空際の夕焼け雲

アーミヤ
これが……飛空船。
「グレーシルクハット」
これまでの我々の潜入計画はことごとく失敗し、接近を試みた者は一人残らず忽然と消えた。
これはサルカズの巫術なのか? 魔王よ、貴様ならこれをどう突破すればいいか知っているだろう。
アーミヤ
私は……
テレジアさん……テレジアさんも、ここにいるのでしょうか?
ですが感じ取れません──
うっ!
突如として凄まじい重圧が襲いかかってきた。
それは言葉で表現することはおろか、声を出すことすらできない。それほどまでに強烈で、それほどまでに残酷なものだ。
危うく立っていられないほどの衝撃だった。
アーミヤ
これは……何ですか……
「グレーシルクハット」
何のつもりだ、魔王? 妙な真似はやめろ!
貴様の巫術でこれを破れ! でなければ──
うっ──
アスカロン
ドクター、遅れてすまない。
「グレーシルクハット」
アスカロンさん、落ち着いてくれ。
この同僚の行動は私と関係ない! 彼に言い聞かせようとしたが、聞く耳を持たなかったんだ!
あなたたちのドクターを傷つけるつもりはない。ただ取引を無事に進めようとしているだけだ、あの時のことはあなたも見ていただろう?
アスカロン
であれば邪魔をするな。
――
お前には理解できないだろう。お前はサルカズではないからな。
私たちは……自らの歴史に直面している。サルカズの幾千幾万年にもわたる苦しみに直面している。
それは怒り、訴えている。私たち一人一人にその叫びに耳を傾けるよう迫っている。
……なるほど。
フンッ、大公爵たちは失望するだろう。これは複製可能な工業技術などではないからな。
あの船……あれは「レヴァナント」だ。
サルカズはどのように暮らしていたのだろうか?
始まりの頃、サルカズはどのような生活を送っていたのか?
当時、神民も先民もまだこの大地に侵入しておらず、全てが本来あるべき姿のままであった。
その後、奴らがやって来た。
奴らはこの地で殺戮を──虐殺を始めた。野蛮さと怒りを我々の土地に持ち込み、奴らは爪と牙を互いに向け合うだけでなく、我々に対しても向けるようになった。
誇り高きサルカズが、奴らに屈することなどありえぬ。それゆえにサルカズは奴らに抗った。
我々はさらに激しい怒りでもって奴らに報い、奴らに憎しみの果実を呑み込ませた!
しかし、なぜ一瞬にしてカズデルは滅んでしまったのか?
あの卑怯者どもだ!
奴らはあらゆる方法を用い、あらゆる策を講じた! 奴らは卑劣で狡猾で、恥知らずで残忍だ!
奴らは、何ゆえ純潔なるカズデルを踏みにじるのか?
奴らに、何の資格があるというのだ!
アーミヤ
うぅ──
この……声は……
アスカロン
アーミヤ、呑み込まれるな!
耐えろ、これはただの幻覚だ!
アーミヤ
分かっています、分かって……
ううっ──あぁ──
カズデルは奴らに滅ぼされた。
魔王と王庭は我らを率いてあの塵埃どもと戦った。サルカズはこのような恥ずべき敗北は認めない。
しかし自らをサンクタと称する軟弱な一部のサルカズが、己の責任から逃れ、己の種族を裏切り、己の使命に背いたのだ!
再建したばかりの壁は再び崩れ去り、我々の夢はまたもや潰えた。
しかし構うものか。裏切りはいずれ償われる。カズデルは必ずや再び立ち上がるだろう。
魔王が我々を率いている限り、我々と共にある限り、カズデルに敗北はない。
「グレーシルクハット」
この影……
おかしい、これはイネスさんの操るアーツのようなものではない。これは何だ?
アスカロン
ドクター、飛空船の影から離れろ!
飛空船の影が身をよじりながら伸びてくる。アスカロンに倒されたもう一人の「グレーシルクハット」は、一瞬にして漆黒の影の海に沈んでいった。
「グレーシルクハット」
おいおい冗談だろ、一体何なんだ……
深い暗黒、深い絶望、深い怒り。
我々を率いるは魔王。魔王さえいれば……
――三十四回目のカズデル滅亡。
――六百七十五回目のカズデル滅亡。
最終的にカズデルは三千四百二十一回滅ぼされた。
最も滅亡までの期間が短いものだと、カズデルの城壁は再建された三日後に、ペガサスの蹄鉄によって粉砕された。
カズデルは幾度となく滅ぼされ、幾度となく再建された。
時間は我々の姿を変え、奴らの様相をねじ曲げた。しかし、戦争が終焉を迎えたことはなく、我々も抵抗を諦めたことなどない。
だが、我々がカズデルの再建に要する時間も次第に伸びていった。
我々の文明は損なわれ、芸術は忘れ去られた。
しかし憎しみはいまだ消えない。魔王はその憎悪を武器とし、我々の敵を斬り殺したのだ!
