たぎる血潮
ブラッドブルードの大君
……テレシス。
テレシス
ブラッドブルード。
ブラッドブルードの大君
私の記憶が正しければ、あなたの子供騙しの「軍事委員会」には私の席もあったはず。
それにしては、私に戦況報告をしたのは随分前のことだと思いませんか?
テレシス
それはお前がいつまで経っても軍事委員会関連の会議に出席してこなかったからだろう。
職務相応の指揮権はずっとお前にある。
ブラッドブルードの大君
「指揮権」ですか。
私の子らを指揮する必要などありません。あの子らは生まれてから私のものであり、彼らが奉仕する王庭に属しているのですから。
テレシス
……
であれば、なおのこと彼奴らをしっかり管理しておけ。
戦争はもう終盤に差し掛かってきたのだ。お前の配下には、より重要な働きぶりを発揮してもらわねばならん。彼奴らが跳梁跋扈する様にはほとほと嫌気がさしている。
西の戦線のほうはあまりにも多くの時間を費やしてしまったのだ。
ブラッドブルードの大君
儀式には必要なことですよ。
もし十分な血と涙がなければ、我々もこうして大量の巫術材料をかき集めることはできなかったでしょう?
それにあなたとテレジアは、私にこう伝えてくださいましたね? 例の古く傷だらけの扉を見つけたと。
サルカズが受けた苦難の源、運命の起点は、本当にその扉の奥にあるのでしょうか?
テレシス
儀式の手はずならすでに整っている。
だが、そのうちの中継地点の一つ、例のブレントウードという町が敵の侵攻を受けてしまっていてな。
ブラッドブルードの大君
それは私にそのような他愛ない面倒事を解決しろと言っているのですか、テレシス?
ふむ、あなたのおかげで一つ気付いてしまったのですが、軍事委員会の徳望ある「摂政王」よ――
軍事委員会が「肝心」な町を気にかけていたのであれば、なぜそれらしい防衛を敷かなかったのですか?
打ち覆いに包まれた術師や肉の傀儡、あるいは適当になんらかの巫術をかけたり、己の肉体で暴力を振るう暴漢なり配置しておけばよかったのでは?
テレシス
……
ブラッドブルードの大君
……あなた方兄妹の魂は強大で輝かしいものです。だからこそ、私はあなた方の行いには目を瞑ってきました。
軟弱なサルカズらはあなたを摂政王と呼び、聴罪師らもあなたの傍に仕え、その上テレジアをも連れて帰ってきました。
摂政王、そして死から蘇った「魔王」。実に面白い兄妹ですね、あなた方は。
だがそれも。すべてはあなた方の行いと力から来たもの。断じて……「地位」から来たものではありませんよ。
テレシス
「力」か。
ブラッドブルードの大君
フンッ。
大いなる呪いを降臨させるため、すでにこの戦場に祝福を撒いておきました。
最古の王庭が一つとして、サルカズらの血脈にもとより潜んでいた力を、私は慈悲深くも呼び起こして差し上げたのです。
それをテレシス、あなたは感じ取ってくださいましたか? 私が与えた恩寵に、喜んでくださいましたか?
その雑駁な血から、どれぐらいの力が湧き出てくるでしょうか?
テレシス
……
終局が差し迫っていることで、お前も浮足立っているのだろう。
その弱点をちゃんと隠しておくことだな。
それともほかにも何か忠告してやったほうがいいか?
ブラッドブルードの大君
フッ。
儀式はしっかりと終えて差し上げましょう、高慢な摂政王。
しかし、あなた方兄妹の狭隘な志のためではありませんよ。あなた方は常々、あのカズデルという虚名を持つ移動都市を望んできました。
あれは所詮苦痛の川にある、足を休める場所の一つに過ぎません。
テレシス
テレジアのほうはすでに準備ができている。
このザ・シャードも、ヴィクトリアが永遠に想像すらできない力を発揮してくれよう。
あの骸骨は今、市外に設けた兵営の中枢で待機している。そこからブレントウードへ向かうといい。
ブラッドブルードの大君
……実に興奮させてくれることじゃないですか? テレシス、あなたはいつも生気のない顔をしておりますね。
私にはもう見えていますよ。地平線の向こうから立ち込めてきたあの黒い光が黒曜石の壁のように、正真正銘の城を築き上げていくところを。
テレシス
……
ブラッドブルードの大君
……フッ。私が浮かれていると先ほど笑いましたが、沈黙に徹することは、あなたが自分の本心を隠す一番の手段じゃないですか?
