
……戻る者はおりましょう。
ジュン
あなたか、彼か、どちらかだと?
ジエ
……
ジュン
私も行きます。
ジエ
いけません。
本当に他意はないんです。ただこの書刀は……絶対的に公正で、決して私情に囚われない人に預けねばなりません。
もしこれが悪意ある者の手に渡れば、もたらされる惨禍は、一人の代理人の死なんて……比べ物にならないほど甚大になるでしょう。
これを徹底的に破壊することも考えましたけど、でも結局、まだ残しておく価値があると思いました。
過去の過ちは正されるべきです。その代償がどうなろうと……この書刀はいつかあなたたちの、あるいは炎国の助けとなるかもしれません。
……ですから、これが誰からも必要とされなくなるその日まで、可能性は残しておくべきだと思いました。
ジュン
……
ジエ
そんな顔をしないでください、ジュン姉さん。
ひょっとしたら……ウァン兄さんと一緒に戻ってこれるかもしれませんしね。
その時は、また一緒にユー君の作ったご飯を食べて、姉さんの歌が聞きたいです……
もし……私は戻ってこれなかったとしても……
皆には……これからも歩むべき長い道のりが待っています……
……
覚悟は決まっていた。だが、振り返らずにいられるほど未練がないわけでもなかった。
彼女は書架に所狭しと並ぶ生と死についての記録に目を向けた。その中には、彼女自身が書き記したものも少なくない。
己もこの内の一節になるのだろうか?
後世の人々は、自分にとってはあまりに慌ただしく、他者には冗長に映るこの一生を、どう記述するのだろう?
兄弟姉妹たちは、そのわずか数頁の文字を読んだ時、いかなる反応を見せるのだろう?
……
だが彼女は、自分が記録に残らぬだろうことを知っていた。
兄弟姉妹の中でも、ウァンとの付き合いが最も多かったのは、恐らく自分だ。
ウァンの計画に助言を与えたことは、一度や二度ではない。歳を除くために必要な条件や時機をこれまで共に算段してきた。
歳の陵墓が今どういった状況にあるのかも想像がついた。この上なく明瞭なあの心臓の音が、すべてを物語っていた。
他に道はない。
己の権能を発動し、かの名を抹消する他には――
……
いずれにせよ、自分は一般的な人間と比べれば、すでに相当長くこの人の世に留まっている。
人は誰もが死を迎える。まさに生と死があるからこそ、自分は、そして兄弟姉妹たちは、人の中にあれだけ心を奪われるような生き方を見いだしたのだ。
だが、もしも死がこんなにも平凡な煙のように過ぎ去るものならば……一体どう生きれば、真に生きたと言えるのだろうか?
夕陽が室内に差し込み、数え切れぬ古い歴史書の上に注ぐ。断片的な名残を無慈悲にめくるように。
巻巻の往事、字字の泣血。果てまで辿れば、ただ「遺憾」の二字あるのみ。
だが彼女がその光の方へ歩み寄ることはついになかった。
彼女は部屋を後にした。
闇に覆われた陵墓へと足を踏み入れるために。
ウァン
……
説明されるまでもなく、ウァンは、それが歳が彼の記憶からかき集めた断片であることを理解していた。そしてこの百二十年間、彼が片時たりとも忘れたことのない光景でもあった。
息も絶え絶えに地を這う棋士の胸を、盤上の百を超える白石が刃と化して貫いた。混じりけのない白が、ゆっくりと彼を呑み込もうとする――
――と、一筋の金色の光が彼を包み込んだ。
ウァン
……すまない。
待っていてくれ……私が戻るまで。
……お前が戻るまで。
それは本来ならば決して触れることの叶わぬ、夢の片端だった。
だが夢境の中の人物は彼の存在を察したように、ウァンの方を振り返る。
ジエの顔に淡い微笑みが浮かんだ。彼女は微かにうなずいた。
やがて背後から溢れ出した光の奔流が、彼女を包み、呑み込み、溶かしていき……
夢が根こそぎ押し流され、今この時にこの場所の本来の姿が露となった。