冠を狙う者
ケルシー
Wは戻ったか?
シャイニング
まだです。
ケルシー
彼女が今回の作戦に費やした時間は、すでに想定上の最悪を超えている。
ナイチンゲールの容態はどうだ?
シャイニング
……
あまり良好とは言えません。
リズさんの容態はこれまでにないほど落ち着いています。しかし彼女の体内の源石含有量は今も増え続けており、痛覚神経にまで影響している可能性が極めて高いです。
ケルシー
通常の感染症状ではないな。
シャイニング
サルカズが戦場に設置した巫術装置か、あるいはレヴァナントの囁きの影響かもしれません……詳細は不明です。
リズさんに対し、「あなたの痛みはよく分かる」などと声をかけてやることもできません。私にはよく分からないのです。
ですが昨日、彼女は嬉しそうに私に告げてきました。もうずいぶん長いこと、夢の中で苦痛を感じていないと……
ケルシー
君は戸惑っている。
一人で聴罪師に会いに行ってからというもの、ずっとな。
君が当初、ロンディニウムへの同行を希望した理由をまだ覚えているか?
シャイニング
「リズさんの完治」です、ケルシー先生。この目的に迷いを抱いたことは片時もありません。
ケルシー
たとえ彼女の病状の詳細が不明だろうと、いわゆる「完治」という言葉が何を意味するのかは我々も分かっている。
シャイニング
私の使命は変わりません……それははっきりと理解しています。
ケルシー
君たちのことは信頼している。
君がナイチンゲールを見つめる目に宿るのは、決して憐憫だけではない。君が彼女の医師であるだけでなく、彼女もまた君の恐怖を治療しているんだ。
身体に欠陥を抱えてはいるものの、彼女は「使徒」の一員であり、君と同じ道を行く者だ。誰かの庇護を必要とする、か弱く臆病な花ではない。
聴罪師の秘密は確かに不愉快極まるものだった。だが我々が真相を暴く可能性を得るには、最奥に潜むあの憎き潜伏者に相対する他ないのかもしれない。
シャイニング
……
ケルシー
シャイニング、君が不安を感じているのは分かっている。
だが我々が協力を結んだ当初に述べた通り、ロドスは必要とあらば力を貸すことを惜しまない。
シャイニング
――ありがとうございます、ケルシー先生。
……リズさんが目覚めました。彼女を迎えに行ってきます。
ナイチンゲール
シャイニングさん、私のことはそう心配せずとも大丈夫です。私は平気ですから。
シャイニング
リズさん、さっきもあなたの病状のことを話していたのです。いくつかの指標が……あまり良くない数字を示していると。
今やロンディニウムの周囲は戦場と成り果てていて、その中にはあなたの身体に影響を及ぼすものがあります。
私とケルシー先生で次の作戦計画を話し合っているところです。この場所も単なる一時的な滞在地点に過ぎませんから。
ナイチンゲール
シャイニングさん……こちらへ。近くにいらしてください。
シャイニング
はい。
ナイチンゲール
そのようなお顔をなさらないでください。あなたは元々、すでに心を決めていたはずです。
ずっと逃げ続けているわけにもいかないでしょう。
でしたらいっそのこと、正々堂々と立ち向かってみましょう。ね?
あなたならそばにいてくれると分かっています。だから私はここにいたいし、もっと自分から行動を起こしてみたいんです。
シャイニング
リズさん……
ナイチンゲール
心を強く持ってください、シャイニングさん。この前、彼らと会ってから、あなたの眉にはしわが寄りっぱなしです。緊張なさっているんですか?
そうだ、さっき木陰で眠っている時……ある夢を見たんです。
夢の中では、私たちはまだ子供だったと思います。一緒に小川の中を歩いていて……
脛まで浸かるほどの深さでした。とても冷たいけど、とても気持ちよくて。二人とも口を閉じたまま、ただ静かに前へと歩いていました。
シャイニング
……
ナイチンゲール
それから目覚めると、一羽の変わった羽獣が自分の羽をついばみ続けていました。
その子は全身傷だらけで、今にも血まみれになりそうな勢いで自分をついばんで……
巣の中で縮こまりながら、助けを求めるように私をじっと見つめていました。ですが、その目から流れ出ていたのは涙ではなく、真っ白な蝋で……
その子の乱れた羽毛さえも蝋で固まっていて、死の間際になっても鳴き声を上げていました。
奇妙な音律でした。なんだか、まるで……
*古代サルカズ語*
シャイニング
リズさん……?
