鉄床戦術を破れ

作戦開始から二十三時間後
シージ
進行方向、クリア。
Misery
現在、サルカズの動向を偵察中。今のところ奴らの痕跡は見当たらない。
シージ
感謝する。そのまま偵察を続けてくれ。
モーガン、そちらにまだ息のあるヴィクトリア兵士はいたか?
モーガン
ううん。
源石結晶以外なーんにもないよ。
ウェストバウンドの森に入ってからヴィクトリア人の部隊は一つも見てないし、死体や車両の残骸すらほとんど見かけないね。
インドラ
クソッタレ! どう見ても激しい戦闘があったはずなのに、一体どこに行っちまったんだ?
ダグザ
ここの地形は刻一刻と変化してる。もしかしたら……大地が全てを呑み込んだのかもしれない。
シージ
……
人間のしぶとさを甘く見るな。諦めない者がいるからこそ、模範軍が誕生したんだ。
我々がここにいるのも、また同じ理由だ。
シアラー少尉、貴様は引き続き衛生兵に残存兵と一般人の受け入れ準備をさせてくれ。
シアラー少尉
我々の物資にはまだそれなりの余裕がある。それに関する心配は無用だ。
だが悪い知らせがある。現在部隊内にいる感染者数を鑑みると、感染者兵士と非感染者兵士の区別はもうじきつかなくなりそうだ。
シージ
専門家としての貴様の意見を聞きたい。感染者登録を続けることによるメリットはまだあると思うか?
シアラー少尉
ははっ。「感染者登録」か……私が軍事学校で最初に受けた授業だな。
事実として今はかなりひどい状況だ。正直に言わせてもらえば、あまり意味はないと思う。
シージ
分かった。ならば登録はもうしなくていい。
感染の有無にかかわらず、全員にできるだけロドスの助言に則った防護措置を取らせてくれ。
それ以外は……いま我々が決められることではない。
まずは生きて目の前の戦に勝とう。その後の戦いは、勝った後に考えればいい。
ロックロック
あっ、あたしのドローンが帰ってきた。
ロック十八号
――
ロックロック
……まずいな、動力システムに結晶粉塵がびっしり詰まっちゃってる。
観測器のデータを見るに、環境内の源石濃度はものすごい勢いで変動してるみたいだね。
クロージャ
ロックロックちゃん、最新のデータをこっちに送ってくれる? 活性源石拡散状況のモデルを更新したとこだから、演算結果が最適化するかどうか確かめたいの。
うーん、やっぱりまだデータ不足かな。この曲線の動き……ヴィクトルちゃんたちの回析装置から分析結果が出れば、安全エリアの位置はリアルタイムで計算できそうだね。
まったくこの場所ときたら、一秒前まで何事もなかったのに、次の瞬間には地面からおっかない源石の山が生えてきてるかもしれないんだもん。これじゃ安全エリアの位置が定まらないよ。
短距離間の通信は何とか回復できたけど、少しでも離れるとやっぱりノイズが入っちゃうし。
ま、あたしには先見の明があるから、来る前にRaidianちゃんのアーツユニットのちょっとしたコピー品を用意しといたんだけどね……効果はオリジナルより低いけど、十分役立つはずだよ。
こっちにいくつかある簡易通信塔が設置できれば、戦場にいる皆に安全エリアの場所を必要に応じて送信できるようになるね。
シージ
その情報があれば、多くの人々の命を救えるだろう。
クロージャ
もちろん。それがあたしたちロドスの仕事だからね。
シージ
ホルンさん、そっちの状況はどうだ?
ホルン
ギブソンハムへの上陸に成功しました。ここはシルバーロックブラフスの前線に入る前の最後の補給地点です。
偵察部隊に探りを入れさせたところ、公爵連合軍の痕跡を確認しました。恐らく数日前にここを通って前線に向かったものと思われます。
「グレーシルクハット」から提供された進路は話の通り安全であるようです。
シージ
町に残留している兵士や一般人は?
ホルン
街道に人は見当たりませんが、かすかに人影が見えたのと、食糧の匂いがしました。
不要な誤解を避けるためにも、軽率な接触は控えておきましたが。
シージ
分かった。なるべく急いで合流しよう。
間もなく日が暮れるな。
全てがうまくいけば、我々の戦士たちも小休憩を取って温かいスープくらいは飲めそうだ。
クロージャ
こっちのメンツの分も少し残しといてよね。皆仕事終わって帰ってくるにはもう少し時間かかるから。あたしとロックロックちゃんもフェイストちゃんのところに行かなきゃいけないし……
今晩中には通信範囲を二倍に拡大できるかもしれないから、なるべく早く終わらせられるよう頑張る。
シージ
任せておけ。最高の料理を残しておいてやる。
クロージャ
……どうせ缶詰のレーションでしょ。
ロックロック
じゃあ戦車からオイルを抜いて、調味料代わりにかけてみる?
