息つく間もなく
絶望した市民
どけ、どけ!
泣き叫ぶ市民
奴らが、あの怪物たちがもうすぐこっちへ来るわ!
絶望した市民
そこのフード被った奴、道塞いでんじゃねぇ!
泣き叫ぶ市民
こっちへ来ないで! 血が付いてるわ! あの怪物たちと同じよ!
???
ドクター!
ドクター、ここです! 手を伸ばしてください!
アーミヤ
ドクター、私の手を取ってください。
アーミヤ?
……どうしてですか?
「魔王」って、一体どんな姿であるべきなんでしょう?
変形者
……
サルカズの魂は相変わらず僕たちを拒絶しているんだよ。
けど……変化はもう起きてる。僕たちのもう一部が……すでに僕たちの元から去って行った。
僕たちは選択を下さなきゃいけないね……立ち止まるわけにはいかないんだよ。
アーミヤ
ドクター!
変形者
……「魔王」。
さっき君の真似をしてみたんだけど、失敗しちゃった。
アーミヤ
……新たな変形者。
それがあなたの選択ですか? 本当に私たちを敵に回すつもりなのですね。
変形者
……僕たちは、ただ試しているだけだよ。
アーミヤ
うっ――
変形者
ねえ「魔王」、君と戦えば、僕たちはそこから僕たちの意義を見つけられるかな?
僕たちの道は、果たしてどこへ通じてるんだろう?
アーミヤ
……私は前の変形者に質問をしました。私はどうすればいいかと。彼は、あらゆるためらいや迷いを乗り越えろと教えてくれました。
新たに生まれたあなたが、なおも私を「魔王」と呼ぶのなら――
自分で探してください。私からは、あなたが求める答えは得られません。
サルース
あら、痛かったかしら?
あのアスカロンってやつ、ほんと鬱陶しいわね。誰にでもこんなにしつこく付きまとうのかしら?
アーミヤ
ドクター!
ど、どうして――
サルース
小さな魔王さん、私ね、あなたの感情と記憶を探るのが、ずっと前からもう待ちきれなかったの。
てっきりレヴァナントに苦しめられるものと思っていたけど、どうやらあなたの状況は、思っていたよりもいくらか良好みたい。
コータス、いえ、キメラ。
あなたはね、結局のところテレジアじゃないの。
聴罪師直属衛兵
……
アーミヤ
放してください――
サルース
あなたは人から王冠を授けられた幸運な子だけど、自分の力を本当に分かっていると言える?
私たちはね、もう何千年も魔王を探究し続けてきたのよ。
で、あなたは――
アーミヤ
ドクターに……手を出さないでください!
サルース
へえ? 聴罪師の巫術に囚われていながら、まだ魔王の力を使えるんだ? リズのことが少し恋しくなってきちゃったわ。
まあいいわ、これは私たちの実験にとってメリットが大きいもの。ドクターの命はひとまず見逃してあげる。それからあなたに、感情の使い方も教えてあげるわ。
でも、リーダーに引き渡す時までに、もっといい子になってもらわなきゃね、子ウサギさん。
変形者様、あの鬱陶しい女がじき追いついて来る頃でしょうし、後はあなたにお願いしますね。
変形者
……分かったよ。
もしかしたら、彼女なら僕たちを成長させてくれるかも。
アーミヤ
ドク……ター……
アスカロン
ドクター! そこにいろ!
最も優先すべきは――
???
けっこう頑丈なのね、「ドクター」。感服しちゃうわ。
サルース
目が覚めた?
そんなひ弱な体で、どうやってここまでついて来たの? あなたの身体を調べてみたけど、何の収穫も得られなかったわ。
いえ……何も、って言うわけでもないわね。
あなたの構造は……とても特殊ね。私の知るどのサンプルとも違ってる。あなたのこと、研究してみたくなっちゃった。
「隅々まで」よ。けど惜しいことに、ここはとっくの昔にリーダーに廃棄されてて、実験設備もそれほど整ってないの。あなたみたいに貴重な実験体を傷つけたくはないわ。
やっぱりロンディニウムに連れ戻すべき? でもテレシスはあなたを特に気にかけてるみたいだし……
ほら、「ドクター」――彼女は今、何を見ているのかしらね?
こんなに震えて。
「魔王が偉大なる幻を授ける」よ。子ウサギさんは、自分の力をほんのちょっぴりだけ、感じ取っているの。
バカげた誘いね。
交渉なんて無意味よ。
声が震えているわよ。
万策尽きてるのに、なんとか可能性を掴み取ろうと足掻くあなたのその姿、見ていて心が痛むわ。
あなたのオペレーターはそばにいないし、指揮能力だって何の役にも立たないわよ。そして今や、仕える「魔王」まであなたの元を去ろうとしている。
これ以上何ができるのかしら?