???
私をここまで導いてくれたのは、あなたです。
そして、迎えに来ましたよ、リズ。
ケルシー
Mon3tr!
Mon3tr
(高ぶった雄たけび)
???
退きなさい。
なんと脆い構造でしょうか。摂政王殿下の刃は思いのほか鋭かったようですね。
ナイチンゲール
シャイニングさん、危ない!
シャイニング
リズさん、私なら平気です。彼に傷付けられたりはしません。
聴罪師
腕が落ちましたね。
となると、頭の痛い話です。あなたの肉体を全盛期の状態にまで戻すには、実験のための時間が多く取られるでしょうから。
シャイニング
まさかあの汚れた巣穴を離れるとは……
どうやら、あなたまで何かに焦りを感じているようですね。
聴罪師
我々はすでに、あの扉の前まで来ているのです。
今はまだ軽く戸を叩いただけですが、それでも我々の実験は大いに進展しました。
最後の儀式にはあなたの出席が――
ケルシー
Mon3tr、メルトダウン!
Mon3tr
(怒ったような雄たけび)
聴罪師
サルース、五分だけで構いません。命を賭して彼女を止めなさい。
くれぐれも邪魔はさせないように。
サルース
分かりました、リーダー。
Mon3tr
(苦しそうな雄たけび)
シャイニング
……黒いアーツ?
あれは……アーミヤさんの? 彼女に何をしたのです!?
ケルシー
……いや。
奴らはアーミヤに打ち勝ってはいない。
サルース
本来なら魔王を無傷のままリーダーに差し出すこともできたんだけどね、残念だわ。
けど問題はないわ。贋作を進歩させるには、この目で見ただけでも十分だもの。
だから怪物さん、リーダーの邪魔はしないでくれるかしら。私とどこか別のところでおとなしくしていましょうね!
Mon3tr
(怒りに満ちた悲しげな鳴き声)
ケルシー
Mon3tr!
シャイニング
ケルシー先生、まだ動き回ってはいけません。
次にお会いする時は戦場で、と言ったはずです。
聴罪師
ほう? ではなぜあなたは、今もなお自らの剣を隠し続けているのですか?
あなたは家を離れる時、必ずや一族の血筋を絶つと誓いを立てたのでしょう。その誓いを果たしに一族へ帰って来る時を、私はいつも楽しみに待っていました。
時間を与えてあげたというのに、あなたには毎度失望させられてばかりだ。
本来、私たちは次なる私を産み落とすべきだったのです。さすればそれは、この百年近くで最も純粋な血脈となることでしょう。
ナイチンゲール
うっ……!
聴罪師
……ふむ。
洗練されています。がしかし、不純物が多すぎる。あなたの魂に一体何があったのですか?
まさかあなたは我々の元を離れている間も、希望を持ち続けていたとでも?
シャイニング
……
リズさん!
下がってください!
ナイチンゲール
……!
私は……
あなたに操られたりしません!
聴罪師
……ほう? 確かにあなたは、私の予想を遥かに超えた作品だ。
単なる抜け殻で、この「私」に触れられるとは。
ナイチンゲール
シャイニングさん、今です!
あ……あまり長くは持ちません!
シャイニング
……
ケルシー
ナイチンゲール、止めろ!
これは罠だ、奴は君たちのアーツが共鳴するのを待っているんだ!
ナイチンゲール
――!
聴罪師
私もあなたも、運命が我々をどこへ導くのかよく分かっています。それを全く知らないのは、哀れな檻それ自体だけです。
血筋を蔑み、定められた運命に抗うのは空しいだけです。我らが血統から授かりし天理を否定することは誰にもできません。
あなたがためらっているのなら、私が代わりに成しましょう。檻に一筋の亀裂を入れ……共にその中へと入り、あなたの誤った道を正して差し上げます。
決断をする前に、よく考えなさい……
*古代サルカズの名前*
???
苦痛が……見えた……あなた……涙、を……
聴罪師
予期せぬ事態は常に驚きをもたらすものです。あなたは本来なら、そこで探究を止めることもできた。しかし、抜け殻の中の蒙昧なる意識を破壊してしまうことに耐えかねた。
……だからあなたは、抜け殻に記憶を縫い込んだ。
シャイニング
彼女はリズさんです。そんな風に……
聴罪師
それはあなたの自由ですよ。満たされた意識に「リズ」と名付けようと、自由です。
リズ?