クロージャ
ちょっと!
シージ&ロックロック
あははははっ。
シージ
各部隊に告ぐ。このまま前進を続け、ギブソンハムに突入するぞ。
今夜も……今のような平和が続くことを祈る。
シージ
どの家にも人影が見当たらない。元々住んでいた住民は皆隠れているのか?
デルフィーン
ここは公爵たちの防衛線近くに位置します。連合軍が数日前にここを通ったばかりですし、サルカズたちに完全に占拠されてはいないはずです。
ですがホルンさんの慎重な対応は正しかったと思います。取り残された公爵軍の生き残りが、大部隊に追いつくべく、この町を訪れた可能性がありますから。
「グレーシルクハット」が助言をしてくれましたが、ヴィクトリアがこれまで一枚岩だったことはありません。
それに模範軍内部の状況はかなり複雑ですし、頭の固い軍事貴族の中には、我々の存在を認めようとしない者もいるでしょう。
シージ
我々の規模をアピールすれば、腹に一物抱える輩には身の程をわきまえさせることができるし、助けを求める者たちには我々の存在を知らしめることができるだろう。
戦車の駆動音が静かな夜闇にこだまする。エンジンの唸り声が穏やかに、かつ力強く響き渡る。
戦士たちは慎重に辺りを見回しながら前へ進んだが、視界に入るのは変わらず真っ暗な窓と戸口だけだ。
デルフィーン
我々と接触する気はないみたいですね。
シージ
それは構わない。何事もなければの話だが……
ホルン
待ってください、物音がしました。左前方の建物からです。
砲弾の薬莢が落ちた音です!
シージ
待ち伏せか?
総員、警戒態勢。私が見てこよう。誰か一緒に来てくれ。
ホルン
第一、第二小隊、ついてきて!
廃棄された工場に、人影はまったく見当たらない。
薬莢の落ちる音が止んだ後、予想していたような爆発音が轟くこともなかった。
デルフィーン
ホルンさん、確かに薬莢が落ちる音だったんですか?
ホルン
間違いありません。その上、あれはヴィクトリアの精鋭部隊にのみ支給される特殊モデルの音です。
シージ
人が住んでいた形跡はなさそうだが――
ホルン
シージさん、止まってください。
シージは踏み出しかけた足を止め、慎重に元の位置まで戻した。
ホルンが指差した床の上には、言われなければ気づかないほど細い糸が張られている。
ホルン
うまく隠してありますね。ちょうどパイプに隠れていて、かなり見つけにくい位置です。
シージ
トラップか?
ホルン
いえ……繋がっているのは爆破装置ではなく、簡易的な警報器のようです。ですが、設置の仕方を見るにプロの軍人の仕業でしょう。
デルフィーン
対話を図ってみますか?
シージ
そうしよう。貴様は我々の後ろにいてくれ。他の者は戦闘準備を。
デルフィーン
あの、こんばんは! こちらに敵意はありません!
我々の部隊コードは――
ホルン
隠し扉だ!
突入準備、盾兵に追随して!
待ってください!
我々は……
ヴィクトリア兵士?
――
た、助けてくれ!
負傷した兵士
偵察の際にうっかり上階の空薬莢を落とした音を聞かれたんだ! 奴ら、あんたが仕掛けた警報器にも引っかからなかった!
相手は恐らく普通の部隊じゃ――
ホルン
……
負傷した兵士
は……破城矛を防いだ?
バグパイプ
……
隊長? それに、シージ?
ホルン
……フィオナ、本当にあなたなのね。
赤い長髪の少女は、隊長の懐に勢いよく飛び込んだ。
バグパイプ
二人とも、生きてたんだね……
よかった……ほんとよかったべ……
ホルンはそっとバグパイプを引き離しつつも、肩を握る手に力を込めた。
ホルン
よかった。ケガもないし、あんまり痩せてもいないようね。
バグパイプ
ほ、報告します、隊長! うち、亡霊部隊の情報を持ち出せたし、それから奴らの企みが一体何なのかも突き止めました!
記憶も真相も手にしたまま、あの戦いを生き延びました!
隊長の命令は……ずっと一言だって忘れなかったよ。
ホルン
よくやったわね。あなたならできるって、初めから分かってたわ。
――お帰りなさい、バグパイプ。
負傷した兵士
これは……? あんたたちは一体――
デルフィーン
皆さん、出てきてください。こちらに悪意はありません。
暗がりの中から人影が次々に姿を現した。
老人、子供、怪我人、病人、人々。
いくつもの目が、恐れと好奇の眼差しをシージらへと向けている。
負傷した兵士
あんたらは公爵の部隊じゃないのか?