素晴らしい光景を目にするために戻ってくる暇があることを願っています。
もしあなたが本当にこの大地を作り直せるほどの偉大なる力、サルカズが最初に接触した……「源石」を取り戻すことができたのなら……
私もあなたのために、カズデルという名を、私の手が届く限り大地に刻んで差し上げましょう。
ウルスラ
大君閣下、巨獣の航行がもうすぐ終了します。じきにブレントウード付近の集積所に到達いたします。
ただあの町はすでにヴィクトリア人に攻め入られ、閣下の創造物も掃討されてしまっています。
ブラッドブルードの大君
……創造物?
あのような知力すら持たない虫どもは、鮮血の王庭に仕える子らが結晶に呪文を描こうとした時、不意にこぼしてしまった血の滴りに過ぎません。
せいぜいヴィクトリア人に「勝利」を祝わせてあげればよろしい。
ウルスラ
どうやら、私が誤解していたようです。大変失礼いたしました、大君閣下。
ブラッドブルードの大君
名はウルスラ、でしたかな?
ウルスラ
……はい。
ブラッドブルードの大君
大量のアルコールがその血に混ざっていますが、その貪婪と享楽を許して差し上げます。
しかしその躊躇いには実に失望しました。
私ならその躊躇いを濯げますよ、「少佐」殿。
ウルスラ
……ご厚意に感謝いたします。しかし一人で……対処できます。なるべく……改善いたしますので。
ブラッドブルードの大君
ウルスラ……ウルスラ。
時盗みのウルスラ。およそ、その物語を知らぬ者はなし。
フッ、その「ウルスラ」が、よもやこの骸骨の御者になるとは。実に趣深い。
ウルスラ
単なる偶然にございます、大君閣下。私が自分に名を付ける際、まさか本当にかの英雄のようになるとは――
ブラッドブルードの大君
英雄?
ウルスラは臆病者でしたよ。
彼はこの巨獣と目を合わせることすらできず、この者が巻き起こした乱気流に身を隠しながら、幻に溺れた者たちを起こしてやることしかできませんでした。
だから私は彼にこのような任務を与えてやったのですよ。無論、それで彼は「多くの人を救って」くれましたがね。
ウルスラ
……
ブラッドブルードの大君
おや、ようやく私のことを思い出してくださいましたか?
ウルスラ
もう間もなく到着です、大君閣下。
その際少しだけ幻覚を見ることになるかもしれませんが――
ブラッドブルードの大君
みなまで言う必要はない。
この者との付き合いは、あなたよりも遥かに長いのですから。
ブラッドブルードの大君
……
(古代サルカズ語)あなた方が心血を注いでこの灰色のカズデルを建てたおかげで、サルカズは再び故郷を有することができました。
(古代サルカズ語)ですが、故郷の狭隘なる様に、怒りを覚えはしないのですか?
(古代サルカズ語)異族の侵略によって、ティカズは故郷を失いました。そして、あなた方は譲歩し、故郷を代表する物を次から次へと縮小させ、歪めていきました。
(古代サルカズ語)何も無い平原に追いやられ、囲いをつけられ、その内側だけを己の都市だと――その場所の名前でしか、我らの居場所を表せなくなるまで。
(古代サルカズ語)それが、サルカズが軟弱になってしまった起点なのです。
(古代サルカズ語)そして私は、その終着点の前からこの過去を振り返ります。
ウルスラ
幻が終わりました。
ブラッドブルードの大君
骸骨が巣穴へと帰っていきましたね。
ウルスラ
……一つ、責任を持って大君様へお伝えしなければならないことがございます。かのブレントウードの中心法陣を抑えた部隊がまだ近くにいます。
奴らはこの骸骨が移動する際に痕跡を残すことをある程度把握しております。よって我々がこうして帰還したことも、おそらく向こうにはバレているはずでしょう。
確かに、大君様のお力は疑う余地がないほどお強いですが、敵の中にはおそらく……
ブラッドブルードの大君
構いません。
敵は儀式における中継装置を破壊した、とのことでしたね?