私、毎日同じ夢を繰り返し見るんです。子供の頃に二人で手をつないで、小川の中を歩いた時の夢を……
それから私は飛び立って、どんどん高く飛んでいくんです。しかしあなたは私の手を取れなくて、私が雲の上まで上がると、涙を流すあなたの姿が見えるんです。
あなたのそばまで戻りたいと思うといつも痛みで目が覚めます。
それは、あなたの苦しみを感じたからです。よければ、その苦痛を分かち合ってあげたいんです。
一体何に苦しんでいるのか、それさえ教えてくれたら……
クイサルシンナさん。
シャイニング
……
聴罪師
クイサルシンナ、その名の意味は――「離別を許さぬ希望」。我らの宿命です。
彼女はあなたが一瞬だけ見せた善意によって自責の念を持ち始めました。すべての過ちは自分のせいだと思っているんですよ、哀れな「リズ」。
シャイニング
私はとうにその罪深き名前を捨てています。今の私はシャイニングです。そしてこれからも、シャイニングでしかありません。
聴罪師
そうですか。あなたは千年もの間続く我が一族の運命に、逆らえるとお思いなのですね?
せいぜい期待しておくとしましょう。
リズ?
ごめんなさい、クイサルシンナさん。あえて危険を冒して川の中からこの子を助け出したわけではありません……
でも、この子があんな風に死んでいくのを黙って見ていることはできませんでした。
あなたのご家族がこの子をプレゼントとして渡してくださった時、私はすぐに気に入りました。
この子は自由に空を飛び回るのが好きなようですが、ひとたび私から離れすぎると、まるで命を失ったようにいつも川の中に落ちてしまいます……
昨日も同じことをした、ですか……全然思い出せません。
でもあなたの言う通りに、この子を籠の中に入れて、しっかり守ってあげることにしましょう。
どうか怒らないでください。もうこんなバカなことは二度と起こさないって約束します。
聴罪師
檻はついに自らの使命を受け入れ、あなたも自身の宿命を理解しました。
あなたが彼女を断片と嘘で埋めるほど、彼女の困惑と苦痛は増していきます。
私は彼女のために埃を被った断片を取り除いてあげました。彼女の覚醒は避けられぬ定めであり、いつかは苦しみながら自らの寄る辺ない意識を崩壊させてしまうのです。
シャイニング
そんなことは何一つとして起こさせません、父上。
私はこの手で私たちの罪を終わらせます。リズさんは「完治」してみせます。
聴罪師
ではそれからどうするのです? あなたが恐れているのはまさに、彼女が真実を取り戻すことではないのですか? 親愛なる姉上。
それこそがあなたの哀れな戸惑いの源でしょう。
シャイニング
……
聴罪師
あなたが器を連れて彷徨うことも、その脆き檻を補強し続けることも許しましょう……
なぜなら信じているからです。あなたはあらゆる手を尽くしてそれを守ると。そしてあなたは、私の期待を裏切ったことがなかった。
最後には、その檻を連れて私の元へ戻ることになる。
そして確かにそうなりました。見なさい、彼女はあろうことか私を捕え、私を打ち負かすための機会を作り出そうとしている。
あなたの彼女への背徳の愛は、そして彼女の運命に抗う意志は、哀れにもまた一つの触媒となったのです。
シャイニング
あなたは――
――彼女が自ら見つけた希望すらも、利用する気なのですか!?
リズ?
シャイニングさん? そこにいるんですか?
シャイニング
!
リズ?
あなたの気配は感じます。ですが姿が見えません……
シャイニング
私はここです、リズさん!
聴罪師
彼女にあなたの声は届きません。我々は彼女の砕けた意識――
――檻の中を歩いているのです。
リズ?