私はいつもリーダーにこう尋ねるの。権力はなぜいつの日も凡庸な者の手に握られるのですか、って。
歴史から忘れ去られた魔王たちが私たちにもたらしたものなんて、流浪の身としての生活以外に何があるっていうの?
そして、「ドクター」。あなたは今回の苦しみの元凶の一人なのかしら?
あなたの知恵は嫌いじゃないわ。でも正直な話、聡明な人間などいくらでもいるのよね。
何千年も追い求めてきてようやく掴み取った機会なのよ。それに代わるものなんてあるわけないじゃない。
さて……あの人が、この子ウサギさんの小さな頭に無理やり王冠を載せることができたなら――
私が引き剥がすことだってできるはずよね。
盗む? いいえ。いーえ、違うわ。この王冠は、戦場に落ちてる鉄の輪っかみたいに誰でも拾っていいものじゃないのよ。
あなたには分からないでしょうけど。
あら、何よこれ――石ころ?
感動的ね。でも教えといてあげる。その子を見えないように庇ったところで何の意味もないのよ。
あなたがそこまで諦めが悪いなんてね。もっといいやり方を思い付いたわ、「ドクター」。
そのフードの下の頭の中にも、私たちの実験に有益な秘密がたくさん隠されてるかもしれないわね。
こうしましょ。ほら、私の巫術に抗わないで……
あなたの記憶を見せてちょうだい――
……何よ、この力? 聴罪師の巫術をここまで完全にはねのけるなんて……
これが「魔王」……? でもこの子の精神は大きな制約を受けたはず……
アーミヤ
*古代サルカズ語*
サルース
サルカズの魂から生まれた枷はそう簡単に解けないわ。この子はいまだ、魂の中にいる。
子ウサギさんは無意識の状態でも、やっぱりあなたを守ろうとしてるわけね、ハッ。
……待って。本当にそれだけなの?
この子と王冠との結びつきが、強まっている……?
あぁ、なんて強い感情なのかしら。
あの時テレジアがあなたを選んだのは、苦し紛れの選択じゃなかったみたいね、子ウサギさん。
そういうことなら、退屈な前奏は飛ばしちゃいましょうか。その小さな頭がこんなので壊れちゃわないといいんだけど。そうなったらもったいなさすぎるもの。
聴罪師がこの洞窟に残していったのは、彫像だけじゃないのよ。
*サルカズの呪文*
チッ――
アスカロン
ドクター、あまりに無謀すぎるぞ。もし私があいつに会っていなければ――
???
油断するでない。
Logos
ブラッドブルードのアーツか……うぬらは自らの……「血脈」を、果たしてどこまで弄んだのだ?
うぬらが使徒シャイニングの血族だなどとは、想像もつかぬな。
あのような傑物が、うぬら汚らわしき者どものために絶えず悔い改めねばならぬとは。
サルース
ゲホッ、ゲホッ――バンシーの主。
よくここに入って来れたわね。
今のバンシーの主はかなり反抗的だって聞いてるわ。もっと用心すればよかったわね。
アスカロン
……お前は我々が予想していたよりも危険らしい。
尋問している余力はない。状況は一刻を争う、急ぎこいつを殺して出るぞ。
Logos
然り。
サルース
へえ、これが今のバンシーの主? 「王庭の弔鐘」? 確かに素晴らしいわねぇ。英雄と呼ばれるあなたのお母さんにも引けを取らないほど、繊細な呪文。
だけど、知ってるかしら?
そうした精巧なルーンは――精巧なアーツは、サルカズが原初に抱いていた心の形では決してないってことを。
Logos
――
アスカロン!
Logos
ドクター。
我らはすでに洞窟を離れた。アスカロンが付近の地形の偵察に出向いてくれておる。
うぬの右腕の橈骨が折れていたゆえ、基礎的な処置を施しておるところだ。医療オペレーターではない我には、この程度しか叶わぬ。
……意識の回復はなっていない。「サルカズの魂に囚われている」との表現を聴罪師は用いていたが……
少なくとも、生命に危急はない。
アスカロンがうぬの行動を不満に思うのも理解はできる。彼女の懸念は、うぬの身の安全だけには留まらぬのだから。
だがうぬの行いが我らのために時を稼いだのも事実だ。あれがなければ、おそらく聴罪師はすでにアーミヤを連れてロンディニウムの高壁の向こうに身を潜めておったことだろう。
取り逃した。
土石、鮮血、それから……バンシーの鋭い叫び。
これが聴罪師が望むサルカズの姿なのであろうか? ……いわゆる血統や、巫術への妄執に取り憑かれた姿が?
……待て。
この立ち込める蒸気は……
……まさか。ドクター、用心せよ。我らはいまだ敵の術中にあるやもしれぬ。
ここは……ヴィクトリアではない。
この地は、バンシーの河谷なのだ。