穴だらけ

アーミヤ
イネスさんと約束した日の出まで、あと数時間もありません。
撤退のスピードを速める必要があります。
「グレーシルクハット」
ロドスのドクターよ、あなたたちは何か重要なことを忘れているのではないか?
そうだ。我々は再びダブリンと同じスタートラインに立った。
それはつまり、任務を急がなければならないということだ。
約束は必ず果たす、これは我々の自身に対する誓約だけでなく……取引相手に対する要求でもある。
ようやく来たか。もう少しで、赤鉄親衛隊の小僧に遅れを取るところだったぞ。
公爵様は、貴様の怠慢を嘆いておられる。貴様のやり方はぬるすぎるのだ。
まさか、アレクサンドリナを懐柔しようとしておるのか? 彼女に恩を売ろうとでも?
……その非難はあまりに不適切だ。私は当然ながら公爵様に絶対的な忠誠を誓っている、ただ──
今は時間がない、貴様の釈明については今後検討するとしよう。
動くな、ロドスの。
アーミヤ
あなたたちは何をするつもりですか?
「グレーシルクハット」
黒いアーツ……新しい情報通りだな。
随分とうまく隠していたな、ロドス。そのコータスがサルカズの魔王であったとは。
面白い……確かにあれは「魔王」にしか解決できぬ問題かもな。
詩人、この点に気付けなかったことも貴様の職務怠慢である。
……公爵様は、私にどういった挽回の形を望んでおられる?
貴様とダブリンが会談している間に、我々は飛空船のドック位置を特定した。あそこは……非常に厄介だ。
だがあの情報は、「魔王」ならそれに対処可能だと示していた。
さて小さき魔王よ、我々の任務に協力してくれるな?
アーミヤ
……
「グレーシルクハット」
ウィンダミア家の娘はどうした? 放っておいていいのか?
その娘を確保することは何の意味もないぞ。他の方法で償う機会があると思わぬことだな。飛空船の技術が最優先だ。
ベアード
見つけた人には全員知らせた。
私たちにできることは、これが全部。
シージ
アーミヤがまだ戻ってきていないな。ドクターとイネスさんからの連絡もない。
ベアード
……またどこかで火の手が上がったみたい。
シージ
あそこは、ホテルの位置だな。
ベアード
……見に行った方がいいかも。
デルフィーン
はぁっ……はぁっ……
ベアード
デルフィーン? そんなに慌ててどうしたの?
──ロドスの人たちは?
デルフィーン
よく聞いて、アレクサンドリナ・ヴィーナ・ヴィクトリア。今までに起こったことをそのまま言います。
アーミヤさんとドクターは、「グレーシルクハット」から取引の続行を要求されて、飛空船を見つけに行かなきゃいけません。
ウェリントン公爵の軍はすでにこの区画に入ってて、カスター公爵の増援も恐らく到着しています。
奴らは何としてもサルカズの飛空船の技術を手に入れたがっているんです。競争相手が技術的優位に立つことを、奴らは受け入れられないからです。
ノーポート区は、すでに公爵たちの争いの舞台になっています。
カドール
ハッ、連中のいつものやり方だな。
放送はどうなったんだ? オマエが言ってた、大公爵たちを正式にここへ進軍させることができるって放送はよ──
デルフィーン
……
イネスさんが、最善を尽くしてくれるそうです。
カドール
最善を尽くす? どういう意味だそりゃ?
デルフィーン
……日の出を待てということでした。
シージ
……分かった。
大公爵たちが真正面から突入すると仮定した場合、私たちにはあとどれだけ時間がある?