シャイニングさん……私の頭の中で、私を刺すような名前と、ぼんやりとした疑問がずっとこだましています。ですが、どうしても思い出せません……
ここを離れたら、思い出せるかもしれませんね。
私は他人と痛みを分かち合うことで、彼らの命が枯れゆくのを和らげてあげられることに気づきました。
私の治療法を探すために遠くへ行こう、もしかしたらその道中で、痛みにうめく人を治してあげることもできるかもしれない。あなたはそう言っていましたよね。
シャイニング
……
聴罪師
彼女は今、無秩序な記憶の断片に埋もれています。いずれその中に迷い込んでしまうでしょう。
気が触れてしまうかもしれないし、あるいはその前に自らを終わらせるかもしれない。
ですがあなたは解決策を知っている。私が教えてあげたはずです、クイサルシンナ。
シャイニング
……
聴罪師
剣を抜き、あなたの肉親の身体を完全に断ち切りなさい。
我らの魂はあなたの剣を橋と成し、再び連結させ、そして――
あなたは、懐胎するのです。
万古の権力を産み落とすのですよ。
これはあなたの逃れ得ぬ宿命です。
私と一つになりなさい。そして粉々に砕けるはずだった彼女の意識に肉親の躯を与え、育むのです。
シャイニング
……
リズさん、許してください。
聴罪師
ようやくこの時が来ましたね、クイサルシンナ……
ナイチンゲール
シャイニングさん、私は今のあなたの名前の方が好きです。
シャイニング
リズさん……
ナイチンゲール
なんだか長いこと眠っていたような、無数の断片の中を彷徨っていたような気がします。
ですが、あなたの声が聞こえたんです。見渡す限り断片に埋め尽くされた場所へと、私を導いてくれました。
そこで私は、記憶の断片を掘り起こして……まだ全部思い出したわけではありませんけど。
ですが、もっと早くに伝えるべきだったあなたへの答えを、思い出しました……
私はもうとっくに、あなたのことを許しているんですよ。
あの実験室での私のあらゆる記憶を、あなたが強い決意で封じ込めたあの時より以前から……
ですから、あなたの身勝手な判断に怒っているんです。
シャイニング
……
ナイチンゲール
「リズ」。あなたがつけてくださったこの名前が、私はずっと好きでした。
私から目を背けて、逃げて、一人で全部背負い込もうとするのはやめてください。一緒に立ち向かうと約束したじゃないですか――
聴罪師
なんという悲劇でしょうか。ですが結末とは常に変わらぬのです。
私を殺して次なる血脈の温床となるか、あるいは私が彼女を連れ去るのを黙って見届け、後悔の中で溺れ死ぬか。
どちらにせよ同じことです、姉上。
サルース
リーダー、今すぐ撤退しないと!
うっ!
アスカロン
……
キメラ、お前がまだ触れたことのない血脈はあるのか? さあ見せてみろ。
お前は何度、血液をその身体に戻すことができる? そして何度、自らの運命を視ることができる?
Mon3tr
(いぶかしげに低く唸る)
Mon3tr?
(怒ったような雄たけび)
Mon3tr
(興奮したような雄たけび)
聴罪師
その小さき怪物の真似は、ずいぶんお粗末ですね。
生まれ変わってから、あなたの実力は落ちたのでしょうか? それとも、我らが敬愛せしケルシー士爵の負傷が、思ったより深手だったのでしょうか?
Mon3tr?
(見下すような雄たけび)
変形者
クイサルトゥシュタ。もう片方の僕たちが、君たちを選んだみたいだね。
君たちは彼らに何をもたらすつもりなの?
聴罪師
クイサルトゥシュタの名そのものが、すなわちその答えです。
(古代サルカズ語)「不滅の希望」。
クイサルシンナ、檻の意識はすでに目覚めました。これ以上彼女をあなたのそばに置き続ければ、彼女は朝露の如く……蒸発し、壊死していきます。
シャイニング
……
聴罪師
私が連れ去ってあげましょう。私があなたに代わって彼女の状態を保ち、その穴を埋め――
檻で王冠を作り上げて差し上げます。
それからあなたは、私たちは――
永遠の魔王となるのです。
ケルシー
追うな、無意味だ。
すぐに損害を確認し、移動の準備をするぞ。負傷者たちの容態はいまだ不安定だが、この場所はもはや露見してしまった。
シャイニング
ケルシー先生。
ケルシー
オペレーター・ナイチンゲールはロドス医療部の一員だ。彼女に対する拘束、及び暴行を許すわけにはいかない。
だが軽率に行動すれば、必ず彼女をより厄介な状況に陥れてしまうだろう。我々が立ち向かうべき相手は……何千年もの間王冠を狙ってきた、不滅の「魔王」なのだから。
クイサルトゥシュタ。扉を叩く者、王を奪いし王。
聴罪師たちの脅威には気づいていた。バベルにいた頃も、数多講じた措置がすべて徒労に終わってしまった。
テレシスは奴らをうまく隠していた。奴らが単なる摂政王の側近に過ぎないと思わせるほどに。
シャイニング
……心配はご無用です。我々が今なすべきことは、よく分かっています。
アスカロン
思ったよりも冷静らしいな。
何かプランがあるのか?