私はそれを誇りとし、我々の不屈を誇りとしている。
しかし今日、私が見たものは何だ?
歪んだキメラだ……
異種族の魔王だと!?
ハハハハ! 私の前に、異種族の魔王が立っているだと!?
何ゆえ貴様がその王冠を持つ? 何ゆえ、サルカズに非ざる貴様などがこの苦しみと共に立っている?
貴様のどこがサルカズの怒りを担うに値するというのだ!
我が問いに答えよ、代替せし者! 答えよ、欺瞞せし者!
甦りし者の──このレヴァナントの問いに答えよ!
アーミヤ
レヴァナント……
見よ! その目を大きく開いて見るがいい! 偽りの魔王よ!
貴様には何が見える?
アーミヤ
私は……
アスカロン
見るな、アーミヤ! それはレヴァナントの巫術だ!
アーミヤ
……
私には、涙が見えます。
レヴァナント、私にはこれまでにない重い悲しみが見えます。
あなたはずっとこの悲しみと共にいたのですか?
悲しみ? これは悲しみではない。
悲しみなど、私はとうの昔になくした。
アーミヤ
あなたは怒りの炎で、血が流れないように傷口を焼いています。
それは……とても苦しいことです。
何が真実で、何が偽りか私にはよく分かっている!
貴様はただ我が問いに答えればいい!
貴様は──何ゆえ──
貴様のような──忌まわしき歪んだ異種族が──
何の──権利があって──
サルカズを背負っているのだ!!!!
アスカロンが数歩よろめいた。
アスカロン
私は……平気だ……
アーミヤは──
巨大なレヴァナントの影の中、アーミヤは上を向いたままだった。
この角度からは彼女の表情は読み取れない。唯一分かるのは、彼女がいまだ顔を上げたままであるということだけ。
アーミヤ
あなたの言う通りです、レヴァナント。それは、私が見るべきものです。私は、たった今――
――全てを見ました。
三千四百二十一回もの破滅する様を、レンガの一つ一つが灰になるのを見ました。
かつての魔王たちの抵抗を、彼ら一人一人の心を見ました。
流された涙と血を、高く舞う塵と破片を見ました。
……みなが同じような姿で折り重なって倒れゆく、似たような光景が繰り返されました。
それが私の目に映りました。そして、私はそれを見続けることを選びました。
レヴァナント、私は一瞬たりとも目をそらしてはいません。
しっかりと記憶に留めておきます。
繰り返し下された重苦しい選択を、一つまた一つ重ねられた死と犠牲を、いつもいつも最後に訪れる破滅を、全ての希望を記憶に刻み込んでおきます。
──私がそれを貴様に見せたのだ、キメラめ。
私が貴様にそれを見るよう迫ったのだ!!
代替せし者よ、私は常にそれを身をもって体験し、常にその烈火に苦しんでいるのだ!
だが貴様は?
もちろん貴様は見ることができるだろう。地図を見るように、劇を見るように、崖の上であぐらをかき、高みの見物をする観客のように。
偽りの魔王よ。私が貴様を批難し、憎悪するのは、貴様の愚かさのせいでも、傲慢さのせいでも、偽善めいた考えのせいでもない。
貴様が真に我々と共に立つことなど、未来永劫できないからだ。
アーミヤ
ですが、私は努力して──
努力?
貴様は目を逸らさぬよう努力することはできよう──
だが同様に、いつでも身を翻し、立ち去ることができる。
アーミヤ
私は……
貴様はサルカズではない。永遠にサルカズにはなり得ない。
サルカズの魂は、貴様を受け入れない。
我々の境遇を苦痛と呼んだな? 貴様はそれに耐えるよう、努力すると言うが──
我々は永遠に、その苦痛に浸る定めなのだ。
自分に勇気があると思っているだろうが、苦痛を飲み込めなくなる日が訪れれば……
貴様はやはり我々を捨てることができるのだ。
アーミヤ
いいえ、私はこれまでもこれからも絶対に──
多少の歳月を乗り越えたにすぎない。にもかかわらず「絶対」などと口にするか!?