デルフィーン
イネスさんが成功すれば……ウィンダミア公爵の高速軍艦は日の出の後すぐにここへ接近するはずです。
ここに人を集めたんですね。
ベアード
今いない人も恐らく情報は受け取ってるはず。私たちについてきたい人は隊列に続く。
デルフィーン
でしたら、大公爵の軍艦が本当に接近するまで、私たちはこのままここにいた方がいいと思います。
今の状況じゃ……通りを歩くのは得策じゃありませんよ。
ウェリントンにしろカスターにしろ、邪魔になりそうな相手には容赦がありませんから。
シージ
いいや、今すぐ出発すべきだ。
封鎖壁にあるサルカズの駐屯地が襲撃されていた。恐らくどこかの大公爵部隊の仕業だろう。
我々は夜が明けないうちに、封鎖壁の守備が比較的薄い場所へできるだけ近づくべきだ。
それと何より重要なのは……今なお部屋に閉じこもって窓から外を覗いている者たちに、私たちの言っていることが本当だと信じてもらうことだ。
今回の撤退は、彼らの残り少ない備蓄を騙し取るための陰謀などではなく、サルカズが彼らを殲滅するための罠でもないということをな。
一度失った信頼を再び築き上げるのは難しい。その唯一の方法は──
実際の行動を見てもらうしかないんだ。
ヘドリー
……
王庭軍兵士
ほらよ、前に頼まれてた本だ。
随分苦労したぜ。俺はヴィクトリア語が読めねぇから、結局は可哀そうなフェリーンを取っ捕まえてロンディニウムの図書館を探させた。
ヘドリー
感謝する。
王庭軍兵士
あんた時々ノートに何か書いてるだろ。
本を読むだけじゃなく、自分で書き物もすんのか?
カズデルには行ったことねぇが、あそこの地下にはサルカズの大学もあるって聞いたぜ。
あんたはそこの教師かなんかか?
ヘドリー
いや、俺もお前と同様、誰かの命令で命を捨てて働く者だ。
王庭軍兵士
そういう本ってさ、全部そんなに面白いのか?
ヘドリー
どれも同じような結論で、似たような内容が繰り返されるだけだ。
作者たちは、同様の結論を出し続けることしかできない。
俺も飽き飽きしている。
王庭軍兵士
マンフレッド将軍からは、あんたをここに閉じ込めておくよう命令されただけで、その他の指示は一向にないんだよな……
あんたは将軍から、どんな恨みを買ったんだ?
ヘドリー
もしかしたら、俺にとっては監獄の方が落ち着くだろうと考えただけかもしれない。
ここは……本当にやりたいことをやるのに都合がいい。
王庭軍兵士
本当にやりたいことってのは読書なのか?
だとしたらつまんねぇ奴なんだな。
聞いた話なんだが……近々、俺たちサルカズにとって良い知らせがあるらしい。
大地全体を揺るがすほどの良い話だとよ!
ヘドリー
どうせまた戦争だろう。
王庭軍兵士
あんた、話してても面白くないって言われたことは?
ヘドリー
しょっちゅうだ。
王庭軍兵士
……マジでつまんねぇ奴だな。
まぁいいや、俺は交代の時間だ。ここでおとなしくしててくれよ。
ああ、本を探してきてやった報酬を忘れんなよ──
王庭軍兵士の影が悠々と監獄の廊下の奥へと消えた。すぐに別の足音が響いてくるだろう。
ヘドリーは待っている。
だがそこには静寂のみが広がっていた。
マンフレッド
……
王庭軍兵士
クルー全員、すでに飛空船へ搭乗完了しました。
マンフレッド
そうか。
パプリカ。
パプリカ
はっ……はい!
マンフレッド
君は……『サルカズ戦争史』という本を読んだことはあるかな?
パプリカ
……ないっす。
マンフレッド
ならば読むべきだろう。私の机の引き出しに入っているから持っていくといい。
パプリカ
面白い話なんすか?
マンフレッド
戦争史を一冊にまとめたものだ。
パプリカ
それは聞いたんすけど……
マンフレッド
であれば、そのような質問をすべきでないな。
あの本の内容において同意できる点はほとんどない。軟弱、悲哀、支離滅裂。
だが、あれが鮮血の染み込んだ本であることは認めよう。
パプリカ
その作者は、今のこの戦争をどう描写するんすかね?
マンフレッド
……
それは、私も気になるところだ。