シャイニング
リズさんは……自ら選択を下しました。
私も考えたことすらないほど大胆で危険な選択ですが、最も有効な一手でもあります。どうやら失うことを恐れていたのは……死を恐れていたのは、初めから私の方だったようです……
私がすべきことは……ふっ。
彼女を追いかけることです。
ケルシー
……君たちを信じよう。
アスカロン、アーミヤは?
アスカロン
アーミヤとドクターたちも聴罪師に襲われた。今二人はLogosと共にいる。
アーミヤは何らかの巫術の影響を受けている。あのサルースとかいう奴は魔王の力を直接奪おうとしたようだが、失敗した。だがアーミヤの今の状態は……かなり奇妙だ。
意識を失っているんだ。
ケルシー
……アーミヤと「魔王」の結びつきが強まりつつある。彼女のことを信じるしかない。
アスカロン
それともう一つ話しておくことがある。戦場でブラッドブルードの法陣をいくつか見つけた。附随して、歴史に由来する「幻」も現れた。
ドクターによれば、法陣を形成する源石結晶はかなり「特殊」であるそうだ。
ケルシー
……
「特殊」か。
変形者殿、此度の協力に感謝します。我々に対し何か求めるものはありますか?
変形者
僕たちが求めているのは変化、錬磨、そして意味だよ。
終わりなく続く無秩序な人生に意味を見出す。君たちにそれを見せてもらった。だったら僕たちは、それを証明する。
……
……それだけ。
ケルシー
……
クロージャとフェイストに知らせよう。三時間後に出発するから、ここを完全に片付けてくれと。
それと、当初の計画通りブレントウードに向かう旨の伝言をWに残しておく。
確かに我々は……あまり時間を無駄にはできない。
感染者の子供
ノウエルおじちゃん! あたしの眼鏡、またレンズが落ちちゃった!
ノウエル
はぁ。
何度も言っただろう。君の耳は柔らかすぎるのさ。
君は眼鏡がずり落ちそうになるとすぐにフレームを折ってしまう。フレームが変形してしまえば、当然レンズだって固定できなくなってしまうんだ。
見せてみなさい。
感染者の子供
おじちゃんのくれた眼鏡が重すぎるの!
でもね、あたしもっといい方法見つけたの! 見て!
どう?
ノウエル
……それで見えるのかい?
感染者の子供
見えるよ! ほんとだもん!
こうやって、お日さまを見るだけでね――
ノウエル
分かった分かった、スザンナ――
感染者の子供
見てってば!
どう? 言った通りでしょ!
ノウエルおじちゃんみたいにいっつもしかめっ面してちゃ、面白いものも見えなくなっちゃうよ!
ノウエル
……何も見えないよ。
けど、本で読んだことがあるんだ。東方の炎国では、「一葉、目を覆う」と呼ばれる故事があると――
感染者の子供
やだやだ、聞きたくない! ノウエルおじちゃんってやっぱりつまんない!
タルラ
どうやらノウエルさんは、子供の相手は得意じゃないようですね。
ノウエル
タルラさんか。用事は済んだのかい?