貴様は見捨てるだろう。貴様には力がある、それゆえにいつの日か必ずや、我々を見捨てる。
サルカズがそのような魔王を選ぶと思うのか? このような魔王を受け入れると思っているのか?
アーミヤ
テレジアさんは、私がそうなれるよう望んだんです! 彼女はたとえ異種族であろうとも、我が事のように感じることはできると言いました!
それこそがあの者の愚かさだ!
では、もし貴様が本当に我が事のように感じ……そのすべてを見たのであれば……
なぜ、まだ私の前に立ちはだかろうとする?
なぜまだ、この戦争を止めようとする?
アーミヤ
私は……
アーミヤはふと、自分が何も言えないことに気付いた。
なぜこの戦争を止めようとしているのだろう?
彼らの憤り、彼らの苦痛、彼らの渇望を目にしてもなお──
自分は何のために、この戦争を止めようとしているのだろう?
これは……この戦争は、確かにサルカズにとって唯一の選択だ。
サルカズの一人一人が、自らを取り巻くものと直面した結果、他に選べる答えなどなかったのだ。
アーミヤ
ですが……
アーミヤは気付いた。ふいに彼女は、テレジアの現在の選択を理解したのだ。
涙で涙を覆い、苦しみで苦しみを埋める。
焼き尽くされた土地だけが、サルカズに新生をもたらす。
アーミヤ
ですが……
……それでも私はその道を拒みます。
レヴァナントの言うことは、正しかった。
まさに、彼らの進む道を拒むからこそ、自分は未来永劫、真に彼らと共に立つことはないのだ。
自分はいつでも、身を引いて離れることができるのだから。
ここから去れ!
我々同胞の前から立ち去れ!
影が狂ったように震えて分裂する。今にも実体化するのではという錯覚を起こさせるほどに。
狂奔するレヴァナントの影が、がらんとしたドックから溢れ出る。
エブラナ
バカでかい奴だ。
紫の炎が黒い影と衝突した。
エブラナ
レヴァナント、私はお前たちという存在に興味がある。
もしお前が焼かれれば、どのような熾火を残すのだろうな?
「グレーシルクハット」
──
あのドラコは……エブラナか。
彼女がここに現れるなどという情報は、任務概要になかったぞ!
行くぞ! 早く!
アーミヤ
私は……私なら大丈夫です……
ドクター、私は……
私は確かに、本当の意味で彼らと共に立つことはできません……
……え?
アスカロン
急げ! ドラコの火が来るぞ!
彼女は……非常に強い。ここでやり合う必要はない!
エブラナ
……
フッ──面白い。
ロドスか……
最近、よくこの名を耳にするな?
王庭軍兵士
しょ……将軍、あのドラコは……
マンフレッド
構わずともよい。
あの炎は、自らの狭隘な野心以外に、何も燃やせはしないのだ。
レヴァナント閣下、我々を連れてドックからお発ちください。この狭いドックでは、あなたのお怒りを受け入れることはできません。やかましい異種族どももあなたがお時間を割くには値しません。
それと、テレシス殿下より連絡を受けました。あちらはすでに準備が整ったそうです。
エブラナ
……
「将校」
殿下。
サルカズの飛空船はすでに飛び立ち、ゆっくりとロンディニウムの方角へと旋回しています。
我々の高速戦艦編隊も、都市の外周にて応戦する準備が完了しております。
……その他の部隊も集結しているようです。
エブラナ
ほう?
「将校」
ウィンダミア公爵の艦隊は、早くからこの区画に接近していた模様です。カスター公爵の軍艦も虎視眈々と動く時を狙っています。
エブラナ
どうやら皆、この場所に多大な関心があるようだな。
???
本当に関心があるのでしょうか?
コルバート
公爵たちは来るのが遅すぎるのではありませんか?
「将校」
君は……あのホテルの支配人か?
なぜ君がここに?
……サルカズが元々ロンディニウムに忍ばせていたスパイか?
コルバート
いいえ、コルバートは自分をヴィクトリア人だと思っている、ただのサルカズの清掃員にすぎません。
エブラナ
ではお前は?
変形者
僕たちのことかな……?
僕たちは友達と楽しくおしゃべりしてる途中で、仕事に駆り出された可哀想な人だね。
ほんとにおかげ様で興醒めだよ、ドラコ。
エブラナ
ならば、私とおしゃべりするのはどうだ?
変形者
……勘弁してほしいね。
しゃべるくらいなら、さっさと全部終わらせようよ。