ヴィ、ヴィクトリアの軍服じゃない人が大勢いるし、それにどうして労働者の格好をした人まで?
シージ
そうだ、我々は、どの公爵にも属していない。
部隊コードは、「模範軍」だ。
ホルン
シアラー少尉が現在、工場内に隠れている一般人の人数と身体状況を確認中です。我々が予想していたよりは幾分マシな状況と言えますね。
バグパイプと一緒にやってきたファイフ公爵の感染者残存兵と、それからノーマンディー公爵の工兵小隊一部隊を除けば、残りは逃げ場を失った現地の市民ばかりです。
公爵連合軍がここを通ったのはほんの数日前のはずですが、彼らはせっかくの救援を受けるチャンスを手放し、公爵軍に支援を求めなかったようです。
ダグザ
軍人たちについてはまだ理解できる。自分の感染状況が心配だとか軍法による処罰が心配だとか、どれも理由になり得るからな。だが一般市民たちは……
この一年で、ロンディニウム周辺の住民たちは改めて思い知らされたのかもしれないな。自分たちの国や、勲章をぶら下げたお偉方たちのことを。
ホルン
ところでバグパイプ、あなた一体どうやって彼らの信頼を――
……ちょっと、聞いてる?
バグパイプ
……
あっ、隊長!
ホルン
作戦会議の時には気を引き締めなさい。地図があるのは私の顔じゃなくて、そこよ。
バグパイプ
申し訳ありません、隊長!
ホルンは軽くため息をついた。
ホルン
……はぁ。こんなこと聞くまでもなかったわね。だって、あなたはフィオナなんだから。
バグパイプ
えへへ。
ただ、その……ちょっと嬉しかったんだ。
「模範軍」って、テンペスト特攻隊の前身でしょ? あの噂は本当だったんだなーって。
ホルン
……私としてはむしろ、あなたが軍事史の授業内容をいまだに覚えてることの方が驚きよ。
バグパイプ
もっちろん! 前に駐屯地で訓練受けてた時、トライアングルからその話を何回も書き写しさせられたからね!
あの駐屯地のグラウンド、周りにシカモアカエデがたくさん生えてて日陰にちょうどよかったっけなー。そんで、外の崖は岩がうんと硬くて、登ると手が擦りむけちゃうんだよ。
ホルン
確かロッククライミング訓練の時に、チェロとオーボエがどちらが早く登れるかって賭けをしたことがあったわよね? 負けた方は片手腕立て伏せ百回ってね。
バグパイプ
そうそう。オーボエってば、よせばいいのにあのチェロにそんな賭けを挑むなんて。
ホルン
あなただって、あの時は彼に何の忠告もしなかったでしょ。それどころか、腕立ての時に背中に乗ってたわよね。
バグパイプ
へへっ、あれは鍛錬を手伝ってあげただけだよ。実際に、効き目はあったでしょ? あの後もうちょいでチェロに勝てそうだったんだから!
ホルン
……
バグパイプ
……
ホルン
テンペスト特攻隊が結成された頃、かの四国戦争時代の伝説の部隊は、識別コードさえも残っていなかったわ。
でも今、この戦場に帰ってきたの。
バグパイプ、私たちは今や二人とも、模範軍の一員なのよ。
所属部隊が存在している限り、私たちは戦い続ける。
シージ
……
デルフィーン
中で作戦会議をしていますよね。こんな冷えるところに突っ立ってどうしたんですか?
シージ
ああ……数分遅れたところで問題はないだろう。
デルフィーン
……誰のことを思い出してたんですか?
ベアードですか? それとも……
シージ
誰のことも思い出してなどいない。
デルフィーン
そうですか、まあ信じましょう。たとえばこの夜霧の中から突然誰かが現れたって、何の期待もできやしませんしね。
誰もがホルンさんのように幸運に恵まれるわけじゃないんです。自分が一番会いたい人に……再び巡り合えるなんて。
シージ
「幸運」か。まったく、贅沢な言葉だ。
……悲しみに浸るのはここまでだ。そろそろ中に入ろう。
……待て。
デルフィーン
ヴィクトリア軍人? ここに残った残存兵でしょうか?
いえ、こんなに近づかれるまで気が付かないなんて……
この実力……精鋭中の精鋭ですね。
カスターの手の者でしょうか?
???
……ハッ――なんて寒さだ、手が凍えてしまいそうです。
この頃は、ますます冷え込んでいきますね。
少し散歩しただけなのに、マントがびしょ濡れになってしまいましたよ。
ゴドズィン公爵
若き友たちよ、私に暖を取らせるつもりはありませんか?
シージ
……貴様が自ら出向いてきたとあらば、こちらも相応の礼を尽くすべきだな。
デルフィーン――
デルフィーン
ヴィーナさん?
シージ
……
公爵閣下を案内してさしあげよう。