さっきの故事は、私の息子にも話したことがあるんだが……あの子も私の話を聞くのをあまり好まないんだ。私は語り部には向いていないのかもしれないね。
タルラ
多少言葉を交わしただけでも、あなたが豊かな経験を持っておられるのは分かります。
抑圧を受けたヴィクトリアの一市民、店を奪われた検眼士が、戦争の中でこの地に流れ着いた。
彼は同様に迫害を受ける感染者たちに同情したことで、彼らの部隊に加わり、微力を尽くす道を選んだ。
ノウエルさん、あなたと知り合ってからというもの、私はその尊敬に値する品格を目の当たりにしてきました。
ですが、だからこそ……私は……
……
ノウエル
……タルラさん、言いたいことははっきり言ってくれていい。
タルラ
ただ、気になるだけです。一人の長命者が、なぜ身分を偽り、わざわざこのような取るに足らないことに勤しんでいるのかと。
ノウエル
……
タルラ
察しはつきます。それも最悪の想定よりはかなり上等な内容です。
ですが……否定してくだされば、我々は今後も平和に付き合っていけるでしょう。ナインには報告させてもらいますが。
ノウエル
否定するつもりはないさ。
実のところ、私の正体を知っているヴィクトリア人の知り合いは結構多いんだ……ただ、一緒にいる人を闇雲に怖がらせないようにすることに、慣れてしまってね。
だけどタルラさん、さっきの君の言い方は訂正させてもらいたい。私は別に「わざわざ」こういうことをしてるわけじゃないよ。
私には、人より長生きすること以外に目立った才能はないと思う。
長命者が長い命を得る手段はそれぞれ異なるし、彼らが使うアーツも多種多様だ。
だが彼ら全員が英雄的人物というわけじゃないのさ、タルラさん。
タルラ
……
ノウエル
ところで、私としては……むしろタルラさん、君の物語の方に興味がある。
赤き龍の末裔であり、レユニオンの創設者。ウルサスで感染者運動を引き起こしたリーダー。そんなあなたがいわゆる「長命者」とやらの存在を、こうも敏感に察知するとはね?
タルラ
……あなたは一体何者なのです? ノウエルさん。
ノウエル
ごく普通の人間さ。
百五十年前、私は炎国を旅した際に耳にした寓話を三人目の息子に語り聞かせた。その子はうんざりして私の元を去ってしまった。
そして、その子の孫娘のまた孫娘の前に姿を見せた時、私はまたしても、大家族にとっての見知らぬ人に成り果ててしまっていた。
怒りと苦しみを胸に、私は家族愛も恋も捨て、ヴィクトリアに潜む私の運命を操る悪党を見つけ出そうとした。
ざっと、百年以上を研究に費やしたよ。「長命者」、「神」、「掌握者」、「古き者」。そして私自身の研究にね。
貴族制度の恩恵を享受してみたこともあるし、アーツの鍛錬に励んだり、蓄えた富と引き換えに秘密を手にしてみたこともある……
思いつく限りのあらゆる手段で真相に迫ろうとしたんだ。だがそのすべてが例外なく失敗に終わった。
私は貴族になることも、富豪などになることもできなかった。小さな店しか持っていないというのは……本当のことさ。戦闘能力に関して言えば、Guardさんにだって敵わないかもしれない。
時間が私に教えてくれたのは、ただ自らが無能であるという事実を認めることだけだ。
……
そんな凡人の物語でよければ、君に余すことなく伝えてあげても構わないよ、タルラさん。
安心してくれ、君たちに対し何の悪意も抱いていない。ただ、見つけたいだけなんだ……私に呪いをかけた、「運命の手」を。
彼女は国の背後に潜みながら、君主を自らの手袋とし、都市を自らの碁盤と見なしている。
彼女は「ヴィクトリア」という名の盤上のすべてを、冷たい目で眺めているんだ。必要とあらばその「ヴィクトリア」すら破壊し、それから旗色を変えて再建することも、彼女ならやりかねない。
この馬鹿げた動乱の背後に、彼女の影がないはずがないのさ。
きっと公爵の中に潜みながら、サルカズとヴィクトリア人の殺し合いを眺めているはずだ。流血や犠牲は、彼女の次元においては単なる感情なきデータと指標でしかない。
ひょっとしたら、君もあの「手」に弄ばれたことがあるかもしれないね。君の身体には王室の血が流れているんだから。君も、アリステアの娘も野放しにしておく理由はないさ。
タルラ
……私が? 私が知っているのは、別の陰謀家です。奴は神などと呼ばれるには値しませんし、私の運命を操ることも不可能です。
ノウエル
だが彼らはそうやって生きてきたんだよ、タルラさん。
私は彼らの殺し方を知りたいんだ。
あるいは、私自身の殺し方をね。
タルラ
……
ノウエル
もう時間も遅い。スザンナの眼鏡を直しに行ってあげねば。
タルラ
ノウエルさん、あなたは……
ノウエル
タルラさん、私が君にこんなことを話すのは、そしてレユニオンに加わったのは……身勝手な考えですまないが……百年以上も生きた中で培ってきた、この直感が理由なんだ。
もはや変えられないと思い込んでいた宿命に抗ったことが、かつての君にもあるだろう。
君たち皆が、そういった経験をしてきたはずだ。