この骸骨が戦場に投下した法陣は、もとより緋色の王庭が伸ばした触手の末端に過ぎません。
仕方ありませんね、こうして終盤に辿り着くことができたのですから……
私がこの最古の儀式の中心になって差し上げましょう――
「放逐されし者」、冠を戴く狩人、我ら最初の魔王よ。
もしあなたの万年も前に生きた魂が今もサルカズの魂に宿っておいでなら――
もしあなたが今も我々に目を向けておいでなら、故郷を失ったあなたの末裔たちに目を向けておいでなら……
もしあの何度も捻じ曲げられ、塗り潰されてしまった遥か彼方にある伝説が嘘偽りでないのであれば――
あなたに申し上げます。
どうかあの揺り籠にある苦難を、再び降臨せしめたまえ。
どうか我々に……再びティカズの失いし運命を与え給え。
ウルスラ
……予想通り、ヴィクトリア人はここを攻めています。
閣下、我々がなるべく時間を稼いでまいります。その間に儀式を進めてくださいませ。
ブラッドブルードの大君
ヴィクトリア人? フッ。
テレシスよ、まったく私にとんだサプライズを残してくれたものですね。
違いますよ、ウルスラの名を持つ娘。我々が対面するのは「ヴィクトリア人」などではありません。
我々の客人も確かに、この瞬間を見届ける資格を持っておられることでしょう。
もう一人の純潔なる血脈を持つ者で、未だ幼い弔鐘の主。
そして、簒奪された「魔王」。
ウルスラ
……相手が誰であれ、軍事委員会の計画は完遂されなければなりません。
こちらは巨獣との繋がりを強め、奴らがここまで到達できないよう全力で阻止してみます。
大君様はどうか――
ブラッドブルードの大君
あなた如きに、私に提言する資格はありませんよ。
あぁ、これはぜひとも見たくなってきました――此度の彼らは私にどのようなくだらない言葉を吐き連ね、また私にどのような絶望の瞬間を見せてくれるのでしょうかね。
では「少佐」殿、あなたはここで待機しておきなさい。
そのあっても無くてもいい仕事はすでに終ったのですよ。
???
「破滅せよ」。
ブラッドブルードの大君
まだその哀れな文言を、偽りまみれの呪文を弄んでいるのですか、バンシー。
なぜあなたのものでもあり、その血脈に蓄えられた本物の権力に目を向けようとしないのですか?
あなたの挽歌であれば、今はより美しく歌い上げることができるはずでしょう?
にも関わらずあなたは黙したまま、「一度も口を開こうとしない」とは。
Logos
ブラッドブルード。
うぬらは一体、何と繋がろうとしているのだ?
このような儀式、サルカズのどの文献にも記載されておらぬ。
アーミヤ
今呼び覚まされようとしているあれは……一体?
あれは……まるで……「種」。
まさか。あなたたち……数万年前の巫術でそれを呼び覚まして、戦場に設置されていた法陣で育み、ザ・シャードの嵐で操ろうとしているのですか?
……そんなこと、許されるはずがありません!
それではロンディニウムが塵一つ残さず消滅してしまいます! 源石しか残らない廃都と化してしまいますよ!
いえ、それだけではありません……この規模にしてこの威力……私には見えます……
サルカズの復讐はテラ全土を深淵へ引きずり込もうとしている。
ブラッドブルードの大君
……「復讐」か。
コータスよ、あなたは自らサルカズの魔王と名乗っていながら、偏りきった観点しかお持ちでないのですね。
二百年前、テラ諸国の連合軍によってカズデルは一度滅びを迎えました。
そして今、我々はこのヴィクトリアの首都を苦痛と滅びに祀り上げようとするのは、その二百年前に受けた征服への仕返しとしか考えていないのですか?
やれやれ……またもや失望させられてしまいましたよ。
黒い王冠は今もあなたの頭上に留まっておいでなのですから、確かに「魔王」がしでかしたもう一つの愚かしいことと言えるでしょうね。
一人の敵と一国の国民を殺めること、あるいは一つの都市と一つの文化を葬ることには何の違いもありません。サルカズにとって、そんな行いなど到底反抗とは言えない。
我々がこうしてロンディニウムなどと言う異族の首都へ訪れたのも最初からそのような「仕返し」をするためではありませんよ。
「種」ですか? 悪くない表現です。
ではその種がどのような光景をもたらしてくるのか、存分に見届けるといいでしょう。
Logos
偏狭な目を持っているのはうぬのほうだ、ブラッドブルード。
どのような言い訳を吐こうと、うぬらの所業の本質を変えることはできぬ。
我が「一度も口を開こうとしない」だと?
案ずるな、ブラッドブルード。直に聞くことができよう。
「縛結、重枷はうぬの躯へ落とされん」。
アーミヤ!
アーミヤ
どうして、こんなに――
――いえ、これは!
……彼の血が!
儀式の最終段階を終えようとしています!
Logos
――
……! ロンディニウムに残しておいた呪文がつい先ほど、跡形もなく消え去った。
ロンディニウムで一体何が起こった?
アーミヤ、手早く戦闘を終わらせよう。何やら面妖な――
ブラッドブルードの大君
まあまあ、どうかお待ちを。お客人たち。
せっかくこうも素敵なチャンスが巡ってきたのです。
原初の呪いに見守られる中――今日は共に……
最後の「魔王」を、見送ることができるのではありませんか。